消えた航跡――特設艦娘の名のもとに――   作:白水つかさ

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尚人と瑠璃(遺族)

【尚人】

 

 出会いは偶然だった。

 あの戦争の記憶をたどる取材とは関係なく、前職の編集部から依頼された仕事(私も身過ぎ世過ぎの書き物をしなければならないのだ)。

 住宅のサステナビリティについての特集記事で、断熱性などに配慮した住宅を訪問する、というもの。

 

 尚人は建築家や大工ではないが、配偶者とふたりで買った土地に工務店と相談しながら高性能な家を建てたということで、23区内の戸建てを訪問させていただいた。

 自身が学びながら試行錯誤で取り組んだためか、話が分かりやすく、断熱性能や機密性能、樹脂サッシの重要性などについて、すぐにでも記事にできそうだった。

 

 

 とはいえ、話だけ聞きましたというわけにもいかないので、家を案内してもらう。

 土地は狭いが、三階建てで十分な容積のある家。

 白を基調にした洋風のインテリアデザインだが、一階の一室に仏間がしつらえられているのが目にとまった。

 

「――手を合わせさせていただいても?」

 

 控えめにしつつ、問いかけてみる。尚人は微笑んだ。

 

「どうぞ。――あいつも喜びますよ」

 

 穏やかな感傷の込められたその言葉で、分かった気がした。

 両親や祖父母なら、あいつとは呼ばないだろう。

 

 そこには初老の男女の写真と、まだ若い、少女の写真が微笑んでいた。

 手を合わせ、目を閉じて、開く。

 それでももうしばらく、必ずしも気まずくはない沈黙が落ちる。

 

「記者さんは、あの戦争のときは?」

 

 尚人のほうから沈黙を破った。小学生でした、と私は答える。

 

「双子でした。僕のほうが、あとに生まれた。両親は、少し早すぎるとは思いましたが、それでも自然な、病気での死でしたが……」

 

 先ほどまでとはまったく違う、整理されていない言葉が彼の唇から落ちる。

 あまり、話したことがないのだろうと感じた。

 簡潔に、私がかつて特設艦娘に憧れたこと、いま特設艦娘の記録を集めていることを説明する。

 

「この取材とは違いますが、私でよろしければ、お話を伺うことはできると思います。記事にしてほしくなければ、それでも構いません」

「いいんですか? お忙しいのでは」

 

「勤め人なら、取材を終えたら帰社しないといけないでしょうけど、私はフリーなので。指定の期日までに記事を上げられれば、時間の使い方は自由です。

 ……住宅のほうの原稿をあなたに没と言われると困りますけど」

 

 サナエの冗談を聞いた私のように、尚人が小さく笑い声をたてた。

 

「ありがとう。書いてもらうのも構いませんよ、原稿になったのを見たいですし」

 

 私は礼を言って、レコーダーとメモ帳を取り出す。

 

 


 

 

 小学生だと、検査は受けておられないのですよね。

 頼み込んで受けた? それは、失礼しました。

 

 さっきも言ったように、双子でした。

 男女ですから二卵性ですが、それでも二人並ぶと、中学生くらいまではどっちがどっちか分からないとよく言われたものです。

 だから、高校の検査のときすり替われないかと思った。

 

 ……馬鹿ですよね。もちろん、そんなことができるわけはない。

 

 こっぴどく怒られましたよ。

 いや、教師にじゃないです。

 学校とか検査員とかは、そりゃもちろん見逃してはくれませんでしたけど、態度としては同情的でした。

 怒られたのは妹に、です。

 

 それがちょっと変わっていて――尚人が行きたいなら、自分で検査を受ければいい、わたしはわたしだから、って言うんです。

 確かに、特設艦娘にならなくても、男だって、自衛官になったり船員になったり、いや、なんなら普通の生活をしていてさえ、生命の危険はいくらでもあった時代でしたけど。

 

 検査の結果を受け取って、「行くから」って、それだけでした。

 決意とかじゃなくて、当然みたいに。

 

 だから今の話を聞いて、改めて不思議に思いました。

 そんなに、行きたいものだったのだろうかって。

 

 


 

 

 問いかけられて、私は少し恥じて目を伏せる。

 

「私自身について言えば……ただの子供じみた憧れにすぎなかったと思います」

 

 それは、正直な気持ちだった。

 また、アカネやレイカのように、候補者が限られていた時期に声をかけられた場合にも、あまり断るという選択肢はなかったと言えるだろう。

 検査の対象がその年代すべてに広げられたあとでも、シズのような熱心な志願、サナエのような冷静な使命感も、多かったはずだ。

 それらを口にしたうえで、

 

「ですが、妹さんがどんな思いで言われたのかは、私には分かりません」

 

 まだ、言葉を促してみる。

 少なくとも、幼かった私と同じにはできないと思った。

 

 


 

 

 そうですか。

 

 ――兄の僕が言うのも何ですが、妹は人気がありました。

 高校で人気があるというのは、いろいろ方向性はあると思いますが、基本的には明るくて、つきあいが広くて、ちょっとばかり要領がいいタイプ。

 

 妹も、そうでした。

 

 だから戦争なんて行かずに済ませようとするのが自然だとか、そういうわけではないのですが……すみません、うまく言えなくて。

 話を変えてもいいですか?

 

 

 ありがとうございます。

 当時はなかなか移動も自由にできなくて、もちろん危険もあったわけですけど、特設艦娘や訓練生の家族は面会に行くことができました。

 東京から広島まで新幹線で行って、呉の基地。

 

 そのときも、妹は少しも変わっていませんでした。

 いつもクラスの輪の中心にいたときみたいな顔で、ほかの子にちょっかいを出したり、大人に敬礼されたりしていました。

 当時の僕は、すごく楽しそうだとさえ思った。

 

 でも、それが本当の顔だったんだろうかって思ってしまうんです。

 第二次世界大戦までの陸軍とかも、そうだったって言うじゃないですか。

 面会のときだけ花形の仕事を任せたり、立派にやってますってまわりが言ったりして、安心させて帰す。

 実際には鉄拳制裁が当たり前だったりしても、周囲も、本人も、そんなことは少しも口にしない。

 

 だって、手紙も検閲されてたんですよ?

 葉書の裏とか、封書だったら便箋ごとに印がつけられてた。

 というか、妹が書いてよこしましたけどね……わたし以外にも読む人がいるから尚人の恋バナはやめときなよって。

 

 え、ええ。それまではときどき――兄なんて言っても、双子ですからね。

 どちらが先ということもなく、お互いに隠し事もなくて、まるで性別の違う自分がもうひとりいてもうひとつの人生を歩んでいるような。

 

 


 

 

 私は思わず微笑んだ。

 誤解されないよう、急いで言葉を挟む。

 

「信じていいと思いますよ」

「え?」

「妹さんの姿は、素直に信じていいと思います。いろいろな方の話を伺いましたが、朝が弱い人が洗濯物と一緒に干されていたとかたば――」

 

 ふと口を覆う。

 シズとサナエに聞いたためにそのふたりの――アオイとマリアのエピソードがつらなって口から出かかったが、なにも喫煙を持ち出すこともない。

 気を取り直して尚人の目を見て、

 

「……いえ、誰かの部屋に集まって夜通しお話したりとか、ゲームをしたとか。

 もちろん訓練は厳しかったということでしたけど、部活の合宿のようだったと言っていた人もいました」

 

 アカネやシズの発言を伝える。

 尚人がほろ苦く笑った顔を見て、私は言葉を継いだ。

 

「――仲間がみんないなくなった。そう言った人も、いましたけど。

 だから、悲しむ必要がないと言うつもりはまったくないのですが――ただ、あなたが見た、妹さんの表情は、信じてもよいのではないでしょうか」

「そう……ですか」

「すみません、勝手なことを言ったかもしれません。改めて、お悔やみ申し上げます」

 

 深く、頭を下げる。

 

「……いいえ。二十年ぶりに、あいつのことが少し理解できた気がしました。ありがとうございます」

 

 尚人の声は優しかった。

 それと――と、彼が言葉を続けた。

 

 


 

 

【瑠璃】

 

 尚人との会話から、一週間後。

 私は古い都営住宅を訪れていた。

 私が大学生だったときにも、「レトロなマンション」として認識していた、味わいのある書き文字で建物名が書かれた十二階建て。

 尚人への本来の取材のほうに沿えば、窓サッシの断熱性能などは決して高くはなさそうだ。

 

 その尚人に、ひとまわり近く年の離れた妹がいる、と言われたのが、ここを訪れた理由だった。

 十二年近く違うのであれば、まだ三十歳前か。

 説明された階に行き、部屋番号を確かめてからベルを鳴らす。

 

「――白水ツカサです」

 

 ドアスコープから見えそうな位置に立って、そう名乗る。

 軽い足音がして、少しあとに、チェーンをしたままドアが開いた。

 

「こんにちは。兄から話は聞いています」

 

 黒髪を切り揃えた、生真面目そうな面差し。

 彼女が、尚人の歳の離れた妹――瑠璃。

 大きく黒目がちな目に、まっすぐに見つめられる。

 彼女の首元の自然石のネックレスが、かすかに揺れた。

 

「深海棲艦戦争の、記録を集めておられると。

 やや迂遠ではとも思いますが、過去の悲惨な戦争の証言を集めることで、再び戦禍を繰り返さないようにしようという志には共感します」

 

 瑠璃がドアチェーンを外す。

 だから、私は黙ってうなずけばよかったのだろう。

 第二次世界大戦で戦った女性たちの証言を集めた記録を独裁政権が恐れたように、言葉にそうした力があるとは私も信じている。

 だが――私自身の思いを、そんな立派なものだと言える自信はなかった。

 

「そんな……志、と言えるようなものがあるかどうか」

 

 自分でも驚くほど、苦しげな声になってしまった。瑠璃の動きが止まる。

 

「私は、特設艦娘に憧れながら、特設艦娘になれなかった人間です。

 年齢的に間に合わなかったというだけではなく、頼み込んで検査を受けたにもかかわらず、適性がありませんでした」

 

 改めて口にすると、あまりにも子供じみた過去。

 

「“なのに”なのか、“だから”なのか……記録と記憶を集めている。忘れられそうな過去を。

 それに何の意味があるのか、意味を与えられるのか、私には分かりません」

「間に合わなかったという意味では、私も同じです」

 

 私を、あるいは自分を、切りつけるような声で、瑠璃が言った。

 同じという単語に伴うはずの共感は感じられず、私はこくりと喉を鳴らす。

 扉は半ば閉ざされたまま。

 

「だからこそ、姉のような悲惨を繰り返さないことが、私の義務だと思っています。今この瞬間も世界各地で戦禍が絶えないと、知らないわけでもないでしょう」

「もちろん、認識していますが――」

「戦争を止めるために、私はできることをしている。あなたが証言を集めている意味も同じではないのですか?

 逆に、違うとすれば、姉の悲惨に何の意味があったというのですか?」

 

 私は愚直だったし、残酷だったとさえ思う。今になって振り返れば、だが。

 そのときの私は理由も分からないまま、この瑠璃の言葉にもまた、うなずくことができなかった。

 

「悲惨ばかりではなかったと、思います。お兄様にも伝えましたが。もちろん、悲惨な犠牲も目をそむけたくなるほどにありましたが――」

「――あなたに何が分かる!」

 

 泣き声のような叫びで、なじられる。私はうなだれた。

 

「分かりません。分からないから知りたいのです。そして……忘れたくないのです」

「……帰ってください」

 

 瑠璃が言う。

 言葉にもかかわらず扉は半開きのままだったが、つま先をねじこむことは私にはできなかった。

 黙ってきびすを返し、階段を下った。

 彼女は「証言」と言い、私は「記録と記憶」と言った、そんなことをぼんやりと思いながら。

 

 


 

 

【尚人と瑠璃】

 

 マンションを出てすぐ、尚人に電話した。

 幸い――あるいは待っていたのか――すぐ応答があったが、経緯を説明する口調がいささか尖ってしまったのは仕方がない、と思う。

 尚人の声は申し訳なさそうではあったが、恥じるようではなかった。

 

「事前に伝えていたら、かえって悪かったでしょう。

 瑠璃は熱心に平和運動に取り組んでいる。騙されて動員されているとかではなく、自分の頭で考え、自分で決めたことだと彼女は言うし、僕も信じています」

 

 そこには妹への深い愛情と信頼が感じられたし、私としても異論はなかった。

 顔を合わせていたときと同じ、穏やかな調子で、彼が言葉を続けた。

 

「僕があいつの話をして、あなたに当時の話を聞かせてもらえたことが偶然から実った大きな収穫であったように、事前知識抜きでふたりが会えばかえって話が弾むのではないかと思ったのですが」

「……原稿の掲載許可を握られていなかったら怒っていますよ。住宅のほうのです」

 

 と私は返したが、正直なところ負け惜しみで、彼を嫌いにはなれなかった。

 ――それは、彼のふたりの妹を嫌いになれないことでもあった。

 

「ならこう言うと、もっと怒られてしまうのかもしれませんが……あなたは瑠璃に似ているのかもしれないと思いました。

 特設艦娘は、あるいはもっと上の世代は、悔いがあるなりにもやることはやったという気持ちがあるのでしょうが、幼かった世代として」

 

 私は胸を衝かれたように感じた。

 瑠璃の言葉に素直にうなずいておけなかったのは、同族嫌悪とは言わないまでも、磁石の同じ極どうしが反発しあうようなものだったのかもしれないと、ふと思う。

 とはいえ、それも少し違うようにも感じた。

 

「あなたは身代わりという無茶なこととはいえ、やることはやった、というわけですか」

「いえ――僕も幼かったひとりですよ。同い年のはずなのに、あいつより幼く、そして今ではあいつより年上になってしまった」

 

 苦い悔恨の響きが、電話越しに落ちた。

 それでも尚人の言葉は、そこで終わらない。

 

「正直なところ、僕はあなたに救われましたよ。たとえ瑠璃が怒ったままでも、ネットゼロならあいつも許してくれるでしょう」

 

 ネットゼロは住宅のほうの話。

 消費するエネルギーと、設置した太陽光パネルなどで生産するエネルギーが、差し引きでゼロになれば環境負荷を与えない、という意味だ。

 プラスを増やすだけでなく、断熱性を高めるなどでマイナスを減らすことも重要になる。

 そして尚人の冗談めかした口調は、差し引きゼロになるとも思っていない――瑠璃も怒ったままではないと思っていることを、私に伝えていた。

 

「おかげさまで、ネットゼロの意味は分かるようになりましたけど」

 

 不満顔が電話越しに伝わればいい、と念じて返すが、そもそも表情を作れていないのではどうにもならない。尚人はさらに続けた。

 

「――子供ができたんです」

「え?」

 

 取材前に挨拶した、尚人のパートナーの顔が脳裏に浮かぶ。

 尚人とは――つまりおそらく瑠璃や特設艦娘だった妹とも――違った顔立ちの、しかしどこか似た穏やかな雰囲気をもった人物。

 

「近頃は、いろいろな方法がありますからね。次はそういう調査記事もどうです? あなたなら冷静で公平な内容にしてくれるでしょう」

 

 考えておきます、と、もごもごと答える。

 後ろ向きではないのだが、今はこの取材だけでも手一杯だったし、尚人に乗せられたような形になるのもいささかしゃくだった。

 最後の理由は、なかばあきらめもついたけれど。

 

「あの部屋も、いつか子供部屋になるでしょう。その前に、あなたと話せてよかった」

「ええと……まず、おめでとうございます。妹さんも、ご両親も喜びますよ」

「ありがとう、ございます」

「……だからといってごまかされませんよ。瑠璃さんには、あなたからちゃんと話して、謝っておいてくださいね。――お子さんの連絡のついでで結構です」

 

 明るい笑い声と、感謝の言葉が返ってきた。了解の返事も、忘れずについてくる。

 私はひとつ息をつき、電話を切った。

 

 

 

 それからしばらく日が経って、瑠璃からメールが来た。

 尚人がどう話したのか、それとも彼と関わりなく彼女が思い直したのかは分からない。

 いずれであっても、彼女の誠実さだと思う。

 

------------

 

Subject: 先日の件

From: ruri<ruri_peace4all@****.co.jp>

To: 白水ツカサ<tsukasa_shirouzu@****.com>

Date: 2025/**/** 23:57

 

 その節は失礼しました。

 改めて考えてみると、悲惨ばかりではないというのは今もそうですし、だからこそ怖いのだとも思います。やはり姉は指針なのだと。

 その意味で、あなたに謝りたいと思っています。

 

 何も分かっていないのは、私のほうですから。

 幼い私に、姉はとても大人に見えました。

 けれど憧れは、理解ではなかったと今になれば思います。

 姉が何を思っていたのか、どんな喜びと苦しみがあったのか、知ろうとさえしていませんでした。

 

 虫のいいお願いではありますが、なにか分かったら、私にも教えていただきたいと思います。

 この手紙もあなたの記録で公開してくれて構いませんから。

 

 どうぞよろしくお願いします。

 

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 それだけでいい友達になったとは言わないが、彼女とも継続的にメールや電話をしている。

 いま話を聞くことのできるもと特設艦娘たちだけでなく、もう話を聞くことのできない少女たちの記憶も、記録したいと思った。

 

 ――それに何の意味があるのかは、まだ分からなくとも。




偶然の出会いでこれまでの記録が役に立つ、という単純な話になるはずが後半はやや意外な展開でした。ツカサは潔癖だし傷つきやすさも変わりませんが、それを受け止めるしなやかさも育ってきているでしょうか?
いつもながらツカサに振り回されているつかさですが、感想評価お気に入りなどいただけるとこちらも少し強さを得るかもしれません。

次回は7/27(日)、特設艦娘の戦中と戦後の記録をお届けする予定です。
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