ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第四十四話 紅の名探偵の宣戦布告

「殺人鬼?」

「そ、殺人鬼ー。最近有名になってきたからもちろん知ってるだろー?」

 

 間延びして気の抜け切ったその声が机の上のいくつも広げられた本を睨みつけながら手元の紙に関連性のない暗号のような単語の羅列を書き連ねていくクインに向かって投げかけられる。

 その声の方向に視線ひとつ向ける様子もなく銀縁のメガネの奥で目を細める少女は気だるげに声の主に返事を返す。

 

「それは勿論知ってはいるが、なぜわたしがそれについて調べなくてはいけないんだ。

 こういうのは貴男の領分だろう。普段は他人には回しもしないくせにどういう風の吹き回しなのだ、マイクロフト殿」

 

「そう疑り深い目を向けるなよーやらしいなー。ちょっとボクは別件で手を回せそうにないからさー、やっといてくんない?」

「勝手だな、わたしもべつに暇というわけではないのだぞ」

 

 ここでやっとクインは止めることのなかった手の動きを止めてペンをインク瓶へと放り込んだ。さっきまでなにかを書き連ねていた羊皮紙は開いていた本の内側に栞代わりにでもするように挟み込んで閉じる。

 やっと動きを止めたかと思えば今度は引き出しから手製らしきノートを引っ張り出し先ほどまで使っていたペンとは違うペン先が細いペンを同じように引き出しから取り出して今度は丁寧に統一されたフォントのような字でつらつらと文を書き連ねていく。

 

「はっはー、ギルマス命令だからね、これ。<円卓>からも依頼が来てるから断るに断れない案件なのさー。頼むから駄々をこねずやってよ、ボクがすごい困っちゃうんだよー」

「なんで私が悪いみたいな形に持ってかれているんだ…」

 

 全部貴男の勝手な事情じゃないか…、辛抱が切れたのかついにクインのペンを握る手が止まりヘラヘラとするマイクロフトにメガネの奥からジト目を向ける。そんな視線を受けても悪びれもしないでマイクロフトはクインの机の上に広げられていた分厚い辞典のような本を手にとってパラパラとめくりながら受け流した。

 

「まあ、いい。それで?まさか一から調べろとか言うつもりではないだろ?まあ、一から調べなおしはするが」

「それは、アインスクン辺りから聞いてー。彼が概要の説明させるんだったら最適だ」

 

 

「あ、ちなみに二時から<円卓会議>だからそのとき聞くといい」

「おい、今何時だと思っている」

 

 現在時刻一時五十分。紅き名探偵の遅刻が決定していた。

 

◇◆◇◆

 

「で、お前さんがここに出張ってきたってことか」

「そうなる。若輩ながら宜しく頼みたい」

 

「だったら会議に遅れてくるようなことはするんじゃなかったな」

 

 

 ゴシック調の巨大な丸机を囲む一席のひとつから太い声がかけられる。声をかけたのはミチタカ、クインとも仕事柄にある程度の面識を持つ三大生産系ギルドの一角を担う<海洋機構>のギルドマスターである。ただその声色に厳しいものはなく茶化すような親しみを込めたものであった。他の円卓を囲むアキバの代表者たちも別段文句を言う雰囲気もなく、むしろそn原因にある一匹の毛玉に対して舌打ちを打っていた。

 

 情報屋ギルドというギルドの性質上この場にいる円卓を囲う大物たちとの繋がりはクインは持ち合わせていた。<大災害>以後サブギルドマスターという職務に就くことになって責務をないがしろににしたことはないと自負は嘘偽りなく、確かな結果を積み上げている。それゆえの信用であり繋がりなのであった。

 そんな雰囲気に頬を緩ませることもなくクインはさっそく本題へ入るようにとアインスへ持ちかけた。殺人鬼の情報は噂話として小耳に挟む程度でしっかりとした情報を持っていないのが現状なのだ。

 

「ふむ、アインス殿、すまないが被害者の名前を教えていただけるか?ギルドに所属しているようだったら所属ギルドとレベルも添えてくれ」

 

 

「ええ、構いませんよ。

 一件目の被害者は『アマルネ』さん、ギルドには所属していないソロのプレイヤーですね。レベルは七十二。

 二件目の被害者は『エクレール』さん、所属ギルドは〈ブルーバード〉、ここは〈D.D.D〉の傘下にあたるギルドです。レベルは四十六。

そしてちょうど現場に駆けつけ一緒に被害に遭ったのが同じギルドに所属していない『竜殺し』さん、レベルは四十二。

 この一件目と二件目は同じ夜に起こったものです。

 

 そして次の日には三件目の被害者は『キョウコ』さん、所属ギルドは〈西風の旅団〉。レベルは九十。

しかしここはキョウコさんの所属ギルドのギルドマスターであるソウジロウさん、〈三日月同盟〉の千菜さんが助けに入ったことで殺人鬼から逃げることに成功しています。

 

 そのまた次の日に四件目狩りの帰り道に襲われたギルド〈桃色桜〉の5人組パーティーが、被害者は〈茜〉さん、〈星蘭〉さん、〈美妃〉さん、〈ユーカリ〉さん、〈ミカン〉さん。レベルは順に、五十九、五十四、六十二、五十五、四十八。

 

 そして五件目はアキバの街を巡回中だったウチのギルドの精鋭ツーパーティーが…ワンパーティーのメンバーは『烏丸』『ギンコ』『くるみ』『ケロロケ』『ゴンザレス』『架橋』全員レベルは九十

ツーパーティー目のメンバーは『アカギ』『イルカ』『超魂』『江頭2:49』『オムレッツ』『蛙兄』これもまた全員レベルは九十

 それとこれはさっき申し上げたパーティーが現場に居合わせたため未遂に終わりましたが、『クリス』さん所属ギルドは〈カノッサ〉レベルは七十七。

 

 以上が今のところの被害者になります」

 

「まったく共通点がわからんな」

 

とミチタカ

 

「レベルも所属ギルドもバラバラですしね」

 

 眉間に濃いシワを寄せて眼鏡を上げるロデリック。学者然としたその風体にメガネの奥からは困惑と疲労の色が見え隠れしていた。おおかたまた時間を忘れて研究に没頭して<円卓会議>の直前まで休憩もとっていなかったのだろう、しきりにこめかみを抑えるような動きをしていた。それでも話に発言を差し込むのはなにか言葉を口にすることで現状を確認する学者らしい習慣なのかもしれない。

 

「ああ、そうだ。〈円卓会議〉が立ち上がる前、〈カノッサ〉といえばPK をしていたギルドだろう。それの復讐とかじゃないか?」

 

「それじゃあ、他の被害者の方と条件が合いませんよ。それに今頃PK の復讐とかナンセンスですよ」

 

 ソウジロウがウッドストックの発言に反論を言う。自分のギルドのメンバーがPK なんてものしていたわけがないと知っているからこそ間違いを正さないわけにはいかないのだ。

 うーん、といくつかの席が欠けた円卓を囲んだアキバの街の代表者たちは首を捻り頭をさらに捻らせる。

殺人鬼の目的がわからない、せめて狙っている対象でも判れば何らかの対応も打てるようになってくるのだが、今は巡回をしながら情報収集に徹する他ないようだ。

 

「共通点なら有るではないか。わりと明確に」

 

「なっ!?」

 

 発言の主は大胆不敵な名探偵、紅の名探偵と名高いクイン

 全員の視線がいっきにクインへと集まる。

 

「なにかあるのかっ!共通点が!!

 …あ、すまん。つい声を荒らげた」

 

 真横から大きな野太い声を勢いよく浴びせられたクインは思わずびくりと体を浮かしてしまい、声を荒らげて驚かせてしまった張本人のミチタカは、女の子をビビらせるなよという周囲からの若干鋭い視線を受けながらつい声を大きく上げてしまったことをクインに謝罪する。

 コホン、と一拍置いて逸れてしまった視線をもう一度集め直したクインは客観的な事実を告げていく。

 

「性別だ。被害者は全員女ではないか」

 

「いえ、ウチのギルドのパーティーには男のメンバーもいましたし、『竜殺し』さんは男性のプレイヤーで、確かに被害者に女性が割合的には多いですが、被害者が全員女性ということはないですよ?」

 

 すかさず今回の事件に矢面に立って対応しているアインスから訂正の言葉が入るがクインはそれに首を振替し指をピンとたてて反論する。

 

「バカを言うな。なぜここまで言って気づかないのだ。その『竜殺し』も〈ホネスティ〉のツーパーティーも後から(・・・・)駆け付けた方ではないか」

 

 

「なっなるほど!確かにその通りだ。よし今すぐ通達を出して女性の夜間外出を…「まあ、待ちたまえよ。アインス殿」

 

「もう少し、私の推察を聞いてから通達を出してくれ。焦っても手間が増える」

 

「まだなにか気づいたことがあるのですか?」

 

 

「気づいたことと言えるほどではないが、犯人の絞り込みを少しでもしておいた方がいいだろう。

今、我々が握っている連続殺人犯の情報は、

 

エンバート=ネルレス。

ギルド未所属。

レベル九十四。

藍色じみた暗い色の長髪、目隠しのような仮面に手足を包み込むような金属甲冑。

狙っているのは恐らく女性。

 

この五点だ。それは全員ご理解していただけているだろうか?」

 

「ああ、それくらいは俺たちにも理解できているわ。探偵の嬢ちゃん」

 

「そう、恐い顔をしないでほしいなウッドストック殿。こういうしゃべり方なのは探偵としては仕方のないことなのだ。ご容赦願いたい。話を戻すぞ。ではこの殺人犯の正体は何者なのか?」

 

「そりゃあ、エンバート=ネルレスっていうおっさんちゃうん?」

 

 マリエールからもっともな指摘が入るがそこはクインが語りたい焦点からずれている。クインが論じたいのはもっと根っこの部分なのだ。

 

「私が言っているのはそういうことではないよマリエール殿。

エンバート=ネルレスが〈冒険者〉なのか、〈大地人〉なのか、〈モンスター〉なのか、それとも我々が預かり知らぬ〈ナニカ〉なのか、ということだ」

 

「〈ナニカ〉?なにか心当たりがあるのですか?〈冒険者〉でも〈大地人〉でもない第三者の存在がいるとでも?」

 

『未知の存在』惹かれるのはやはり研究者ロデリックが一番に問いを投げかけた。しかしその問いにはクインは確かな答えは持ち合わせていない。あるのは当たり前の可能性だけ。

 

「あくまでもしかしたらだ。我々をこの世界に連れてきた奴がいる、そう考えるのも自然ではあろう?

まあ、これは考えなくてもいい可能性だろう。むしろ考えることを放棄するべき可能性だ。

 

それでは次に〈冒険者〉ならば可能であろうか?」

 

 椅子から立ち上がり視線を誘導するように、エンターティナーのような目を引く動きで体を使って話を聞く人間を話の根幹へと取り込んでいく。

 

「いや、〈冒険者〉には無理だろう。〈冒険者〉だったら衛兵システムに必ず引っ掛かる」

 

「そうとも限らんぞミチタカ殿。

 最近では〈口伝〉(・・)を身に付ける者も増えてきてるではないか。

 例えば、今はアキバの街を離れているようだが〈三日月同盟〉の奏。あのバカの〈口伝〉であれば衛兵システムに引っ掛かることなくPK をすることは可能だ。〈ゾーン〉の設定を自由に設定しどこでも展開できる。戦闘行為可能区域にしてしまえば十二分だろう」

 

「そんなっ!?カナ坊はそないなことをする子ちゃうでっ‼」

 

「わかっているさ。マリエール殿、アレがPK などすることはないことくらい。アイツはどうしようもなく人殺しを嫌悪しているからな。あくまで可能性の話だ。

〈冒険者〉が正体というのは限りなく低い可能性だと私は考える。

 

では次に〈大地人〉はどうだろうか?」

 

「いや、さすがに〈大地人〉はないんじゃあないですかね。レベル九十四ですよね?〈大地人〉じゃ……いやそうでもないですね」

 

「おそらく想像通りだぞ、ソウジロウ殿。〈大地人〉でもレベル九十四に至れる存在はいる」

 

「〈古来種〉のことですか?しかし〈イズモ騎士団〉は今、何処かに消えていると……」

 

 指を一本立てて見せつける。その動作ひとつひとつがどこか暗示じみていて話を誘導するように運んでいる。聞き手を飽きさせないようなオーバーな動きは自然と投げかけられた問いに集中して思考を向けられるようになっていく。

 

「まだいるではないか?衛兵(・・)、とか」

 

 

 

「衛兵っ!?しかしそれはっ…まさか衛兵が襲っているから衛兵システムは反応しないと言うのですかっ‼」

 

「さぁ?わからん」

 

 今までの自信だけしか感じられないような動きはどこへ消えたのか、どっかりとコートにシワが依るのもお構いなしに椅子に座り込み首を傾げて両の手を挙げる。お手上げ、といった風体だ。

 

「そんな無責任なっ!」

 

「無責任もくそもあるか。

 あくまでこれは可能性の話だと言っているんだろうに、衛兵システムを扱っているのは供贄一族だ。あそこは特殊なところだからな。〈大地人〉の総意とも限らんし、代々掟の元に動いてきたと言っている供贄一族が我々〈冒険者〉に牙を剥く理由などあるかどうかすらわかるわけもない。

 あくまで私は衛兵が、〈動力甲冑〉(ムーブルアーマー)が最も怪しいと推論をあげるのがやっとだよ。

 きちんとした調べもしてない状態で推理できることなどこのくらいなのだ。

 もちろん新手のモンスター、クエストの可能性もある。結局はどの存在でも殺人鬼になり得ることは可能だということがわかっただけだよ。

 安楽椅子の上で語る推理などこの程度だ。お恥ずかしい限りでしかない、核心からも程遠いだろう。

 

 だから、私が責任をもってこの事件解き明かそう。

 僭越ながら語らせてもらおうか。

 〈紅き名探偵〉の二つ名がただのお飾りではないことくらいそろそろ証明しようではないか。

 このまま引き下がって面木を潰すような、私を赤面探偵なんて呼んでいいのは不愉快な話だがアイツだけだから」

 

 

 ガタリと大きな会議室に反響する音を発てて席を立つクイン。真っ赤なスプリングコートを翻して入り口までツカツカと歩いていく。

 

 

「あの、どちらへ?」

 

「決まっている。探偵というのは自らの足で聞き込みをしてこその存在だ。歩かない探偵などいないのだよ」

 

 そういって紅の名探偵クインは真っ赤なコートを靡かせながら自らの戦場へと駆り出していく。

 

 泥臭く、へとへとになりながら歩いていく。

 それが最もカッコいい探偵の姿だと彼女は確信しているのだから

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