ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第三十七話 月に馳せる思いは未だ消えず

「八枝、久しぶりだね」

 

「姉…ちゃん…」

 

 突然のことに“驚愕”、“動揺”、“歓喜”、“疑問”、様々な気持ちが奏の中を混濁していく。

 だが、その中でも一際強い気持ちは“歓喜”だった。やっと会えた、やっと見つけた、無事でよかった。そんな気持ちがぐるぐると渦巻く思考を少しずつだが染め上げていく。

 そんな奏の内面に知ってか知らずか奏のただ一人の姉、百恵はニコリと微笑むと手を差し伸べた。その手に奏は手を伸ばす。伸ばされた手は暖かなその手に包まれ、

 

 奏の体は気づいたら宙を舞っていた。

 

 

「痛ったぁ!」

 

「ボクは今すぐ濡羽ちゃんから離れなさいと言ったはずだよ。積もる話の前に説教をしなくちゃいけないのかな?

 なにを女の人をこんな廃墟で押し迫ってるのか、他の人が見たら強姦と間違われても言い訳できない絵面だよ」

 

 

 見事な投げを食らった奏の体は綺麗な放物線を描いて瓦礫が転がる床へと落下する。奏は思い出す。そういえばこんな人だった、と

 

 

「姉ちゃんっ!久しぶりの再会に投げで応える姉がこの世の中のどこにいるんだ!」

 

「知らないの?世の中には久しぶりの再会の時に殴りかかるロクでもないやつがいる漫画を読んで育ってマネする奴がわんさかいるんだぞ?」

 

「アンタもたいして変わらねぇよっ!」

 

 

 投げ技は受け身を取れなければ下手をすれば肋骨が折れて内蔵へと突き刺さることになる。拳で殴りつけるのに比べれば程度にもよるが遥かに危険だ。

 

 

「先に下に降りてなさい。ボクも濡羽ちゃんと少し話をしたらすぐに降りるから。」

 

「いや、でも…」

 

「大丈夫、逃げたりしやしないよ。ボクはお前に会うためにここに来たんだからさ」

 

 

 やっと再会できた姉から目を離すことに躊躇を覚える奏。また消えてしまうんじゃないかという不安の感情があからさまに奏の顔に表れるが、その不安をかき消すように百恵が片目をウィンクしてみせてアピールする。

 

 そんな陽気な態度をとる姉に弟は納得して部屋を出て行く。千菜よりも少しばかり高いくらいの背の姉がそんな風にウィンクをしてみせる時は一度たりとも約束を違えたことはないからだ。

 月の光を受けて輝くセミロングの金髪を視界の端に捉えたのを最後にして奏は百恵に背を向けた。

 

 

「わたしなどに構わず姉弟水入らずでの夜の散歩へと向かってよろしかったのですよ?」

 

「言われなくてもすぐに行くからそう邪険に扱わないでよ。気まずいのはわかるけどさ」

 

「いえ、そんなことはありません。

 殿方と一緒にいるところを見られた程度で羞恥に頬を染めるような初心さなんてとうの昔になくしてしまいましたから」

 

「こらこら、そんなことを言ったら年齢を嵩増しして見られるよ。まだ若いんだから」

 

 

 百恵のペースは崩れない。奏のように濡羽に飲まれることがない。金色に輝く髪をくるくると指で弄びつつコバルトブルーの目で壁の瓦礫の隙間から空に登り始めた月を眺める。

 

 

「今からシロエくんと会うんだろ?口説けるといいね、あっ、でもあの子は多少強引な娘に弱い嫌いがあるからさっきみたいにしたら案外コロリと落ちるかもね。

 まぁ、頑張ってよ。お姉さんは応援してるからさ」

 

 

 

「奏さんには“好きな人”がいらっしゃるみたいですね。私の誘惑にもなびかない程に強く思った人が」

 

「…そうだね、

 だから濡羽ちゃん、さっきみたいなこと、されたら困るんだよねぇ。

 

 さっきはカナミちゃんの影響力がかろうじて残っていたから良かったけど、もしあそこで濡羽ちゃん、君にウチの愚弟が口説き落とされていたら取り返しがつかなかったよ。

 もし、奏の中心が君に移っていたらボクの今までの苦労はすべて水泡に帰すところだった。そしたら君のことを、

 

 ()()()()()()()()()()()って()()()

 

 

 

 

 だから今後こういうことはしないでね、にこやかに笑う百恵の目は笑っていなかった。

 そのコバルトの目には脅しの意味も含まれた怒気と殺気が湧き狂うように満ちていた。

 

 

 濡羽の身体中からいやな汗がいっきに噴き出す。刹那といっても差し支えないほどの時間しか向けられていない殺気も濡羽に心の底に昔押し込めていた原始的な恐怖を思い出させて濡羽の身体を強ばらさせるには十分だった。

 

 濡羽は思う、この人は絶対に逆らってはいけない人だと、この人の言葉に背けば本気で殺される。

 『<冒険者>は大神殿で復活できる』そんな事実を当たり前のように有していてもその考えは変わらなかった。

 

 

 

「それじゃあ、逢い引き頑張ってね。

 ここでよろしくやるのはなんというかマニアックだからきちんと宿屋に行くことをオススメするよ」

 

 

 そんな百恵のふざけた言葉は耳に入らないほど、濡羽の身体は恐怖に震えていた。その廃墟にシロエが来るまで濡羽の身体の震えは止まることはなかった。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 奏儚(かなくら)百恵(ももえ)という人間は神に愛されている。

 

 

 それは言い過ぎた比喩でもなんでもなく、紛うことなき事実である。

 

 彼女には奏と同じ生まれ持った目がある。正確には、奏が霊的なエネルギーが見えるのに対して彼女には霊的な存在を見ることができる。

 幽霊しかり、神しかり、はたまた妖怪変化の類すらもその目は見据えることができた。

 

 生まれは由緒正しいとは言わないまでもそれなりに歴史と因縁を持った神社。

 信仰の対象として祀られているのは神を見ることができる人間は当時はまだ存命だった祖父を含めても百恵以外にはいなかった。

 

 

 暇を持て余していた神はたいそう喜んだ。久しく自分の存在をはっきりと見ることができる人間が現れたと。

 

 

 神は百恵にあらゆることを語った、そして教えた。それに応えるように百恵も熱心に学んだ。

 それをいたく気に入った神はさらに百恵を可愛がった。百恵に近づこうとする悪しきものは払ったし、百恵が成長に必要なものはなんであろうと用意した。

 

 

 そして、百恵が八歳になる頃、弟が生まれた。

 名前は八枝というよく笑う男の子であった。神は弟のことを楽しげに語る百恵の姿を見てまた喜んだ。自分と過ごす時間が減ることよりも百恵の笑顔が増えたことが喜ばしかったのだ。

 

 

 そして、弟の八枝も姉の目ににた目をもって生まれていた。彼には霊的な力を捉える目が備わっていた。

 

 自分の姿をはっきりと見て言葉を聞くことはできないがそこにいることはわかるそんな程度の認識ではあるがまた自分を見ることができる子が増えた。神はまた喜んだ。

 

 けれど、そういうわけにもいかなかった。

 

 

 八枝は神を恐れて泣くのだ。

 おおきな力を持った何かがいるのはわかる。けれどそれがなんなのかがわからない。えたいのしれない存在に八枝は恐怖した。赤子ゆえにしょうがないことだとは神も思った。 

 これは悪いことをしたと八枝の前には極力姿を見せないようにした。

 

 

 そして、また百恵が十歳になった頃、妹が生まれた。妹にはなにも神を捉えるものは持っていなかった。

 神は残念に思ったが自分には百恵という可愛くてしょうがない娘のような存在がいるから構わない、神はそう思った。

 

 

 そして、百恵が十二歳になる頃、百恵は神童と呼ばれるようになった。

 

 

 『頭がいい。とても小学生とは思えない』

 

 当たり前だ。誰が百恵に教えを説いていると思っている。人の寿命など優に超える神が教えたのだぞ、そこらの大人よりも理智に富んでいるに決まっている。

 

 『彼女の運動能力はずば抜けている。十年に一人なんて表現じゃまだ足りない』

 

 当たり前だ。十年以上も神の強大な神力を間近で受け続けてきたのだから、すべての身体の細胞が常人のそれよりも遥かに発達している。

 

『おまけに性格もいい。才能に溺れることなく誰に対しても等しく優しい』

 

 当たり前だ。神の何百年という経験を出来うる限り伝えてきた。この世にどんな絶望が希望が溢れているかを一端とはいえ彼女は理解している。

 

 

 元より才能に溢れていた彼女は神に教えをえるという並の人間にはありえない教育を受けあらゆる才能を開花させた。そして常に向上心の元に行動し自信を高めることになんの慢心することがなかった。

 人生に必ず訪れる挫折も、絶望も、不運も、百恵が乗り越えることができないものは神が全て祓った。

 

 

 そのままに、環境が変わることなく王道、覇道、ならぬ神道を歩み彼女はそのままに育ち、甘く苦い青春を経験し、大人になり、理不尽を覆し、そして今にまで至っている。

 

 

 

 

 神に愛された女、天才の中の天才、それが奏儚百恵という名の奏と千菜の唯一無二の姉である。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「お待たせ、八枝」

 

 

「ん、少し時間かかったな。というか思ったんだけど本名で呼ぶのはナシだぞ、ここでは『奏』が俺の名前だ」

 

 

「……まぁ、そういうなよ。せっかく久しぶりなんだから、今だけは、ね?」

 

「はぁ、まあいいや。

 で、なに話してたんだよ。ていうか濡羽さんと知り合いだったの?ていうか今までどこにいてなにしてたんだ。なんで念話にもでなかったんだよ」

 

 

「まあ、そう一辺に聞かなくても全部答えてあげるわ。あんまりグイグイとこられると怖くて泣くぞ」

「アンタはどこぞの名探偵か」

 

 

 自分のことを美少女と自覚するかの名探偵は脅しに『泣く』という選択肢すらも追加する。自分という存在の使えるものなんでも利用する彼女の強かさを奏は尊敬している。

 

 

「んー、ボクが一姫ちゃんと一緒というのはないわね。あの子はボクとは出自が違う。ボクと一緒の出自の奴なんてこの世にそうそういるようなもんでもないけどね」

 

「話をそらすなよ。なんで濡羽さんといい、姉ちゃんといい頭のいい人間は話をポンポンそらすんだ」

 

「はは、八枝、そう怒るなって。濡羽ちゃんにはちょっと忠告してきただけ」

 

「忠告?」

 

「ウチの弟に色目なんか使っちゃダメだぞっ!メッてね」

 

 

「それ絶対オブラートに包んだ程度じゃ済まないレベルで脅してきてるよね。

 ていうか歳考えろよ、今年で29だぞ。三十路一歩手前だぞ」

「……殺すぞ…変態愚弟が…」

 

「スミマセンデシタ。ウラワカキオネエサマ」

 

 

「それにしても、かっこよかったわよ。

 あれだけいい女に迫られてきっぱりと断るなんて。そうそうできることじゃない。

『俺には好きな人がいますから』

 言われる女は幸せね。ボクも一度は言われてみたいわ」

 

「……聞いてたのか」

「聞いてないとあんないいタイミングで出てくるなんて無理ね」

「止めてくれりゃよかったのに」

「もしもの時には止めてたわよ」

 

 

 

 

 

 

「でもさ…」

 

 百恵の歩みが止まった。それに気づき奏も歩みを止めて後ろを振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

「カナミちゃんのことを、好きって言っちゃうのは、

 

 ()()()()()だよね」

 

 

 

 

 

「……別に、俺が誰を好きになろうと、俺の勝手だろ。姉ちゃんには関係ねぇ」

 

 

「そうだね。恋愛は自由だ。ボクに八枝の誰が好きか嫌いかなんてとやかく言う筋合いはないだろう」

 

「だったらこれから二度と…「でもねぇ…、

 

<茶会>(ティーパーティ)が解散して何年になると思っているんだい!?

 ()()()<茶会>(ティーパーティー)を辞めた理由を知らぬ存ぜぬで押し通せるなんてふざけたことは抜かすことはしないだろ!!?」

 

 

 

 

 三年前、ひとつの集団に終わりが訪れた。それはギルドでもなんでもないただの集団。名前は<放蕩者の茶会>(デボーチェリ・ティーパーティー)

 伝説のプレイ集団として、ヤマトサーバーでは当時、知らないプレイヤーはほとんどいない程のレイド攻略集団だった。

 

 

 けれど、どんなものにも終わりは訪れる。

 

 

 一人や二人ではきかない人数のメンバーが仕事の都合や一身上の都合で<エルダーテイル>を辞めることになり<茶会>(ティーパーティー)も解散せざる負えない状況へとなった。

 

 そして、そのうちの一人に、奏の想い人も、含まれていた。

 

 名前は<カナミ>。<放蕩者の茶会>(デボーチェリ・ティーパーティー)のリーダー的存在にして一番のトラブルメーカー

 

 彼女の引退の理由はなんの変哲もない。ただの引越しだ、住まいを海外に移す、()()()に付いて行き、住まいを海外に移す。ただそれだけ。

 

 

 

「ああ、知ってるよ。でも、いいじゃないか。片思いを続けることだって」

 

 

 

「違う。ボクが言っているのはそういうことじゃない。

 

 あの子にお前の中心で居続けることの重荷を背負わせていることが問題だって言ってるんだ。

 

 誰か一人の為ならなんだってできる。どんなことだってやり遂げられる。それは素晴らしいことだろうね。

 

 

 でもさぁ、誰か一人のためにしか頑張れない奴なんて、その当人からしても、周りの人間からしても、迷惑でしかないよ」

 

 

 

「……なにを言ってんだ

 俺は確かにアイツのためになら大概のことはできるけど全部が全部アイツが理由でやってきてなんて」

 

「『俺の大好きな奴がそういう奴だったから』

 いつか一姫ちゃんに言ったらしいね。十分に理由にしているじゃないか。無駄な議論をさせるなよ」

 

 

「いい加減にしろよ…、そろそろ俺も怒るぞ」

 

「怒れよ。ボクはもうけっこう怒ってるんだ」

 

 

 いつのまにか、場所はアキバの街の南門、街の外へと繋がるゲートの前へと来ていた。運が悪かったのか、作為的にこのタイミングでこの場に来るよう計算されていたのか。

 

 百恵のヒールを履いた足での蹴りが奏の腹を射抜く。とっさに地面を奏は蹴って勢いを殺そうとするがそんなもの関係ないように百恵の足は深く奏の腹へと突き刺さった。

 四、五メートルの距離を吹き飛ばされた奏の身体はアキバの<ゾーン>から突き抜け、フィールドゾーンへと動いていた。

 

 

「げほっ…げほっ!どういうつもりだ。姉ちゃん」

 

「どういうつもりもなにもあるか。久しぶりの根性叩き直してやるんだよ。その腰に刺さった刀でも抜いてかかってきなさい」

 

「んなもんやるわきゃねえだろ」

 

「やらなきゃお前が一方的にボコられるだけだ」

 

 

 躊躇をまったく感じさせない蹴りが奏の鼻先を掠める。

 それをすんでのところで躱した奏だが一拍の隙間も空くことのない右と左の拳が腹を、右肩を顔面を容赦なく連続で殴りつける。

 

 

「くそっ、いい加減にしろっ!」

 

 

 奏もこれ以上の<武闘家>(モンク)顔負けの連打を受けるわけにもいかず腰の黒刀を抜き放ち百恵を牽制して距離を無理やりこじ開ける。

 空いた空白をさらに空けるために刀は抜いたままで後ろへと飛び去り連続で殴られた腹を押さえながら<ヒール>を自らにかける。

 

 

「なんだ、峰打ちか。余裕だねぇ」

 

「そろそろ止めとけよ。武装もしてないんだから、いくら姉ちゃんでもこの世界では負ける気はしねぇぞ。峰打ちっつても重さのある鉄の棒でぶん殴られれば痛いなんてぬるい感想は言えねぇよな」

 

 

「この世界では負ける気はしない、ねぇ。うん、まあ、そうなんだろうな。お前はそう考えるんだろう。

 

 でもまずはそのふざけた戦い方をやめてからそんな戯言は吐きな。防御を放棄するなんて素人でも、ましてや達人なら絶対にしないことだろうが

 戦い方だけじゃない、それ以外もだ。

 

 最近はもうボロが出始めてるじゃないか?この世界に来て誤魔化しが効かなくなってきたんじゃないか?」

 

 

「なんの話をしてんだよ」

 

 

 

 

 奏の疑問の言葉に百恵は耳を貸すことはなかった。そのまま、溜まりに溜まったものを吐き出すようにいっきに言葉を紡いでいった。

 

 

 

 

「今までは笑って余裕があるように見せて、自分より弱いものたちに優しく振る舞って、道化を演じることで周囲に複数の自分を認識させて、

 自分に力があると、周りに誤認させてきたんじゃないか?

 本気を出さずに手を抜いていることを気づかれないように無意識に動いていたんじゃないか?

 はっきりと本当の自分を見つめられないように焦点をずらしてきたんじゃないか?」

 

 

 

「だから何の話をしてんだよっ!?俺が手を抜いているってなんのことっ…」

 

 

 

『やーくんは無意識に意識的だから困っちゃうよね』

 

 いつかの夢での彼女の言葉が脳裏にフラッシュバックする。

 『無意識』

 夢というものは自分の無意識からの語りかけである。

 自分が恐怖と感じているもの、大好きなもの、意識は騙すことはできても無意識は騙せない。だってそこには意志がないのだから。そこはただ感じたものが溢れだし意識へとすくいだされる前のものだから

 

 

「ほら、心当たりがあったんだろ?」

 

 

 詰まった言葉尻から力が抜けていく。

 それをまるで責めるように百恵の言葉は続けられる。

 

 

「もう一度言うよ。

 

 最近はもうボロが出始めてるじゃないか?この世界に来て誤魔化しが効かなくなってきたんじゃないか?

 

 大手のギルマスに軽口を叩いて、恩を売って対等だと示そうとしなかったかい?

 簡単には許してはいけないことを許容して自分を慕う人間を増やそうとしなかったかい?

 突拍子もないことをして、自分をそれを平然とやってのけれる高い能力を持った人間へと偽ろうとしなかったかい?」

 

 

「黙れ」

 

 

「ザントリーフで<大地人>の男の子に言っていたね。

『人生ってのは理不尽で残酷で冷酷でバカらしいほどに悲劇的に劇的なんだよ。おとぎ話じゃない。ゲームじゃない。

 ハッピーエンドで終わるとは限らないんだよ。

 そんな中で手を抜いて生きていけるわけない』って。

 

 でもさ、お前の方がずっと手を抜いて生きてきているじゃないか」

 

 

「黙れっつてんだろうがぁ!!」

 

 

「あの子の優しさに甘えているくせに、カナミちゃんのためにですら本気を出すことができない。

 

 ボクが気に入らないと言っているのはそういうところだ」

 

 

 

 奏の咆哮に気圧されることなく最後まで言葉を言い切った百恵は、激昴して斬りかかってくる弟をいなす。冷静さを欠いてしまった彼の剣には繊細さの欠片もなければ型もぶれてしまっている。そんな太刀筋が通用するようなぬるい腕前では百恵はない

 

 

 

 

 

 「<神降ろしの儀>」

 

 

 それは<神祇官>(カンナギ)なら当たり前のように切り札のひとつとして使う魔法。必殺魔法の中でも<詠唱時間>(キャスト・タイム)及び<再使用時間>(リキャスト・タイム)が最も短い魔法。直後に使用した特技の熟練度を一段階効果時間中上昇させるここぞというときに使用する魔法

 もちろんそんなことは同じ<神祇官>(カンナギ)の奏は先刻ご承知であり、PVP畑出身の奏は冷静さを欠いてはいても本能的に観察へと集中するために動きを止める。

 

 

 

 が、次の瞬間には奏は両腕を押さえ込まれ、身体を畳み込むようにして、地面へと這い蹲らされていた。

 

 

「これなら、少し頭は冷やせるな」

 

 

「…かはっ!

 なにしやがった…<飛び梅の術>で飛んだとしても、こんな速いわけがねぇ…」

 

 

「最近では、アキバの街では<口伝>っていうのが確認されてきたんでしょ?

 お前の<黄金領域>みたいなのとか、シロエくんとか、クラスティくんとかソウジロウくんとか」

 

 

(なんでそこまで知ってんだ…

<黄金領域>のことはペラペラと人には話たことはねぇし、俺だけじゃなくて他の連中の<口伝>(もの)まで)

 

 

 奏の最初の疑問に答えるように上を見上げることもできないような体勢の奏の上から声だす。舌をペロリと這わせ笑っている。

 

 

「それといっしょだよ、口伝<神憑き>

 神をこの身に憑かせ人を越える業だ。お前の〈口伝〉と違って大きな欠点は抱えていないがね。

 

 そしてお前はこれに見覚えがあるんじゃないかな?」

 

 

 

 百恵の白く長い手の指が奏の頭を掴み前を見られるように無理やり上げさせる。

 

 そこに一本の太刀が地面へと突き刺された。

 長い長い太刀だった。

 白く美しい太刀だった。

 

 奏はその太刀に見覚えがある。否、忘れることなんてできないだろう

 

 

 

 

 

「ザントリーフでのあの夜、お前を殺したのは、

 

 ───()()()()()

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「やあ、百恵ちゃん。奏クンと無事に会えたみたいだねー」

 

「マイクロフトか」

 

 

 祭りの熱がまだ冷めるような時間でもない街の中、なぜか人一人として姿のない道をゆっくりと歩く美しい金髪青眼の女性の前に立ったのは真っ白な毛並みをした深紅の眼を持つ狐もどきのような生き物だった。

 道を塞ぐことなんてできないような道ではあったが女はそこで立ち止まり狐もどきと視線を交差させ、何を思ったのか毛玉の鮮やかな白の毛に触れる。

 

 

「いいのかい?

 こう見えても中身はただの冴えないおっさんだよ?」

 

「傷ついている女性には優しくするのが紳士な探偵なんじゃないの?」

 

 

「君が傷つくなんて悄々な言葉を使う玉じゃないことくらいは知っているさー。ただ君はめんどくさくなっているだけだよ。張り詰めた精神を休めようと脳が無理やりストップをかけてるだけさー」

 

 

 触られるのを拒むように白の毛玉はするりと百恵の手から抜け出し尻尾で手を叩き払う。

 それに女は嫌悪感をみせるようなことはせずに、立ち上がってもういくつもの星が儚げに空で輝くだけの空間を見つめ口を開いた。

 

 

「ボクはさ、天才だよ。

 君や一姫ちゃんとは格が違う。シロエくんなんかでは比較対象にあげるのもおこがましいくらいに、まぁ、あの子は自分を天才なんて微塵も考えちゃいないくらいに身の程をわきまえているけどさ。

 せいぜいボクと同じステージに立てるのはクラスティ君くらいだろう。あの不感症の男でもまだボクの足元にも及ばないだろうけどさ」

 

 

「ナルシスティクだね」

 

 

「理解してるのよ。自分の能力を。ボクは才能を使いこなす天才だよ。どんな才能もボクは最大まで伸ばすことができる。

 だから、あの子がああなった責任は半分はボクにある。もう半分はイトシキ様のせいなのかな。

 いや、…やっぱり全部ボクのせいなんだろう。

 ボクの才能は奏を狂わせた。他の人間は大丈夫だったからあの子も大丈夫だと思ったんだけどね。見込みが甘かった、他のどうでもいい連中の人生を狂わせないように回していた気遣いをあいつらよりもずっと近くで長く一緒にいる八枝の方にもっと回してやればよかった」

 

「それで変わったと思うのかい?彼のあの無意識の自傷を」

 

 

 無意識の自傷

 その言葉に百恵はひどい笑いをみせることしかできない

 

 

「変わったんじゃないかな。千菜は強い子になったし、その上あの子の学習能力の高さには僕にも目を見張るものがあるくらいだ」

 

 

「彼が防御をしないっていうのは、つばぜり合いを避けてるってことなんだろうー?人と競うことを避けている、切磋琢磨することを避けている。キミと比べられることを拒んでいる

 

 これから、彼は変われると思うかぁい?いや、立ち上がれると思っているのかい?」

 

 

「立ち上がらせるわよ。例え八枝に嫌われても憎まれたとしても。そのためにボクはこの世界に呼ばれたんだ」

 

 

「家族を救うために家族を殺すかい。

 はっきり言わせてもらうよー百恵ちゃん。君は頭がおかしい。狂ってる。キミみたいな奴は早く死んだほうがいいー。じゃなきゃいつかたくさんの人を不幸にする」

 

 

「そんなもん先刻ご承知よ。傍から見ればボクなんて幽霊が見えるなんておかしなこと抜かしているオカルト電波ちゃんだろ」

 

 

「くくっ、実に素晴らしい喜劇だねー。

 キミたち姉弟の人生は狂いに狂っていてどうしようもない。

 こんな世界に呼ばれる前からそれだけ狂っていたらどうしようもないだろう。

 人間風情で神に愛された女とほとんど同じ境遇にあったというのに真逆の立ち位置に行ってしまったその弟。

 三部作にして大長編で売り出せるよー。楽しませてもらうよ。キミたちの一幕を」

 

 

 享楽主義の狂った探偵マイクロフト

 彼は人の人生の一幕を垣間見るために探偵になった。今度の一幕はこれまでの人生で最高の一幕になるだろうと期待を高ぶらせてゆく。

 その本来の身体ではない禍々しい真っ赤な眼を持つ獣の姿であっても彼が心の底から楽しげにしていることが百恵にはわかった。

 

 

 そんな白の毛玉の姿を視界から切った金髪の美しい女の顔は自責の念に押しつぶされかけて醜く歪んでいた。

 彼女の髪を揺らしそのコバルトの眼にあたる夜の風は冷たく乾ききり、

 

 あるはずもない彼女の傷を、慰めているのか、抉っているのか、ゆっくりと通り過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

 








 
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