消えた航跡――特設艦娘の名のもとに――   作:白水つかさ

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野球観戦/旅の夕食

第四話 航空自衛隊の野球観戦

 

Batter up! Hear that call!

The time has come for one and all

To play ball.

バッターラップの声を聞け

ひとりが、そしてみんなが

プレーするとき。

――全米女子プロ野球リーグ(AAGPBL)公式歌「Victory Song」

 

 

私は、人生ではじめての野球観戦をしていた。

 

といっても、プロ野球や高校野球の試合ではない。

それらならば、いちおうテレビで見たことくらいはある。

全国官公庁野球大会――官公庁チームによるトーナメントの、東京都予選。

航空自衛隊対衆議院という、なんともものものしい名前が並ぶカードだ。

 

「しまってこー!」

 

とてつもない活気をもった、女性の声がする。

――マウンドから。

 

ユニフォームを(まと)ってピッチャーマウンドに立っているのは、航空自衛隊の女性パイロット。

ゆるくウェーブのかかった髪、彫りの深い顔立ち、つややかな褐色の肌。

かつて特設艦娘たちの話を聞いたときと同じ、まばゆいまでの笑顔が、きょうはグラウンドで輝いている。

「いやあ、さすがだね。野球部だったとは聞いてたけど」

 

とグラウンド外、私のとなりで言うのも、彼女に劣らない存在感をもつ女性。

マウンドの彼女が最後の特設艦娘なら、最初の特設艦娘のひとり。

鋼鉄の黒染め(ブルーイング)のような質感をもった黒髪にキャップをかぶり、デニムを履いた長い脚を投げだして、いまでは東北の図書館で司書をしている女性が言葉をつづけた。

きょうは休暇で上京し、私につきあってくれている。

 

「ソフトボールじゃあたしもいいとこまで行ったんだけどさ」

「ええと、ポジションは?」

「サード。野球より距離が短いから、びびらないことが第一かな。ま、それがあとで役に立ったとは言わないけどね」

 

「……」

「スポーツはスポーツ。戦争じゃないんだから。そのほうがいいんだよ」

 

最前線で戦い抜いた過去を思わせる――あるいは現在でも図書館で他の職員の盾となっている強さを思わせる、軽やかで芯のある笑顔。

その表情にみとれているうちにも、ぽんぽんとアウトカウントが増え、たちまち攻守交替になる。

 

「国会議員が出場するとは思いませんけど、衆議院職員の方々もあまり体力勝負の印象はありませんし……」

 

マウンドの彼女の力はじゅうぶんに分かっているつもりだが、テンポよく切ってとられていく様子に、つい首をかしげてしまう。

だが、そうではないとつっこまれる。

 

「や、だいたい衛視さんだよ? 議事堂の入口とかで警備やってる人。下手したら自衛隊より体力重視での採用じゃないかな」

「なるほど――」

「って、国会からうちに出向してきてた司書に聞いた。みんな強そうでしょ」

 

こくこくとうなずく。

観客席があるようなスタジアムではなく、私たちが座っているのは航空自衛隊ベンチがわのただの土手だが、彼女は帽子のひさしに手をあて、反対側のグラウンド外を眺めてみせた。

特に誰もいない。

 

「さすがに議員は見に来てないか。――秘書さんも」

 

……目が泳いだ。

 

「え、ええ」

 

いささか赤くなった頬を隠すように、彼女と反対の、外野のほうに顔を向ける。

こちらがわのフェンス際に、いつのまにか大柄な男性がひとりたたずんでいた。

野球帽にサングラス、無造作でありながらいつでも動き出せそうなエネルギーを秘めた立ち姿。

それはどこか、特設艦娘だった女性たちにも似ていた。

 

そのとき、珍しく衆議院のバットから快音が響いた。

ピッチャーを襲う打球に、私は目をつぶりかけたが、彼女はあっさりとグラブにおさめた。

そして、くだんの大柄な男性に、華麗なウィンクを飛ばす。彼は苦笑を返した。

 

「ん……?」

 

どういった関係なのか探るように、そして男性のほうにどこか覚えがあるように、隣の女性が目をやる。

マウンドの彼女がこちらにもVサインを送ってきたので、男性もつられて私たちに視線を向け、お互いの目が合った。

どちらもマウンドの彼女の知り合いだ、と分かる。

 

「へえ、あの人って――」

 

私でも知っている野球選手の名前を、隣の女性が口にした。

プロ野球選手としてはベテランの域に入る年齢になった、東北のチームの主軸打者の名。

彼女がためらわず近づいていくので、私もあわてて追いかけた。

 

「ども、ども。東北の図書館で司書なんてやってます。むかしはちょっと、海に立ってたことも。――彼女とは、いつの?」

「中学のときに」

 

「ってことは――」

「ええ。同じチームでした。彼女がエースで」

 

タイミングよく、“彼女”の球がミットにおさまり、小気味の良い音が鳴る。スイングアウトの三振。

 

「――私が四番。すごく速い球、というわけではありませんが、一球一球微妙に速度もコースも違う。そして持ち球は、大幅に球速が違うチェンジアップに、ストレートとほぼ同じ速度で小さく曲がるカットボールとツーシーム」

 

「変幻自在、七色の変化球、ってのとも、似てるけど違う。なんて表現したもんかな?」

 

「彼女らしい、としか言えない気もしますね。どうやって読みきっているのか分かりませんが、狙っている球種もコースも外して、絶妙にイヤなところばかり投げてきますし。いまもまったく変わっていませんよ。いや、もっと怖くなったかな」

 

プロによるあまりといえばあまりな解説に、女性ふたりの笑い声が揃った。

衆議院の選手たちが次々と切ってとられていくので、納得するしかない。

 

「ですが、中学最後の夏、彼女は特設艦娘としての訓練に行くことになりました」

 

ぽたりと落ちる水滴のような声で、彼がつぶやいた。

――思いを馳せてみれば、そのとおりだった。いきなり海に立つはずがない以上、戦場に出たのは最終決戦だけだったとしても、もっと前から彼女は日常を離れていたはずだ。

彼女じしんもかつて、たっぷり訓練したあとで、と語ってくれた。

 

「勝ち進んでよ、そしたら戻ってきて投げられるから、と言い残して」

「――彼女らしいですね。夏のあいだに終わるとは、思っていなかったとしても」

「ええ。私は、行く前に一打席勝負をしよう、と言いました」

 

遠い夏の日のように目を細め、彼は言う。

試合の音は、どこか小さく聞こえた。

 

「配球を、今でもありありと思い出せます。一球目が打者をのけぞらせるインハイのストレート、二球目が外角いっぱいのまっすぐで、次がまったく同じところにカットボール。ですが、すべて見送りました」

 

初球はボールだとすれば、それでツーストライク。こくりと、私は唾を飲み下した。

 

「真ん中低めに来ると思いました。思い切り振り抜いて、ピッチャー返し」

「……」

 

「馬鹿な話ですよ。怪我をすれば、訓練に行くのが遅れるのではないかと思った。訓練に行くのが遅れれば、その間に戦争は終わるのではないかと思った。代わりになれない子供でも、彼女を守れるのではないかと思った」

 

静かな声で、彼が語る。

だがそれは、贖罪の告解とは似ていて、そしてはっきりと違っていた。

なぜなら、

 

「――簡単に捕られましたけどね。バッターがそうしようとすることを、ピッチャーに読まれていましたから」

 

彼女は、守られるような少女ではなかったから。かつても、そしていまも。

彼はひとつ息をつく。

 

「勝ち進んだのですけどねえ」

 

中学で、というだけではないだろう。高校で、そしてプロで。あの夏の対決から、もう二十年以上が経っている。

確かに彼は、勝ち進んできた。

とても長く。

 

しかし彼女は、航空自衛隊のパイロットという道を選んだ。

 

そこからは、黙って試合を見た。

どちらのチームであっても、ファインプレーが出れば拍手をする。

テンポよく進んだ試合は、航空自衛隊の快勝に終わった。

衆議院のスコアボードにはゼロしかない。

 

健闘を称えて、相互に礼。

 

――そして。

七回を投げ切った疲労など少しもうかがわせず、フェンス際に駆け寄る彼女に、両軍の選手たちがざわめいた。

とうぜん、私よりも野球に詳しい人たちだから、彼がなにものかすぐに分かるのだろう。

 

「おまたせ。打ってく?」

 

きらめく瞳と、弾む声。

 

「――だいぶ長く、待ったね」

 

フェンスの扉を開けて、彼がグラウンドに立つ。

何があったのか事情を分かっている人はいないだろうが、何かがあったことは誰もが(わか)っている。

誰も、ふたりを止めない。

 

「カタキはあたしが取ってやるから、安心して食われてきな。こちとら先輩だぜ」

 

冗談か本気か分からない口調で、ソフトボールで鍛えた腕を撫して“最初の特設艦娘”が彼に言う。これはこれで、夢の対決だ。

 

とはいえ普通に考えれば、プロの打者が敵討ちが必要になる結果に終わるとは思えないが――なにしろ、サメのように笑う、とびきり素敵な女性だ。

どうなることかは解らない。

 

「バッターラップ!」

 

航空自衛隊の選手たちが投手を支える守備につき、審判の声が響く。

彼が打席に入る。

彼女がボールを握りなおし、ちろりと唇を舌で湿らせる。

軽く足元を整え、タイミングを計ってから、ゆっくりと投球モーションに入る。

 

――あの夏の少女と少年を、私は見た。

 

 

Each girl stands, her head so proudly high,

Her motto 'Do or Die.'

She's not the one to use or need an alibi.

少女たちは誇らしく顔を上げて立つ

信条は「最後までやり抜く」

言い訳なんて使わない、必要ない。

 

――全米女子プロ野球リーグ(AAGPBL)公式歌「Victory Song」

 

 


 

 

第五話 旅先のスーパーマーケット

 

にぎやかな食事は、苦手だ。

 

いや、正確に言えば、苦手なのはひとりでにぎやかな店に入ることだ。

だれかと連れ立って出かけたり、大人数の宴会に招かれたりするのは、顔ぶれ次第ではあるにしても、少なくとも頭から勘弁してほしいと言い立てるほどではない。

いや、もちろん、ひとりでは絶対に入れないというわけでもまたないのだけれど。

 

ともあれ、こんな性格だと、困るのは旅先での食事だ。

朝食や昼食はまだしも、夕食どきにひとりで――大して飲めないのでお酒も頼まず――地元の人たちの輪から外れたところでぽつんと食事をつついているのはいたたまれない。

気にしすぎ、かもしれないし、記者としては軽々と会話に入っていけるタイプであるべきだろうとも思うのだが。

 

けれどなかなか、性格は変えられない。

チェーンの牛丼屋に恨みはないが、というよりお世話になっておいて文句をいうのも筋違いもいいところだが、見知らぬ土地で最後のよりどころが一杯の牛丼ではいささかわびしい。

 

と、まあ、そんなわけで――最近は、スーパーマーケットを頼ることにしている。

閉店時間の早い店なら、腹黒くも閉まる間際を狙わせてもらう。

値引きシールを待ったりはしないけれど、入ったときから貼られているなら話は別だと思う。食材のレスキューは大切だ。

売れ残りの食べ物と、にぎわう飲食店に居場所を見つけられない旅人とで、奇妙な連帯感を覚えてしまう。

 

できるだけ、地元らしい品を選んで、買い物かごに入れる。

海辺の街なら魚料理。山村の野菜のお惣菜もいいし、店内で作られた簡素な包装のおにぎりやパンも素敵だ。

……そういうもののほうがインスタントラーメンより半額になりやすいから、ではない。

 

都会よりはゆっくりとしたペースのレジを通してもらい、外に出る。

季節と地域にもよるものの、ふつう、空はすでに暗い。

黒いか、藍色か。

 

暗がりはもちろん避けるけれど、地方都市の夜は早く、道端の灯りはすでに眠たげだ。

虫の声がすることも、小川のせせらぎが聞こえることも、徐行する車のヘッドライトに照らされることも、ある。

 

道すがらに飲み屋でもあって、笑い声がこぼれてくるときは、ほんの少しだけ、選ばなかった道にも思いを馳せる。

なにも大袈裟な悔恨ではなく、単に一食の選択肢としての、分かれ道。

 

ビジネスホテルに戻り、だいたいの宿には備えられている共有スペースの電子レンジで食事を温めてから、のんびりといただく。

窓際に丸いテーブルがあるなら、上々。

だいたいの部屋では鏡に向き合う形の作りつけのデスクなので、いささか華のない顔と向かい合っての食事になる。灯りも真っ白だったり、逆に暗すぎたり。

 

けれど、まあ――これはこれで、意味があると思っている。

時間に追われる昼食とも、会話を記憶するのに忙しくて味は二の次になってしまう会食とも違う、静かな時間。

 

個性のある地のものを、無機質な宿で口にする。

そのくらいの距離のほうが、街の輪郭はくっきりと見えるのかもしれない。

昼間に聞いた話や、歩いた道の印象が、食べ物の味と一緒にゆっくり整理されていく。

にぎやかな席ではこぼれてしまうような細部が、静かな時間とともに沈殿するような、茫漠とした感覚。

 

よい記者のすることかどうかは、分からない。

社交性が足りないのは確かだ。

でも、こうしてひとりで過ごすよそ者にこそ、拾えるものもある。

私としては、そう、信じることにしている。

 

「ごちそうさまでした」

 

手を合わせて、言う。

明日はまた、街に出る。




第四話:ピッチャーは最終決戦の「サラ」、観客は最初から戦い抜いた「レイカ」。特設戦艦ふたりなのでした。

第五話:珍しく特設艦娘たちの登場しないリセットでした。
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