消えた航跡――特設艦娘の名のもとに――   作:白水つかさ

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シズ(“量産型”特設駆逐艦娘)

「強くなるとは傷つかなくなることではなく、弱くて傷つきやすい自分自身を認めることだと思います」

――ある高校の学級通信より

 

 

 


 

 

 賑やかな場所だった。

 函館(ハコダテ)のカラオケボックス。

 そして彼女――もと特設駆逐艦娘、シズも、賑やかな人だった。

 

「ツカサさん、だっけ。こんなとこでいいかな?」

「はい、助かります。ちょっとした取材なら、道端で追いかけたり電話を掛けたりしますし、仕事上のことを伺うなら、会社や役所で場所も時間もセッティングしてくれますが」

「歩きながらできる話でもないしね。フリータイムで取ってあるから、時間はあるよ。音量下げる?」

 

 ちゃきちゃきした口調と動き。

 カラオケマシンの主音量をゼロにして、こちらと向かい合って座り、まっすぐに見つめてくる。

 

 小柄な体が、どこか山猫を思わせた。

 動物園の檻の中を歩くのではなく、実際に野山を駆けて狩りをしている山猫を。

 顔立ちには相応に歳月が刻まれていたが、私を見据える瞳の奥に、かつての少女を見た。

 

 ――その(くら)さに、私は心臓を掴まれたような気がした。

 

 


 

 

 あたしが艤装を受け取って海に立ったとき、八八艦隊(はちはちかんたい)の人たちは、もう半分がいなかった。

 

 アカネさん? もちろんいたよ。ああなりたいって思った。

 戦艦だからじゃない。

 ……生きてるから。

 

 特設艦娘の艤装は、条件さえ整えれば量産できる。

 量産できるってことは、消耗してもいいってこと。

 また作ればいいんだから。

 

 中身だって、まあ、人がこの地球に何人いるんだって話だよね。

 女性で適切な年齢で、ってなってくれば、何十億ってことにはならないけど、すぐ尽きるようなストックでもない。

 ホントはまた作れる「人」なんていやしないのに。

 

 

 ……はは、ごめん。いきなり熱く語りすぎたね。

 どこから話そうか?

 

 

 八八艦隊。

 最初は新聞やテレビで華々しく報道されて、だから名前こそ機密って言われて秘密にされてたにせよ、アカネさんの顔を覚えている人はそこそこいるかもしれない。

 大艦巨砲、艦隊決戦、歴史の再演、象徴の再臨。

 一隻でも強力な戦艦と巡洋戦艦が十六隻揃い踏み、って、あなたも聞いたことがあるんじゃない?

 

 でも、あたしが訓練を受けてるときにはもう、(クレ)基地じゃ誰も八八艦隊なんて言ってなかった。

 

 駆逐イ級と交戦した記録は、読んだよ。

 潮岬(シオノミサキ)沖で交戦して、「駆逐イ級は砲弾に翻弄されていた」「八八艦隊の被害はわずかだった」って書いてた。

 レイカさんがいつもの調子で言ってたよ。あいつら、どこかの定型文章(テンプレ)を切り貼りするとき逆に貼ったにちがいないって。

 ――八八艦隊は砲弾に翻弄されていた、駆逐イ級の被害はわずかだった!

 

 ……じゃあ、どうするかってことだよね。

 艦娘の戦艦なら、いや、巡洋艦や駆逐艦だって、イ級に翻弄されるなんてありえない。

 けど艦娘の数は限られていて、迂闊な場所には投入できない。

 万一轟沈でもしたら、大変だから。

 

 いっぽう、繰り返すよ、特設艦娘の艤装は、条件さえ整えれば量産できる。

 量産できるってことは、消耗してもいいってこと。

 

 そ。

 ――だから、あたしたちは「新艦娘」から「特設艦娘」になった。

 

 太平洋戦争じゃ、ただの漁船が特設監視艇として、B-29や潜水艦監視のために大量に投入されて、敵を見たときが沈むときだったって?

 あの監督の漫画を読んだときは、にぎやかな戦争だなって思ったけど……自分が投げ込まれてみたら、それどころじゃなかった。

 

 いや、漁船のご先祖様よりは、少しはマシだったかもしれないけどさ。

 あたしたちには、主砲も魚雷も爆雷もあった。

 当たれば――当たればね――潜水カ級くらいになら、ひと泡吹かせてやることもできた。

 

 でも、敵はいくらでもいた。

 闇夜に魚雷を射込まれたら、みんなパニック。

 昼間に軽巡か航空機でも出たら、逃げ惑ってる間に何人も沈められた。

 人型(ヒトがた)の目を見たら――戦場の空気が一瞬で凍り付いた。

 

 だけどね。

 その間に、輸送船は逃げられた。

 ま、それも運がよければだけどさ。

 

 深海棲艦ってのはいのちだいじになのか何なのか、戦える存在がいたら必ず先にそっちにつっかかってくる。

 ひょっとしたら、艦娘があたしたちのことを異物だと感じていたのと違って、特設艦娘と艦娘を差別してなかったのかもしれない。

 もしそうだとしたって、ありがたくもないけど、ね。

 

 

 外周警戒。

 それが、あたしたちの任務だった。

 

「最初に探知されろ。最初に撃たれろ。深海棲艦どもに気づかせれば、それでいい。

 あとは回避し続けてくれれば、それで輸送船団は生きられる。

 輸送船が一隻到着すれば、何百人何千人もが生きられる。君たちは英雄だ」

 

 苦しそうな表情で、そんなことを言った奴がいたよ。

 自分ひとりで苦しんでるふりをして、あたしたちから目を背けてさ。

 

 ……それは言い過ぎか。

 代わりになれるもんなら、あの人たちはいくらでも代わりになってくれただろうから。

 そのことは認めるよ。

 そもそもあたしたちが海に立つまでは、自衛隊が同じことをやってたんだから。

 

 でも、正面から見て言ってほしかったな。

「あんたたちは捨て駒です」って。

 そしたら、分かったよクソ野郎、先に地獄で待ってる、とでも笑ってやれたのに。

 あんな風に言われたら……卑怯じゃない?

 

 

 それでアカネさんみたいになりたかったのか、って?

 

 ――分かってないね。

 あたしは戦艦じゃなくてよかったって、心から思ってる。

 大艦巨砲の申し子、人類の希望だったはずの八八艦隊の使い道、それは「盾」だったんだよ。

 輸送船に魚雷が当たりそうになったら、割って入る生きた盾。

 

 特設とはいえ戦艦だから、魚雷の一発や二発じゃ沈まない。

 艤装が大きいぶん、目立つし、魚雷も砲弾もよく吸う。

 艤装が大破したら修理して、また次の護衛任務に盾として出撃する。

 

 アカネさんも、レイカさんも、トワさんも、みんな傷だらけになってた。

 艤装も、身体も。

 

 それでも生きてるだけ幸せだと思わないと、ってトワさんがうつむいてた。

 生きられなかった仲間がいたから。

 

 あんたに分かるのかよ!

 

 十六隻、十六人、それが半分いなかったんだぞ!

 

 

 ……ごめん、あなたに当たってもしょうがないね。

 まして、「なりたかった」んでしょ?

 立派だと思うよ、いや、皮肉じゃなくさ。

 だってあたしたちだって、それぞれ、自分なりの理由で海に立ったんだから。

 

 

 駆逐級艤装・○一(マルヒト)型・量産適合改装版。

 あたしたちの艤装は「艦娘の模倣」で「量産型」だったけど、あたしたちは模倣でも量産型でもなかった。

 それぞれに親がいて、名前があって、誕生日を祝って。

 

 学校でいじめられてた子もいれば、運動部でぶいぶい言わせてた子もいた。

 人付き合いが下手な子もいれば、誰とでもすぐ仲良くなる子もいた。

 たまの休みには本ばかり読んでる子もいれば、男に声かけてる子もいた。

 たまにちょっと年上の人がいると、なんとなく頼りにされてた、もちろん恋バナで。

 

 アオイは、朝が苦手だった。

 いつもリョウコさんがベッドから引っ張り出してた。

 掛け布団と一緒に干されてたこともあった。

 

 サチは、無線で変な漫談してた。

 一回だけおつきあいで笑ってやったら、そのあとずっと同じネタを引っ張ってた。

 

 マリアは、輸送船に上がり込んで船員たちとこっそり煙草を吸ってた。

 やめろって言ったんだけど。

 綺麗な子だったから、男どもはでれでれして、それから泣いてた。

 

 リンは、無口で愛想がないくせに、えらくかわいい大きなリボンをつけてて、よく空を見てた。

 パイロットになりたいんだ、って。

 

 ナツキは面白かったな。

 机の上に置いてたスラィリーのぬいぐるみ取ったの誰、って大騒ぎしたけど、そこ、あたしの部屋。

 鍵かけてなかったあたしも悪いけど、ふつう間違える?

 

 ――みんな、いなくなった。

 

 そして、あたしはいまだに海が苦手で、特に夜の海のあの音と光の反射が嫌い。

 匂いだけでも吐き気がする。

 

 


 

 

 たまりかねて、私は口を挟んだ。

 

「辛く……ありませんか。もし思い出したくないようであれば――」

「いや、全然。あなたのほうが辛そうだよ、ツカサさん」

 

 図星だった。

 メモを取る手はふるえ、冷たい汗が背中を濡らし、ICレコーダーの時間表示だけが無機質にカウントアップされていく。

 ため息のように、シズが言う。

 

「強いて言えば――辛くないことが辛い、かな」

「……」

「生まれてからあの戦いまでより、あの戦いから今までのほうが、もう長くなった。それで――」

 

 ふとシズが手を動かしかけたように見えたが、それが何を意味するのか、私には分からなかった。

 音のない、明るいモニタにふっと目を向け、シズが苦笑した。

 

「でも一曲入れようか――あいつらが海から現れる前の、陽気な曲を」

 

 部屋に音楽が戻る。

 あの戦いの一年前にメジャーデビューした、女性――いや、少女アイドルグループの、明るいメロディ。

 まるで六人でのようにシズは歌い、そしてまた、言葉を続けた。

 

 


 

 

 あたしは、北の小さな島で育った。

 海は、嫌いだった。

 同世代だから理由は分かるよね。

 

 また海かと思って、けど今度はぶちのめしてやれると思った。

 検査の結果が届いたときは小躍りしたよ。

「艤装適合率94%」「体力良好」「神経応答優良」そんな指標がずらすらと並んでて、最後に「なんたらかんたらを理解したうえで志願します」って文字とチェックボックス、名前を書いてハンコを押す欄がある。

 

 強制じゃなかったよ?

 チェックしないで、出せばいい。

「志願しません」って枠は、なかったけど、空欄にすればいいんだ。

 ――賢いね?

 

 ……まあ、北海道はそうだったってだけ。

 ほかのとこはもっとマシだったり、もっとひどかったり。

 

 マリアの学校じゃ、クラス全員の適合率が貼り出されたってさ。

 あいつは、それから出征の日までクラスの王女様になったって笑ってたけど、同じことされて泣いた子もきっといた。

 ……マリアの場合、もとから女王様だっただろうけど。

 

 

 ただ少なくとも、当時のあたしにはそんなこと関係なかった。

 真っ黒になるまでチェックボックスをぐりぐりなぞって、ばかみたいに大きな字で名前を書いて出した。

 

 召集令状が届いて、江差(エサシ)までのフェリーが一番緊張したな。

 海は嫌いだし、こんなところで深海棲艦どもにやられたら死んでも死にきれないし、友達には見送られるし。

 親? 聞くなよそんなこと。海は嫌いだって言っただろ?

 

 いや、怒ってないよ、言ってなかったあたしが悪いんだから――なんていうか、つい、ね。

 サチだのマリアだの相手みたいに、なんでも言っていいみたいな気になっちゃって。

 

 で、木古内(キコナイ)まで汽車で出て、そこから〈北斗星〉で上野。

 東京見物したかったけど、迷子になっちゃ困るから、マジメに東京駅までまっすぐ行って新幹線。

 さすがに二十一世紀に、おのぼりさんみたいな声は上げなかったけど、やっぱり楽しかったよ。

 

 そしたら気分的には一瞬で広島、駅前にお迎えが待ってた。

 黒塗りのベンツとかを期待したけど、そんなことあるわけなくて、緑色の高機動車だった。

 向かい合わせになって座る後ろの座席で、膝と膝を突き合わせてはじめて、新幹線に乗ってたこの子とこの子か、って分かった。

 

 いまなら、一両目と十六両目に乗ってたって気づく。

 ――その自信があるけど、もう、会えない。

 

 

 それから、まあ、訓練、訓練。

 それが大事だって分かったからね。

 でも、どうせ深海棲艦と正面から戦っても勝てないから、回避したり探知したりが主だった。

 一回でもいいから、リンに勝ちたかったな。

 

 夜は誰かの部屋に集まっておしゃべりしたり、ゲームしたり。

 ナツキが黒ひげを何回やっても一発で飛び出させるんだけど、あれ、飛び出させたほうが負けでいいんだよね?

 

 ……装備する艤装は、みんな同じだった。

 背中に主機関、足に直線を組み合わせたいかついラインの靴、右腿に魚雷、左腿に爆雷。

 最初は両脚とも魚雷だったらしいけど、潜水艦相手が多かったから。

 

 でも、両方爆雷は拒否した。

 重巡でも出てきたらどうしろって言うのさ?

 手持ちの主砲と、肩の機銃じゃどうしようもない。体当たりする?

 

 最初はみんな、前に進むだけでも必死だった。

 へっぴり腰だったり、妙に前のめりだったり、傾いてたり。

 旋回だけ得意になって敵前反転(クリタ)ってあだ名をつけられたり、砲撃が上手で天狗になったり、せっかく垂直が取れるようになってきたのに爆雷投げるとまた傾いたり。

 

 でも、訓練を重ねるうちに、だんだん似た動きになってきた。

 姿勢、目配り、攻撃、回避……まるで「量産型」みたいに。

 

 ――それでも。

 

 それでも、あたしたちは誰ひとり同じじゃなかった。

 

 

 アオイは、いちばん爆雷が得意だった。

 適当にゆらゆら落としてるように見えるのに、なぜか当たった。

 

 サチは……どんくさかった。

 だけど必死で食らいついて離れなくて、最後まで、そうだった。

 

 マリアは、身が軽かった。

 輸送船に上がるのもそうだけど、海面でパルクールやる子なんてほかに見たことない。

 

 リンは、うん、最強だった。

 どれだけ鍛錬したらああなれるのか、今でも分からない。

 あるいは、どれだけの絶望を見たら、かもしれない。

 

 ナツキは、撃つのは早いんだけど、ぜんぜん当たらない。

 黒ひげのつもりでやれってけしかけて、初めて当たって、それきりだった。

 

 

 英雄? 冗談じゃない。

 あたしたちは、あたしたちのために戦った。

 

 好きな歌があった。それでも、歌の聞こえない海に出た。

 好きな人がいた。それでも、人の体温の感じられない海に出た。

 あたしたちなりの理由で。

 

 深海棲艦とは違う。

 艦娘とも違う。

 

 あたしたちは、海に消えたりなんかしない。

 名前も、記憶も、魂も、(おか)にある。

 大きいか、小さいかの違いはあっても、この島国(ニホン)のどこかの島の、陸に。

 

 少なくともあたしは、みんなの名前を覚えてる。

 顔も、声も、夢も、戦いも。

 そして、まだ、(ここ)にいる。

 

 


 

 

 そして、しばらくの沈黙。私は何も言えなかった。

 

「まとまらない話だったね。順番、ぐちゃぐちゃだったし。でも、それはあなたの役目かな?」

 

 シズが苦笑したが、正直に書こう、ぐちゃぐちゃだったのは私の顔だった。

 レコーダーを聞き直すと、ホワイトノイズと、どこか遠い部屋のかすかな歌声とを上書きするように、私のしゃくりあげる声が残っている。

 シズは黙って、私の頭を撫でた。それはなぜか、母を思い出させた。

 

「だいじょうぶ?」

 

 私は泣きながらうなずく。

 

「辛いなら――って言っても、やめないよね。あなたなりの理由が、あるんでしょ」

 

 私は泣きながらもう一度うなずく。

 

「あ……ごめん。時間だから、そろそろウチに帰らないと。部屋代は、これで払っておいて。余ったら、取材費に使ってくれればいいから」

 

 手の中に、紙切れが押し込まれる。

 シズの口調は、話を切り上げたいというような様子ではなく、本当に申し訳なさそうだったから、私は余計に悲しくなった。

 紙幣を返そうとする私に、シズは言った。

 

「ま、お姉さん()()の好意は受けておくものだよ」

 

 ――と。




シズのインタビューでした。
大艦巨砲の夢は破れ、質より量の時代が訪れています。
次回は6月29日、政治家の記録をお届けする予定です。
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