ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~ 作:となりのせとろ
それは雲の一つも空にない新月の夜だった。月の明かりのないその夜はか細い星の光だけ。それはまるで今これからアキバの街で起こおうとしている事態を察し恐れているかのような静けさだった。普段はまだ喧騒の絶えるような時間ではない、けれど今のアキバにはそんな
「目標補足っ。中央通りを小川方面に向け徒歩で移動っ。第一接触はアカツキさんの部隊。回復は一枚、
リーゼの力のこもった声が夜のアキバの空気を刺すように震わせ、彼女の指示を境に街にいるレイドメンバーたちの緊張と決意を高める。アキバの街という前人未到の盤上で
今現在においてアキバの街には住人たちの姿はない。殺人鬼を打ち取る今宵のために万全を期す目的で夜間外出禁止令が<円卓会議>より正式にアキバの全住民に通達があったからだ。関係のない一般人を巻き込まないためという目的が勿論第一ではあるが理由はもうひとつある。
それはこのレイドのターゲットが死戦士ルグリウスの成れの果てであるということから起因する。
<死戦士ルグリウス>。もとは最果ての帝国エッゾの英雄である。強大な巨人族の侵略からたったひとりでエッゾの人々を守り続けた孤高の大英雄。
しかし彼の最後はその華々しい経歴からは考えられない結末を迎えることになる。巨人族との長い戦いの合間の僅かな堺、身体を休め戦場で荒んだ心を洗い流す至福の時、ルグリウスは自身の身近にいたひとりの女によって毒殺されることとなる。
自身の身の丈の数倍にも及ぶ巨人を屠る大英雄であっても毒の入った杯のひとつには敵わず、いままで続けてきた長い戦いとは裏腹にあっさりと死んだ。
されど腐っても英雄。人であって人ならざる者である。ここからが英雄ルグリウスの真骨頂。不屈の心を持つ英雄は死してなお滅びることなく怨霊となってまでも蘇ったのだ。かつて人々を救い讃えられた英雄は人へ仇なす異形の怪物と成り果て<冒険者>に討たれることになる。なんと皮肉なことか。
ススキノの大地に怨霊としてルグリウスが戻ったのは、ゲームでいうところの十個目の拡張パックが追加された時だった。難易度としては中の上、その先にある大規模レイドに挑戦するために存在するそこそこ歯ごたえを感じさせる繋ぎのレイドのひとつだ。復活したルグリウスは自身を裏切った大地人へ対して復讐に燃え自身の周囲に存在する人間の数に比例してステータスが上昇していく凶悪な、しかし種を明かしてしまえば対処はしやすい能力を持っていた。
しかし、その能力はこのアキバの街というフィールドで闘うという点において理不尽極まりない組み合わせを持つことになったのだ。なにせ街だ、街は人がいるからこそ街と呼ぶ。かつてススキノの大地でルグリウスを討ち取ったフィールドとはまるで人口密度が違う。そのうえに
「始まりましたね、リーゼさん」
「ええ、始まりました。あとはひとつずつ着実に詰めていきます」
「やっぱり<D.D.D>の教導隊長は違うな~。こんな作戦を考えちゃうなんてこれならきっといけますよ」
リーゼの張り詰めた空気を空気を少し緩めさせようとキョウコがそんな風にリーゼを褒める。
夜間外出禁止令を取り付け
しかし、キョウコの言葉に彼女はその張り詰めた表情を緩めることはせず言葉を返すのだった。
「少しだけ愚痴を聞いてもらってもよろしいですか?」
「?どうしたんですか」
「正直、この作戦でいけるかどうかわからいないんです。勿論自身はありますし有効に作用するでしょう、それは間違いありません。ただこれでこのレイドを百パーセントクリアできるかと聞かれたら、わたしはわからないとしか答えれません」
「でも、それは普通のことなんじゃないですか?レイドなんて何回も失敗して失敗してやっと成功をつかむのが普通ですよね」
「はい、それが当たり前です。でも、<大災害>からわたしたちの知っている
人間らしく生きている。苦悩して幸せになるために死に物狂いで生きている。むしろ現代日本で平和と安定の中に生きてきた<冒険者>よりも過酷で危険な世界に住む彼らの方がよっぽど同じ生き物としては強いのかもしれない。
「それってつまりゲームだった頃と違って相手も考えてるってことなんですよね?一度失敗してしまえばもう二度と同じ手は通用しないかもしれない。
もうレイドはクリアできるよう設定はされていないのかもしれません。そう考えるとわたしは恐くてしかたありません。
ひとつの判断が取り返しのつかないことに繋がってしまうんじゃないかと気が気じゃない」
ゲームだった頃はどんなに難しくてもクリアすることは絶対に可能だった。それはゲームの設計上必然だ。なにも負ける結果しか与えられない挑戦に価値や喜びを見出す人間はいないからだ。攻略不可能はゲームとしては本末転倒にほかならない。
だが、これはもうゲームではなく紛れもない現実なのだ。攻略不可能なんて人生では当たり前、クソゲー上等はどんな世界でも変わりない。
「それでもわかってはいるつもりでした。
あの姫はこんな恐怖といつも戦っていたのですね、本当に尊敬しますわ。中学生のやり直しをしていたのはどっちだったのでしょう」
「うーん、それって多分円卓に参加している人はみんななんじゃないですかね。リーゼさんだけじゃなくて円卓にいる人たちって多かれ少なかれそういうことに怖がりながらやってるんじゃないですか?
だからリーゼさんも大丈夫ですよ、なんたってわたしたちがいるじゃないですか!みんなでやれば怖くないですよ!ここに集まった人達はたとえ失敗したとしてもリーゼさんを責めるような人はいません!」
「…そうですね、そうですよね。元気が出ました、ずばばっと終わらせちゃいましょう!クリスマスに食べ損ねたチキンをみんなで食べましょう!」
「その意気ですよ!」
キョウコに晴れやかな笑顔に後押しされてリーゼの歩幅が大きくなり前へ進む速度もまた速くなる。一寸先は闇かもしれない、けれど進まなければその場は暗闇。目指すは黄金に輝く七面鳥が待つ暖かなパーティー会場だ。
◆◇◆◇
「<パラライズブロウ>っ!!!」
アカツキの横薙ぎの一撃が殺人鬼の分厚い装甲に喰いかかる。その素早い一撃をものともしない様子で殺人鬼は千菜をもひるませた獣のごとき敏捷性で反撃に打って出るがそれをアカツキは小柄な身体を殺人鬼のその大きな身体の股下に滑り込ませ無防備な背中に離れ際に一撃加えて飛び退いた。
「アカツキちゃんまだいけるか?」
「大丈夫」
背後に控えるヒーラー、マリエールの呼びかけにアカツキはしっかりと殺人鬼から視線を逸らすことなく答えた。以前殺人鬼と見えた際は雲泥の差の善戦をアカツキはしていた。以前のアカツキではたとえヒーラーがついていようとも一対一で殺人鬼と切り結ぶことはかなわなかった。前回の戦闘はコソコソとソウジロウの背後に隠れてそれこそちくちくと鬱陶しく飛び回ることで戦いも見れるものになっていたのだ。
だからといってアカツキの戦闘能力が著しい強化を得たわけではない。精々ボロボロになってしまった防具を新調した程度だろう。レベルも大して変わりはしていないし武器だって以前と同じ
ただ、
『悪くはないよ、ただ十全ではないね。確かに
アカツキに千菜はそう告げて、断言した。
事実、アカツキは本気の彼女に手も足も出なかった。何度かしたことのある模擬戦とは次元の違う彼女の圧に、火力に、アカツキの誇る
決め手に欠ける。中途半端で
超一流のプレイヤーは職業の型だけに嵌らず自身の個性がプレイスタイルに顕れる。例えばシロエであればMP管理能力を効率化する
どんなに攻撃力が高かろうと当たらなければ意味はない。どんなに防御力が高かろうと防御ができなければ意味はない。HPを全開する魔法を使えても使うことができなければ意味はない。
だからアカツキは自分の
彼女の体の小ささとその身活かした素早さは自身よりも数段大きな身体を持つ敵からすれば消えたようにさえも見えるだろう。小さく攻撃を刻み痺れを切らして隙が生まれた敵を逃さずそれまでの攻撃の比では威力の必殺の一撃で確実に仕留める。いままでの自分の身体の小ささからくる攻撃の軽さを上からの自身の重さを上乗せすることで補うスタイルから自身の小ささを活かして敵をかく乱し万全の一撃を乱された敵に打ち込むスタイルに変えた。これにより前回ではまともに打ち合うことも出来なかったルグリウスとも戦うことができていた。
「マリエールさん、もう一度聞くがレイドの経験は?」
「あらへんよ、これがうちらの初陣や」
「ふっ、そうだな。年越しは大神殿の冷たい床では迎えたくないものだ」
そんな風にマリエールと言葉を交わしてルグリウスにまた一撃を加える。その一撃は軽い、<動力甲冑>とルグリウスのふたつの力をかけ合わせて持つ殺人鬼にはひるませることはできても毛ほども痛くはないだろう。それでも自棄を起こさず着実に一撃を蓄積させ、そして殺人鬼に背を向けてアキバの街を駆ける。
アカツキが仕留める必要はない。これはレイドだ。他にも共に闘う仲間がいる。
マリエールから回復魔法を受けながら駆けるアカツキの前に引き離したはずの殺人鬼が現れる。<動力甲冑>の持つ転移能力だ。
アカツキに襲いかかろうと飛び出した殺人鬼を見てアカツキは身構えるが殺人鬼が彼女に一太刀加えることをさせないように獣のように真っ直ぐに突き進む殺人鬼の真横から巨大な剣が何本も襲い掛かり殺人鬼を吹き飛ばした。これは
「アカツキさん!マリエールさん!行ってください!ここはわたしたちが引き受けます!」
「…大丈夫。…もう千菜さんとクインさん、…スタンバイ完了」
連続掃射により殺人鬼を押さえ込んだゆづこがそう叫ぶ。アカツキとマリエールはその言葉に頷き振り返ることもなくその場を走り抜ける。去り際にかけられた
そして、そんな彼女らの姿を上空から見下ろす姿があった。その口元は愉快そうに曲がりまるで劇でも見ているかのようにビルの上から身を乗り出していた。
「やっぱり人形の出来がいいと見ごたえがあるねぇ。順当に進めば少女たちの素晴らしき成長物語になるのだろうが、神様はどうするつもりだろうか。
そんな風に独り言を話す猫人の肩に一羽の真っ黒な鴉が停まった。
「はっはー、噂をすればか、来たな。
――
先程まで愉快そうにしていた顔から笑みが消えた。