消えた航跡――特設艦娘の名のもとに――   作:白水つかさ

15 / 23
カズサ(元特設艦娘、OV、母)

 ふと、SNSを見た。

 高校の卒業生グループ。何年卒の同級生ネットワークとは別に、卒業年次もなにも問わないもっとゆるやかなグループも作られている。

 そちらのほうを見て、心になにかがひっかかっていた理由を見つけた。

 

 カズサ。

 

 サラの記憶で語られた、「XXX(キスキスキス)」の特設艦娘と同じ名前が、グループにあった。

 名前としてはやや珍しいものの、唯一無二とまでは思わない――が、サラの記憶にあった彼女のふるまいと、私の母校の雰囲気が、どうにも相通じて思えてしまう。

 

 そんな次第でメッセージを送ってみると、案の定、だった。

 

――――――――――

 

「高校、なん年?」

 

 そしてさっそく、こうなった。

 柏の葉(カシワノハ)にある、カズサの自宅。

 よく日に焼けた肌に明るい瞳、陽気な表情に出迎えられ、さっそくの問い。

 

「二〇〇七年から十年です。十年三月卒業」

「じゃあかぶってないか。アタシのほうがちょっとお姉さん」

「……けっこう違いませんか?」

 

 彼女のプロフィールを見ると、私とは十年弱、差があったはずだ。

 高校時代に戻ったような雰囲気につられ、ついつっこんでしまう。

 カズサはがりがりと頭を掻いて、スポーツ刈りと言ってもよいくらいの短い髪が、元気に跳ねる。

 

「それを言うなっちゅーの。まったく最近の若い子は」

 

 タイミングよく、二階で子供の声がした。

 彼女が既婚者であることや子供がいることは、SNSの投稿から分かっていた。

 いっぽうで特設艦娘だったことを伺わせる記述はなく、そのためにこれまで、彼女を取材対象としては考えていなかった。

 機微があるのだろうかと、一瞬上の空になったところで、頬をつつかれた。

 

「しっかし綺麗な肌だし髪の毛ふわっふわだし、若さがうらやましいわー」

「ひゃっ?」

 

 アカネともレイカともサラとも違った意味で、けれども同じように、人を離さない女性だと感じた。

 ほのかに漂う異国の香りと、記憶のなかにあるサラのウェーブのかかったつややかな髪とに誘われて、私はしんみりと言った。

 

「髪の毛ふわふわは、うらやましがられることでもないですよ。

 色も明るいですから、小中のころはけっこう大変でした。四国の海沿い、小さな町だったので余計にですけど」

「あー、まあ、ねえ。変わってるのが一人はいくらあなたでも辛いっしょ。

 でも高校で越してきてよかったじゃん、ウチは全員変わってるから余裕。髪の毛もだけど、もっといろんな意味でも」

「いくら私でも、とはいったい……でも高校については同感です」

 

 カズサと話していると、しんみりする暇などなさそうだった。

 カズサは遠い目――郷愁によるものというよりは、物理的精神的に遠くかけ離れた宇宙人を見るような遠いジト目をして、言う。

 彼女も宇宙人のひとりである気もしたが、星と星にも距離はあるのかもしれない。

 

「ペンギンの着ぐるみが校内を(ある)ってたし、卒業式にはボーリングのピンだのウェディングドレス着たヤロウだのが出没したし、出るなコールとご神体はあるし、アップルパイにリンゴはないし……」

 

 ……一部、分からない。そして分かる部分もあるが、それどころでもなかった。

 

「あ、あのですね、私が来たのは――」

 

 彼女のペースに巻き込まれていると、いつまで経っても取材が始まらない。

 だが意外にもあっさりと、カズサはうなずく。

 

「そーだった」

 

 

 珍しい、と思った。

 特設艦娘のことをすぐに話してくれる人も、三枝のように自らの実績や艦娘のことを長く話す人もいた。

 だが彼女のように、こだわりなく他のことを話し、そして同時にこだわりなく特設艦娘の話に入る、という人は、あまり記憶にない。

 強いて言えばサラかもしれないが、彼女もまた少し違う。

 

 珍しいといえば、自宅に通されたこともだ。

 アカネやシズ、レイカにハルなどは公共の場所、サナエやナルセ、サラは職場。

 取材まではできたが、直接文字にはさせてもらえなかった女性たちも、そのどちらか。

 

 なんとなく、解る。

 “家”での取材は、尚人と瑠璃、板東のように、決まって特設艦娘の周囲に在った男女だった。

 その意味では、リョウコはあわいに立っていたのかもしれないが。

 

 そんなことを、淡く思う。

 思っていると、カズサが濃い色の髪を、またくしゃりとかき混ぜた。

 

「ただ、最後の戦いの話はサラに聞いたんでしょ? じゃあ、アタシが追加で話せることなんてないと思うけど」

 

 卑下するでもなく、当然のこととして彼女は言葉を続ける。

 

「アタシもサラたちと同じで最後の戦いにかろうじて間に合った口だし、あっちと違って精鋭の戦艦だったわけじゃないし。

 ナルセっち理論に従えば、戦艦なんだけどねぇ、残念ながらいち駆逐艦」

「戦艦は旧国名――上総国(かずさのくに)、ですね」

「そ。だけど、アタシは駆逐艦。それにこのへんは下総(しもうさ)なんよね、上総じゃなくて。その意味でもホント、お話みたいな暗合とか全然ないわけよ」

 

 さらりと、カズサが言葉を吹き流す。

 

「――ま、それでよければ」

 

 


 

 

 とは、言ったもののねぇ。

 

 訓練を始めたときには、もう二十歳(はたち)過ぎてた。

 リョウコさんとかナルセっちとだいたいタメくらい。

 あ、でも、あっちのほうが動員されたのは前だから、そこんとこは間違えたらあっちの人たちに悪いよ。

 アタシと違って、食堂でも海でも、ずっと深海棲艦と――というか死と、向き合わざるを得なかった人たちなんだから。

 

 ともかくまぁ、さっきのお肌と違って若いほうが強いってことはないけど、海に立ったのが早いほうが強いのは間違いないじゃん?

 経験値って意味でも、強そうな子から()って動員するでしょって意味でも。

 だからアタシもミドリもマキも、まぁモブよ、モブ。

 アニメのスタッフロールじゃ少女Aとかって表記されるやつ。

 

 だからホント海に立つのもやっとって感じだったし――血の臭いも、知らなかった。

 ありがたいことだけどさ。

 

 〈飛鳥(アスカ)〉のパーティーでも、いろんな過去をもった人たちのなかで、過去もないアタシらは壁の花……とは言わないけど、ミドリ、マキと艦隊組んで、酒とご飯を腹に詰め込むのに忙しくなってただけ。

 

 ナルセっちは嚮導役だからちょっとは、んでリョウコさんはそりゃ寮でお世話になったけど、あとは全然わかんない。

 リョウコさんはいなかったしね。

 えらい元気な中学生がひとり飛び回ってるな、とは思って、あとであれが最精鋭、第二次八八艦隊のサラだってようやく思い至ったくらい。

 

 

 

 ほんで翌朝。

 最初の戦いが最終決戦、夜明け前の海。

 

 マジかよって感じでしょ?

 統制雷撃戦だって言うから、とにかく前の子にひっついていくことだけ考えて、前の子が魚雷を放ったひと呼吸あとに発射した。

 前の子だってそうしたんだろうけどね。

 後ろでミドリが、次にマキが、よく分かってもないアタシに続いたように。

 ホント、最終決戦なんて言ったってそれだけよ。

 

 ……って、XXX(キスキスキス)知ってるんだっけ。

 

 たはー、照れるねそりゃ。

 だいたい、偉いのは護衛艦の人で、アタシじゃないし?

 こっちはただ気づいただけ。

 

 てかそもそも、マジメに座学やってたら、国際信号旗のXがみっつは何の意味だっけって考え込むだろうし。

 アタシがのーてんきだから、迷わずキスキスキス解釈に突入しただけ、よホント。

 士気を上げる? ないないそんなの、ただ思ったことを言っただけ。

 心と口のあいだに脳味噌を挟めってミドリによく言われたわ。

 

 だからそれは大したことじゃなくて、魚雷撃って、ナルセっちの指揮に従ってスクラム組んで、どいつにってよりただ海にぶっ放して、それで――二人組は作れなかった。

 ボケた瞬間に意識が飛んだ。

 戦艦レ級にふっとばされたんだって?

 初めて知ったわ、小学生が金メダリストに負けたからって自慢にもならないだろうけど。

 

 や、まあ、さ。

 それよりミドリとマキがぶち切れたってのが凄いと思った。

 アタシは当然ワンパンKOで見てないし、帰りは三人揃ってうんうんうなってたから喋りもできないし、戦争が終わってからもあいつら一言もんなこと言わないし。

 

 そりゃまあ、みんなボコされたら恥ずかしくて言えないかもしらんけど、でも、なんていうか。

 言わなかったのが、すごく――“らしい”、な。

 

 

 

 てなわけで戦争も終わって、ぶらぶらしてた。

 

 や、気が抜けたとかとは違うよ?

 長く海に立ってきた人たち、短くても集中してた人たちと違って、そもそもアタシらは抜けるほど気を張ってなかったわけでさぁ。

 

 そんなとき、電車で青年海外協力隊のポスターを見かけた。

 へーって思って調べてみたら、別に海外で井戸掘るだけじゃなくて、ってかそんな職種はほとんどなくて、理数科教師から自動車整備、理学療法士にコンピュータ技術までいろんな要請が、いろんな国から寄せられてるんだって分かった。

 アタシにゃ特に技術もないけど、ぶっ飛ばされても死なない体力だけはありますって言ったら、青少年活動とかどう、だってさ。

 

 そんで健康診断と筆記試験と面接――順番はこう、いくら賢くても健康じゃないとね――受けて、二本松(ニホンマツ)の訓練所に何か月も泊まり込んで、それから派遣。

 アタシが行ったのはタンザニアっていう、東アフリカの国。

 知ってる? あんまり知らないって顔だな、またつっつくぞ。

 

 ってそれは冗談だけど、ハリポタは知ってるっしょ?

 実は、タンザニアにはクィディッチチームがある――って、ことになってるんよ。

 スンバワンガ・サンレイズ(Sun Lays)。そのスンバワンガが、アタシの任地だった。

 

 実際にタンザニアでは魔法使い(ムチャウィ)の里として知られてて、都会の人はマジでビビったりしてたのが面白かったな。

 さすがに分かったうえで設定したと思うんだけど、ローリングさんはどうやってスンバワンガが魔法で有名って知ったんだろうね?

 

 ちなみにアタシが聞いたスンバワンガ最強の魔法は、いま流行(はや)りのアニメ風に言うと『自分を殺したいほど憎んでいる奴のところに行ってそいつと杯を酌み交わしたあげくべろべろに酔っ払って帰ってくる魔法』。

 深い……かなぁ?

 アフリカの被害は少なかったらしいけど、そりゃ面積に比べて海岸線が短いからな気はするし。

 ほかにも『人形になってバスにタダで乗る魔法』とか『焼き肉が食べたいから大鷲になって牛を拉致ってくる魔法』とかがある、らしい。

 

 それで――いろいろとやって、それなりには結果も残したつもり。

 もっとも一番の結果はオトコを見つけて結婚したことかもしんないけど。

 これがまたいい男でさ、グラサンかけてミスタークールとか自称してるけど、孤児院のために泥だらけになって家を建てちゃうようなホットなバカ。

 

 そいつの縁でイタリアのじいさんとアメリカの黒かったり白かったりする平和部隊(ピースコー)とフランスの女性考古学者が、もちろんアタシもだけど、ひいこら言いながらフェンスをこしらえてると、何やってんだって思ったもんよ。

 もちろんみんなが話すのはスワヒリ語。

 ホントもう、ね……。

 

 


 

 

 またしてもこだわりなく、カズサの話は飛び跳ねる。

 SNSのプロフィールなどにも記載されていたことなので、驚きはなかった。

 けれどその響きが心地よくて、私は言葉をさしはさむ。

 

「海でも、そして再び拓いた平和な海の先の遠い国でも、ご活躍だったのですね」

「や、そりゃかっこよく言いすぎじゃ……それに遠くもないし」

「え?」

「ここも、そこも、人間がいるだけだよ。あとでそーいやさっきスワヒリ語喋ってたって思う。

 向こうも同じ思いなのか、アタシ、あっちでタンザニア人に道聞かれるんだよね」

 

 屈託なく、カズサが笑い声をあげた。

 その感覚は、私にも少しだけ分かった。癖毛の私にそんな強さはないけれど、強く明るい人を見たから。

 

「――分かります。サラさんと話していたとき、肌の色なんて忘れていました」

「特設以外でならアタシもサラとタメ? そりゃ無理よ」

 

 ぱたぱたと手を振るカズサ。

 

「逆に、サラがウチの高校にいたら楽しそうだけど。なんせウチの出身者は四人もいたし……特設艦娘にじゃなく、タンザニアにね」

「え」

 

 私は固まった。

 もちろん、話題が特設艦娘のことから逸れたからではない。

 特設艦娘の延べ人数に比べても、ひとつの国に派遣されている隊員の数は少ないだろうと推測したからだ。

 そのなかに四人とは。

 

「何十人、とかの中にですよね?」

「六十人。まあ入れ替わりはあるから、延べだともうちょっと多いにしてもね」

「世の中に何千の高校があると……」

 

 テーブルにくずおれかけた私の肩をぽんぽんと叩き、カズサが言う。

 

「動物園なのはあなたも知ってるっしょ? アタシに聞きにきた時点で、特設艦娘の話だけにはなんないって。

 ――あのときも別に、特設艦娘だったからじゃないし」

「あのとき? ああ――」

 

 私はかすかな痛みとともに意味を悟り、うなずいた。

 ふたたび、特設艦娘の話題に拘泥せず、カズサが軽やかに語りだす。

 

 


 

 

 震災のあとは、瓦礫の片付けから仮設住宅の世話人から。

 どこかの戦闘機漫画みたいに言えば、「この連中だからいまさらボランティアとは何かなんて教える必要もなく」即戦力ってやつかな。

 

 もちろん、特設艦娘だったからじゃなく、もと協力隊(OV)だから。

 破傷風とかの予防接種も済ませてあったしねぇ。

 特設艦娘のときは、まさか海で破傷風にもなりゃしないから、そんな予防接種ラッシュじゃなかったもの。

 

 仮設住宅の場所は内陸の遠野(トオノ)で、釜石(カマイシ)大槌(オオツチ)から避難してきた人たちの仮住まい。

 東大教授の設計で、そこらのプレハブに比べたらよっぽど断熱性とかが高いらしいけど、それでも現場じゃ足りない部分もあってさ。

 だから世話人たってその御用聞きやら、雪かきやらお年寄りの話を聞くやら子供と遊ぶやら。

 ぜんぜん大したことしてないよ。

 教授やゼネコンの人とやりとりするのは住んでる人じしんが一番だし。

 

 いや、ホント、アタシは役に立ってないよ?

 なんかチラシをきつく丸めた棒があって、しめしめって思って子供とチャンバラしてたら、それはお年寄りが両手で握って体操をするためのものだからあんたら遊ぶんじゃないって没収されたくらいだし。

 まあそれはタンザニアの孤児院でだって同じなんだけど、ほら、子供と同レベルの大人がひとりくらいいたっていいと見本になるってことで……ダメか。がく。

 

 でもそういやナルセっちは仙台(センダイ)で見かけたし、リョウコさんは自治体からの応援で炊き出ししてたらしいよ。

 福島の図書館を守り抜いたもと戦艦も、建設会社で奮戦した車椅子の子もいたって聞いた。

 さっき言った東大教授は、車椅子の子の指導教官だか知り合いだかだったかも、詳しくは知らないけど。

 

 サラ?

 彼女はまだウィングマークなかったかもしれないけど、あの子の翼はジュラルミンのだけでもあるまいさ。

 

 てなわけで、せっかく聞きに来てくれたんだからもと特設艦娘たちのあのとき、って感じに答えようと思ったんだけど――

 やっぱり別に、“特設艦娘だったから”でもない、かなぁ。

 

 ツカサちゃんの歳だと、あのときまだ学生でしょ?

 でも、アタシは、あたしたちは、あなたともあのときどこかで出会ってるかもしれない。

 そんな目をしてるよ、あなたは。

 海に立ったかは関係なく、ね。

 

 ――ま、そんなわけで。

 わたしにとっての特設艦娘経験なんてそんなもの。

 そういうこと。

 

 


 

 

「――がっかりした?」

 

 カズサが問うた。

 それはアカネの、最初の問い。

 「失望しましたか?」と言った、あの穏やかな声。

 

 ふたりの声は異なっていて、そして同じだった。

 けれど。

 

「いいえ。やはり、あなたたちの体験を、戦いを、記憶できて幸いだったと思いました」

 

 私は本心からそう言った。

 火力を以て魂を問うた、問われた彼女たちが、答えを得たそのあとをいかに生きたのか。

 それぞれの航跡は異なっていたが、それぞれに、とても相応しいものに思えた。

 

 それぞれ、と言えば、

 

「ミドリさん、マキさんは? レ級に倒されてしまったとはいえ、おふたりともご無事だったのですよね」

 

 彼女たちも、気になった。

 だが、何の気なしの言葉に――カズサの表情が、一瞬こわばった。

 目を逸らし、それでも淡々と、彼女が答える。

 

「マキはスーパーの名物お母さん、ミドリは……津波で行方不明」

 

 どくんと、心臓が跳ねた。

 あのときの映像が、脳裏にフラッシュバックしてしまう。

 迂闊(うかつ)なことを口にした私を責めるでもなく、カズサは静かに続ける。

 

「海に立った人間が、あの戦いを生き延びた人間が、海で死ぬなんて思いたくないんだけどねぇ。ひょっこり帰ってくるか、記憶をなくしてどこかで楽しくやってるか」

 

 トワが徹夜でケーキを作っていたら、正しさを少し揺らしていたらどうだったか――そう想い、そしてそれはありえないことと結論づけた、リョウコ。

 彼女と同じ航跡で、カズサがつぶやいた。

 だから、

 

「けどまぁ、それは夢。現実は現実」

 

 同じ港に、辿り着く。

 けれどそれでもカズサの声は、これもリョウコと同じで、絶望とは少し違う。

 

「ミドリの娘とはよく話すんだ。ありがと、あなたのおかげで、話せるネタがひとつ増えたよ。

 ――『深海(アビス)』を前にして、あなたのお母さんは最強のバケモノに立ち向かいました。親友のために、ぶち切れて」

 

 カズサがからからと笑う。

 その声に少しだけ救われたような気持ちになり、私は目尻をぬぐって言った。

 

「ええ。そして、震災のときはあなたが『親友のためにぶち切れて』だったのですね」

 

「……冗談。アタシが行ったのは内陸の遠野だよ? 戦艦レ級(ツナミ)と殴り合やしない。アタシは負ける喧嘩はしたくないほうでね」

「負ける喧嘩はしたくないけれど、しないではない、と理解しました。それに最初は“片付け”をされたと」

 

 敬意を込めて、私は大先輩にジャブを入れる。

 海に立てなかった子供が海に立った大人にではなく、ただ、高校の後輩から先輩へ。

 共有できなかった経験も、共有する記憶もある、『お姉さん』へ。

 

「喧嘩はもっと強い特設艦娘たちに――あー、もう」

 

 なにかを吹っ切るように、カズサが言い、上を向いた。

 

「呑もう。ミドリのために、特設艦娘たちのために!」

 

 過去の鈍い痛みは、脳裏をよぎらなかった、と思う。

 私は迷わず、うなずくことができた。

 

「――はい」

「おっけーおっけー。

 や、この前タンザニアの赤(ドンポ)を段ボールに入れて預け入れ手荷物にしたら割れくさってハコごと真っ赤に……おかげでコニャギしかないけどコーラ割? ストレート? ストレートは道で寝るかもしんないけど」

 

 ……もろもろ、分からない。

 けれどまあ、それもよいのかもしれないと思った。思えた。

 きっと数時間後には、解る。

 道で寝ることだけは分かりたくないが。

 

「ほら、そろそろメシ作れー」

 

 カズサが、二階に声をかける。

 それはとても、彼女らしかった。

 食事を作ることも、誰かと話をすることも、できる者が、軽やかに。

 

「――Karibu kula。食べてくよね?」

 

 カズサが私に言う。

 そして子供たちが、元気に駆けおりてくる。

 褐色の肌がきらめく。

 それはサラの肌とは性別も由来する大陸も違っているから、色合いは異なっていて、それでもどこか似ている。

 

 その風貌からは、そろそろ高校生になっていそうに思えたが――何処(どこ)の高校に通っているのか。

 まさかというかやはりというかの“動物園”か、違うのか、それとも独自の夢を追っているのか。

 そのあたりも、飲みながらゆっくり聞こうと思った。

 

「コニャギってのは、サトウキビの蒸留酒でね――」

 

 カズサはそう言いながら、力強い人物のロゴが目立つ、独特の曲線を描くボトルを取り出した。

 ラベルに書かれた文字は、Spirit of the Nation――国の蒸留酒、もしくは魂。

 目を向ける子供たちには、母はぴしりと言う。

 

「これはダメだぞ、あのときの〈飛鳥(アスカ)〉じゃないから」

「飛鳥?」

 

 子供が問う。

 

「そ。あなたたちが、生まれる前の記憶。――聞く?」

 

 母の笑みを、カズサが浮かべた。

 私は早く、この記憶を世に出そうと、思った。

 

 

 


 

 

君は誰かと波に乗る

やがて涙のGood-bye

見上げる空に君のほほえみ

星が滲んでた

 

BAN BAN BAN

One day wearin' so many wears.

So many chapeaux.

And so many ties.

 

BAN BAN BAN

One day wearin' so many wears.

So many chapeaux.

And so many ties...

 

――KUWATA BAND "BAN BAN BAN"




特設艦娘と記者の記録、ひとまずの完結です。
おつきあいありがとうございました!
つかさはツカサと取材対象の言葉をただ文字にしているだけでした。

モキュメンタリーなので、「これが発表されたあと、反響によって新たな記録が……」という続きは、ことによったら描けるかもしれません。その際はまた!


BAN BAN BANは曲が好きなのですが、メロディが浮かばない方も詩もまた楽しんでいただけるかと。
本来wearは不可算名詞ですし、一日に複数の帽子やタイを装備するのも謎ですが、漠然とは「つきあっていたころはめかしこんでいた」、より深読みすれば「裸になれず虚飾をまとっていた」「かっこつけていた」と。
またtieはよく言えば絆、悪く言えば束縛でもあるでしょう。
本作品で言えば、艤装という重たいウェアと攻撃を吸い寄せるシャッポを身に着け(させられ)、しかして多くの絆というタイもあった――と。

また記憶を聞きたい人は?

  • アカネ
  • シズ
  • 三枝邦彦
  • レイカ
  • サナエ
  • 尚人と瑠璃
  • ナルセ
  • ハル
  • 板東誠一郎
  • リョウコ
  • サラ
  • カズサ
  • ほか(メッセージ等で具体名)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。