ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~ 作:となりのせとろ
三ヶ月前から隠れ住んでいる入り組んだ路地の先にある寝床で百恵を待ち構えていたのは人ならざる畜生だった。簡素なベットの横に備え付けられているこれまた簡素をとおりこしてオンボロな明かり建ての上に図々しくも居座っている。そのルビーのような深紅の眼だけが背に受ける月光と同じように光を放っていた。
「あんまり勝手気ままに出歩かれるともみ消す側としては大変なんだけどなー百恵チャン」
「お前はいつもどこから湧いてくるの、そしてその毛玉で出てくるのは金輪際やめて欲しいわね。その目はすごく気味が悪い」
「僕と契約してー、」
「だから気味が悪いって言ってんのよ!」
「いやいや、二十八で魔法少女って……、歳考えなよ、恥ずかしい」
「ぶっ殺すわよ」
くだらない。気が抜けてしまう。これでこのアキバの街での唯一の協力者でなければ今すぐにでも部屋の外へとゾーン設定で転移させていただろう。しかしどうなのだろう、本人ならばともかく中身が入れ替わっているとはいえ召喚獣の身体をしている目の前の白い毛玉を転移させることができるのだろうか。
「奏クンだったら知ってるかもねー。仮にも彼の口伝はゾーン設定の応用だから。その道には詳しいだろう。
世間話でもしにきたわけでもあるまいて、益体もなくそんなことを言う
「おいおい、客人が来てるってのに酒かい?」
「客人は帰ってきたら人の部屋に勝手に上がり込んでいたりしないわ」
「……確かにそりゃそうだ」
ボクにももらえるかい?そんなことを言い出した
「今日はなんのようなの?あなた、僕のやらかした
「やらかしてる本人がそれをいうかなー、ムカつくなー。ボクより強くなかったらここで襲っちまうんだけどなー」
「情けなさすぎて涙が出そうになる台詞ね…」
猫人族の中でも随一といっても過言ではない見惚れてしまいそうなほど美しい容姿をしているくせに、千年の恋も覚めてしまいかねないほど情けない台詞だった。
「そんなこと言うけど、君ー、自分が
「そこまで馬鹿力じゃないわよ」
精々、剣は両手で握らなければレベル90の<冒険者>を塵にするなんてことはできないだろう。
「まあ今日はオフレコさ、計画のことはなしでプライベートでいこうぜー。
だからボクのマネして猫かぶるの止めなよ。腹割って話そうぜ」
「あら、どういうつもりかしら、あなたがそんなこと言うなんてなにか裏がありそうね」
「いいから猫かぶんのやめろつってんだよー、頭わりぃなー。これだから二十八になってもボクなんて一人称使っちゃうボクっ娘は。社会人だったら、わたし、わたくし、僕、の三択だろうがー」
「なんの問題もないわね」
「年齢以外はね、二十八で『僕』って(笑)」
「あんただけには言われたくないわ」
男女差別甚だしい。女だって「僕」って名乗っていいじゃない。
「『僕』が一人称の奴と『ボク』が一人称の奴が会話してたら混乱するだろー!いい加減察しろよ!必要的配慮だよ!!ただでさえボクたちめんどくさい性格してる二人だってんだから!」
「なにをいってんのかさっぱりで、大変癪にさわるのだけどなぜだか言い返せないのが悔しいわ」
言うことを聞かなきゃいけない気がする。その必要性に迫られている気がする。
「あー、もう。わかったわよ、
一升瓶に入った酒を一本マイクロフトに手渡して、もう一本の一升瓶を開けつつ部屋に一つしかないベットに胡座をかいて座り込む。一口酒を口に含むとマイクロフトへと向き直った。こんな殺人鬼の闊歩する夜にわざわざ出向いてきたのだ、レディをエスコートするための話題提供くらいはするだろう。
そんな雰囲気を察したのはさすが忘れがちではあっても探偵か。手渡された一升瓶を床に置きつつ話題を振ってきた。彼らしい話題を。
「君そもそもなんでこんなことしてんの?」
「は?」
虚を突かれた、というほどのことはない。むしろここまでやっといてなにを今更そんなことを聞いてくるのかと怒りすら湧いてきそうだった。そもそも協力者を名乗り出てきたのはマイクロフトの方だった、全てを理解した上で協力していると思うのが普通の思考回路した人間だろう。今更そんなことを聞かれても挨拶にこまる。
「奏クンってそもそもできる子じゃん。あの子たいがいのことはやってのけるよ?探偵業の経験も持ってるし、並以上に腕っ節もある、頭の回転だって悪くはないし、ついでに言えば料理もできる、性格も根っこの部分から善人だろう。
確かに君が言う通りに何かに突出して取り組むような気概は持ち合わせていないのだろうけど、そんな人間世の中たくさんいるだろう」
「なに?だから殺してまで矯正させる意味がわからないって?」
「そーそ、君自分の天才性を隠れ蓑にしてそんな逸脱しすぎた行為をカモフラージュしてるだろ。家族だから見過ごせないってよりももっと直接的な動機があるって考えるのが普通だって。
「天才も社会に出てしまえば皆平等なんだよ」
多少の贔屓はされるだろう。多少の羨望は集めるだろう。多くの嫉妬を集めるだろう。
「君も例外じゃなかったかい?」
「もちろんさ。まったく化物ぞろいの人外魔境だった。あの連中はもう人じゃなくて妖怪の類だ。
しってるかい?二億の金がたかだか一匹の狐のために指先ひとつで動くし、人の命がたったひとりのせいで百単位で増えたり減ったりするんだよ、それはもうゲームの一と零が反転するようにね」
「君のとこだけたぶん異世界じゃない?」
マイクロフトの嘆きは聞こえていない。たぶん彼女が過ごしていた世界の日々はレイドゾーンがお花畑に見える人外魔境だったのだろう。
「だからこそ怖いんだよ。
成し遂げるつもりのない目的を持ち続けて停滞し続ける人間と小さくとも目的を模索する人間とじゃそんなの差は明らかだ。前者は折れて曲がって朽ちるだけ、後者は積み重なった小さな
そんなもの、どれだけの周りの人間を不幸にする。なまじ人に好かれる人間だから駄目なんだ。人の輪の中に入り込むやつだから駄目なんだ。お人好しで優しい人間だから駄目なんだ。それは二十一年間、奏が生まれて姉で有り続けたわたしが知っている。
このまま進めば
クインは奏の理解者として百恵の前に立ちはだかった。確かに彼女の思いは本物だろう。奏と出会って五年の歳月、大事に守り通してきたのだろう。そうだとしても、奏儚百恵が奏の姉であることを忘れてはいけない。彼女は<大災害>に巻き込まれるまで弟想いの姉だった。そして今も弟のためにのみ彼女自身は動いている。奏のことを想い続けてきた年季が違う。そこに質の違いはなくとも量の差は比べるべくもない。クインは敗れるべくして敗れた。それは必然だった。
「なぁるほどぉ。要は君自身も怖いんだぁ、彼の道連れにされるのが。でもそれなら彼から距離を置けばいいじゃない」
腹立たしい程に真理を突く言葉をマイクロフトは口にする。責めるようになじるようにいたぶるように。彼は猫だ。
「そんなものはそれこそ理由にすらならないわ。
なりふり構わず最低の行いをして嫌わることになるのはしょうがないとしても、あの子に助けを求められたら、手を伸ばされたら握り返さない理由にはならないでしょう。地獄の底に引き摺り下ろされるとわかっていても」
それに同意するわけにはいかない。それは全てを否定することと変わりないから。
「ま、わたしだって黙って道連れになんかされるつもりなんてないわ。あっちが引き摺り下ろそうっていうのなら、わたしはその前に引き上げるつもりよ。もう伸ばされた手に気づかないなんて愚かな真似なんてしたくないもの」
だから殺す。
この世界は奏の閉ざしてしまった世界をこじ開けるにはあまりにもうってつけだ。荒療治なのは重々承知している。
だが、もう奏には高校卒業から与えられていたモラトリアムはあまり残されていないのだから。遅かれ早かれ実家の神社に篭る生活は脱しなければいけない時が来る。自分のために用意された世界に行かなければいかない時が来るのだ。おそらくこの<大災害>が最後で
子供はいつか大人にならなきゃならない。いつまでも子供のままではいられない。
「百恵チャン、やっぱろ君はおかしいや、なんでそこまでわかっててそうなるのやら。ボクにはどうにも理解できそうにない」
マイクロフトは話の間、一口も口をつけなかった一升瓶に手を伸ばし一気に飲んだ。話には満足したらしくそれ以上マイクロフトがなにかを言うことはなかった。
◆◇◆◇
代わり映えのしない結界の中で一ヶ月たらずの月日が流れた。
「八枝、準備は万全か?」
「怪我も治ったし大丈夫だよ。完治できたのはこれのおかげだな」
場所は後光が差し込み大木が堂々と生えた丘。そこはアサハナが結界を修復するために奏にその力を見せた聖域であり一ヶ月前の奏では入ることは叶わなかった場所。
差し込む後光を浴びるように奏は座り込んだままその傍らに寄り添うように突き立った一本の白杖を見上げる。その確かな存在感を放つ白杖は後光の光からさえも吸い尽くさんばかりにその場から魔力を吸い上げていた。
「8割がたは
「壊したのはほとんどアサハナ様だ、ブレス吐いたり尻尾でなぎ払ったり、広範囲攻撃は大概アサハナ様のせいだ」
「ぬしの最後の全陰陽札の連鎖爆発もなかなかじゃったと思うがの。あれで吹っ飛ばされたせいで母屋は半壊じゃ」
一か月前とは違い長く美しかった緋色の髪が首筋まで切り揃えられ童女のようなおかっぱ頭に変わったアサハナが奏の傍らに立つ白杖に目を向けながら呟く。
<偽光とどかぬ百式の儀式杖>はかつてはアサハナの所有物だった。正確には<百式の儀式杖>に
遥か昔にこの聖域に訪れたとある姫に託したそうだが回り回って奏の元へといきつき奏がまたもとの持ち主であるアサハナの元へと持って現れたことのである。だが戻ってきた杖は本来の力の大半を失っていた。なにかしらの大規模魔術、それこそ<世界級>クラスの魔法に使われたかのような痕跡を残しており、その失ってしまった力を取り戻さんとせんばかりに生まれた聖域に帰ってきたわけである。
だがその失われた力も神木と聖域から力を吸い上げることで大半を取り戻し奏の傷を癒すのに一役買っていた。
「八枝、儂からの餞別じゃ。
折れた刀じゃなくて折った刀な。刀をもらっておきながらそんな野暮ったいことを言うのもなんなので突っ込みどころにツッコミを入れることを我慢し奏はアサハナからひと振りの刀を受け取る。
刀を深紅の鞘から抜いき放ちその刀身を顕にさせる。刀身は夜刀とは打って変わって白銀の刀身をもち差し込む後光を受けて薄く赤色の光を反射してみせた。
アサハナから受けた最後の修行。
それは至極単純で何よりも難題であった『どんな手を使ってでも構わない。儂に膝をつかせて見せろ』一ヶ月の修行を経てアサハナが投影した刀をへし折り、結界術の知識をも完全に身に付け
というよりも<大規模戦闘>クラスの相手とマトモに戦って倒すこと、本来の目的に比べればそれは至極当たり前の順当な道筋ではあったのかもしれないが、それを奏が成し遂げるのには二度の敗北と一昼夜の戦闘の末の意識不明での重症で得た勝利だった。
その勝利も損害は大きく<陰陽札>の四聖獣の札を全て失い、空中でブレスを受け<魔法の鞄>を破壊され、龍化したアサハナの額の角とぶつかり合い夜刀を折られ、地面に這いつくばり三度目の敗北を前に周囲にばらまかれた<魔法の鞄>の中に入っていたアイテムたちに気づいていなければそこで終わっていただろう。
ばらまかれたのは<魔法の鞄>に入っていた奏がこれまで蓄積させ続けてきた<陰陽師>の固有作成アイテムである<陰陽札>。ひとつひとつの火力ではアサハナに膝をつかせるどころか傷のひとつもつけることのできない火力でしかない。それでも蓄積させ続けた百を優に超える魔法の束を一度に同じタイミングで爆発させることで天地を揺らした。
絡み合い束ねられた魔法爆発はアサハナの宙に浮く巨体すらも吹き飛ばし母屋の方を半壊させるに至った。これにて修行は全ての過程を終え、奏は完成に至った。
「いい刀だ。でも……、ほんとによかったんですか?髪」
「かまわんよ。体の一部は使わんとこの階級の刀は作れんし、儂がそうしたかったんじゃ。髪は女の命、これを見れば儂のことを思い出すじゃろ?これ以上の聖遺物はない」
しゃらん、と短くなった髪を揺らしながら奏を見つめるアサハナ。その目は愛しい存在をみるような慈愛に満ちた視線で満たされていた。この一か月にも満たない月日で随分と思い知らされたアサハナの独占欲を思い出して奏は目の前の刀から感じる凶器としての威圧感とは別の恐怖を感じた。
「え、なんか重い…。やっぱいらないわ、なんか呪いとかついてそう」
「バレンタインデーのチョコじゃあるまいて。むしろ加護がついとるわ!」
「冗談です。ありがとうございますアサハナ様。刀だけじゃなく法衣からなにからなにまで蔵の宝を片っ端から譲ってもらって」
これまでの感謝を告げながら奏は深々と頭を下げながらアサハナへと感謝の言葉を伝えた。
打算も同情もなく純粋に力を貸してくれた。求められたものはただのひとつとしてなくただ困っていた人間だとわかれば迷いもなく手を差し伸べてくれた。道を示して導いた。その行為に奏は感謝の想いしかなかった。
「譲ってはおらんよ。対価を得ているからのあくまで正当な取引じゃ。
儂はそなたの魂を覗いたそれはもう奥の奥までのそなたのことで儂がしらんことはないと言っても過言ではない。魂の全てを知るということはその魂を持つものを縛り従えるのと同義に違いない。言うなればそなたは儂の
「あなたにだったら俺は縛られても構わないよ。それだけの大恩がある」
ごまかすように神様は本当か嘘かもわからないような話をして煙に巻く。
「抜かすな小僧が、少しは学ばんか、たわけめ。儂だけに縛られればまた二の舞にしかならんわ。大口叩くのはもっといい男になってからにせんか。儂を抱くにはあと十年は早い」
「十年たったら抱かせてくれんのか、そりゃ楽しみだ」
「かかっ、その前に初恋のけじめくらいつけてこい、忘れられていても知らんぞ?」
「本当に十年くらいかかりそうだなぁ。姉やらストーカーメイドやら一筋縄でいかない人たちばかりだ。壁が高い高い」
やれやれと今まで自分がふっかけてきた因縁の数々を思い起こして首を振る奏。随分と喧嘩もふっかけてきたし、おせっかいなありがた迷惑もしてきた。奏自身が気づいていないところでもたくさんの因縁が待ち構えているだろう。
勝手にいなくなったことをたくさんの人からお説教を受けるであろうことを今からでも十分に予想できた。まずはみっちりとヘンリエッタ、次に軽くマリエールから、千菜からはがっつりと怒られるだろう。にゃん太からお小言のひとつくらいは言われるかもしれない。
「色恋くらいでめげるなよ、龍神アサハナが認めた男じゃろ。行ってこい八枝、しばしの別れ。
――縁があったらまた会おう」
それでも帰る場所があるなら帰るべきだ。
「さようなら。あなたに会えて本当によかった」
背中を大きく叩かれ青年は前へと進む。
その左手には身の丈にも及ぶ白杖を握り腰にはふた振りの刀を差していた。大樹へと触れた手からは魔力の光が漏れ出し結界の外へと続く扉を創りあげていった。
その扉から吹き漏れた外からの冷たい風は群青の着物の上から羽織った緋色の羽織が強い風によってはためかされ青年の長い髪を揺らす。
そんな青年の表情は清々しいほどに気持ちのいい笑みで染め上げられていた。