ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~ 作:となりのせとろ
リザードマンと刃を交えて斬り合った。
十メートルは優に超えているであろう大蛇の頭を<剣の神呪>で切り刻んだ。
オオカミの群れを魔法で押しつぶした。
死霊の類を一人で死にかけながらも退けた。
これで死にかけるのは何度目だろうか。ずいぶんと自暴自棄じみたレベリングをしているからレベルは尋常ではないスピードで上がっていっている。けれどこんなことではとてもではないがこれからなにをすればいいのかの目的すらも見出せそうにない。
「とりあえずでレベリングをしてはいるけど、正直こんなんでなんとかなる相手なわけがないんだよな…。むしろ大火に炭酸カルシウムぶち込む感じだ」
炎上して大爆発だ。上半身が焼かれて禿げ上がる程度じゃすみそうにない。全身脱毛クラスだろう、しかも毛穴からじっくり焼いていく感じで。
ゲームの時とは比べようもないほどに広くなったフジ樹海という天然の迷宮を進んでいると
「でも、今回はすこし違うっぽいな。
なんだぁ?これ、敵意はあっても悪意がない。まるでここに足を踏み入れること事態が問題みたいじゃないの」
今まで身を置くことがなかった正真正銘の生存競争に身をやつすようになったこの眼は以前よりも格段に悪意や敵意に過敏に、そして力の流れを見通せるようになっていた。力の濃度は断トツで濃いこの場でここまでの拒絶を示されるようなら、と進むことを思いとどまろうと考えたときにはもう遅かった。
「ウォオオォォォォンンン!!!」
「モンスターハウスとは…こりゃ撤退優先だな」
背後からの不意打ちに振り向くこともせずに認識した亡霊に鞘に納めず抜き身のまま持ち続けている愛刀でしゃがみながら攻撃をかわしつつ牽制をいれて前へと一直線に走り出す。
背後から襲いかかった一体を皮切りに前や上やらどこかれ構わず赤い亡霊が飛び出してくる。モンスターの名前は
次々と襲いかかる亡者たちの冷気を帯びたような四方からの攻撃をいなしながら体勢を低くしたまま走り抜ける。
まるで巣の中から這い出す蟻のように湧いてくる亡霊達の黒い靄のような範囲攻撃が奏の退路を塞ぎ逃げ道を阻んでいく。そのことに悪態をつかざるを得ない奏は段々と自分が来た道から離され奥の方へと押し込まれていく感覚を感じていた。
「いっそ、奥まで突っ込むか?毒を食らわばなんとやら、瞬間火力だけで押し通る分には引き返すよりはここを走り抜ける方が楽そうだ」
言うが早いか懐に忍ばせていた陰陽札を前方へと幾枚か飛ばして雷と氷の礫をもってして無理矢理道をこじ開けていく。多勢に無勢で有利に事を運ぶには目的をもって動き続けることが何よりも正しい。
深紅の亡霊たちと斬り結びを続けながら抜け道を模索する。その眼に映るのは亡霊だけに限らずありとあらゆる霊的な力の流れに痕跡。進むべき道を様々な可能性を考慮して検討するがどうにも詰みなように感じる。向けられている敵意の大きさがどの方向からにおいても淀みがなく四面楚歌と言って過言なかったのだ。
だんだんと追い詰められていき、ついには刀を振り切り無防備になった奏の身体を亡霊の魔法が容赦の欠片もなく吹き飛ばした。
吹き飛ばされて宙を舞う奏の身体。奏の意志とは反し身動きのひとつもとれはしない宙に勢いよく飛ばされる中、されどもその眼はひとつの退路を
その視線の先に捉えていたのはあちらの世界の方でも見飽きるほどに見慣れた赤い鳥居。さしたる確証があったわけでもない、ただ見慣れた懐かしい風景と類似するそこに奏は身体を地面に受身で着地したのと同時に駆け鳥居の下をくぐり抜けた。
「とっさに飛び込んだはいいが、こんなところに分社なんて建てるか?というより…
なんでこんな
鳥居をくぐり抜けた先にあったのは円形のだだっ広いだけの広場だった。円の中心にはひとつの祠がぽつんと当たり前のようにあるだけの場所。鳥居をくぐり抜けた先に広がる光景としては違和感はない光景ではある。
けれど、この場所はおかしい…
普通なら自然の蔓延るこの天然のダンジョンでモンスターに限らず生物がいない場所なんてひとつたりともあるわけがない。
どんな場所でも生き物が通ったのだったら少なからず魂の残り香みたいなものが俺ですらも認識できるかできないくらいのわずかに残り積もって本来の場を乱すのが当たり前だ。さっきまでの射殺すような敵意を放っていた存在たちもどこになりを潜めたのか気配のひとつも感じることはできやしなかった。
なのに、ここはこんなにも手付かずに本来の自然な形で有り続けている。
自然であるからこそ不自然、この場所はちゃんとしすぎている
「まぁ、セーフティーゾーンだと思えば便利な話だけれど。
すこしばかり調べてみるかね」
安全地帯として使うにしても、個人的な興味本意としても調べてみないことには始まらない。
その領域に足を踏み入れる
一歩一歩、しっかりと踏み込んでいく。辺りへの警戒は解くどころか一層レベルを引き上げて
中央にある小奇麗にきちんと整えられた祠までたどり着き、触れてみる。苔に覆われているわけでもないがしっとりとした冷たさを保った木材の質感が返ってくるだけだった。
けれど、その時どこかでなにかにヒビが入るような音がした気がした。
「よく来たの。歓迎するぞ〈冒険者〉」
まばたきひとつした瞬間、見えていたものがまったくといていいほどに異なるものへと変わっていた。そこかしこに生い茂っていた背の高い草たちも、それをはるかに凌駕する大きさの大木も、それを中心にしてまるで枝や草たちに守られるようにしてポツリとコケの一つも張っていない小さな祠も今はない。
小さな祠の代わりにあるのは、手入れの行き届いた権現造りの大きな社。背後にはさっきまで存在することすらなかった大鳥居。社の背後には無数の大木たちの姿はなく、あるのは一本の大きな大樹。その大きさは今まで見てきたフジ樹海の大木たちが苗木に思えてしまうほどに大きく尊大な存在感を感じさせた。
が、それよりも強く清く美しい気配を発する存在があった。百恵のそれと同等、否、それ以上の魂の強い光
「……とでも言うと思ったか、たわけめが。
雑な結界の侵し方をしおってからに」
見蕩れてしまえば、そのまま一日経とうと時間が過ぎたことに気づくことすらも忘れてしまいそうな絶世の美女が社の数段の階段からこちらを見据えてそこにいた。
緋色の長く美しい髪がまず目につくが、それをさしひても十分以上に容姿のすべてが整っている。
だが彼女から発せられる魔力の奔流は、何メートルと離れているこの場所でもまるで隣にいるかのように、空気を重くさせるように濃密だった。彼女が一度手でもこちらを仰げばその魔力の波に飲まれて膝をつかされることになるかもしれない。
「なにをボーッとアホヅラを晒して突っ立ておる<冒険者>。名を名乗らんか。それともなにか?わざわざ儂の神域に足を踏み入れておきながらまさか臆して口も開けんとは言うまい」
見た目と実力にふさわしい言葉遣いで名を尋ねてくる女性。その言葉の一言一言が聞き逃すことが惜しくてしようがなく感じる。濡羽さんの魅惑の言葉とはすこし違う。思わず頭を垂れたくなってしまうような羨望と崇拝を抱きたくなる言葉
「あっ…、俺の名前は奏といます」
「違う。顕界している肉体の仮初めの名ではなく真名を名乗れ」
真名?現実世界の方の名前のことか?名乗っていいものなのか、いや別に名乗って困るようなことなんてないとは思うけれど
「失礼しました。俺の名前は奏儚八枝といいます。漢字は奏者の奏に、儚い恋の儚、漢数字の八に、枝分かれの枝、です」
「そうか、少し難を抱えそうな名ではあるが、それゆえに良い名でもある。つけてくれた者に感謝するのじゃな」
「あ、ありがとうございます」
「礼を言われる道理はない。名をつけたのは儂ではないし儂が褒めたのは名づけをした者けして貴様ではないよ」
本当にどうでもいいのだろうただ値ふみするような視線とは少し違うが試すように見つめ続ける
「それで?なぜ主はここに来た。儂を討つためか?儂の持つ
カランカランと俺が普段するように、それでも俺よりもはるかに優雅に高下駄を鳴らして近づきつつ問うてきた。俺を見つめるその目は値ぶみするように細められて少しもそらされる気配はない。
「いや、別に俺はそんな荒事をしたくてきたわけじゃなくて…」
「であろうな。主からは純粋な気しか出ておらん。荒事を起こしにきたとはちと思えんの。なればこそここへ何をしに来た。ここは偶然で来れるような場所ではないぞ」
カマをかけているのか、あくまで値踏みの一貫なのか
「いや、あの…」
「なんじゃ、はっきりせんの。男ならしゃんとせんか」
たまたま偶然妙に魔力の充実したところがあったから近づいたら迷い込んじゃいました。なんて言えない、めっちゃ真面目な顔で俺を見つめているんだもの。
「拉致があかんの。
すこし、
いつのまにか触れられてしまうほどの距離に近づかれていたことにも気づかず、伸ばされた真っ白な手が頭に、ポン、と乗せられた瞬間に視界が暗転した。
グラリと身体が浮くような感覚に襲われたところで感覚が途切れた。
◇◆◇◆
「なるほどの…本当に偶然で迷い込んできたというのか。
末恐ろしい限りじゃな、結界を結びつけて干渉するなど…
下手をしたらこの結界まで、解かれておったではないか。だが、おもしろい。
ほれ、八枝起きぬかいつまでそうやって寝ておる」
そんな声が聞こえた後、ぺちぺちと叩かれる感触を頬で感じ意識がはっきりとしてくる。なにをされたのか、なんでこんな場所で眠りこけていたのかまったくわからなかった。
「我が名は龍神アサハナ。国津神にして大地神であるヤマトの大地に顕現する人柱が一本じゃ。ついでにいえば酒の神でもある。主は
「龍神アサハナ…龍神アサハナ!?」
「おお、そんな風に驚かれるのは久しい。
ここ百年は結界から外へと出ることはしなかったからそういった反応はなかなかいいの」
<龍神アサハナ>
ヤマトの大地を代表する火山の炎の属性とそれを鎮める水の属性、山から大地の属性、桜から木々の属性と生命の属性を備えたまさに大地の神格というべき存在。信仰の対象でもあり霊峰フジの南部、花の社セレソステレナが大社にあたる。フジの山頂にも分社と祠がある。日本サーバーの〈神祇官〉にとってはわりとメジャーな神様。そのうえお酒の神様でもあって、彼女の造る桜を浸したお神酒は絶品というものだから存在としては知っていたし、ゲームの頃に何度かセレソステナへと参拝に行ったこともあった。
だが、確か龍神アサハナ様は、くすくすと笑うお淑やかで物腰の柔らかな女性。読めない上品なお嬢様といった性格で男性プレイヤーにも人気が高い、放任主義で意外と根に持つ。分け身として作った一人娘がいる…
いわゆる若奥様系アイドルだったはずだが!?
「ああ、それは娘じゃ」
「娘!?」
「そうじゃ、考えてもみぃ。儂クラスの神格が常に姿を現してそこらへんをウロウロとしておったらありがたみも失せるじゃろう」
「いや、まぁそうですけど」
「というか主、何度かセレステナへ参拝しとったくせにそんなことも知らなんだか」
呆れたように半眼でこちらを蔑むように見るアサハナ様(仮)。なんちゃって信仰をされるというのはやっぱり神様といえど気分のいいものではないらしい。
「いやだって本人がわたしがアサハナですって名乗ってましたし。周りもみんなアサハナ様アサハナ様って呼んでたし」
「なんじゃと?八枝よちょっともう一度探らせよ」
またアサハナ様(仮)が俺の頭に触れようと手をのばしてくる、この短時間にそう何度も気絶まがいのことをされてはそろそろ危ない気がする。なんとか触れられないように後ずさるが、
「心配するな、今度は気絶させるようなのぞき方はせん。ほんのすこし垣間見る程度じゃから。先っちょだけじゃ」
そんなことをいうやつに約束を守るようなやつはいない
「ほんとじゃ。やべぇ儂の信仰が奪われとる。成り代わられとる。最近たしかに貢物がないなとは思っとたが」
結局覗かれた
「口調が崩れてるよ、神様」
「三十年前辺りからおかしいなとは思っとたんじゃが」
「どんだけ気づくのおそかったんだよ!?」
「かれこれ八十年ほど貢物がきておらん」
どうやら神様の感覚はかなり俺たちの感覚からはかけ離れているらしい
というか信仰が奪われてしまって大丈夫なのだろうか。こう存在が揺らいでしまったりとか、こういう神様に限らず妖怪変化の類まで人間に認識されなければ存在できないとかいったりするものだが。
観測者が存在しなければ観測される側も存在しないとかなんとか
「それについては問題ないの。娘といえど元は儂の分け身。儂の一部じゃ。信仰が薄れたというわけではないからの。ただチヤホヤされる理由が髪の毛から胸へと変わったようなもんじゃ」
「それ結構な変化だと思うけどな…」
アイデンティティーの変化って大きいと思うんだ。
「ええい、儂のことはアサハナ様とちゃんと呼ぶのだぞ。
まったく、あの娘、嫁に行ったと思ったらとんでもない
「あはは…。
アサハナ様そろそろ俺を元の結界の外にだしてくれませんかね。やらなきゃいけないことがあるんです」
そんな風に進言してみると、少し考えたような素振りを見せたアサハナ様がこんなことを言い出した。
「まあまあ、そう急ぐな八枝よ。
そんなお主に提案なんじゃが、お主しばらくここに残れ」
「はい?」
「さっき主の記憶を覗いたとき、お前さんの姉のこととかも見えてしまっての。興味が沸いた。
儂で貸せる力があったのなら力を貸そう。つい勝手に深いところまで覗いてしまったしの」
「あの、何を考えてらっしゃるかは知りませんけどこれは俺の問題でしかありませんよ。
貴女が助けてくれるっていうのは筋違いだ。神様の気まぐれで解決できるようなことじゃないし、そもそもいま会ったばかりのたかが人間のために」
「かー、卑屈じゃのー。
神とは暇と戦うことを義務付けられた種族よ。いい暇つぶしが見つかったのならそれに乗っからん手はあるまいて」
「…ソっすか」
人の悩みを娯楽扱いかい
まあ、傍から見ればいい道化だよな
せいぜい道化らしく高笑ってバカを演じてみようかねぇ、まったく
「……それに、お前さんのような本来ならば非干渉を貫きたまの奇跡と罰を与えるべきの神が一方的に傷つけてしまった被害者になにも償いをせんのは目覚めが悪いからの。
いまお前さんが抱えている苦難はちと重すぎる。帳尻合わせくらいはしてやらんでもないよ。
主がのぞむのであればじゃがな」
「…」
「勘違いするでないぞ。べつに同情しとるわけではない。
儂は力を貸すだけじゃ、闘うべきはそなた自身。助けてもらえるなんてそなたの言う通りに甘えでしかないわ。あくまで儂がするのは帳尻合わせ、されどこれに乗らぬ手はそなたになかろう。
今のままでは答えも得る前に
どうかの?そんな風に尋ねてくるアサハナ様にさっきまでの溢れ出る魔力の奔流による近寄りがたさは感じなかった。むしろこちらに歩み寄ってこようとする優しさまで感じる。
こんないい人(人じゃないけど)の手を煩わせてしまっていいものなんだろうか。なんだか過去の話で同情を誘ったみたいでヤダな。いや、この考え方事態がダメなのだろう。アサハナ様の言うとおり卑屈になり過ぎている。
そして姉と同じかそれ以上の格上の存在。勝つための手段を教えてくれると言うなら乗らぬ手が本当にない。俺にとって都合が良すぎるくらいだけど、藁にもすがりたいのに変わりはない。そこに可能性があるのならその手を掴むしかないじゃないか
「アサハナ様、未熟者ではありますが、どうぞよろしくお願いします」
「うむ、それでよい。人間遠慮しないことは美徳のひとつじゃ」
ニコリと満足そうに笑ったアサハナ様は来たときと同じようにカランカランと下駄を鳴らして本殿へと歩き始めた。
その後を習うように下駄を鳴らして追走した。広い境内には桜の花が風に散らされるばかりで一人と一柱以外の人影はひとつとしてなかった。