ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

64 / 74
第五十五話 アキバレイド

 それは雲の一つも空にない新月の夜だった。月の明かりのないその夜はか細い星の光だけ。それはまるで今これからアキバの街で起こおうとしている事態を察し恐れているかのような静けさだった。普段はまだ喧騒の絶えるような時間ではない、けれど今のアキバにはそんな無粋な音(歓喜)は弾んでいなかった。

 

「目標補足っ。中央通りを小川方面に向け徒歩で移動っ。第一接触はアカツキさんの部隊。回復は一枚、二人組(ツーマンセル)D班は移動それ以外は待機」

 

 リーゼの力のこもった声が夜のアキバの空気を刺すように震わせ、彼女の指示を境に街にいるレイドメンバーたちの緊張と決意を高める。アキバの街という前人未到の盤上でゲーム(死合)が胎動を始める。

 

 今現在においてアキバの街には住人たちの姿はない。殺人鬼を打ち取る今宵のために万全を期す目的で夜間外出禁止令が<円卓会議>より正式にアキバの全住民に通達があったからだ。関係のない一般人を巻き込まないためという目的が勿論第一ではあるが理由はもうひとつある。

 

 それはこのレイドのターゲットが死戦士ルグリウスの成れの果てであるということから起因する。

 <死戦士ルグリウス>。もとは最果ての帝国エッゾの英雄である。強大な巨人族の侵略からたったひとりでエッゾの人々を守り続けた孤高の大英雄。

 しかし彼の最後はその華々しい経歴からは考えられない結末を迎えることになる。巨人族との長い戦いの合間の僅かな堺、身体を休め戦場で荒んだ心を洗い流す至福の時、ルグリウスは自身の身近にいたひとりの女によって毒殺されることとなる。

 自身の身の丈の数倍にも及ぶ巨人を屠る大英雄であっても毒の入った杯のひとつには敵わず、いままで続けてきた長い戦いとは裏腹にあっさりと死んだ。

 

 されど腐っても英雄。人であって人ならざる者である。ここからが英雄ルグリウスの真骨頂。不屈の心を持つ英雄は死してなお滅びることなく怨霊となってまでも蘇ったのだ。かつて人々を救い讃えられた英雄は人へ仇なす異形の怪物と成り果て<冒険者>に討たれることになる。なんと皮肉なことか。

 

 ススキノの大地に怨霊としてルグリウスが戻ったのは、ゲームでいうところの十個目の拡張パックが追加された時だった。難易度としては中の上、その先にある大規模レイドに挑戦するために存在するそこそこ歯ごたえを感じさせる繋ぎのレイドのひとつだ。復活したルグリウスは自身を裏切った大地人へ対して復讐に燃え自身の周囲に存在する人間の数に比例してステータスが上昇していく凶悪な、しかし種を明かしてしまえば対処はしやすい能力を持っていた。

 

 しかし、その能力はこのアキバの街というフィールドで闘うという点において理不尽極まりない組み合わせを持つことになったのだ。なにせ街だ、街は人がいるからこそ街と呼ぶ。かつてススキノの大地でルグリウスを討ち取ったフィールドとはまるで人口密度が違う。そのうえに<動力甲冑>(ムーブルアーマー)というテレポート能力まで持った補強具兼隠れ蓑のおまけ付きである。相性最悪(最高)の組み合わせ。互いに護るものに不満を持った者たち、偶然にしろ衛士と古来種の英雄、彼らを結びつける縁は確かに存在していた。

 

 

「始まりましたね、リーゼさん」

「ええ、始まりました。あとはひとつずつ着実に詰めていきます」

 

 アキバの街(レイドゾーン)の戦況をおおまかに確認できる位置に存在するビルの階段を早足に登りながらリーゼは隣を並走するキョウコの声に応える。その声は気の緩みのひとつも感じさせない張り詰めた弦のように。

 

「やっぱり<D.D.D>の教導隊長は違うな~。こんな作戦を考えちゃうなんてこれならきっといけますよ」

 

 リーゼの張り詰めた空気を空気を少し緩めさせようとキョウコがそんな風にリーゼを褒める。

 夜間外出禁止令を取り付け戦場(フィールド)の最適化をしルグリウスの戦力を削ぎ、さらにレイドメンバーさえも最小人数で編成配置し各所に配置チェックポイントを作成し(ルート)を形成。ルグリウスを発見及び引き回しする部隊のサポートをしながら誘導地点(ゴール)まで連れ込み王手をかける。粗さを削りきったアキバ有数のレイド攻略ギルド<D.D.D>の教導部隊隊長が作り上げた完成された作戦。しかもこれを短時間で実行可能までこぎつかせるその手腕は同じくアキバ有数のレイド攻略ギルド<西風の旅団>に所属するキョウコでさえも感嘆に値した。

 しかし、キョウコの言葉に彼女はその張り詰めた表情を緩めることはせず言葉を返すのだった。

 

「少しだけ愚痴を聞いてもらってもよろしいですか?」

「?どうしたんですか」

 

「正直、この作戦でいけるかどうかわからいないんです。勿論自身はありますし有効に作用するでしょう、それは間違いありません。ただこれでこのレイドを百パーセントクリアできるかと聞かれたら、わたしはわからないとしか答えれません」

「でも、それは普通のことなんじゃないですか?レイドなんて何回も失敗して失敗してやっと成功をつかむのが普通ですよね」

 

「はい、それが当たり前です。でも、<大災害>からわたしたちの知っている世界(エルダーテイル)は変質を続けています。ただのNPCだと思っていた人たちもわたしたちと同じように悩んで喜んで生きている」

 

 人間らしく生きている。苦悩して幸せになるために死に物狂いで生きている。むしろ現代日本で平和と安定の中に生きてきた<冒険者>よりも過酷で危険な世界に住む彼らの方がよっぽど同じ生き物としては強いのかもしれない。

 

「それってつまりゲームだった頃と違って相手も考えてるってことなんですよね?一度失敗してしまえばもう二度と同じ手は通用しないかもしれない。

 もうレイドはクリアできるよう設定はされていないのかもしれません。そう考えるとわたしは恐くてしかたありません。

 ひとつの判断が取り返しのつかないことに繋がってしまうんじゃないかと気が気じゃない」

 

 ゲームだった頃はどんなに難しくてもクリアすることは絶対に可能だった。それはゲームの設計上必然だ。なにも負ける結果しか与えられない挑戦に価値や喜びを見出す人間はいないからだ。攻略不可能はゲームとしては本末転倒にほかならない。

 だが、これはもうゲームではなく紛れもない現実なのだ。攻略不可能なんて人生では当たり前、クソゲー上等はどんな世界でも変わりない。

 

「それでもわかってはいるつもりでした。

 あの姫はこんな恐怖といつも戦っていたのですね、本当に尊敬しますわ。中学生のやり直しをしていたのはどっちだったのでしょう」

 

「うーん、それって多分円卓に参加している人はみんななんじゃないですかね。リーゼさんだけじゃなくて円卓にいる人たちって多かれ少なかれそういうことに怖がりながらやってるんじゃないですか?

 だからリーゼさんも大丈夫ですよ、なんたってわたしたちがいるじゃないですか!みんなでやれば怖くないですよ!ここに集まった人達はたとえ失敗したとしてもリーゼさんを責めるような人はいません!」

 

「…そうですね、そうですよね。元気が出ました、ずばばっと終わらせちゃいましょう!クリスマスに食べ損ねたチキンをみんなで食べましょう!」

「その意気ですよ!」

 

 キョウコに晴れやかな笑顔に後押しされてリーゼの歩幅が大きくなり前へ進む速度もまた速くなる。一寸先は闇かもしれない、けれど進まなければその場は暗闇。目指すは黄金に輝く七面鳥が待つ暖かなパーティー会場だ。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

「<パラライズブロウ>っ!!!」

 

 アカツキの横薙ぎの一撃が殺人鬼の分厚い装甲に喰いかかる。その素早い一撃をものともしない様子で殺人鬼は千菜をもひるませた獣のごとき敏捷性で反撃に打って出るがそれをアカツキは小柄な身体を殺人鬼のその大きな身体の股下に滑り込ませ無防備な背中に離れ際に一撃加えて飛び退いた。

 

「アカツキちゃんまだいけるか?」

「大丈夫」

 

 背後に控えるヒーラー、マリエールの呼びかけにアカツキはしっかりと殺人鬼から視線を逸らすことなく答えた。以前殺人鬼と見えた際は雲泥の差の善戦をアカツキはしていた。以前のアカツキではたとえヒーラーがついていようとも一対一で殺人鬼と切り結ぶことはかなわなかった。前回の戦闘はコソコソとソウジロウの背後に隠れてそれこそちくちくと鬱陶しく飛び回ることで戦いも見れるものになっていたのだ。

 だからといってアカツキの戦闘能力が著しい強化を得たわけではない。精々ボロボロになってしまった防具を新調した程度だろう。レベルも大して変わりはしていないし武器だって以前と同じ<窯変天目刀>(チェンジインキルン)のままだ。

 

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『悪くはないよ、ただ十全ではないね。確かに<暗殺者>(アサシン)の攻撃力に相手の上を常に取り続ける先方は理に適っているわ。大概の敵はそれで退けられるでしょう。でもそれって自分よりも力の強い存在には通りづらいよね、それだけじゃ決め手に欠ける』

 

 アカツキに千菜はそう告げて、断言した。

 事実、アカツキは本気の彼女に手も足も出なかった。何度かしたことのある模擬戦とは次元の違う彼女の圧に、火力に、アカツキの誇る最高の一撃(アサシネイト)さえも相殺され為すすべもなく蹂躙された。

 決め手に欠ける。中途半端で<暗殺者>(アサシン)の良さは活かせていてもアカツキの良さは活かせていないと言われた。むしろ怒られた、勿体無いと悔やまれた。

 

 超一流のプレイヤーは職業の型だけに嵌らず自身の個性がプレイスタイルに顕れる。例えばシロエであればMP管理能力を効率化する<完全管制戦闘>(フルコントロールエンカウント)、奏であれば個性を殺し他者の実力を十全に引き出すことで個性と為す<過保護な加護領域>(オーバーバックアップゾーン)、千菜であれば自身の超火力を十全に発揮できる間合いを作り出す薙刀による炎の追加攻撃。超一流と謳われるプレイヤーたちは自身の実力を百パーセント発揮するための武器がある

 どんなに攻撃力が高かろうと当たらなければ意味はない。どんなに防御力が高かろうと防御ができなければ意味はない。HPを全開する魔法を使えても使うことができなければ意味はない。

 

 だからアカツキは自分の身長の低さ(コンプレックス)を武器にした。

 彼女の体の小ささとその身活かした素早さは自身よりも数段大きな身体を持つ敵からすれば消えたようにさえも見えるだろう。小さく攻撃を刻み痺れを切らして隙が生まれた敵を逃さずそれまでの攻撃の比では威力の必殺の一撃で確実に仕留める。いままでの自分の身体の小ささからくる攻撃の軽さを上からの自身の重さを上乗せすることで補うスタイルから自身の小ささを活かして敵をかく乱し万全の一撃を乱された敵に打ち込むスタイルに変えた。これにより前回ではまともに打ち合うことも出来なかったルグリウスとも戦うことができていた。

 

「マリエールさん、もう一度聞くがレイドの経験は?」

「あらへんよ、これがうちらの初陣や」

「ふっ、そうだな。年越しは大神殿の冷たい床では迎えたくないものだ」

 

 そんな風にマリエールと言葉を交わしてルグリウスにまた一撃を加える。その一撃は軽い、<動力甲冑>とルグリウスのふたつの力をかけ合わせて持つ殺人鬼にはひるませることはできても毛ほども痛くはないだろう。それでも自棄を起こさず着実に一撃を蓄積させ、そして殺人鬼に背を向けてアキバの街を駆ける。

 アカツキが仕留める必要はない。これはレイドだ。他にも共に闘う仲間がいる。

 

 マリエールから回復魔法を受けながら駆けるアカツキの前に引き離したはずの殺人鬼が現れる。<動力甲冑>の持つ転移能力だ。

 アカツキに襲いかかろうと飛び出した殺人鬼を見てアカツキは身構えるが殺人鬼が彼女に一太刀加えることをさせないように獣のように真っ直ぐに突き進む殺人鬼の真横から巨大な剣が何本も襲い掛かり殺人鬼を吹き飛ばした。これは<召喚術師>(サモナー)が召喚した<ソードプリンセス>が放った魔法によるものだ止まることのない剣の連続掃射だがこれはいつまでも続くものではない。MP効率を度外視した超火力。

 

「アカツキさん!マリエールさん!行ってください!ここはわたしたちが引き受けます!」

「…大丈夫。…もう千菜さんとクインさん、…スタンバイ完了」

 

 連続掃射により殺人鬼を押さえ込んだゆづこがそう叫ぶ。アカツキとマリエールはその言葉に頷き振り返ることもなくその場を走り抜ける。去り際にかけられた<付与術師>(エンチャンター)の移動速度上昇のパフによりさらに速度をあげて走る。

 

 そして、そんな彼女らの姿を上空から見下ろす姿があった。その口元は愉快そうに曲がりまるで劇でも見ているかのようにビルの上から身を乗り出していた。

 

「やっぱり人形の出来がいいと見ごたえがあるねぇ。順当に進めば少女たちの素晴らしき成長物語になるのだろうが、神様はどうするつもりだろうか。(疫病神)が舞台に上がれば台無しになるかもしれないが。まあ、無粋な考察なんて意味はないか」

 

 そんな風に独り言を話す猫人の肩に一羽の真っ黒な鴉が停まった。

 

「はっはー、噂をすればか、来たな。

 ――奏クン(ヒーロー)

 

 先程まで愉快そうにしていた顔から笑みが消えた。

(不幸の鳥)が飛び立ち漆黒の羽を撒き散らす。その場に先程までの人影は消えていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。