ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~ 作:となりのせとろ
「皆さんにご相談とお願いがあってお招きしました。多少込み入った話なので、時間がかかると思いますが、お付き合いください」
言葉を切り周囲を見回すシロエ。
招待状を出したギルド全てが参加している。シロエがソウジロウにお願いした根回しが活きてきている。後から個別に回るという面倒な手間をかけずにこれですんだ。その分、今、この場が決戦の地となるわけだが。
「挨拶は適当に切り上げてかまわない。
そう声を上げたのは〈黒剣〉のアイザックだった。日本サーバー有数の高レベルプレイヤーにして歴戦の勇者。数多の大規模戦闘において常に先陣を切ってきた日本サーバーでも数少ない大規模戦闘の指揮経験者である。奏もシロエも何度かゲストとして彼のその戦いに参加したこともある。
「いったいなんたってんだ、この場は」
苛立たしげに声を上げたのは〈シルバーソード〉の若きリーダー、ウィリアムだった。流れるような銀髪を後方でまとめた、典型的な「エルフの若者」といった容姿の成年だ。ずいぶんと短期な性格なのだろう、何度も足を組み替えている。
「お言葉ですので、早速用件に入ります。
ご相談というか、提案というのは現在のアキバの街の状況についてです。
ご存じの通り〈大災害〉以降、僕たちはこの異世界に取り残されてしまいました。元の地球に帰れる目処は全くたっていない。これについての手がかりは僕の知るところではまったくありません。
非常に辛いですが、事実です。一方、そんな状況下で、アキバの街の空気が悪化している。多くの仲間がやる気をなくしていますし、逆に自棄になっている人もいる。経済の方はぼろぼろで、探索の効率はちっとも上がっていない。
この状況を、僕たちはどうにかしたいと考えています。集まっていただいたのは、そのためです」
シロエの説明を受けた参加者たちからざわめきが生まれる。
「集まって何をしようというのだ?」「面倒なことを…」「言いたいことはわかるがいったいなにができる」
いくつかのざわめきを抑えるように〈ホネスティ〉の青年ギルドマスター、アインスが質問する。
「それはこの場にいるアキバの街を代表するギルドで勢力全てに声をかけてその利益を調整するということですか?」
「それは無理だね~。大ギルドのエゴがからんじゃったら実現できるわけがない。ナンセンスすぎるよ~」
あまりにも場違いな明るい声が挟まれる。声の主は銀色の毛並みをした一人の猫人族。クインの所属するギルド〈モルグ街の安楽椅子〉のギルドマスター、マイクロフト。
飄々としたその態度と雰囲気はクインとは真逆の印象を受ける。
間違っていない認識だ。中小と大手ではあまりにもパワーバランスが傾きすぎている。それ以前にそんなことができるのであればこんな場を設けずとも現状には至らずにすんだであろう。
そんな言葉を受けたシロエもその間違った認識を早いうちに解いておく必要があった。
「今回は少し趣旨違います。現在のアキバの街の状況の改善です」
「そういうことなら俺たちは抜けさせてもらうわ」
立ち上がったのは先程からイライラとした態度をとっていた〈シルバーソード〉のウィリアムだった。彼は腰のサーベルの位置を直すとマントを翻す。
「俺たちは戦闘系ギルドだ。街の雰囲気なんて関係ない。ここは帰ってきてアイテムを換金するだけの場所だ。つまり、俺たちにとっちゃ雰囲気が荒れてようが和やかだろうが、どうでもいいんだよ。──街のことは街に興味がある連中でやればいい。別に相談するのが悪いとはいわねぇよ。時間の無駄だとは思うけどな。ただ俺たちはそんなことには興味がない。俺たち抜きでやってくれ」
ウィリアムはそれだけ言い捨てると、会議室をあとにする。
場の空気はざわめいた。
「どこへ行くのですか?奏ち、クインさん」
「「ちょっとお花を摘みに」」
ウィリアムが会議室を出るのを部屋の隅で見守っていた。奏、クイン、にゃん太の三人。
奏は体を預けていた壁から離れると会議室のドアを目指して歩いていこうとする。その隣をクインはすたすたと当たり前のように歩く。
「仲が良いのはいいことですが、あんまり遠くまで花を愛でに行くと危ないですにゃ。後に支えないよう早めに摘んでくるんですにゃあ」
「別に仲良くなんかないさ。連れションぐらい女子は誰とでもするもんだし」
「大いに固定概念に捕らわれた台詞だが、概ね間違いない。私たちは仲良くなんかない」
「「普通だよ」」
奏とクインは会議室をあとにする。〈シルバーソード〉が抜けても、奏とクインが部屋から退出しても、会議は構わず進行する。
〈シルバーソード〉が抜けても問題ない。そう告げるようにシロエは構わず会議を再開する。
ここからが本番だというように。
◆
「やあ、お兄さん。ちょっと待ちなよ」
ギルド会館の外入り口付近、そこでウィリアムは声をかけられた。時間を無駄にしたと、こんなことのために呼び出されたのかと苛つきを押さえてギルド会館を出たところで出迎えたのは深海のように深い青を和装に纏いウィリアムのようなエルフとは正反対の東洋人の顔立ちをした青年と小柄な銀の目をした真っ赤なスプリングコートを着込む少女だった。
〈高笑い〉の奏に〈名探偵〉クイン
どちらもヤマトサーバーで〈エルダーテイル〉をそれなりにプレイしているプレイヤーであれば一度は名を聞くことのある名高いプレイヤーである。
特に〈高笑い〉の奏、彼は底知れない。
傍若無人、奇想天外、猪突猛進、〈茶会〉リーダー、カナミ。
歩く都市伝説、怒らせるな危険、轟く饗宴、〈高笑い〉の奏。
腹黒メガネ、腹黒参謀、三白眼、〈茶会〉の参謀、シロエ。
道楽主義者、変態、ストーカー野郎、〈奇人の代名詞〉KR。
ハーレム野郎、男の敵、最強のフラグメーカー、〈剣聖〉ソウジロウ。
カナミ信者、エルフメイド、紅魔館のメイド、〈エルダーメイド〉インティクス。
この六人のうち半分も集まっていれば、ろくなことにならない。見たら逃げ出せとプレイヤーの中ではまことしとやかに言われている。〈茶会〉の六情衆の一人。
「あぁん?確かアンタら会議室にいたよな。なんだよ俺たちを引き戻しに来たのか?無駄だぜ。
さっきも言ったけど俺たちは街に興味がない。会議なりなんなり勝手にやってくれ」
「は?自意識過剰かよ。誰もテメーなんかを引き戻しになんか来てねえよ。ばーかばーかばーか」
「バカにしてんのか!!」
「だからバカっていってんじゃん、頭弱いな」
ハッと半眼で鼻で笑ってとことん人を小バカにしたような態度をとる奏。
この場にいる全員がどうしようもなくムカついた。クインでさえも
「くそが、いいぜ…。ぶっ殺してやるよぉ。街の外にでろぉ!!」
こめかみの血管をピクピクと浮き上がらせて奏とクインに詰め寄るウィリアム。私まで巻き込むなよと嫌そうな顔で奏を小突くクイン。
「やだよ。時間ねえもん。頭の悪いガキのお守りに付き合ってられるか」
「しいぃるかぁっ!!そんなもんッ!いいからこっちこいやぁ!!」
奏の胸ぐらを掴もうとするウィリアム、がするりと落ち葉のようにウィリアムの手をすり抜けてカランと下駄を鳴らし挑発するように踊る。
「てか、さっきから思ってたんだけど君なんでさも腰のサーベルがメインみたいな立ち振舞いしてんの?お前
「なっ!テメェ!!」
「待てウィリアム!落ち着け。本当に手を出したら向こうの思うつぼだぞ。周囲の目を考えろ。大手のギルマスのお前が先に手を出すのは不味い」
ウィリアムの背後に立って今まで動きを見せることのなかったサーバートップクラスの
「へぇ。ギルマスと違ってクレーバーなヤツもいるんだね」
「さっきから何が目的なのかは知らないけれど、ウィリアムをこれ以上バカにするようなら……
〈シルバーソード〉は全力でアナタを
射殺さんばかりに睨み付け今までの優しさの感じられる声から一変してドスのきいた声で脅しをかけるディクロン
その眼光は冗談で言っている訳ではないということを物語っていた。
辺りをピリピリとした緊張が走る。まさに一触即発の雰囲気だった。
「おお~恐い恐い。さすがに一人で〈シルバーソード〉なんて大ギルドを相手にするのは無理だね。お暇させてもらおう」
「帰すと思うのか?」
「帰るさ。これから大切な仕事があるから」
奏は踵を返してギルド会館へと歩いていく。
だが、そんなことを許すわけにはいかないとウィリアムに同行していた二人の随行員が奏の前に立ちふさがる。随行員が奏の肩を掴もうとしたとき、
バァチィン!!!
随行員の二人の手は
スタスタと止められそうになったのも自分を止めようと手を伸ばした二人が急に吹き飛んだことにもまったく反応することもなく歩いていく奏。
ディクロンは今度は自分が止めようと前に出ようとするがウィリアムの手に機先を制される。
「待てよ〈高笑い〉の奏さん」
ウィリアムの声にここで初めて奏がピクリと反応を見せた。歩みを止めてそこに立ち止まる。
「アンタ、結局何がしたかったんだ?そっちから呼び止めておきながら結局こっちを挑発するだけ挑発してうちの温厚な
意味がわからねえぞ?
そんなアンタが、そんなすげえ人がなんで俺たちに喧嘩を売るような真似をしたんだ?」
「嫌がらせ」
「は?」
「だから嫌がらせだよ。
今のアキバの街の空気が気に入らなくて、変えたくてそのために無茶苦茶な苦労をしてここまでこぎ着けた。それを時間の無駄とか言われて、
あー、でも……悪かった。ついカッとなってやっちまった。大人気ないにも程がある。散々言わせてもらったら頭が冷えた。ここは見逃してくれ。本当にこのあとがつかえてるんだ」
さっきまでの陰湿な悪感情を隠しもなしない雰囲気はどこかへ消えまるで別人か何かと勘違いしてしまいそうになる毒気の抜けきった表情で奏はウィリアムたちに頭を下げた。
「あと一つ勘違いをしてるから解いといてやる。
頭を下げて謝ったかと思えば、ウィリアムたちに背を向けて奏はそう言い放ちギルド会館へと早足に戻っていった。
まるで台風のような男だった。
「あー、そのなんだ。奏も口は悪いが悪いやつではないのだ。ちょっと子供じみているというか、怒らせると短絡的な行動しかとれないというか、まあ、子供みたいなやつなんだ。許してやってくれ」
クインはそんなことを言い残して小走りに奏を追いかけていく。
ウィリアムたちは奏たちを追いかけることもせず毒気を抜かれてしまったようにそのまま奏を見送るだけだった。
◇◆◇◆
トウヤとミノリ。シロエがゲーム時代だった頃に短い間ではあったが面倒を見ていた仲の良い双子の姉弟。神祇官の姉に武士の弟、まだ14にも満たない中学生。
そんな二人も非日常を日常に受け入れるよう強要された。
幼い頃に事故でトウヤは歩行能力を失った。
両の足を失ったわけではない。足という器官自体には問題ないのだが、後遺症で神経に異常が残ってしまっているのだという。
ミノリはそんなトウヤを哀れんだことはなかった。
事故は非常に不幸な出来事だったし、できれば代わってやりたいとまで思ったけれど、ミノリにはどうすることもできなかったのだ。
自分のことを思う姉の思いはに弟であるトウヤもよく感じ理解していたしそんな姉を信頼もしていた。
そのお互いを思い合う気持ちがある種の敬意に近い感情を生み、二人を仲の良い姉弟にしていたといえる。
検査のあとに消耗しきったトウヤは外に出掛けることも出来なくなる。必然的に家の中で遊ぶことが多くなる。大概の室内遊戯にも飽きてきた二人。
そんな中で始めたMMORPG〈エルダーテイル〉であった。
トウヤは誰にも気兼ねせずに、好きに走り回れる世界に、ミノリにとっては経験もしたこのない種類の遊びに興奮した。
ふたりは〈エルダーテイル〉の魅力に一気に魅せられたのだ。
だが、そんな二人にも理不尽な不幸は襲いかかったのだ。
〈大災害〉に巻き込まれたあの日から、ミノリは泣いて数日を過ごした。トウヤはそんな姉が壊れてしまわないように底知れぬ不安に震える気持ちを押さえて支えようとした。
誰かに助けて欲しかった。夢なら早く覚めて欲しかった。
そんな心の弱ってしまったところを〈ハーメルン〉というどうしょうもない小悪党につけ入れられてしまった。
〈ハーメルン〉に毎日のように与えられる無理難題に日に日にやつれて今はミノリも女の子なんていえるような格好ではないし、トウヤも毎日毎日ボロボロになって帰ってくる。
ミノリは、私は何をしているのだろう…なんでこんなに醜い姿をしているのだろう……そう思い込むまでに追い詰められていた。
そんなときだ、シロエからの念話がかかってきたのだ。
“助けるから、だから少し待っていて。また一緒に遊ぼう。一緒に遊びたい。楽しかったから。だから……ちょっと待っててね”
そして、本当にミノリを、トウヤを、〈ハーメルン〉に捕まったみんなを、救うために助けが来た。
「もう泣かなくていい。助けに来たぞ」
◇◆◇◆
「遅いぞ奏」
「ごめんごめん。少し遊びが過ぎた」
プンスカと腰に手を当てて怒るアカツキちゃん。
見た目は美少女だけれど歳は俺と一つしか変わらないそうな。世の中は不思議なことがいっぱいだ。これも全部妖怪のせいなのね。そうなのね。
実際、妖怪変化の類いというのはいるらしい。俺は見えないけど。
「保護の準備は?」
「完璧に済んでいる。あとは主君からの合図を待つだけだ」
アカツキちゃんの指差す方向には、明日架ちゃんを中心とした救護班が親指を立てて準備万端だと示す姿
「おっけ。
おい!小竜ー!突入班は全員揃ってるか?」
「はい!全員準備できています。
でも、〈ハーメルン〉の所有するギルドホールに突入なんてできるんですか?いくらギルド会館のゾーンを奏さんが支配下においてるからって、〈ハーメルン〉のゾーンまで干渉することなんて…」
「大丈夫だ。そこんとこは奥の手がある。まだ完全じゃねえけど、今回使う分にはまったく問題ない」
「奏、主君から念話が来たぞ。作戦開始は5分後だそうだ」
アカツキちゃんの言葉に無言で頷く。
そう、今回の救出作戦は、シロエの合図から新人プレイヤーが脱出し終えた直後、間髪いれることなく突入部隊が〈ハーメルン〉のメンバーを全員捕らえる手筈になっている。
そして今回の作戦の要、このギルド会館のゾーンはつい先日、三大生産系ギルドからもらい受けた金貨500万枚を使って買い取った。
味のある料理のレシピというネタをちらつかせ、まあものの見事に俺たち〈三日月同盟〉が新種のクエストをいくつも攻略中でその過程で新ゾーンに幻想級のレシピ、アイテムを手に入れるヒントを持っていると勘違いしてくれたものだ。
今でも可笑しくてしょうがない。ヘンリエッタさんには詐欺師の才能があるとまで言われたよ。
「いいか!!このゾーンは俺が支配下においている。万に一つももしもの事態は起こらない。
新人プレイヤーは保護しだいすぐに暖かな食事、飲み物、新しい着るもの、風呂、何でも好きなものをくれてやれ!」
「はいっ!!!」
女の子らのソプラノやアルトの声が返ってくる。
「突入班!!相手は新人プレイヤーを食い物にしてきたどうしょうもない小悪党どもだ!同情する余地もなく黒だ。でも殺しだけはするなよっ!!憎しみや怒りだけで殺しまでしたらそこで俺たちはアイツら以下の存在になる。肝に命じとけ!」
「はいっ!!!」
こちらは男も女も関係なし〈西風〉に借りたメンバーなど高レベル組で構成されている。気合いの入った声が返ってくる。
準備は完璧だ。予定調和しかこれから先は起こらない。
◇◆◇◆
「それでは脅迫ではないかっ!?」
一方、ギルド会館最上階の広大な会議室では、メンバーによる話し合いがまさに沸騰していた。
シロエが「このギルド会館を所有している。ブラックリストに登録されたプレイヤーはギルド会館への入退場を禁止され、ギルド会館の使用はアキバの街では出来なくなる。ギルドホールも銀行施設も貸金庫もすべてのサービスを掌握した」と宣言したことが爆撃のような効果をもたらしたのだ。
実際には万が一を備えてと救出作戦の指揮を執る都合上奏が所有権を持っているのだが、便宜上シロエが持っていることにしている。
「はっはー。何を言ってるんだい。神殿を転居されなかった時点でまだマシだろう。彼が僕たちに敵意じゃなくて純粋な話し合いがしたいという意思の表れだろうよー」
〈冒険者〉の嘘偽りない生命線。
神殿を入退場の制限されてしまえば〈冒険者〉は死んだときにアキバの街で復活出来なくなるかもしれない。それは不死身の
「だが、そうだとしても──」
マイクロフトから出されたシロエよりも最悪の提案を聞いてもなお追及が行われる。
「そうおっしゃるなら脅迫かもしれません。
しかし、僕がやったことが脅迫だというのならば、“都合が悪い提案をされたら戦争を起こすぞ”といっているアイザックさんを初め大手のギルドの方々のやっていることは脅迫ではないんですか?
どこに違いがあるんです?僕は“会議を設立して話し合いたい”といっているだけです。都合が悪い言葉を無視するつもりはありません。どちらが常識的な申し出か考えてみてください」
「誰もが後者だって言うよね~」
「おい。さっきからうるせぇぞ
「ははー。恐いな~そんな恐い顔で睨み付けられちゃうと毛が逆立っちゃうよ~
さっきから場にそぐわないトーンの声の主ににイライラとした顔で睨みをきかすアイザック。
それを歯牙にも掛けない様子でトーンを変えずに軽口を返すマイクロフト。
だが、少しシロエの援護射撃が過ぎたかなとすぐに考え椅子に深く座り直してこれ以上は茶々をもとい露骨なシロエ贔屓は止めるよとアイコンタクトでシロエに合図する。
そのアイコンタクトをシロエは、あれで援護射撃のつもりだったのか…場を引っ掻き回しただけなんじゃ……。と思いながらも感謝の意を同じよう目線で返す。
伝わったのかは知らないが満足そうにニヤニヤとし始めるマイクロフトだった。
シロエは気を取り直しその場にいる全員に向き直る。
「僕は、こんな強権をたった一人が握っている街は理想的だと思いません。そこで最初の話に戻ります。皆さんはこの街が──この世界が、〈冒険者〉が本当にこんな状況でいいと思っていますか?
僕の出す方針提案はふたつ。
ひとつは街に住むすべての人々、ひいてはこの世界に活気を取り戻すこと。もうひとつは、少なくともこの街に住む〈冒険者〉を律するための“法”を作って実行することここまでで反対の方はいますか?」
答えはない。それは当たり前のことだった。
もともとが日本に住む法治国家の住人だ。法の重要性そして、もっと根本的な活気の大切さなど先刻ご承知なのだ。
ネックだったのは「誰が貧乏くじを引くのか?」という問題だけだったのだ。
「わかった」
分厚い手のひらを会議室に叩きつけた〈黒剣〉のアイザックが一同の混乱をたったひとりで背負うように切り込む。
そこまでいうのならば、この会議に提案する──〈記録の地平線〉の具体的な方策とやらを聞かせてもらおう」
強い凝視をシロエに注ぎ続ける黒い鎧の戦士に、周囲の視線も自然に吸い寄せられる。シロエは胸を張り、より一層の熱を込めて語り出すのだった。
◇◆◇◆
次々とギルド会館のエントランスにはみすぼらしいでは言葉が足りないとまで言えてしまう格好をした少年少女が救護班に連れられて集まってくる。
皆姿は現代の日本ではそうそう見ることもできない酷いものではあるが顔は明るい。
安心して涙を流している子も少なくはないくらいだ。
「ちっ…」
その様子を見ているだけで助かってよかったなという暖かな気持ちと〈ハーメルン〉ぶっ潰すという怒り心頭な真逆の気持ちが心の中であっちにいったりこっちにいったりで落ち着かない。
胸くそわりぃな…
「そろそろいくぞ」
「「はい」」
突入班は少なからず全員がそういった気持ちを腹のなかに埋めているのだろう。俺の声に静かな闘志を押さえつけて返答を返してくる。
階段を上がりギルド会館の三階の踊り場に差し掛かったところだった。
「何をしたっ!お前たち、なんなんだ!!」
「うるさい。──だ、ま──れっ!!」
ガラガラとした耳障りの悪い声と掠れきり今にも潰れてしまいそうな、それでも強い声が言い争う声が聞こえてきた。その時俺は、考えが纏まる前に駆け出していた。
一歩後ろを千菜がその二歩後ろをクインがそしてその後ろを突入班のメンバーが追走してくる。
廊下の先には倒れ込む一人の少女と黒いフードを被った男と揉み合う簡素な武士鎧を着た少年。
躊躇することなく俺は走る速度を上げて全力で跳んだ。
カンッと小気味いい高い音が鳴り次の瞬間、何の遠慮もない全力での飛び蹴りをフードの男に叩き込んだ。
カランと着地してすぐに二人の方を向いて声をかける。
「もう泣かなくていい。助けに来たぞ。
ん、君たちがトウヤ君にミノリちゃんか。ごめんな、少し遅くなって。すぐ終わらせるから。
千菜っ。このドア凪ぎ払え」
「あいさー」
魔法の鞄から紅の薙刀を抜き放ち〈ハーメルン〉のギルドホールへと続くドアを文字通り少しの欠片一つ残さず凪ぎ払った。
ドアのあった場所には黒いのっぺりとした空間だけが存在していた。その黒い何もない空間に手を当てる。
「さて、と……曖昧なところをこうして…と
よし、全員突入しろ。そこのやつは俺がやっとく。
指揮は千菜がとれ。絶対に死なすなよ!殺しもダメだし、自殺もさせんな。出るとこでて罪を償わせろ!」
「おおおう!」
後ろに控えていた突入班は何の躊躇もなく暗闇に飛び込んだ千菜を皮切りに続々と〈ハーメルン〉のギルドホールへと入っていった。
二十分もしないうちに全員捕縛し終えるだろう。
「クイン、二人のこと見といてやってくれ」
「わかった」
双子ちゃんを庇うようにして前に立つ。
「待たせたな。じゃあこっちもやろうか。お前がまだやる気がというかやれる気があるんならだけど」
「お前何者だっ!?奏!?聞いたこともねえ
!ギルドにも所属してないようなやつがなにしやがるつ!!」
うわー。元気ハツラツじゃねえかよ。くそったれが。
ガチで蹴り飛ばしたつもりだったんだけどな。やっぱ高下駄じゃ跳び蹴りに向いてないな。
「俺の名前も知らない〈ハーメルン〉なんていうド三流ギルドのメンバーが、随分と調子乗ってんな~逆に笑えてくるわ」
腰にある魔法の鞄から〈偽光とどかぬ佰式の儀式杖〉を引き抜いて床に突き立てる。
シャランと杖についた鈴が鳴るのと同時に〈佰式の儀式杖〉の特殊効果が発動する。
俺だけでなくトウヤ君とミノリちゃん、おまけでクインにまで〈禊の障壁〉が展開され僅かであるが傷を癒す。
「このゾーンは戦闘行為は可能にしてあるから、なに使ってもいいからかかってきなよ。ド三流」
「ふざけてんじゃねえぇぞぉぉ。クソガキがあぁ」
激昂したように黒のフードの男は杖を振りかぶって魔法を発動させる。
黒い羽虫の大群が大河の本流のように押しせよて、俺を飲み込んだ。おぉ、きめぇきめぇ。
陰陽札の発生させる暴風で羽虫を一匹残らず蹴散らす。マイクロフトさんの鴉の方が規模も迫力も百倍恐い。
「自分がやって来たことくらい覚えてないのかよ。
お前たちは今みたいに
さて──終わりにしようか──その低能さ、俺が愉快に快活に高らかに高笑ってやんよ」
「よく見ておくのだぞ双子ちゃん。アレは君たちが掴めなかった知恵や腕っぷし、経験、モチベーション、そういった強さのうちの一つだ。
正義というのは誰にでも振りかざすことはできる。なにせそれは大衆の真意であり民意だからな。
でも悪を滅ぼすために全てをかけようという考えのできる人間はそうはいない。
誰も貧乏くじなんて引きたくないし自分が手を下したという重荷は背負いたくないからな。
正義の味方であることは楽で優越感に浸れるが、正義そのものは辛くて苦しい。
そういうことを気にせずにどんな手を使うこともいとわない
次の一撃を打つ暇もなく流れるように動作で距離を詰め、大きく引き絞られた奏の拳は風よりも早く男の安いプライドよりもはるかに重く顔面を貫いた。