ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第四十七話 リベンジ

 <マジックトーチ>の黄金色(こがねいろ)に輝く光だけを頼りに、片方がグチグチと文句を垂れ流し、もう片方はそれを甘んじて受けながら地下の薄暗い道を歩く二人組がいた。

 

 紅いスプリングコートに紅いブーツ、全身を真っ赤な衣装に身を包んだ二人組の片割れは相方の長ったらしい愚痴にとうとう愛想が尽きたのか、腕を組んだままずっと遠くを見ていた視線をすっと閉じ、もう一人の自分よりもはるかに長身の相方の方へと体を向け、歩みも止めた。それにつられて片割れの方も歩を止める。

 

「千菜、先に謝っておこうと思うよ。ここから先で、もしかしたらすごく嫌な思いをさせるかもしれない」

「何?もう割といやな思いしてるんだけど…。下水なんか歩かされてるんだけど、まだなんかあるの?臭いやばい、わたしお風呂入りたい」

 

 「真面目な話なんだけど」対して真面目に取り合わない友人にそれでも諭すように少女は語り掛ける。少女の真面目な顔に少しは空気を読んだ千菜は「何?」と先を促した。

 

「たぶん、この先にはもう殺人鬼はいない。

 さっきから縄張りを示すような痕跡がいくつもあったのに殺人鬼はこちらを襲いかかる様子がないんだ。千菜から聞いた限りだったなら、待ち伏せして待ち受けるなんて蕭々な奴じゃないだろソイツ」

 

「……そう。ま、それならしょうがないんじゃない。

 クイン、さっさと帰ろ?殺人鬼がいないなら別にもうここに用なんてないでしょ?」

 

 嫌な臭いが充満する下水から抜け出せることに、やった!と小さくガッツポーズを決める千菜の期待を裏切るようにクインは首を横に振った。

 

「それが…、そうもいかなくなった。私たちとは別で、誰かここに来ている。

 たぶんこの奥にいる」

 

「誰かはわからないんだよね。

 それでここに戦闘の気配が伝わってこないのなら、それは殺人鬼の仲間か、それともってなるんだろうけど、仲間ってのはないってわけか。あれに仲間がいるなんて正直思えないし」

 

「そう、そこでなのだけど…」

 

 クインはその先を話すことを一瞬躊躇する。

 そこから先は話すべきではないものだと考えているのか、しかし話さなければならない事柄だと理性が告げている、そういった面もちだ。

 

 そのクインの顔を見てみるにみかねたのかクインの頬を両手で引っ張ってグイッと顔を間近まで近づけた。

 

「ひゃひほふふ。ほふは、ひひゃい。ふほふひひゃい」

 

「話してよ、いい加減に隠し事はなしにして欲しい。どうせろくでもないこだってことくらいはわかってるからさ。兄さんもクインもわたしに隠し事なんてできないことくらいわかりきってるじゃない」

 

 ばちんとクインの頬をぎりぎりとひっぱりあげていた両手放す。千菜の馬鹿力にひっぱられたクインの頬は真っ赤になって見るからにいたそうだ。

 

 それでもクインは千菜の言葉を受けて何も話さないようなことはできなかった。今回の非はこちらにあるとわかったからだ。あまりにも秘密主義が過ぎた。奏の意見を尊重させすぎた。

 探偵としては正しくとも、千菜の友達としては間違ってるだろう。不誠実だった。

 

「この先にはたぶん百恵さんがいる」

 

「ちょっと待って。なんでここで姉さんの名前が出てくるの?あの人見つかったの?」

 

「もう二か月くらい前には見つけるには見つけていたよ。

 ただ、奏がこの街を出ざるおえなくなったのもお前の姉が原因だ。天秤祭の夜に奏の前に現れて散々と勝手なことを言って奏を否定していった。だから奏に黙っているように口止めされていた。……すまない。

 今度は何を企んでるのかしらないけれど絶対にいいことじゃないのはわかるよ」

 

 クインは語りだす。チョウシの町の防衛戦で彼が一度殺されたことも、奏が鬱陶しくもつらつらと書き連ねた手紙に書かれていたことも、そこで奏が二度目の死を迎えたことも、そして自身の在り方を見つめなおすためにアキバの街を離れたことも、奏がいなくなってからクインが調べたことを、今まで隠してきたこともすべてを千菜に打ち明けた。

 それを千菜は黙って聞いていた。すべての話を聞き終えた千菜が出した第一声は、

 

「そう。

 それならわたしは、()()()()()()()()()()。兄さんがこの街から出たんだったらそれなりの覚悟はしたんでしょうし」

 

「……いいのか?本当に実の姉と兄が下手をしたら殺し合いになるかもしれないんだぞ」

 

「そのときは止めるよ。

 でも、知ってた?兄さんはともかく姉さんの方はわたしは仲がいいわけじゃないの。

 歳が離れすぎてるのもあってさ、物心がついて少しは考えが回るようになった頃にはもう姉さんは家にいなかったしね」

 

 千菜は少し寂しそうに、そしてつまらなさそうにそう話した。

 

「だからさ、わたしにとっては兄さんの方がずっと大事。だから一発は姉さんをひっぱたく。兄さんの方はぶん殴った後に()()()()()

 

 「仲間はずれなんて寂しいじゃん」千菜は菫のように小さく笑みをクインに見せると先へと歩き出した。その足取りはさっきよりも確かではっきりとしている。

 

 その背中を見たクインは一つため息をついてあとを追った。千菜はクインや奏が思っていたよりもずっとタフだった。こんなにも動じずに前向きに返されては気遣いを回してきたのがばかばかしいと心底思えた。

 

「まったく、啖呵を切る時だけは、兄妹そろってかっこいいんだから」

 

 野に咲く花は、人が考えているよりもずっと強い。

 日に焼かれようが、雨にうたれようが、風にさらされようが、雪に埋もれようが悠々と咲き誇る。散り様さえも美しく弱さなんて見えもしない。

 いつまでも清く正しく美しく、絶えず儚く強かに、それが奏儚千菜の本質。

 

 

 

 

 

「こんにちわ」

 

 

 

 

 二人の背後からだった。

 今まで気づきもしなかった気配に二人は振り返り、千菜はとっさにクインを庇うように肩を引いて自分の背中の後ろへと追いやった。千菜のとっさの力に<付与術師>(エンチャンター)の貧弱な筋力で抗えるわけもなくあっさりと引きずられ、勢い余って「きゃいん!」と年に合わない見た目に合った可愛らしい悲鳴を上げて尻餅をつく。

 

「あらら、一姫ちゃんは相変わらず運動の方はからっきしかい?

 ふふふ、あんまり二人が来るのが遅いからこちらから出向いてきちゃったよ」

 

「あんまり、趣味のいい登場の仕方じゃないよ。殺人鬼が根城にしてた場所だってんだから尚更ね」

 

 千菜は目を細めて実の姉を睨みつける。趣味が悪いと罵りながら自分が転ばせた背後の友人へと手を差し伸べた。視線は百恵に向けたまま、手だけをクインに差しのべる。

 今は百恵から敵意のような百恵が冷たいものは感じられないが、それでも奏を斬り捨てたのは覆しようもない事実なのだ。警戒を解けるような甘っちょろい思考回路は千菜は持ち合わせていなかった。

 

「そんな怖い顔で睨みつけないでよ…。ボクは君たちに危害を加えるつもりなんてない。むしろお話くらいしようかと思って逃げずにここに来たんだからさ。ガールズトークしようぜ」

 

「そんな嘘っぽいしゃべり方をする人相手に警戒なんて解けるわけないじゃん。

 むしろ兄さん殺しといてよくわたしの前に顔をだせたね、どれだけ面の皮が厚いわけ?」

 

 怒気と敵意さえも感じる千菜の声。

 それでもまだ彼女は怒っていない。ただ百恵の口調も相成って想定よりもずっとイライラはしているようだがそれでも随分と熱は低い、クインはそう感じた。

 

 一発ひっぱたくと口にした千菜だったが、最悪出合い頭に殴り掛かることはやるかもしれないとクインは考えていたからだ。それくらい腹に据えかねていてもいいだろうとは考えていた。

 そもそもいくら死んでも生き返るからといって家族を殺されているとわかって平静でいるほうがおかしい。頭がおかしい。それも家族に家族が殺されていればなおさらだ。

 

 

 だから一発はひっぱたくと宣言したときクインは危ないなと感じた。

 それは熱が低すぎるだろうと、危機感を感じた。クインに強がって見せて、いざ百恵に会ってみたら殴りかかって、間違いでも殴ってしまい衛士のご用になってしまうなんてことになれば目も当てられないだろう。

 衛士を捕まえに行って衛士に捕まるなんてどんなウロボロスの輪だ。

 

「手厳しいなぁ、これは」

 

 百恵の目は笑っていた、奏の姉らしくすがすがしいほどに凄惨に、話を自分のペースで進めは始めようとしているのがわかる。

 このまま千菜に話させるのは不味いのは火を見るよりも明らかだった。

 

 あくまで千菜はボディーガード、クインは専門外のことまでやらせるわけにはいかない。

 これは友達であっても譲れない。クインにとっても奏儚百恵とは話さなければならないことがある。考えるのが自身の役目だからといって自分が損な役回りをすることまで請け負ったつもりはないし、自身を殺してまでやるほど献身的な性格はクインはしていなかった。

 

「千菜、チェンジだ。口喧嘩はわたしの専売特許だから、というか、わたしにやらせろ。この人には言いたいことが山ほどある」

 

「あら、久方ぶりの姉妹の再会を邪魔するなんて一姫ちゃんひどいなぁ。一姫ちゃんはボクのこと嫌いだと思ってたんだけどなもしかして以外とボクのこと好き?」

 

「嫌いだよ。大嫌いだ。

 貴女がわたしに好かれることなんてしたことはないし、好かれる道理なんてただのひとつもないだろう。

 まず、その舐め腐ったしゃべり方が気に入らない。人の劣等感に直接塩でもすりこむようなその神経が気に食わないよ。

 あんた、わかっててやってんだろ。」

 

 珍しくクインが隠しもしない感情を露わにする。憎々しげに、心底不愉快そうに顔を歪めてそう告げた。

 

「……へぇ、昔よりずっと口が回るようになったじゃない。なんていうのかな、成長したっていうんだろうね、昔みたいにとるに足らない存在なんて扱いはできなさそうだ」

 

「あなた、なんで奏を殺したんだ?

 一度ならず二度までもあなたなら別に方法なんていくらでも考え付いただろうに」

 

 クインは半ば無意味とわかっていても、どんな答えが返ってくるかおおよその見当はついていても、それでも問いを投げかけた。

 

()()()()()()()()ことが一番覚えがいいから」

 

 そうだ。

 百恵の答えはわかっていた。

 人は幸福からは学ばない。人は痛みから学ぶのが一番効率よく学習する。

 だから、最上級の痛みをもってして学ぶのが一番いい。

 

「ばかは死んでも治らないっていうけどさぁ、それは死んで生き返れないっていう結果があるから死んでもなおばかの烙印を押されているんだよね。

 死んだやつの周りの人間はその死から学ぶことはできても、死んだ本人は何一つとして学べない。

 そりゃあばかと言われても返す言葉もないよ」

 

 「だから人はその愚行を行わないよう必死に学ぶんだろ」

 

「でもこの世界は”死”という人の痛みの中で最も重い痛みから学ぶことができる。なにせ生き返れるんだから、イエスよろしくね。

 ならその手段をとらない理由がないだろう?」

 

「あなたは心が強すぎる」

 

 気持ちが悪い。ストイックとかそういう次元の話じゃない。正しくとも間違ている。正しすぎて間違っている。クインは混じり気もなく純粋にそう思う。

 

 昔、現実の世界で奏から聞いたイエスの逸話、すべては他者のためにあらねばならない、この世のすべてのものに価値はない、人としての根本を否定するその考え方と形は違えど同質の異質さを感じる思想。

 

 

「……なんでよ?

 なんで、あなたはそうなんだ。

 確かに奏は間違ってはいたかもしれないけれど、あなたはそんなことはしちゃいけなかっただろう。真っ向から奏の全てを否定するようなことを。

 家族なのに、あなたが奏との絆を断ち切るような真似をしちゃだめだったでしょう!?」

 

「勝手なことを言わないで、一姫ちゃん。それはあなたの価値観、わたしの価値観とは違うわ。

 わたしにはわたしの価値観があって考えがある。

 あなたの価値観は尊重するけど、わたしとあなたを一緒にするのはお門違いよ」

 

 一姫の言葉は届かない。言葉を交わすには二人の価値観が違いすぎた。

 お互いを理解できないから初めから会話が成立していない。

 いつのまにやらクインの口調は千菜を諌めようなどと考えていたとは思えないほどに崩れてしまっていた。

 

 それでも言葉を放たずにはいられなかった。

 

「奏は間違ってはいたかもしれないけれど、あなたよりはずっと正しかった」

「なんとでもいいなさい。わたしは止まる気なんて微塵もない」

 

 それが決裂の言葉だった。

 会話は至極短く大した喧嘩ともいえなく終了した。否、元から話は破綻していたのだ。

 その言葉をきっかけにして千菜が会話を終わらせる。二人の会話を十分とみたのか、薙刀を抜き放った。百恵は後ろへと飛び去るがその刃は百恵に向かって抜き放たれたものではなく無機質なコンクリートの地面を深く切り裂いた。その切り裂いた溝は深く暗闇の中では底まで見通すことはできそうにないほど深かった。

 

「もう十分でしょ、ふたりとも。クイン、わたしも頭が冷えたわ、これ以上は時間の無駄にしかならないって

 姉さんも引いてくれるよね?もうわたしも別に話したいことはないし。姉さんがなにを考えているかは知らないけれど、結局は兄さんがアキバに戻ってこないと話にならないんでしょう?

 それとも姉さんは兄さんが今どこにいるのか知ってるの?」 

 

「いや、知らないよ。

 今回は珍しく何のボロも残さずに消えたものだから、今あいつがどこにいるのかはわたしにはわからない。けどいつまでも待ってやるつもりはないかな。

 もしあいつと連絡でも取り合ってるなら伝えておいてよ、遠くないうちに答えを聞かせてもらうからアキバに帰ってくるようにね。

 今回の殺人鬼の騒動はうってつけだ。君たちもあんまりアレの正体に気づくのが遅いとアキバは人が住めない街になるかもよ」

 

「ちょっと待て!どういうことだ、あなたは何を知っている!?」

 

「探偵の君がそれを聞いちゃだめだろう。ただヒントをあげるなら、その答えじゃまだ半分だ」

 

「クインっ!だめっ!!」

 

 クインの百恵を問い詰めようと伸ばされた手を引き戻させるように千菜がクインの体を引き込んだ。

 次の瞬間には百恵の細腕がコンクリートの地面に叩きつけられ、そのたったの一撃で大穴が空き千菜が切り裂いた溝よりも深い穴が空く。

 

 それは飛び越えることはできないような幅と深さの大穴であり、まるでクインと百恵との間にある確執を顕すかのように深く広く黒く広がった。

 

「それじゃあ、さようなら」

 

 百恵は今度こそ消える。超えようのない溝を挟んだふたりに背を向けて

 

「くそっ!くそっ!くそっ!!

 なにが<紅の名探偵>だっ!お笑い種にも程がある!()()()からなにも変わっちゃいないじゃないかっ。

 またっ…またっ…、わたしはっ…」

 

 大きく開いた暗闇を前で膝をつき大声をあげて、拳を何度も何度も瓦礫が散らばる地面へとお構いなしに殴りつけるクイン。

 その小さな背中は震えている、その拳は赤く染まり始めている。

 

 その声は……

 

「赤道一姫!!聞きなさい!」

 

 広がった大きな空洞の中を吹き抜ける空洞音をかき消さんばかりの声が空気を揺らした。その声に少女の背は振り向くことはしなかったけれど、散らばったコンクリートの破片にその小さな拳を殴打し続ける自傷のような行為が止まった。

 ただそこには背を丸めたまま下を俯く少女とさっきまでとは違う強さを感じさせる目をしたひとりの女が立っている。

 

「あなたは確かにあのばか姉を説得出来なかった、あなたの言葉じゃあの人には届きもしなかったでしょう。あなたの(言葉)なんかじゃ今回の一件を終わらせることはできない。

 あなたは今回の一件に関して感情をむき出しにして、引き際も間違えて、まるで探偵としては失格よ。本当にお笑い種ね、なんなら高らかに笑ってあげる」

 

 散々だった。まるでかませ犬のように実に無様で、なにも現状に好転もあたえない。なにをしにきていたのかすらもわかりやしない、と。その様は弱さの象徴、敗者のそれだと罵った。

 

「それでも、忘れないで。

 あなたの想い(言葉)が届く人がいる。あなたの願い(言葉)がその人を変えることができる。

 

 少なくとも、ここでわたしは、姫は、あなたの言葉に心を震わされたわ。

 

 あなたにここで脱落する権利はないわよ、まだできることもある。

 惨めでも最後まで事の顛末まで立会いなさい。

 それが責任というものでしょう?」

 

 少女は立ち上がる。もうその背は震えていない。彼女は振り向き千菜の眼を真っ直ぐに見据えてこう言った。

 

「帰ろう。そして()()()()()()

 

 振り向きざまに瞳を拭った右手が僅かに光った。

 

 

 

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