ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~   作:となりのせとろ

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第五十六話 不幸の象徴

 アカツキは戦場を燕のように突き抜ける。 

 向かう先はアキバの中枢ギルド会館。そこにはリーゼ、キョウコ、千菜、クイン等が待機している。この盤上で繰り広げられる数奇な戦いに終止符(チェック)を打つために待ち構えている。万難を排して終わらせる駒を握り締めて潰されてしまいそうになる重圧に耐えている。

 だからアカツキは彼女らのために、共に闘う仲間のために<口伝>を発動させる。

 

 息を潜めるように自身の存在をこの戦場から極限まで薄めるようにアカツキは意識を独立させる。アカツキの視点が、気配が、存在がこの戦場の零度の空気に散っていく。アカツキが意識を戦場に散り沈みこめるほどアカツキの姿をした実体のない影が生まれ殺人鬼を翻弄し切り刻んでいた。

 

 <隠遁>(シャドウ・ラーク)。それはリーゼと千菜から伝えられた幾多もの<口伝>のただのひとつも身につけることが出来なかったアカツキが自身の力で編み出した<口伝>。本来なら戦闘中に使えない<追跡者>のスキルである<陰行術>(シャドウ・ラーク)を無理やり戦闘中に発動させることで<幻惑歩方>(ロードミラージュ)、|<鬼門変幻>を組み合わせることで攻撃を受けることのない実体なき無数の分身を作り出すアカツキだけの<口伝>(特別)

 

「くだらない」

 

 その特別(<口伝>)をアカツキはたった一言で切り捨てる。いままで切望して渇望し続けてきた力をまるでそんな価値のないないものだと言わんばかりに切って捨てた。

 <口伝>は特別なものなんかじゃ決してない。今ならアカツキにもわかる。力を望むのにはなにか理由があって力を求めることそのものが理由になってはいけないことを。

 理由なき力(空っぽの力)は自身の内側にではなく外側に求めることになる。それは空虚な中身から力をひきだすことなんてできないゆえの必然であり、己の内から引き出すことのできない力は自ずと外に求められることになる。それはもう自分の力でも、願いでも想いでもないだろう。そんなものなんの価値もありはしない。

 だからアカツキは<口伝>という幻想を求めていた自分をくだらないと切って捨てる。そんなものを追う暇があるのなら一歩でも多く前に進め、ひと振りでも多く剣を振え、一つでも多く障害を切り捨てろ。一心不乱に前へ進もうとする人間にしか力はついてこない。力を探して立ち止まるようなつまらないやつに力は従わないしついてこない、助けなどするものか。

 

「ふっ」

 

 アカツキが呼吸を一泊挟む瞬間に縦横無尽に殺人鬼を翻弄していたアカツキの分身が消えた。<隠遁>(シャドウ・ラーク)が発動できるのはアカツキが呼吸を止め戦場に溶け込んでいる僅かな時間の間だけ。

 その僅かな空白を空虚な怪物は見逃さなかった。アキバでも単体戦闘能力で三本の指に入る千菜をもひるませた野生の獣のごとき俊敏性が牙を剥いた。しっかりと間合いをとったアカツキの僅かな停止を見逃さず動き出しをさせまいと言わんばかりに猛烈な冷気をぶつけた。その冷気は小柄なアカツキではしっかりと踏ん張らなければ一瞬で吹き飛ばされてしまうであろうほどの勢いで殺人鬼の思惑通りにアカツキは動きを止め続けざる負えなかった。

 歴戦の経験を積んだ衛士がその隙を見逃すようなポカをやるようなはずもなく、アカツキの邪魔にならないように、しかし回復を十全に行えるギリギリの範囲で控えていたマリエールの下まで距離を一瞬で詰め、その氷の一太刀をもってしてマリエールに襲いかかった。

 

「きゃ!」

「くっ、マリエールさん!」

 

 アカツキがそれでも冷気の暴風から抜け出しマリエールを守ろうと殺人鬼に背後から刀の一突きを浴びせるがそれでも殺人鬼は止まることなくマリエールをその妖刀から吹き出す冷気の暴風で殴りけ自身を貫き止めようとしたアカツキの手から刀すらも冷気で飲み込み掠め取った。

 

「しまっ…!」

『アカツキ、伏せなさい』

 

 刹那、絶望を覚悟しかけたアカツキの意識がそんなものはなかったかのように覚醒する。殺人鬼が振るおうとする攻撃の方向など気にも止めることもなくアカツキは全力をもってその小柄な身体をさらに折りたたんで身を小さくする。次の瞬間には紅い一筋の流星が殺人鬼を吹き飛ばした。

 身を屈めてその瞬間を視認しなかったアカツキでも自分の頭上を凄まじい熱量が通過したことと追撃を加えようとしていた殺人鬼が凄まじい勢いで爆音と共に吹き飛ばされていったことはわかった。

 

『ヒット。アカツキさん今すぐ走り出して、タゲはまだ切り替わっていない』

「無茶苦茶だな」

 

 パーティーチャットを通して張りのある声がアカツキへと指示を飛ばす。クインの声だ。ならばついさっきの埒外じみた一撃は共にいる千菜の狙撃だろう。クインの<君と歩く永久の道>(<口伝>)で共有した視界を通して弓で狙撃してくれたのだろう。いくら特技による補正がかかるからといって無茶苦茶だ。

 

『まぐれ当たりだ、威嚇射撃のつもりだったけど当たった。正直こっちもびっくりしてる。狙撃でのサポートは期待しないで欲しい』

『アカツキ、折れてないわよね?。貴女のためにみんなが走ってるわ、だから貴女も走りなさい。大丈夫、武器は届けさせる』

 

「は?」

 

『責任を取らさせてあげるの、今アメノマの多々良が刀を持ってそっちに向かってるわ。知らなかったとはいえ、知らぬ存ぜぬで通すわけにはいかないでしょう』

 

「な、何を言っている!?多々良殿は」

 

 無茶の上に無茶を重ねてきた。多々良はアカツキがよく行く武器屋アメノマの店主だ。<刀匠>として彼女が打つ刀は質の高い物が多く愛用者がおり彼女の経営する店アメノマには一流の刀が並んでいた。

 その中のひと振りに紛れ込んでいたのが今回の一件の元凶のひとつ<霜刀 百魔丸>だ。もちろん多々良本人は<霜刀>のフレーバーテキストが具現化して殺人鬼が生まれるなんてことを知っていたわけではない。彼女になんらかの咎があるわけではないのだ。

 

『いいから走りなさいな、追ってくるわよ殺人鬼。心配しなくても、ナズナさんらも一緒に向かってるから。ヒーラーはマリエールさんとナズナさんはスイッチして。

 それにね、みんなで背負うんでしょう?あの子だけ仲間はずれはかわいそうじゃない。ちゃんと気持ちには応えなきゃ』

 

 千菜の言葉にアカツキはぐうのねも出せなくなる。咎はなかろうと本人がそうしたい、責任をとりたいと言うならば。

 

「アカツキちゃん行って!ウチなら大丈夫」

 

 マリエールの声に踏ん切りがついたアカツキは駆け出す。タゲはまだ自分が取っている、殺人鬼が撤退したマリエールの方を追うことはないだろう。リーゼから通行ルートの指示が指示されルートの組み直しがなされる。少し遠回りになってしまったがヒーラー(ナズナ)と合流しなければ目的地まで殺人鬼を引き回すことはできないだろうからやむを得なかった。

 

 戦場は着実に終局へと向かう。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 アキバの街全域に張られた大規模都市防衛結界の中に侵入するには<冒険者>であっても街の東西南北に構える門を通ることでしか足を踏み入れることはできない。その中のひとつである南門に夜間外出禁止令の発令されたアキバの街の中であってはならないふたつの人影があった。それは空気の読めない不真面目な街の住人か、こんな年の瀬の時期の真夜中に街へたどり着いた変わり者の風来坊かは傍目には測り兼ねる。だがそれでもその二人が顔見知り程度には関係があることは分かりえた。

 

「こんばんわ、マイクロフトさん」

「やー、こんばんわー奏クン。久しぶりだねー。髪伸びた?装備も一新しちゃって、イメチェンかな?」

 

 ひとりはまだ若い。ぱっと見は二十そこそこだろう。随分な旅路を経たのかもともとそういうことを気にしない性分なのか髪は整えられることもなく伸ばし放題になっている。それとは対照的に服装の方は随分と豪華絢爛に派手ではあるがこの世界では装備品の耐久値に状態は引っ張られるので汚れの一つもないのはまだ納得はいくものだった。その対照的な風貌よりも視線を引かれるのは腰に差した二本の刀と背に背負う長杖の方だ。刀は鞘に収まっているし長杖の方も背負われた状態では正面からはっきりと視認することはできないがそれでも強大な魔力が漏れ出しているのが感じられる。普通では笑いものにされるような理に適わない武器数だが青年には妙に様になっている。青年がそうある姿は自然で、そうある様ににまるで大樹のような存在感を発揮していた。

 

 そして青年に対する相手の年齢はうかがい知れない。それは至極まっとうでその相手が猫人族であったからだ。銀の毛並みに金の眼、手持ち無沙汰なのかその両手は真っ黒なローブの中へ突っ込まれている。

 

「悪いんですけどちょっと急いでるんで後にしてもらえます?殺人鬼がどんなものかと思ってはいたが、こんな巨大で濁った霊気放っておけるわけがない」

「まあ待ちなー。今行けば殺人鬼を相手どっている彼女らの邪魔になる。殺人鬼の正体は死戦士ルグリウスの怨霊だ。君もルグリウスの特製は知っているだろうあれは大人数で囲えば囲うほど力を強大にしていく」

 

「…ルグリウス。なるほど、だからこの冷気か」

「彼女たちには彼女たちの作戦や段取りがあるんだー。後から来た君が幅を利かせるなよ、台無しにする気かーい?」

 

 的確で残酷な指摘をマイクロフトは奏にぶつける。お前の出番はここにはないと、邪魔をするなと隠すこともなく奏が積んできたであろう力を否定するように言葉を投げかけた。それに奏が憤りの表情を見せることはなかった。

 

「じゃあ、ルグリウスの能力範囲外から遠目に見よう、それなら問題ない。

 アンタの台本にはしっかり乗ってやるから安心しろよ。だが奏儚百恵の影響力を舐めない方がいい、殺人鬼の寄り代でルグリウスが復活しているならうちの姉の影響力はドンピシャだ。

 ……最悪レイドチームが全滅するぞ」

 

 マイクロフトの目が僅かに見開く。その動きに含まれる意味合いは動揺か驚きかそれとも愉悦か。

 そんなマイクロフトを剣呑な目つきで奏は睨む。それは全てを見透かしたような眼だ目の前にいる銀色の猫人族の男が何を考えているか見通したそういう眼。

 

「…これは驚いた」

「俺の眼は悪い大人の悪巧みの天敵なんだろう?アンタの言葉だ。別に驚くことじゃない」

 

 ローブの中に突っ込まれていた手が引き抜かれて白手袋に包まれた手でパチンと指を鳴らした。すると街灯に照らされて伸びていたマイクロフトの影法師から泡立つように異形の形をしたなにかが形どられていく。それは鴉だ、足を三本持った異形の姿。名を八咫烏。不幸の象徴であり同族食いの強者だ。

 

「行こうか。空なら奴にも百恵チャンにも気付くまい。君がボクを信用できないなら無理強いはしないが、勝手百恵チャンに見つかっておっぱじめられてもボクとしては迷惑だ」

「行くよ、あいにく飛行手段は今使えなくてね。ただ、俺が行くと言ったらすぐに下ろせ。下ろさなかったらアンタを斬り落としてクッションにしてでも下へ降りるぞ」

 

「いいだろう」

 

 マイクロフトが呼び出した巨鳥がメキメキと肉と皮が割け骨が砕けるような音を出して二つに分かれていく。頭が裂けその裂けた場所から再生していく。結果生まれたのは元の巨鳥と寸分違わない漆黒の八咫の烏だ。

 

 奏とマイクロフトはそれぞれその飛び立つ黒の鳥の背に乗りアキバの街の上空へと飛び立った。

 戦場へ不幸の象徴が近づいていく。その末に行き着く運命はいかようなものか。それは神のみぞ知り得ることだろう。

 

 

 

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