ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

61 / 74
第五十ニ話 戦場に一輪の花を

 腐臭漂い下水が流れる殺人鬼の穴蔵から抜け出したわたしとクインを出迎えたのは厚い雲から顔を出しギルド会館の藍色の暗い屋根を照らす月の光だった。ついさきほどまで閉鎖空間に長くいたせいか開かれたその光景を見たことで殺人鬼の住処という一種の虎穴からくる緊張感が空気に溶けるようにして胡散した。

 

「わたしはとりあえず<西風>のギルドタワーに戻るけど…。クイン、あんた休むわよね?」

 

 ソウジロウがバカをやらかさないようしていた見張りをほっぽり出してきたのですぐに<西風>のギルドタワーに戻らないといけないが、それよりもクインの方が少し心配だった。

 

 殺人鬼が出没する今のアキバの街。

 今回の探索で接触は出来なかったので今からまたアキバの街を散策するなんて馬鹿げたことはさすがの彼女も今は言わないだろう。

 今はある程度元気を取り戻したとはいえ、ついさっきボッコボコにされてへし折られかけたばかりだ。ハッパをかけて種火まで消させはしなかったものの今晩ばかりは休んで欲しかった。

 

「そうするよ。少し気持ちの整理もつけたいし、それに奏とも連絡を取ろうと思う」

「そう。ギルドタワーまで送るわ」

 

 何を考えているのか、クインはわたしの背後に回って両肩をぐいっと下に沈めるように抑えてきた。察しが悪いと言わんばかりにぐいぐいと力をかけてくる彼女の意図にやっと気がついて膝を曲げて中腰になる。すると僅かな重さがのしかかってきた。

 

「子供みたいね。あんたらしくない」

「いいじゃないか、疲れたんだ」

 

 背中からゆったりとそんな声が返ってくる。いつも兄におぶられてきて誰かをおぶるなんて体験は末っ子のわたしにとってはなんとも新鮮な体験で、夜の張り詰めるような寒さと反する背中から伝わってくる暖かさがとても心地のよいものに思えた。

 

「奏の方が乗り心地はよかったなぁ」

「妹の背中でのろけないでくれない?おろすよ?」

 

 人の背中でなにをいってんのよ。

 そもそも兄さんとあんたの関係は高校の先輩後輩からでしょ、なんで背中の乗り心地なんて知ってんのよ。

 中学校を卒業して異性との距離感がくっきりしてから男女がおぶうおぶられるを体験するなんてよっぽどの緊急時にでも出くわさない限りそうそうない。

 

「しってるか?あいつ、首の後ろに黒子が二つもあるんだ」

「しらないわよ」

 

 そんなことは本当に知らない。そんなくだらないことは知らなかった。兄妹だけど。

 

「胸を押し付けると耳の裏が真っ赤になるんだ。本人は強がるけどな」

「しらないわよ!」

 

「かわいいよな」

 

 クインはそんな風にゆるく笑うがそんなことは本当に知りたくなかった。そんな実兄の恥ずかしいところ知りたくなかった!兄妹だからこそ。

 なんで実兄の甘酸っぱい赤裸々な思い出を冬空の下で耳元にささやかれないといけないのか。

 いっそのこと背中のクインを放り投げてしまおうかと考えたが投げ出した後、運動神経の悪いクインがまともに着地どころか受身も取れないことに気がついてすんでのところで思いとどまる。

 

 そんな中でクインがまた口を開いた。

 

「それでさ、そんなアイツのこと大好きなんだ、わたしってやつは」

 

「それは、知ってるよ」

 

 彼女の心臓の早い鼓動が伝わってくる。まったく彼女らしい。本人に伝えてないくせに顔が薔薇のように真っ赤に染める様子が後ろを振り向かなくても簡単に想像がついてしまう。なんと初々しいことか、まるで中学生じゃないか。

 

「どこが好きなの?」

 

「うーん、顔」

「あさっ!」

 

 雑な回答に思わず声を荒らげてしまった。

 だけどそれにしたってないと思う。確かに現実世界の方でも顔はいい部類に入るだろうなにせわたしの兄だ。学生時代も引く手数多だった。まあ恋に恋するお年頃な女子たちの浅い想いなんてものに兄さんはうんざりとして誰ひとりとして付き合うようなことはしなかったが。

 あれはちょっと理想が高すぎるきらいがあるんだ。恋心なんて最初は所詮しょうもなくてとるにたらないものだというのに、うちの兄の眼はそんな幼気な少女が向ける好意も無遠慮に見抜いてその淡い恋心が自然消滅するまで器用に距離を取るのだ。

 

「最後まで聞いてくれよ。

わたしは奏が人のために笑った時の顔が好きなんだ。普段浮かべる笑みもさ、好きなんだけどさ、自分の大切な人のことを話したりする時の奏の笑顔はすごく愛おしいんだ。わたしもそのうちのひとりになりたいってそう思ったんだ」

 

「そう。――いいんじゃないかな。すごく素敵だと思う」

 

「うん。ありがと。

 それでさ、昔、奏に告白しようとしたことがあったんだ。まだ高校生の頃の話。好きですって伝えようとして、伝える前に言われたの、『実は好きな人がいるんだけどさ』って。

 頭きちゃってさ。わたしが望んで望んで死にたくなるほど恥ずかしい思いをして告白しようとしたのに、もう(あいつ)にはカナミさん(好きな人)がいて。カナミさん(好きな人)のことで(あいつ)は笑ってた。

 それに狂おしいほどに嫉妬した。奏が言って欲しくないだろうひどいことを言っちゃったし、おもいっきり引っぱたいて理由も話さずに勝手に走って逃げ出した。」

 

「それって兄さんが悪いじゃん。あんたは何も悪くない」

 

 それはあんまりだろう。

 それは全面的に審議の余地も弁明の余地もなく、上場酌量の余地なんてものはこれっぽちも必要なく絶対に兄さんが悪い。ひとりの女の子の誰にであろうと蔑ろにされていいはずがない想いをよりにもよってその想いを受け止めるべき相手が踏みにじった。これが許されていいはずがない。

 

「フォローを入れさせてもらうと、奏はそのときわたしの好意には気づいてなかったよ。今だってきっと気づいてない。わたしは感情を隠すのが得意なんだ、探偵だからな。

 あいつだって全部が全部見抜けるわけじゃない。千菜だってわかってるだろ?だからそんなに怒らないであげてくれ。

 とりわけわたしは奏にも真意を見抜かれづらかったから奏も遠慮も気兼ねもなしで接してくれた、優しくしくれた」

 

「それでもっ、そんなのあんまりじゃない」

 

「それでも、しょうがないんだよ。

 

 ……わたしはそんな奏が好きになっちゃったんだから」

 

 「ごめんね、いきなりこんな下らない話をして」そんな風にクインは謝った。「ほんとよ、妹じゃなくて本人にしてやりなさいよ」わたしは軽口を返した。背中の彼女はそれに小さく笑っていた。

 

 大切な人のことで笑う奏が好き。例えそれが自分じゃない他の好きな人のことで浮かべる笑顔だとしても。その笑顔にどうしようもなく惹かれてしまったんだから。好きな人を嫌いになることはあるかもしれない。でも大好きな人の一番好きなところはどうしたって嫌いにはなれはしなかった。

 

「酷なことを言うかもしれないけど、兄さんはまだカナミさんのことが好きよ」

 

 恋焦がれて、こじらせて、妄信するように好いている。理由をくれた人だから、世界を変えてくれた人だから。

 

「そんなの五年も前から知っている」

 

 クインはまた笑った。自棄になったような笑いじゃない。略奪愛だって上等だと言わんばかりに素敵に可愛らしく笑ってくれた。

 

「なら応援する。兄さんのことは譲ってあげる。あんな軟弱者あんたみたいな優しい娘がお似合いよ。

 人妻子持ちと一途な美少女系後輩だったら勝機は十分よ。これでなびかないんだったら身内から犯罪者を出す前にこの手で兄さんを殺すわ」

 

「譲ってあげるって…、兄妹だろうに」

「知らないの?兄妹は結婚はできないけど、子供はできるのよ」

 

「恐い。この妹すごく恐い。いままでの気遣いもいい台詞を全部台無しにしてしまうくらい恐い」

「冗談よ」

 

 戦々恐々として背中でガクガクと震えるクインに笑いかけアキバの大通りを進んでいく。こんなふうに話しているといつのまにやら<モルグ街の安楽椅子>が所有するいくつもの雑居ビルのひとつにたどり着いていた。

 クインを背中から下ろしてその顔を見る。すっきりと憑き物が落ちたかのようなその顔にこれなら大丈夫かと思えた。殺人鬼にも出会えなかったし新しい不安材料も生まれてしまったけれどまだどうとでもなるだろう。まだ始まったばかりだ。

 

「それじゃあ、おやすみ」

「おやすみ」

 

 クインとは別れて<西風の旅団>のギルドタワーを目指して歩き出す。

 随分と時間をかけてしまったものだ。一応は客人として扱われてはいるが勝手に上がり込んでいる身で堂々とこんな遅くに帰ってくるのはバツが悪い。

 

「ソウジロウはともかくナズナさんにはなんか言われそうだなあ」

 

 へらへらと笑うソウジロウはいいがナズナの方は普段はたいしてなんとも言わないが大事なところはきちんと押さえてくるところがなくもない。なにを言われるかと想像していると一本の念話が入ってきた。メニュー画面に表示される名前は件の相手『ソウジロウ=セタ』。なんとも間のいい男か、クインと別れた後に念話をよこすとは空気が読めている。

 

『もしもし、千菜さんですか?』

「なに?帰りが遅いからって心配でもしたの?相変わらず乙女殺しなマネするのね」

『あははは…、ぼくとしては自然なことなんですけどねえ』

 

 天然ジゴロが…。

 姫はかどわかされたりしないんだから、ハーレムなんてもってのほか。一夫多妻制なんて認めないわよ。

 

『千奈さん今どこにいます?』

「?タウンゲート近くの通りだけど」

 

 まさか迎えに来るとでも言うんじゃないだろうか。最近はなんか嫌がられるのがわかっててやってる気さえもするんだけど、マゾなの?

 

『ならちょうどよかった。大神殿に向かってもらえますか、今ナズナたちもいますから』

「っ!誰か死んだの?」

 

 セルデシアの神々に対しての立派な信仰心など持っていない<冒険者>が大聖堂に向かう理由なんてものは一つしかない。誰かが死んで復活するのを待つときだけだ。こんな夜中に死人が出た。殺人鬼か

 

『ぼくとアカツキさんが』

 

「……勝手に行ったのね。姫が出かけたのをいいことに。

 それはいいわ、いえよくないけど。なんで姫に言わなかったのよ、あなたの聖戦(自己満足)にアカツキが巻き込まれたんだとしたら…『そんなことをぼくがへらへらと報告することはありません。絶対に』

 

「失言だったわ。ごめんなさい」

 

 たまに、ほんのたまにだけこの少年にはゾッとさせられることがある。不本意ながら怯まされて、一歩後ろに後ずさってしまいそうに屈してしまいそうになる。自身に危害を加えるような男じゃない。それはわかっている。それでもこの少年には負けてしまうかもしれないと思ってしまう、だからこいつだけは男として好きになっちゃいけない。

 勝てなくなってしまうから、弱くなってしまうから。

 

『いいえ、ぼくと殺人鬼との戦闘中に割り込むようにして彼女も乱入してきました。

 余命が幾ばくか伸びた程度でしたが、彼女は彼女なりの思惑と信念をもって、ぼくが殺そうとしていた殺人鬼を()()()()()()としていたので、今回の件はアカツキさんに譲ることにしました』

 

「あんたが獲物を譲るなんて珍しいわね。一度決め込んだ敵はわたしにだって譲らないくせに」

 

『ええ、だから倒していいですよ、千菜さんの敵(殺人鬼)

 ぼくのことはもう心配しなくても無茶なことはやらかしませんから。あとはそっちでてきとーにぱぱっとやっちゃといてください。

 この前は勝てないとか弱気なこと言ってましたけど、今度は勝てるでしょう?ぼくの憧れた千菜さんは強いですから』

 

 念話は切った。切ってやった。

 

「ソウジロウのくせに、生意気だわ。ほんとっ、死ねばいいのに」

 

 アキバの街唯一の信仰心なんてかけらも集まらない大神殿へと歩みを向ける。

 

 

 

 戦場に一輪(一人)()を添えよう。

 慰みの花ではなし、勝利に酔う花でもなし。

 そこにあるのは優美さ。

 そこにあったのは苛烈さ。

 その華は戦場にはないもののための一輪である。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。