消えた航跡――特設艦娘の名のもとに――   作:白水つかさ

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断章 記者の航跡
盃/ボードゲーム


第1話 盃で、一献

 

盃で、飲むのが好きだ。

 

……いや、私は酒豪というわけではない。

むしろいくつか、苦い思い出もある。

 

ただ、小さな盃の、ひとつひとつ違った表情。

そして、買い求めた、貰い受けた、あるいは自分で作り上げた折の、鮮やかなくせにけぶった記憶。

それらを遠く眺めながら呑むのは、好きなのだ。

黄瀬戸や備前のような、使いこんでいくなかで景色が変わっていくタイプのやきものだと、なお楽しさがある。

 

だから実を言うと、徳利に入れているのはただの水、というときもある。

さすがに水道の蛇口からじかに盃に注いでは気分もなにもあったものではなく、徳利や片口にいちど入れるのだが、それにしても、だ。

ある人には、「いちばん手間のかからないモクテルだね」と微笑まれ、そういう言い方もできるかとすこし感心した。

 

それで、取材や私用の旅に出るとつい、盃が増える。

陶器、磁器、硝子、木。

旅程の先が長いときでも邪魔にならないし、たいていは価格も手ごろだから、歯止めはほとんどない。

若竹を切っただけ、などというものまで――百円で――買ってしまったときは、我ながらあきれた。

が、これがなかなか面白い香りになったりする。

 

増えるいっぽうの盃たちだが、狭い家でも、旅先でとおなじく場所はとらない。

ただ、なかなか出番がないのが悩みだ。

 

人を呼べるような家ではないし、店でお酒をいただく際にはたずさえていけない。

宿で、その日の記憶を振り返りながら地酒を傾けるのは風情があるが、私には300ミリリットルの小瓶でも少々つらい。

はんぶん残った酒瓶をキャリーバッグに放り込んで取材にやってくる女記者、という光景は、私が取材されるがわなら勘弁してほしい。

分かるわけがないとは、思うのだが。

もちろん流してしまうのはあまりに申し訳ないし。

 

と、こんなことを、黒檀の盃を傾けながら書いている。

特設艦娘として戦い、アフリカで活動し、地震と、津波と戦った、ある女性から譲り受けた盃。

変わり者ばかりの高校の大先輩の女性、でもある。

 

日本酒があるはずもない地の職人が削り出したものだから、どちらかというとスピリッツを一気に呷るショットグラス型だ。

彼女と呑んだときも、これにはサトウキビから作られたきつい蒸留酒がたたえられていた。ストレートで飲むと路上で寝ることになるよ、とおどかされたことを、懐かしく思い出す。

幸いにしてそのときは寝ずにすんだ。

 

盃を、ほとんど嘗めるくらいにかすかに傾ける。

コニャギなるその蒸留酒の香りか、黒檀の香りか、なぜかくすぐったくなるような独特の香りが、ほのかに届く。

「安いやつはただの柔らかい木に靴墨を塗って黒くしてたりするからね」と言われたせいか、一瞬の緊張感も。

もちろん、長年現地にいた彼女が安物をつかまされるはずもないから、これは安心なはずだが。

 

いまの中身は、さすがに、蒸留酒ではない。

広島の、純米酒。

 

コニャギの彼女が最後の特設艦娘なら、最初の特設艦娘。

新八八艦隊と呼ばれた、特設戦艦艦娘のひとり。

その故郷の酒を、ふと求めたものだ。

甘さのない凛とした味わいは、どこか彼女の立ち姿と重なる。

 

一合も飲まずに言うのも恥ずかしい話だが、日本酒の酔いは、どこか遠くなる。

赤ワインが華やかで、ウィスキーが冴えるのとは違い、自分を一歩引いた背後から見るような酔いかた。

ちびりちびりと嘗めて――いつのまにか机に突っ伏している、という気持ちは、分からなくもない。

 

とはいえ、机で寝たくはないし、ましてコニャギの彼女が言ったように道で寝るのはまっぴらだ。

ほどよいところで切り上げて、盃を洗う。

水を切った盃を伏せると、よく磨かれた黒檀の底に、かすかな光が残った。

 

明日はまた、取材の旅だ。

 

 


 

 

第二話 オンラインでボードゲーム

 

「人狼で言うと人間陣営だよ」

 

快いアルトの響きを、思い出す。

深海棲艦の艤装を纏うタイプの特設艦娘であった女性。

人類の敵に由来する装備を身につけて戦っていたとしても、力を帯びるプロセスはあくまでも艦娘顕現の模倣であり、他の特設艦娘と同じなのだということを、深刻ぶらずに説明してくれた言葉。

車椅子を操って“歩く”姿まで、鮮やかに浮かぶ。

 

だが、いま思い出した理由は、彼女が比喩として使った、人狼ゲームのほうだ。

いま私はモニタに向かい、ゲームに挑んでいる。

いわゆる村人と狼の戦いである人狼とは、すこし違うゲームに、だが。

 

「興味はあるのですが、うまく喋るのは、どうも苦手で」

 

呉の大和メモリアルで対面したときとは別の機会に、オンラインで雑談した。

人狼で言うと、とまた彼女が言ったので、なんとなくゲームの話題になった。

苦笑した私に、彼女は言った。

 

「シークレットムーン、なんて、どうかな? 夜の庭でひとときの語らいの時間をもちたい姫と旅人が、大臣と兵士たちから姿を隠すという設定。正体を隠すという意味で、人狼系のゲームだ」

「襲撃とか追放とかより、殺伐ともしていないですね」

「それもある。そしてキミ向きなのは、夜の庭で声を発したら居場所がばれてしまうから、誰も喋らない、ということさ」

 

「喋らない人狼、ですか?」

「喋らない。だから押しの強い人が場を仕切ってしまうこともないし、プレイミスも味のうちだ」

「なるほど……」

 

ふと、天井を見上げた。

モニタ越しの会話なので、そうすると、彼女の姿は視界から消えた。

もちろん、息遣いや体温が感じられることもない。

けれどそれなのに、どうしてか、彼女の気配は対面と同じくらいに鮮明だった。

 

「ですが、ならどうやって推理をするのですか? 当てずっぽうに探すだけでは、ゲームにならないですよね」

 

「いい質問だね。そこがよくできていて、占いや護衛に相当する行動をそれぞれができるのさ。他人のカードを自分だけが確認したり、姫と旅人はお互いが分かっているから護衛したり」

 

「姫と旅人のほうが人狼で言えば狼なのですか。かわいい?」

 

くすりと、彼女が笑った。

 

と、まあ、そんなわけで。

私はいま、世界じゅうのボードゲーマーが集まるゲームサイトで、見知らぬ誰かと「夜の庭」にひそんでいる。

 

彼女の言ったとおり、このゲームは静かだ。

サイトにチャット機能はあるが、プレイ中はもちろん沈黙。

配られたカードの行動順に従って、自分の番になったら「観察」や「隠れる」といった行動を選ぶ。

結果は自分だけが分かるし、もちろん、喋れないのだから他人にあの人はこうだったと伝えることもできない。

 

ただ、行動のひとつ「質問」だけは、少し違う。

「そこにいるのは何者か」と誰何したときだけは、相手は答えを全体にたいして返すのだ。

 

といってもこれも、ルールで決まった定型文だ。

大臣の部下である「兵士」たちと、兵士と同じ答えを返すが姫の味方である「僧侶」は、「やあ、ご同輩」。

「姫」と「旅人」は、沈黙。

そして「大臣」は、

 

「ばかもん、わしは大臣じゃ!」

 

……黙っていれば、よさそうなものだが。

このときばかりは、チャット欄に「lol」や「w」といったメッセージが流れたりする。

いや、今回原因になった、つまり「質問」されたのは私だったのだが――権威のかたまりのような居丈高な科白には、どこか不思議なカタルシスがあった。

笑いをとれるというのも大きいけれど。

 

けっきょく、その回は「大臣」が「姫」にひっぱたかれて終わった。

大臣陣営の兵士たちは姫や旅人を取り押さえられないのに、姫陣営は姫も旅人も僧侶も大臣を捕まえられるのはどういうことか。

ゲームバランスの都合ではあるけれど、私はふと大臣がかわいそうになってしまった。

 

とまれ終了の合図とともに、チャット欄にGGの文字が並ぶ。

グッドゲーム。

議論も、釈明も、罵倒もなし。

ただ、夜の庭ですれ違った者同士の、短い挨拶。

 

私はサイトをログアウトしてラップトップを閉じ、そのままベッドにもぐりこんだ。

夢の中でも、私は権威ある大臣として振る舞っていたかもしれない。

現実に逢った大臣と秘書の顔も、かすかによぎったかも。




『はるかリセット』様オマージュといいますか、記者のこぼれ話などです。

“苦い思い出”は第二章ナルセさん、“黒檀の盃”は動物園こと第四章カズサさん、“広島”は第一章すべてのはじまりアカネさん。

第二話では深海棲艦の艤装を纏うのは第三章ハルさん、“現実の大臣と秘書”は大臣は第一章「三枝邦明」と補章「三枝とツカサ」登場、秘書は補章「三枝とツカサ」「シズと瞬」登場のお人です。
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