ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第五笑 その手に失せた夢の欠片
第三十九話 雪に散る深紅の花


 ◇1◇

 

 ギルド会館三階貸出ゾーンのうちのひと部屋を拠点として構えている<三日月同盟>のギルドホールではいつもどおりにすこしの騒がしさが心地よく響いていた。

 

 千菜はその騒がしさをBGMにしながらマリエールの抱えるはずである<円卓会議>の書類に目を通している。本来ならマリエールが目を通さなければならない資料もいくつかあったりするのだが当のマリエールは何分こらえ性がない性分なのでついついこんな事務的な仕事よりも楽しいものの方に逃れていってしまう。

 お祭りの運営やらイベント事の仕事などの仕事は悠々としてしてこなすのだが(この前も秋の大運動会と称したカボチャの在庫処分大会が行なわれた。ちなみに<三日月同盟>は九位だったので規模に見合わない多くのカボチャの負債を抱えてしまった。困ったものである。

 そのことも踏まえて同じ<円卓会議>の議員の一人であり懇意にしてくれているシロエがあらかじめそういった面倒な仕事は出来る限り回さないようにしてくれていたし逃れようのない必要不可欠な仕事も奏と千菜、ヘンリエッタの三人でマリエールにもわかるように噛み砕いて説明してやったり分担してやっていたのだが、

 今はそのうちの男二人がいなかった。シロエも奏も何処へやらと消えてしまった。

 

「まったく、男ってのは勝手になんでも決めて行動するんだから。待つ方の側のもなりなさいよね」

 

 手に持つ筆記具を遊ばせてシロエが用意しなくなって幾分か質の落ちてしまた書類から視線を外しながらアキバの街を離れて自分勝手に行動している二人に愚痴をこぼす。少なくともシロエの方はそんな私情で動いていないことはもちろん知っているが、これくらいは言わせてもらっても彼なら文句は言わないだろう。

 

 天秤祭のあの日二人がなにかしていたのは千菜も知っていた。そして奏にあの夜なにかあったのも勘付いているつもりだ。

 

「千菜ー、おつかいを頼まれてはくれませんかー?」

「どこにー?」

「レイネシア姫のところです。マリエと一緒に行ってあげてくださいな」

 

 どうやらお供という名の息抜きに行ってこいということらしい。最近は<水楓の館>にも顔を出していないのでちょうどよかったのかもしれない。

 あそこのメイドであるエリッサが入れてくれたハーブティーとケーキの組み合わせをつまみながらのんびりと過ごす時間は千菜は結構好きだった。雰囲気は違えどあちらの世界で祖母と縁側でお茶を啜りながら羊羹でもつまんでいたときと雰囲気が似ていたからだ。

 

「いいんですか?まだ書類捌ききってないよ?」

「あとはわたしがやっておきますわ。最近ずっと任せっぱなしだったでしょう。たまには息抜きくらいはしてきなさいな。それに帰ってきたらマリエにもきちんとやらせますわ」

 

「ヘンリエッタさんだって忙しかったんだし…」

「いいんです。わたしだってちょこちょこと息抜きはとってますわ。最近はクインさんも服を文句を言いながらも着てくれるようになりましたし、総合的にはプラスですよ」

 

 それ単に反抗しても無駄だってクインが気づいただけなんじゃ、などと野暮なことは口にする気は千菜にはない。

 

 ヘンリエッタが言うとおり最近千菜が奏の抜けた分のギルドの仕事もほとんどやっていて息抜きらしい息抜きもしていなかったのも事実なのだ。自由がもらえるなら存分に活用してこようじゃないかと、千菜は目の前に広がっていた書類の山をざっと整理した後に立ち上がった。

 

「それじゃ、行ってきます」

「はい。いってらっしゃい」

 

 部屋の扉をややテキトーに閉めて出て行った千菜にヘンリエッタは思わず苦笑を浮かべてしまう。

 奏が自分になにも言わずにいなくなってしまって一番思うところがあるはずの妹が、普通なら身が入らなかったり上の空になりそうなものをこうも徹底して兄の後始末に奔走しているのだ。どちらが上かわかったものじゃない。普段の二人のやり取りからは想像できないが案外二人きりのときはまわりが見ているときとは違った関係があの二人にはあるのかもしれない。

 

「まったく兄妹揃って難儀な性分をしていますね…、周りが見ていてハラハラさせられます」

 

 ヘンリエッタはアキバにはいない笑みをいつも絶やさなかった青年を思い出してもう一度苦笑してしまう。

 

 

「あら…ここの計算最初から間違えてますね」

 

 

 ◇2◇

 

 セルデシアの大地はあちらの世界と比べると若干の気候が異なる。コンクリートの大地だった頃とは違い夏に太陽の熱がこもるようなこともなく乾いた風が強く吹いていき、冬は雪がありがたみを感じることもないほどに際限なく降り積もるのがこのセルデシアでのヤマトの大地の気候なのだ。

 だからアキバの街の街道の脇にも雪かきされた雪の塊がのけられているし民家や商店の屋根には落とし損ねたつららが一本だけ寂しく残っていたりする道を歩くのが日常になる。

 

「うー、さむいっ」

「そんなかっこだったらそりゃ寒いやんね。いつもと変わらんかっこやん」

「いつのまにかこんな寒くなってたんだねー」

「最近千菜はシロ坊みたいに引き篭っとたから部屋でぬくぬくぽっかぽっかやったもんね」

 

 普段と変わりない翠の着物姿で出てきた千菜だったがいつのまにやらこの格好では寒さを凌ぎきれないほどに寒さは厳しくなっていたらしくぶるりと震えてしまう。そんな千菜を見てケタケタと笑いながらエアメガネをくいっと上げてみせるマリエール。

 

「マリエールさんがもうちょっとたくさん仕事してくれてたらわたしも引き籠る必要なかったんだけどねー」

「ごめんなさい」

 

(ほんまはウチが手付けるまえに千菜が大方片付け終わっとるからなんやけどね…)

 

 マリエールがギルドマスターとしての仕事を優先させて終わらせて、いざ<円卓会議>の仕事に手を回そうとしてみればあらかたの仕事は千菜が片付けてくれているのである。相対的にマリエールのする仕事量は少なくなってしまう。

 もちろんマリエールもそれは悪いと思ってなんとかしようとも思ったのだが親友のヘンリエッタから、千菜も仕事に集中することで奏がいないこと意識しないように紛らわしたいのかもしれない、なんて言われてしまえばちょっと手が出しにくくなってしまうしそれに甘えて他のことに時間を割いているのも事実なので甘んじて千菜のお小言は頂戴するようにする。

 ギルメンを黙って見守って受け止めてあげるのもギルドマスターの甲斐性の見せ所なのだ。

 

 マリエールは自分が着けていたマフラーを千菜に巻いてやりながら、折衷案を提案した。

 

「かんにんかんにん。帰りにケーキ買ったげるからそれで許したって」

「<ダンステリア>のアップルパイでも?」

「うぐっ…かっ、かまへんよ?」

 

 天秤祭で奏がデート(笑)でお世話になった<ダンステリア>のアップルパイ。あれは割とお高い。

 他のギルメンみんなにもケーキを買っていくとなるとて今の持ち合わせで<ダンステリア>の少々お高いケーキを買うだけの金貨があるかマリエールの頭の中でさっそく桁の少ないそろばんが動き出し答えを導きだす。

 結果はあんまり残らない。これはヘンリエッタにお小遣いの打診を頼まなければならないなぁと遠くを眺めてしまうマリエールとは対照的に千菜の顔はホクホク顔だった。女子としてやっぱり甘いスイーツにはそれなりのご褒美らしい。

 

「あれ、アカツキちゃんかな?」

 

 思わず遠くを見つめてしまっていたマリエールはひとつの影を見つける。

 それは全身黒の隠密性と機能性を追求した黒装束に身を包む少女。マリエールたち<三日月同盟>とも懇意の関係にある<記録の地平線>(ログ・ホライズン)のお庭番担当のアカツキである。その小さな体躯に見合った敏捷さと<腹黒メガネ>ことシロエが重宝するほどの索敵能力と隠密行動スキルを備えた可憐な燕のような少女である。

 

「おーい!アカツキちゃーん!」

「わぁっ!マリエールさん、いきなり近くで大声上げないでよ」

 

天下の大来でもありながらも人目をはばからずに声をあげてアカツキに声をかけるマリエール。それにすこしビクッと背中を揺らして後ろを振り向いてみた小柄な少女は二人の手を振る知り合いに気がつく。

 

「マリエールさんと千菜か。さすがにこんな大来でこの呼び止め方はやめてもらいたい。敵襲かと思った」

「ここは街中だよアカツキ」

「忍たるものどこに敵が潜んでいるかはわからない。例えばすれ違ったやつが敵の可能性だってあるのだぞ」

「君はどこの巨大組織と戦っているんだ…」

 

 彼女のロールプレイは今日も健在らしく見えない敵と数知れない戦いを繰り広げているらしい。本人も実際にそんな存在を気にして生活してるかどうかは定かではないが。

 だが男子たるもの外に出れば七人の敵がいるとも言うので、女子ならその七倍は敵がいてもおかしくはないのかもしれない。

 加えて隠密活動なんてしていれば案外現実味を帯びてくる。

 

「今からシアちゃんところに遊びに行くんやけどアカツキちゃんも一緒にどう?」

「あぁ…すまない。わたしはこれから武器屋に向かうところで…」

「ほぅかぁ、なら仕方ないなぁ。じゃあまた今度いっしょに遊びいこな」

「ああ、誘ってくれたこと感謝する」

 

 フッと<暗殺者>(アサシン)か<追跡者>かのスキルで姿を消すアカツキ。どこまでも一貫しているのか単純につい癖でやってしまうのかはしらないがお偉いさんの前なんかでは失礼になるのでやらないように注意しておくようににゃん太に告げ口しておかねばと決める千菜だった。

 

「ほな、シアちゃんとこいこか」

 

 もう既に人ごみに紛れてしまって薄れてしまった気配に背を向けてマリエールとともに千菜はレイネシアにいる<水楓の館>へと歩き出した。

 

 

 ◇3◇

 

「このチーズケーキおいしい」

「ミカカゲさんに教えていただいたレシピをエリッサなりにアレンジさせていただきました」

 

 白亜の皿の上に鎮座するチーズケーキをまたフォークでひとかけらと切り崩し口へと運ぶとしっとりとした食感とうっすらとレモンの風味が口に広がる。控えめな甘さと皿に添えられた付け合せの果実を使ったソースを付けるとまた味が一段と風変わりしてみせるのだ。これなら店売りしても十分に売れるだろう。流石マイハマの侍女なんでもそつなくこなすのだと千菜は関心する。

 

「さすがエリッサさん、一家に一人欲しいね」

「お褒めにいただき光栄です」

 

「あっ!千菜さんずるーい。わたしにも一口くださいよ」

「ミカカゲちゃん、世の中はそんなに甘くはないんだよ。スイーツだけに」

 

 パックリと残った一口をミカカゲの目の前で頬張る千菜。大人げないにも程がある。そしてたいして上手くもない、これが大人のやることか。

 悲痛な表情を浮かべるミカカゲと呼ばれた緑髪のツインテールを揺らすパティシエ然とした格好の少女にエリッサはきちんと全員分準備してあるとフォローの言葉を入れる。

 

「というわけだそうですのでそろそろファッションショーは終わりにしてみなさんケーキを食べませんか?」

 

 凛とした声が千菜の隣からテーブルの横でレイネシアを着せ替え人形にして楽しんでいる淑女たちにかけられる。声の主は<D.D.D>の教導隊長を務めるキャラメル色のロングヘアーが特徴的な少女リーゼ

 マリエールを筆頭に楽しげに様々な衣装を冬薔薇の姫に遠慮なく着せ替えていた彼女らも甘い香りに誘われてわきわきと動く手をとめてこちらへと流れてきた。

 

「助かりました。リーゼさん」

「いえ、お礼には及びません。当然のことをしたまでです」

 

「姫様も嫌だったら嫌って伝えなきゃダメだよ~。あの人たちすぐ調子に乗るから」

「前回、マリエールさんと一緒に率先してやっていた人がなにをいいますか」

「あれはわたしがやったんじゃないからいいんです」

「たしかに主犯はヘンリエッタ様とマリエール様でしたが…あれは…」

 

 やっとの思いで解放されたレイネシアは助け舟を出してくれたリーゼへと猫耳と猫のしっぽをつけたかっこうでお礼をいう。ちなみにこの耳やしっぽはいつぞやのロデ研特性欠陥品シリーズではなくてただのなんの変哲もないヘンリエッタのコスプレシリーズの一品なので問題はない。

 そんなレイネシアに千菜は二個目のケーキにぱくつきながら声を掛ける。そんな自分のことを棚に上げた言葉にリーゼが呆れ顔で言葉を返すが当の千菜はどこ吹く風だ。レイネシアもその時のことを思い出して若干千菜へと批難めいた視線をおくる。それを歯がにもかけずにケーキをつついて悶絶している千菜の胆力は大したものだ。

 

「もうっあんまり言われると怒って二人の質感をもうそれはそれは艶かしく書き連ねた文章を音読しちゃうぞ」

「やめてください!というかそんな文章がまるで本当に存在するかのように言わないでください!」

 

「え…?」

 

「なんですか!?その困惑した表情は!?あるんですか!?マジアリなのですか!?」

「ああ、あれかぁ…、あれは、なんというかなぁ」

 

 今まで終始無言を貫き黙々とケーキと紅茶を貪っていたクインが手元のカップと皿の上が尽きたのを区切りにリーゼと千菜の会話を聞いて生返事をする。ほっぺにクリームをつけているものだから締まりはないがなんとも微妙そうな顔だ。

 

「クイン様は知ってらしゃるのですか?」

 

 レイネシアが恐る恐るパンドラの匣を開けるかのようにおずおずと思案顔のクインへと尋ねた。

 

「…官能小説かと思った」

 

 

「もうお嫁に行けません」

「最悪兄さんにもらってもらいなよ。やったね兄さんのお嫁さんゲットだぜ!」

「クルクルパーレベルに無責任です…」

 

 

リーゼは真っ赤に赤面して突っ伏す。レイネシアは官能小説の意味が分からずにハテナマークを頭上にいくつも浮かべて動くしっぽをふるふると揺らす。クインはまたか…、と呆れ顔にすこしの苦笑いを浮かべて千菜のイジりが自分に矛先が向かないようについさっききたマリエールを盾にするように背後へと隠れてエリッサへと世間話を振る。

 楽しそうにニヤニヤと笑う千菜を見てマリエールは連れてきてよかったとにこやかに笑った。次は自分が直継とどこまで進んでいるのか根掘り葉掘りと聞かれるとも知らずに。

 

 ◇4◇

 

 とっくりと日は暮れていた。

 真っ白な雪を連ねて小道を吹き通る風は切り抜けるように冷たく口や鼻から入ったその喉の奥には咳き込みたくなるような気持ちの悪さがまとわりついてくる。そこに二人の男女が向き合って相対していた。

 二人の間に流れている空気はアキバの中心街を見せつけるように腕を組んで歩くカップルのように和やかな雰囲気もなくむしろ殺伐とした、張り詰めた殺し合いの場のような空気が生まれていた。誤解を生まないようにいうのならばその空気は一方的に青白い光をどこからか生むひと振りの刀を持った男の方から放たれる純粋な凍てつくような殺気から生まれる空気だったことだ。

 

 殺気にあてられた女とはまだ言い難い少女の方は文字通りの蛇に睨まれた蛙のようにピクリとも動かない。街中ではPKなどという蛮行は衛士によって食い止められる、そんな考えがあったのかもしれない。

 刀を抜いて立つ男の前では些かのんきがすぎる考えであって動かない理由としては不適格すぎるが。

 けれど時は動いている。朝露が動いていないように見えていても確かな変化は生まれていて、いずれ地に落なければいけないように。

 時は、波紋を打ったかのように動き出した。

 

 男の熊のように大きな身体が少女が気づいた時にはまるでキスをするかのような距離まで近くにあった。

手には真っ直ぐな太刀が少女を貫こうと肉薄していた。

 

 男の身体は熊のようであったがこれは冬を後にした熊だ。冬眠から目覚めて一番気が立っている。人を殺してまで食い散らかす人喰い熊。

 

 そんな風に考えた。

 誰が?

 少女ではない。

 男の方でもない。

 

 通りすがりの姫君がだ。

 

「この街で殺しをしようなんていい度胸じゃない」

 

 ゴッ!!

 鋼を素手で殴りつけたような音がその場に響いた。ビュンビュンと空を斬る音が生まれ次にはその場を支配していた足を地面に縛り付けていたかのような寒さは消えていった。代わりに燃えるような熱が空気を震わせる。

 

 

「殺すわよ、畜生風情が」

 

 吹雪をものともしない強き一輪の華が真っ赤に咲いた。

 




次回は九月二日午前9時の投稿を予定しています。
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