消えた航跡――特設艦娘の名のもとに――   作:白水つかさ

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序章 記録者の記録
ツカサ(記者)


 戦争が終わって、二十二年が過ぎた。

 

――――――――――――

 

 戦争が始まった一九九九年、私は八歳だった。

 

 深海棲艦の危険があるから海岸には近づくなと言われていたけれど、ときどきこっそり海を見に行った。

 遠く、出撃する艦娘たちの姿が見られたから。

 艤装を背負って戦域へと向かう彼女たちは、まだ幼かった私には、年の離れた凜々しい姉のように思えた。

 手を振ることもできず、ただ黙って見送った。

 

 いつからだったろうか。海に、艦娘とは違う気配の姉たちを見るようになったのは。

 複数の女性がまったく同じに見える艤装を纏い、海面を滑る姿。

 報道では新艦娘と称えられ、けれども誰言うとなく「特設艦娘」と呼ばれるようになった彼女たち。

 

 美しかった。

 恐ろしかった。

 海の化け物と戦う新たな艦娘。

 けれど同時に、家族がいて、友人がいて、人並みに悩み、恋の噂も囁かれる――ただの人間だった。

 人が、艤装を纏うということ。

 

 私は、その背中に憧れた。

 

 そして願った。

 いつか自分も、海に立ちたいと。

 姉たちと、ともに戦いたいと。

 

――――――――――――

 

 二〇〇三年、私は十二歳になっていた。

 

 その頃にはもう、私がどれだけ海岸から目をこらしても、艦娘の姿はほとんど見られなくなっていた。

 戦争の末期には、「特設艦娘」が主力となっていたのだ。

 少なくとも、数の上では。

 

 だから、私も志願した。

 本来の対象年齢には満たなかったが、私は強く頼み込んだ。

 翌年には自分が通うことになる中学校の体育館に、本来の検査対象である中学生たちの診断が終わったあと、こっそりと入れてもらった。

 今でも、傾きかけた陽が窓から差し込み、空間に光の筋を描いていた光景を思い出せる。

 

 ――結果は、適性なし。

 年齢のことがなかったとしても、艤装の起動を試してみるどころか、訓練の入口に立つことすら認められない結果だよ、と苦笑された。

 十二歳の私に視線の高さを合わせてそう言った医者の表情は柔らかく、どこかほっとしたようでさえあったけれど、私の心は癒されなかった。

 

 私は、海に立つことはできなかった。

 姉たちと、ともに戦うことはできなかった。

 

――――――――――――

 

 そして、その年に、戦争は終わった。

 

 何事もなかったかのような日常が、戻ってきた。

 深海棲艦が消え、艦娘も消え、特設艦娘はただの人間に戻った。

 「もと」特設艦娘も、自衛官も、警官も消防士も船員も讃えられたけれど、どこかでかれら全てから目をそむけているような、日常。

 

 その中で、私は中学生になり、高校生になり、大学に進んで、それから記者になった。

 さまざまな出来事のなかで、あの戦争の話を聞くことは、あまりにも早く、少なくなっていった。

 

――――――――――――

 

 けれど、私は忘れられなかった。

 

 なれなかったからこそ、特設艦娘という存在を知りたかった。

 あの戦争の意味、いや、あの戦争で特設艦娘たちが戦った意味を知りたかった。

 何を思い、何と戦い、そして――どうやって生きて、どうやって死んだのか。

 

 なぜ、あれほど多くの少女たちが、海に消えていったのか。

 なぜ、彼女たちのことを語る人が、今ではほとんどいないのか。

 

 

 私は記録者として、特設艦娘たちの、特設艦娘たちについての、証言を集めはじめた。

 

 当時の少女や若い女性が、今は三十代後半から四十代になっている。

 語りたくない人も多い。

 語れない人もいる。

 何人から断りの返信を受け取ったか分からないし、返信さえなかった数はもっと多い。

 

 当時の政治家や自衛官、特設艦娘となった女性たちの家族や友人となれば、年齢も性別もまちまちだ。

 かれらへの取材も思うようには進まなかったし、記すべきほどの証言を聞き出せなかったことも、記すべきでない証言しか得られなかったこともあった。

 

 それでも、誰かが記録しなければならないと、私は思いつづけた。

 

――――――――――――

 

 この記録は、あの戦争の不完全な断片にすぎない。

 事実としては不正確なものも、一面的に過ぎるものもあるかもしれない。

 語られなかった事実は、ここに残せた断片よりもはるかに多いだろう。

 

 だが、どの断片にも、いくばくかの真実がある。

 

 

 これは、かつて海に立った少女たちの記録であり、記憶である。

 そして同時に、海に立てなかった私自身の――

 ささやかな贖罪と、祈りでもある。

 

 

 

二〇二五年六月十五日 白水ツカサ

 

 


 

 今ごろ、ライラックが咲いている、

 僕の小さな部屋の前いっぱいに。

 花壇では、きっと、

 カーネーションとナデシコがほほえみ、

 その縁には、僕は分かってる、

 ケシとパンジーが風にゆれている……。

 

 ああ! 栗の並木があって、夏のあいだずっと、

 川沿いに、きみのためにつくってくれるんだ、

 緑のほの暗いトンネルを。

 

 頭上には眠りが深くおりて、

 足下では緑にして深き流れが静かにすべる、

 夢のように緑で、死のように深い流れが。

 

 ――ああ、くそっ! わかってるんだ! わかってる!

 五月の野原が黄金色に光ってることも、

 一日が若く、甘く始まるとき、

 裸足を黄金色に輝かせて、

 水へ駆けだす子らがいることも……。

 

――Rupert Brooke "The Old Vicarage, Grantchester"




ドキュメンタリー風の小説、いわゆる「モキュメンタリー」です。
ご覧のとおり、かなりオリジナル要素強めの設定ですが、おつきあいいただければ幸いです。
毎週投稿を目指します。

なお、末尾の詩はまたしても白水拙訳(原詩著作権保護期間満了)です。前回はシリアス短編エンディング直前のテニスンでした。

written by 白水「つかさ」
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