ログ・ホライズン ~高笑いするおーるらうんだーな神祇官~ 作:となりのせとろ
確かに奏儚八枝という人間は人の十倍は敗北を経験してきたと断言できるだろう。そしてその敗北の大半は外敵に対してでも他人からでもなく他でもない身内の者たちから与えられた雪辱だった。
最初に自身と姉を比べた。姉は万芸に秀でどんなことも苦もなくこなしてみせた、それを鼻にかけることもせず優しく守ってくれた。
そんな姉に憧れて、目指して、焦がれて、挫折した。これが一度目の敗北。
姉と自身では根本的な資質が違ったことに気が付けなかった。あらゆる分野を学んでひとつ、またひとつと勝てないと見切りをつけた。
勉強では勝てなかった、しょうがない。スポーツでは勝てなかった、しょうがない。料理でも勝てなかった、しょうがない。音楽では勝てなかった、しょうがない。もの書きでも勝てなかった、しょうがない。
もう勝負していないものなんてないんじゃないか?そこまでいってしまった。途中でやめておけばよかったものを引き際も弁えず挑み続けた。
あとひとつだけは残っていた。祖父から教え込まれている剣術だけは祖父から止められまだ一度も真剣勝負はしたことがなかった。
そして、負けた。
そこであきらめがついたのだろう、諦めざる負えなかっただけにほかならないが。道化もここに極まった、完全無欠のなりそこない。
あとは千菜が代わりにやってくれる、今度は姉のいない
行き着いた先が<エルダーテイル>だった。そこから先は楽しかった。姉のいない世界は楽しかった。姉と比べられることがなくなった世界はいままで見えていなかった色に満ちていた。
そして
奏儚百恵には
そして自分自身が
ミノリやトウヤを救おうと思った。ルンデルハウスを救おうと思った。彼らの不幸を利用して彼らから信頼を勝ち取った。
天秤祭でアキバの街はいくつもの危機が重なった。そのうちひとつを解決した。無償の善意と事件を知る
違う、それらは全部打算に満ちている。あまつさえも、自分よりも弱いものたちを自分のプライドを保つために利用した。敗北の惨めさを自身よりも弱い者たちに力を顕示することで洗い流した。己が振るう力の向きは優しさであろうと
そこに善意なんてものはない。全ての行為は偽善でできている。
樹海の奥地、神の社で夢を見た。いつか見た夏の海と季節は反転して冬の夜空。
空気の澄んだ空いっぱいには散りばめられた星たちが結び合いいくつもの星座を形作っていた。それをすっかり葉を落とした木の枝の隙間から眺める光景。
そこにあったのは今は死んだ老人と今は愚かに生き続ける孫のふたりだけだった。
『八枝よ、剣士というのは生まれながらにして矛盾を抱えているのだ。
何かを守り慈しむことができる人間は強い。これは剣士としての高みへとのぼり詰めるために必要な理由だ。
理由がないものに戦うことはできないのだからのお。理由を持たずに闘うことができる人間などそれは獣と変わりない。”なんのために戦うのか”これが剣士の芯となる。
だがのぅ、ここで矛盾が生まれてしまうのが人の、いや、剣士の未熟なところなのかの。
余計なことを考えてしまえば剣に雑念が、迷いが孕んでしまうのよ、剣士としての高みに登るための下地が出来上がった瞬間に剣士として完成することはできなくなってしまうとは、……いやはや、皮肉な話よ。
だから、この奥義はある、お前はお前のままでいい。お前が心から剣に全てを預けることができれば自ずと奥義へとお前の剣は昇華する。剣と己を一身と据えるのよ。
だから、八枝よ、お前は自分の思うままに生きなさい。お前が自由に生きることが何よりも大事なことなのだから。剣士としてあらなくてもよい。お前が大切なものといっしょにあれることが儂の心から望むことなのじゃよ』
脳裏にはある冬の夜に道場の縁側で月と星を眺めながら語っていた祖父の姿。
それでも、奏儚百恵は
それは正しかったのだろうか?
その行いが偽善と打算に満ちていようとも、その行いの果てに守れた笑顔があったのなら、完全には遠く及ばない未熟な力で守れるものがあったのなら、それは正しかったと言い張れる。
敗北と共にそれ以上の幸福を得た。なにも間違ってなんかいなかった。敗北以上のものを見ていなかっただけ。俺の在り方は否定されてなんかいなかった。
これだけあれば戦える。
これだけ失いたくないものがあるのなら、離れたくない人が居るのなら、俺はどんなものとも戦える。
どれだけ
結果、朽ちてしまってもそこに後悔はないだろう。きっと次に繋げる