ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~ 作:となりのせとろ
時は少しだけ遡り―-
『お前を殺したのはわたしだよ』
はっきりとした口調で聞き間違いなんて起きようもない程にくっきりと告げられた言葉に奏は百恵に組み敷かれた体勢のまま聞いていた。そこに怒りと疑問の気持ちなどは起こることはなくただ呆然とその言葉を咀嚼し理解しようとすることだけが奏にできることだった。
やがて許容のできない事実を受け入れた奏が起こした行動は拒絶だった。
「俺から離れやがれこの人殺し」
奏の体の上で悠々と余裕を浮かべていた百恵が咄嗟に奏の体の上から飛び退く。飛び退きざまに一太刀の軌跡が奏に向けられるがそれが届く前に奏を中心として球心状に<黄金領域>の絶対の境界が広がっていき円状に奏を抱きすくめるように展開し拒絶するように百恵の刄を弾いた。されどその剣圧だけで背後の地面は抉れなんの抵抗もなくあっさりと木はなぎ倒される。その一撃はザントリーフへと向かうときに奏を斬り伏せようとした化物のそれと同じだった。
「<黄金領域>、流石の強度と言える。
けど
絶え間なく続く白の斬撃の暴風は吹き荒れ黄金を喰らい続ける。放たれる死の一閃の数々が止まる気配は一向になく、<黄金領域>を解き通ずるかすら定かではない反撃の一手を打ち返す隙すら奏にはあたえられない。地力が違いすぎる。
『<黄金領域>』
世界の中に自分だけの世界を創り上げ世界と世界を区切る境界でいかなる干渉をも受けつることのない理による壁。理への干渉なくしては超えることはできない黄金の居城。
されど所詮は人の造り上げた絶対。絶対は絶対ではなく穴だらけの遠き理想でしかない。
世界を創り上げる力など、一人の人間が持てる力で創り上げることなどできやしない。世界の上に小さな世界を創るそれは砂浜の上に砂の城を建てるのと変わりなく創るための材料は借り物でしかない。
その場にある”場の力”を消費して創り上げるのが<黄金領域>という奏の口伝なのだ。借り物の力は”場の力”が尽きれば使えなくなり、自分のものではない力を使うには自らの力を振るうよりも無駄が増え手間が掛かり時間がかかる。
「<口伝>は使い手の本質を偽りなく表す。だからお前の
己を取り繕うことにしか懸命になれず、自分の愛しい存在のためにすら全力の力を振るうことが選択しにすら入らない。自分に
これを悪性としか言わずになんと言おうか。お前はお人好しなんかじゃないし、いい人なんかでもない。ただ自分が可愛いだけのナルシストだ」
結界が収束を始めていく。
一撃たりとも白を通すことをしなかった黄金は少しずつ少しづつ、小さく、弱くなっていく。所詮、砂の城は砂の城でしかなく白波には流されるし風には浮かされ崩される。
そして世界が終わりを告げる。
収束しきった<黄金領域>は消え白銀の刄は奏の身体をいとも容易く吹き飛ばす。既に抉りきりもとの風景など影も形もない背後を跳ねるように舞い地面に何度もその体をぶつけたところで、刄の届いていなかった木へと体を打ち付けることでやっと止まるにいたった。
頭からは血が流れ右目はもう見えていないのだろうその目に光は宿っていない。身体中の骨も折れているはずで立ち上がることもできないはずな風体だ。満身創痍という表現では足りないほどに痛々しくボロボロに痛めつけられたその身体で乏しくなったわずかな光を左目だけにやどして一点を見ていた。
月の光をバックに金髪を揺らしながら大きく開いた奏との距離を一度の跳躍で詰めてきた百恵。百恵は視線だけを向けてくる奏に対して見下ろしながら言葉を続けた。
「八枝、それでもまだそうあり続けようとするのなら、そのままメッキの光であの世なりなんなり行くといい。そのあり方がまだ黄金に輝いているうちに、生き恥を晒す前にさっさと死になさい。じゃなきゃいつかお前は誰かを不幸にする」
「勝手なこと言うんじゃねぇよ…あんたのせいで俺はこうなったんだろうが…この化物」
血を吐きながら奏は百恵に言う。奏の顔は吐き気がするように気分悪げに崩れ、真っ赤な血涙が流れているかのように錯覚してしまう。それは本物の涙があるのかどうかは分かりえない。
弱々しく挙げられた左手に指さされながらその言葉を受けた百恵の表情がわずかばかりに崩れた。
「<剣の神呪>」
指差していた左手から大型の剣が無数に飛び出して百恵へと襲いかかる。この近距離で発言された不意打ちの無数の剣は異空間の扉から顕現しきる前に既に直撃している。おそらく全ての剣が百恵に直撃しただろう。その手応えが奏にはあった。
「これで無駄だとわかったかい?お前は万能でもなんでもない。すべてにおいて一歩足りない。しょせんその程度だ、だから私に勝てないのさ。だから私には
「__いつになったらお前はまた走り出すんだ?」
それでも百恵には届かない。
奏が放った
ただただ高潔に気高く頂点足り得る。それが奏儚百恵の本質。
口伝<神憑き>
怪異と遊んだものは怪異に染まる。
ならば神と遊んだものも神になり得るだろう。それが根底にある奏儚百恵だけの口伝。<神降ろしの儀>により降誕した神と対話し、交渉し屈服させ、本来得ることのできる力とは比べるべくもない人智を超えた力を憑かせる降霊術の極致。神をも魅了する奏儚百恵の高潔さ
「バカは死んでも治らない。でもこの世界では違う。この世界で死ねば己の汚いところや弱いところを無理矢理にでも見せ付けられる。お前は何度死ねば利口になれるかな?」
奏の胸から白銀の長刀が一本生えた。美しかった黎明のような青色を弾けるような血の紅がただただ広がり染め上げていく。それは日が立ち上り空が明るく照らされるのとは違う終わりの始まりのような色へと青を変えていった。
そして奏はまた絶望の夢を見た。
「二回目」
出来うる限り冷淡に感情を殺したような声が夜の入口へ立つことになる奏に届くことはなかっただろう。
きっと彼女が死んだなら彼女が見るのは弟を殺す夢だ。弟を何度この先殺すことになるかは彼女にもわからない。けれどその悪夢はいずれ彼女を壊すだろう。それでも壊し続ければ壊れてしまう。
彼女は高潔で気高く頂点足り得る程に高みに立っているのだろう。高みに立つ彼女だから、殺し続け悪夢を見せ続けることができるのだろう。自分の弱さを受け入れきってしまった弟がまたもう這い上がるまで、彼女は何度壊れるだろうか。
ただひとつ言えるのは、彼女はもうすでに十分に壊れている。彼女が立っていた高き足場もそう多くはもう残っていない。彼女は遠くないうちに堕ちるだろう。
さてあと何度殺せるか…
さてあと何度壊せるか…
さてあと何度…
◇◆◇◆
地獄を見た。
死にたくなるような悪夢を何度も見せ付けられた。悪夢は死にたくなるように辛かったけれど、悪夢に誘われる前のほうがずっと地獄だった。死んだほうがマシだと思った。それでもこの世界では死ぬことは出来なかったけれど。それは終わりの始まりだったのだろう。
「あぁ、面倒だ…
いっそ狂えてしまえば楽だったかもしれない。
天秤祭のあの日から、悪夢を見るようになった。自分では立ち直ったつもりではいるけれど身体は正直らしく眠れば悪夢を見る。
悪夢を見ないようになるには、きっと立ち直るのではなくて乗り越えなければいけないのだろう。受け入れるのではなくて克服するのが俺に一番に必要なことなのだろう。何をすれば克服できるかなんてまるでわかりやしないが、それがきっとやるべきことで間違ってないはずだ。
聡明なあの姉がどこをどう間違ってあんな方法を取ろうとしたのかはわからない。あの姉なら俺を殺すことなく自分で言っていて虚しい限りではあるが更正させる手段なんていくらでも思いつきそうなものだ。まるで誰かにそそのかされたみたいに姉らしくない。
だとしたら姉を止めることがきっと俺がやるべきことだ。
「強く、ならなきゃなぁ…」
それもこれも姉との対等なステージに立てなければどうしようもないが、現状じゃすぐに殺されるのがオチだ。せめて対話をするだけの実力をつけないと話にならない。
今、俺はアキバの街にはいない。俺がいるのは霊峰フジの南側にある華の都セレソステナ。
美しい街ではあるが、べつに俺はのんきに観光をしに来たわけでも神社に神頼みをしにきたわけでもない。できることなら神頼みで万事解決するのならそうしたいところなのだが、最近は龍神は神社に姿を現していないらしいし、そんなものに頼ることが根本的な解決になるとは到底思えないのが正直なところでしかない。結局は自分の問題なのだから。
迷信ごとは都合のいい時だけに信じていればいい、信じる者が救われるならよくないものを信じるものは同時に不幸になるのと同義だ、ようは信じようが信じまいが同じこととクイン辺りが言っていた。今だけはアイツの身も蓋もない意見に乗らせてもらおう。いないものを信じて頼ってもしょうがない。
俺の目当てはセレステリアからほど近い霊峰フジのふもとに広がるダンジョン<フジ樹海>。
高レベルのモンスターが闊歩するゲーム時代の頃からヤマト屈指の難関かつ広大なダンジョンのひとつである。そこで俺はセレソステナを拠点にしながらレベリングに勤しんでいた。天秤祭から二週間レベリングの甲斐あってレベルは天秤祭の頃の91から93まで上げることに成功した。レベルをあげてなんとかなるとは思ってはいないけれどなにかしていなければ始まらない。なにかしていなければ気が持ちそうにないからだ。
「さてと、行くか」
今日もまた日の光さえも届くことのないフジの密林へと足を踏み入れる。獣の声と見飽きた魂の残り香が飽きもせずに殺気だって出迎えてくる。
「ハッ、毎日毎日血気盛んだな。やろうか、畜生ども。届くかどうかもわからない天上落としの糧になってくれ」
その笑みはどうしようもなく高笑いからはほど遠い。誤魔化しも利かなくなってしまった彼の笑顔は見ていて気分が悪かった。