アカネ(特設戦艦艦娘、新八八艦隊一番艦)
彼女と待ち合わせたのは、海の見える喫茶店だった。
窓際の席に通され、きらめく海を見ながら、少し緊張して時間を待つ。
ドアに取り付けられたベルが鳴った。
――美しい人。
そう思った。
栗色の長い髪と真っ白い肌、シンプルなワンピースドレス。
最初の特設艦娘なのだから、少なくとも私より何歳か年上のはずだが、まだ二十代――あるいはかつて海に立っていた少女のままのようにさえ見える。
姿勢よくすっと伸びた背筋が、そう思わせるのかもしれない。
「――アカネです」
鈴を振るような声がして、手が差し伸べられる。
私はあわてて立ち上がり、その手を握った。
暖かな、手だった。
おずおずと名乗り、名刺を渡し、私のしていることを改めて説明すると、彼女はふわりと笑った。
「長くなりそうですね。あるいは、ならないかも」
「……それは、どういう――」
「まずは座りましょうか。ここの紅茶はおいしいですよ」
物静かな若い店員が、注文を受けに来た。
きっと彼は、戦争を知らない。
顔なじみなのだろう、アカネは軽く挨拶をして、生真面目にメニューに目を通してから言う。
「紅茶をひとつください。あと、そちらは?」
「私も……あと、そうですね、レアチーズ風ヨーグルトケーキをふたつ」
もちろん取材料というわけではないが、場をつなぐつもりだった。
アカネが一瞬、私を見た。
その瞳がかすかに波立ったが、何も言わずに店員へと視線を戻した。
復唱して、店員がそっと立ち去る。
一呼吸おいて、彼女が私に問いかける。
「どうして、調べているんですか?」
責める色はないが、長くならないかもと言われた意味が、胸に突き刺さる。
「この店には、何度か来たことがあります。わたしが“最初の特設艦娘”であることも、それなりには知られています。けれど、なにも聞かれたことはありません」
私は必死に説明した。
新艦娘に憧れたこと、年齢基準に満たないのを押して検査を受けたこと、それでも適性がなかったこと。
戦争が終わり、あまりにも早く戻ってきた日常に、どこか違和感を覚えたこと。
彼女は、ひとつ苦笑した。
「特設、でいいですよ」
「――え?」
「太平洋戦争で徴用された特設艦艇と同じように、わたしたちは民間人でした。特設艦娘の名のもとに戦ったことを、恥じてはいません」
こくりと、私はうなずいて、口を開く。
「男性は、なる可能性がなかった。女性も、なれるのにならなかった、なれなかった、人たちが多い。だから――忘れようとしている。私はそう思っています」
告発のつもりはなかった。
当然、彼女はなった側の人間だ。
それでも、私の口調は少し強すぎたらしい。
彼女は体を交わすように少し身を斜めにして、目を細めてから、静かに言葉を返す。
「わたしたち以外にも、多くの人がそれぞれの立場で役目を果たし、命を落としました。
わたしたちのなかにも、訓練で失格した子、最初の出撃で沈んだ子、それに、訓練所で爆撃を受けた子もいます。
何も残せず海に消えた航跡は、あまりに多い」
私はうつむく。それ以上、言えることは思いつかなかった。
だが、彼女の言葉は続いた。
「辛いことが多いと思います。それでも書こうというなら、きっとあなたのような人が適任なのでしょう」
「……!」
「その証言のひとつとしてなら、喜んで」
店員が、湯気の立つカップをふたつ、運んでくる。
礼を言って紅茶を受け取り、彼女はゆっくりと語りはじめた。
最初の記憶は、光でした。
フェリーに乗ったこと、あります?
晴れた日にフェリーのデッキに出ると、光と、風と、波の揺れとエンジンの振動が感じられますよね。あんな感じ。
もちろん、視線は目の高さです。
それは変わりませんが――艤装に力が宿ると、うまく表現できませんが、なにかが変わる。
身体の中には焼けるような熱があって、その底には、海のような冷たさがあった。
〈
場所は、
多くの軍艦が建造され、多くの艦娘が顕現した街です。
つまるところ特設艦娘の艤装は、艦娘の顕現を模したもの。
だから、特設艦娘の艤装に力を宿す儀式も、当然のように呉で行われました。
儀式の瞬間までは、艤装はとても重かった。
海の底から引き揚げた鉄に、軍艦を作るときと同じような電装品にガラス、甲板の木材ですから、当然ですよね。
ほとんど全体が鋼鉄でできた靴なんて、信じられますか?
――その重さが、すっと消える。
わたしたちはみんな、表情には出さなかったけれど、心の中では興奮していたと思います。
厳しい訓練に、改造手術めいた注射や処置、精神修養と称するものを乗り越えてきたけれど、みんな子どもでしたから。
二列横隊に並ばされて、防衛大臣だったと思いますが、偉い人が壇上で喋り出したときにすぐ分かりました。
「諸君。君たちは、日本国が誇るべき新艦娘だ。深海棲艦の脅威に立ち向かう、新たなる
艦娘には、そんな大仰な言い方が通じたのかもしれません。
艦娘だって呆れたり退屈したりしたかもしれず、本当のところは分かりませんけど。
ただ、少なくともわたしたちには――隣に立っていたレイカが、鼻で笑って言いました。
「おっさんが偉そうな顔して、よく言うよ。きんたまもぎとって艦娘になれとは言わないが、訓練くらいつきあえってんだ」
ええ、今でも一字一句覚えています。
わたしは吹き出しかけて、それから真っ赤になりました。
ただ、それより怖かった。
訓練のときにそんなことを言ったら、どれだけ厳しくしごかれたか。
「聞こえるよ?」
あわてて袖を引きかけたわたしは、思い切り向こうずねを蹴飛ばされました。
……始めて、訓練と艤装に感謝しました。
表情一つ動かさず、直立不動の姿勢のままで、レイカの蹴りに耐えることができたんですから。
「無線だよ、む・せ・ん。あいつらには聞こえない」
得意げな笑いがありありと想像できる声で、レイカが言った、いや、通信してきました。
無線は十六人全員に通じているのに、目の前の偉い人は少しも気づかず、卒業式の来賓みたいに長々と演説していました。
「それに、聞こえたらどうだってんだ? 今のあたしたちは、あのおっさんを一瞬で消し飛ばせるんだぞ」
少しだけ、彼女の砲塔が旋回しました。本当に撃つつもりはなかったでしょうけど、
「やめなさい!」
ボリューム調整を間違えたような大声がして、耳の奥がきいんとしました。
トワ。
大きな丸眼鏡に三つ編みで、委員長のコスプレしてる委員長、ってレイカにからかわれていた子です。
「冗談だって、冗談。やるならもっとうまくやるよ、訓練中の事故かなにかに見えるようにしてさ」
「そういうことを言ってるんじゃありません! 真面目に訓示を聞いて――」
「せんせー、委員長が訓示を聞いたあとで砲撃しようとしてまーす」
……そこからは、悲劇と言えばいいのか喜劇と言えばいいのか。
十六人全員が直立不動なのに、誰も来賓の話なんか聞いてなくて、レイカ派とトワ派に分かれて無線チャンネルで大騒ぎ。
よく気付かれなかったと思いますけど――気付かれたとしても、何も言えなかったでしょうね。
そんな大騒ぎしたい年頃のわたしたちが、海に立つことになるんですから。
それから、わたしたちは呉基地で艤装の慣熟訓練を続けました。
砲撃、操艦、航法、索敵。
走ったり泳いだりは前からしていましたけど、その熱の入り具合も違いました。
海に立てば、そうなります。艤装が壊れて「立てなく」なったとき、頼れるものは自分の体力だけですから。
厳しい訓練が続きましたけど、誰も文句を言いませんでした。
自分たちのためだと分かっていましたし、自衛隊の人たちが危険に身を晒してくれていることも十分理解していたつもりです。
本当は政治家や官僚だって違う場所で戦っていたとも、いまなら分かりますけど――ね。
ただ、夜は違いました。
部活の合宿、したことあります?
終わらない合宿、と思えば、どんなだったか想像できるんじゃないでしょうか。
ましてわたしたちは、新艦娘、八八艦隊。
プレゼントやファンレターは、万一のことがあってはいけないと、家族からの手紙なんかを除けば全然手元に届きませんでしたけど、そのぶん基地の中では大騒ぎでした。
広いお風呂でお湯をかけあって、誰かの部屋に集まって夜通し話して。
消灯時刻を真面目に守って、他人にも守らせようとしてたのは、トワだけだったかな。
もちろん――蛍光灯には覆いをかぶせて、分厚いカーテンも引いていました。
それだけは、トワにうるさく言われなくても、基地の人に頼まれなくても、みんな守っていた。
薄暗い中で話すほうが、もっと楽しかったからでもありますけど。
それでマユカなんか、
もちろん彼女はわたしたちのなかでは年長で、お酒を買える年齢でしたけど、まさかそんなに一人で飲むわけがないと思っても、基地の人たちは誰もなにも言わなかった。
あ、マユカって呼ぶように言ったのは彼女です。マユカさんなんて呼ばれたら年上のおばさんみたいじゃん、って。
――今では、わたしもすっかりマユカより年上になってしまいましたけど。
「基地、ですか?」
私は、ふと口を挟んだ。
艦娘は、かつての歴史を思わせる、「鎮守府」という施設を拠点にしていた。
名称ばかりではなく、指揮命令系統も、通常の海上自衛隊のそれとは異なっていたと言われる。
機密もあるので、詳しく公表されていることばかりではないが、とうぜん特設艦娘も同じだと思っていた。
「――ええ」
いたずらを告白する少女のようだったアカネの表情が、すっと冷えた。
どくりと、私の心臓が跳ねるのが分かった。
――そうです。
わたしたちが昼は訓練に励んで、夜は羽目を外していたのは、海上自衛隊の呉基地。鎮守府ではありません。
艦娘とは、接触させてもらえませんでした。
一度だけ、遠くに艦娘と思しき存在を見たことがあります。
その頃はまだ特設艦娘は少なく、艦娘は多かったから、わたしたち以外で海に立っているのは艦娘に決まっていました。
でも、その艦娘はわたしたちを見て、一瞬だけ、表情を歪めました。
あわてたように護衛艦がやってきて、お互いの視線を遮りました。
わたしたちには、進路を変えるように命令、いや、懇願の無線が響いた。
護衛艦の影を抜けたときには、もう艦娘の姿はありませんでした。
レイカが言いました。
「あいつ、人面犬でも見たような
……って。
人面犬。
思わずみんな笑いましたけど――そのあとで、黙り込みました。
あまりにぴったりでしょう?
似ているけど違う、艤装を背負って海に立っている「何か」。わたしたち特設艦娘は、艦娘にとってそういう存在だったんです。
人は、魂のある人とともに戦うことができるし、魂のない武器を自由に使うことができる。
昔の戦争では人ではない仲間として馬を扱ったし、今も警察犬や軍用犬はいます。
最近では、地雷除去ロボットに愛着を覚える場合もあるとか。
でも、人面犬がいて、それがとても有能だったとして、あなたはともに戦えますか?
そういうことです。
艦娘は、艦の魂が人の形をとったもの。
艦の魂と言うと曖昧ですけど、艦を作った人の思いを背負い、艦で戦った人の命を背負っていると思えば、その集合体がそれだと言えるのかもしれません。
対する特設艦娘は、人が艦の力を得るものです。艦が人の形をとるのと、結果だけを見れば似ていて、そして根本的に違う。だから「人面犬」です。
たとえば、艦娘〈
そしてなにより、深海棲艦を識別することができます。
あれは敵だ、戦わなければならない、と。
艦娘は艦娘として顕現したその瞬間から、戦うことに最適化されているんです。
わたしたちは……違います。違いました。
深海棲艦の艦影を教育されて、砲を撃つことを訓練されて、戦場では自分の魂ひとつで感じて、判断しなければならなかった。
自由意志といえば聞こえはいいですが、考えることは判断の遅れにもなるし、敵味方の誤認にもつながる。
少し余談になりますけど、空母ヲ級とか、駆逐棲姫とか、そんな名前だって人間がつけたのではなく、艦娘が口にしたものです。
便利なカテゴライズでしたけど、駆逐イ級とロ級のどこが違うのか、わたしには最後までよく分かりませんでした。
それなのに、艦娘には分かったんです。
だから艦娘と特設艦娘がともに戦ったり、手ほどきを受けたりすることができれば、あの戦争はもっと早く終わっていたかもしれません。
でも、そうはならなかった。
特設艦娘という名前は――その意味でも、適切でした。
詳しい?
そう、ですね。
――母が、戦艦〈大和〉を、顕現させたからでしょうか。
ツカサさん、顕現については?
確かに、出産に例えられることは多いですね。
間違いではありませんが、あくまでも比喩です。
男女関係に由来するわけではなく、産道を通るわけでもなく、艦娘は完全に艤装をまとった姿で、艦娘としてこの世界に顕現――再臨する。
もちろんその通路となるわけですから、負担は妊娠と同様に大きいものです。
進水式で象徴的にシャンパンボトルを割る女性、というのも、確かにうまい例えではあるのですが、そのくらい楽だとは言えません。
だからわたしが儀式を受けた場所は、母が儀式に臨んだ場所でもあった、ということになります。
母から聞いて、不思議な気がしました。
それもあって、一度、〈大和〉に会いに行ったことがあります。
「人面犬」のあとでしたが、艤装を纏っていないわたしたちは基本的にごく普通の人間ですから、艦娘が人間と意思疎通できる以上問題はないだろうと判断されたのでしょう。
それに私たちは、人類の希望とまで言われてたんですから、そうそうお願いを断られたりなんてしませんでしたし。
要求するときは新八八艦隊のひとりとして、会いに行くときは人間としてなんて、ちょっとずるい気も自分でしましたけど。
わたしは、呉の「鎮守府」に入りました。
わたしたちの海から、艦娘の海へ。
そこで、〈大和〉は、無言で海を見つめていました。
綺麗な人だな、と思いました。
ただ、いわゆる緑の黒髪でないのが少し意外だったかもしれません。
焦茶色の髪と瞳。
砲塔は展開していない軽艤装の姿でしたけど、強いということはわたしにも分かりました。
わたしは普通のスニーカーで、あちらは高い踵の艤装。
そのせいで少し見下ろされる格好になったのがちょっとしゃくでしたけど、わたしは胸を張って言いました。
「わたしはあなたのお姉さんなんですよ」
って。
――でも、〈大和〉は何も言いませんでした。
ただ、微笑んだだけ。困ったように、けれどとても穏やかに。
それが「あなたは何を言っているの?」という意味なのか、あるいは「あなたの想いは受け取った」という意味なのか、今でも分かりません。
でも、わたしはそれで十分でした。
あなたと同じ海に、姉として立っていると、伝えられた。
それだけで。
「姉……ですか」
私はつぶやいた。
特設艦娘に憧れたとは説明したが、当の特設艦娘だった女性を前に、姉のようだと思ったとまでは口にできなかったから、少し不思議な気がした。
だが、思えば当然のことかもしれない。彼女たちには、親も、きょうだいも、親しい人もいる。
――艦娘にはいなくても。
「それで……初出撃は、いつだったのですか? 〈大和〉と同じ、実戦の海に立ったのは」
私はおずおずと問いかけた。
アカネも手紙などはほとんど受け取れなかったと言っていたが、同じように、戦争中は作戦が報道されることなどありえなかった。
深海棲艦がテレビやラジオの電波を傍受している可能性はあったし、連中を環境の使者かなにかと崇めるエコテロリストが新聞報道を漏らすというような噂もあった。
そして戦後も、艦娘についての情報に比べ、存命の個人に関わるという理由で特設艦娘についての情報公開はひどく乏しい。
もちろん、政府がそうする理由は十分に理解できるし、そうすべきだとも思うが――当事者からなら、真実の声が聞けると思った。
最初の特設艦娘なら、なおのことだ。
「二〇〇一年、十月二十一日。
新戦艦、アカネ、レイカ。新巡洋戦艦、トワ、ミズキ。名前を呼ぶ声は、今でも耳に残っています」
淡々と、無表情に、アカネは言う。
「海域に到着して、一瞬でした」
「でしょうね。あなたは特設艦娘とはいえ戦艦で、相手は駆逐イ級」
「――いえ。一瞬で、勝てないと分かりました」
火力は、ありました。
でも、当たらない。
むきになればなるほど、狙いは逸れていく。
装甲も、ありました。
でも、攻撃を受ければわたしたちは怯む。
足がすくんで動けなくなる。
速力も、ありました。
でも、仲間の動きも敵の動きも見えなくて、お互いぶつかりそうになる。
轟沈、まではいきませんでしたが――あのとき、わたしたちはようやく理解したんです。
艦娘と、わたしたち特設艦娘との違いを。
艦の魂が人の形をとったものと、人が艦の力を得たものの違いを。
わたしたちは、ただの子どもでした。
戦いとも言えないような戦いが終わって、さすがのレイカも、言葉少なでした。
「逃げたのはあっちだろ? 今日はこれくらいで勘弁しといてやる、って言ってやろうぜ」
笑おうとしていましたが、艤装のあちこちが煤け、額から血が流れていました。
ミズキは長い黒髪を振り乱して泣いていて、トワは口の中でなにかつぶやきながら訓練の砲撃動作を繰り返していました。
わたしは何も言えず、ただ、足元の海を見つめていました。
高速のミサイル艇が、わたしたちを迎えに来てくれました。
それからも何度も助けられましたけど、あのとき思ったのは、ああ、イヤだな、っていうこと。
甲板に上がっても、顔を見られませんでした。
ヘルメットをかぶった、ほとんどわたしと同じくらいの歳に見える、若い水兵さんの顔を。
わたしたちも、船の人も、何も話さずに、呉に戻りました。
それから、ですか?
ある意味では、なにも変わりませんでした。
結果だけを見れば、「犠牲なく深海棲艦を追い返した」ことになります。
当時わたしたちが教え込まれた軍事用語でいえば、ミッションキル。
爆撃機に目標の手前で爆弾を捨てさせたり、戦車の燃料を浪費させて戦場に到着できなくさせたりすれば、破壊できなかったとしても撃退という目標は達成したと言うことができます。
ですから、勝利した、とは主張できたでしょう――たとえ報道管制がなかったとしても、とても発表できないようなささやかな勝利ですけど。
それに、最初からうまく戦えるはずがない、という現実は彼らにとって希望でもありました。
訓練さえすれば、もっと伸びるはずだと彼らは思った。
当然、待遇だってそれまでと同じでした。昼の厳しい訓練と、自由奔放な夜。
そしてある意味では、なにもかもが変わりました。
人類の希望と浮かれていたのは、わたしたち自身だったのかもしれません。
その希望は、夢は、少なくともわたしの中では、粉々に砕け散りました。
どれだけ訓練を重ねたとしても、艦娘のようにはなれない。
戦艦の艤装を纏っても、〈大和〉のようにはなれない。
そのことを、私は分かってしまった。
その日出撃した子も、出撃しなかった子も。
早いか遅いかの違いはあっても、わたしたちは分かってしまった。
新艦娘は、新しい艦娘ではないのだと。
その理解は、彼らにも次第に伝わりました。
だから、わたしたちは――最初の、特設艦娘になりました。
かたん、と、アカネがカップを置いた。
まっすぐに、
思わず、背筋が伸びる。
「――失望しましたか?」
淡々と、問いかけられる。私はかぶりを振った。
「いいえ。やはり、あなたたちの体験を、戦いを、記録したいと思いました。もう水底に消えた記憶も、多いとしても」
「そうですか」
前を、私を、見つめたまま、アカネがかたわらの鞄から手帳を取り出す。
紙とペンというシンプルな道具は、とても彼女に似つかわしく思えた。
白い指が、ぱらぱらとページを繰る。
「わたしの知る限りの連絡先は、お教えします。わたしの名前も出してくださって構いません。いまもその連絡先でつながるか、つながったとして答えてくれるか、それは保証できませんけど」
「……ありがとうございます!」
礼を言う私に、アカネは少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
おそらく、それが、あのときの彼女たちも見た笑顔。
「正直に言うと、わたしも知りたいんです。特設艦娘の――みんなの、航跡を」
アカネのインタビューでした。
実のところ、どうなっていくのか作者にも分からず、「ツカサ」とともに記憶を集めている感じです。
次回は6月22日、特設駆逐艦娘の記録をお届けする予定です。