「――ナルセと申します」
差し出された名刺を、両手で受け取る。
短く整えられた桜色の爪が、鮮やかに印象に残った。
名刺には彼女の名の上に、世界第何位という規模の化学会社の名前と、課長代理の肩書きが記されている。
ここは、
活気のある事務室をいくつも横目に見て会議室に通され、茶まで用意されると、いささか恐縮した。
ソファーに座り、机を挟んで向かい合う。
「失礼ですが、こうした場所は初めてでしょうか?」
黒髪をひっつめ、細身のスーツに身を包んだナルセに、柔らかく問いかけられる。
「いえ、以前は経済誌の編集部にいましたので、多少は。――ただ、特設艦娘の皆様の話を伺うなかでは、初めてかもしれません」
アカネやシズは職場外だったし、レイカは図書館の近くだがわざわざ時間休を取ってくれていた。サナエは確かに学校だったが、授業時間ではなかったので、校長先生が放課後に残って生徒を見守っている間に記者とも話をする、という位置づけだっただろう。
そんなことを、簡単に説明する。
「教師の勤務時間については議論の余地もあるでしょうが、少なくとも校長は管理職ですからね。残業代で問題になることもないでしょう」
勤め人らしい口調で、ナルセがうなずいた。その口調のまま、
「では、なぜ私はこうしていると思いますか?」
軽く問いを投げてくる。三枝のように煙に巻く調子ではなく、直截な聞き方。
そのため私を試しているというよりは、むしろ自分から補助線を引いてくれていると感じられた。
問いかけに応じる言葉を紡ぎながら、考えをまとめていける。
「仕事のうちだと言える……少なくとも、会社の役に立つから、ですよね。仮に私が経済誌の記者として伺ったなら、取材に応じるのは仕事時間になるかと」
「そうですね。ただ、特設艦娘であった私への取材だと聞きましたが」
「はい。それも仕事中ということは――会社から、出征されたのでしょうか。
戦争協力という言葉は、時代によってさまざまな意味合いになりますが、少なくともあの深海棲艦との戦争は企業としても胸を張れるのでは」
「――ご名答です」
答える前に少しだけ、彼女の表情が動いた気がした。――あとで思えば、かもしれないが。
「いえ、あなたの質問じたいが、答えのようなものでしょう」
「かもしれませんね。……なかなか、聞かれることもありませんから」
ナルセが苦笑する。
改めて私に茶を勧め、自身も口を湿す。
「当時は華やかに見送ってもらいましたけどね。短大を出て入社した、その年。
今のほうが、会社の気持ちは分かりますよ。化学会社にとって、石油をはじめとする物資の輸入は生命線ですから」
「確かに、海上護衛の戦いは厳しいものだったと伺っています」
「ええ。当時の社内報など、あとでお見せしましょうか。最初は違う名前で載っていますが、顔写真や経歴で分かると思います」
かすかに誇らしさをたたえた声で、ナルセが言った。
私は反射的に、彼女の左手に目をやる。膝の上で重ねられた両手は、右が上で、左手の薬指はよく見えなかったが、彼女も私の視線に気づく。
「ああ、いえ、改姓ではなく――確かに普通はそう思いますよね。ご説明しましょう」
変わらない声色のまま、ナルセの説明が始まった。
特設艦娘は、艦娘と接触させない。その方針はご存じですよね?
自分たちと似ているが異なる存在によって、艦娘が混乱するから、と。
確かに私たち特設艦娘は艦娘の能力を模倣した存在ですが、特定の艦の模倣ではありません。
分かりやすく言うならば、最初の特設艦娘であるアカネさんは、戦艦〈
艤装は他の特設戦艦と同じ型であり、彼女を指すとすれば、アカネさんと呼ぶことになります。
同様に私は特設軽巡ですが、〈
当時は〈ナルセ〉ではなかった私の名前が、基地での会話から戦場での無線交信までに乗る。
そう――艦娘と“重なった”のです。私の名前が。
特設艦娘がその数を増すなかで、確率論的に、つまりは必然的に、私のほかにもいくつかそうした例が生じてきました。
化学プラントで物質AとBを混ぜ合わせたときに、必ず分子どうしが結合するという道筋などなくても、量の問題で確率論的にはぶつかり合って結合し、つまりは必然的に化合物ができる、というのと同じことです。
ちょっとした騒ぎになりました。
基地と鎮守府が分かれているとはいえ、職員は行き来することもあります。
ましてや戦場では、接触させないようにされていても、深海棲艦と砲火を交わしていれば艦娘が感じ取ってやってくることもありました。
そのとき艦娘の名前を音として聞いたら――単に似ているけれど違う存在を見て違和感を覚えた、程度では収まりませんから。
ましてそれが沈んだ艦娘の名前であれば、悲惨です。
文字通りの幽霊船。
――艦娘にとっては、ですが。
私たち特設艦娘のがわからすれば、ある意味「知ったことではない」のですけど、ね。
そして艦娘は沈めば戻ってこないいっぽう、特設艦娘に志願する女性は後を絶たなかった。
では、どうするか。
自衛隊のほうでは、特設艦娘としての名前をつけてはどうかと言い出しました。
悪気はなかった、というより、善意百パーセントだったとは思います。
護衛艦を命名するのは名誉なことでしょうし、航空自衛隊のパイロットは作戦中の交信に使う名前を自分で選ぶそうですし。
ああ、少し余談に逸れますが、その護衛艦の名前はひらがなと漢字の違いはあれど、ほぼ全て艦娘と重なります。
が、あちらはDDいくつという艦番や、「護衛艦なになに」と頭につけるなどで対応可能だったようです。
より本質的には、船のカタチであり、人型ではないから、違う存在であるのは艦娘にも明白だったからということでしょうね。
似ているけれど違う特設艦娘のような混乱は、招かなかったと。
さて、話を戻しましょう。
艦娘の都合と自衛隊の善意から出されたその提案は、特設艦娘にはとても不評でした。
レイカさんがいつもの調子で、「特設戦艦なんじゃもんじゃが
気持ちは分かります。
前世はムー大陸の戦士なになに、などと呼び合って喜んでいたのは――あなたは知らないと思いますし、私でももっと年上の世代の噂として聞いただけですが――平和な時代の遊びです。
戦うなら本名でと願う気持ちはもっともです。
まして艦娘のほうが減ってきているだけに、なぜこちらが譲らなければならないのか、という感情もあったのでしょう。実力差はあっても、同じ海で戦っていたわけですし。
結果的にはひどく突き上げられて、特設艦娘名は撤回されました。
名前が重なっている場合は苗字でお願いします、と、いささかきまり悪げな通達が回されてきました。
それでも不満そうな子はいましたが、まあ、学校などでも苗字呼びは普通だということでおさまりはついたようです。
……ただ、私は、両方重なっていまして。
まして私は駆逐艦ではなく、駆逐隊の嚮導を期待される軽巡でしたから。
あまり方針に反発するのも、艦娘と衝突する可能性を増やすのも望ましくないと思って、名前を自分で選ぶことにしました。
軽巡洋艦は川の名前をつけることになっていますから、故郷を流れる川にちなみ、ナルセ、と。
沿岸に景勝地や名勝はなく、地味と言えば地味ですが、穀倉地帯をうるおす大切な川。
そしてそれ以来、私は軽巡〈ナルセ〉になりました。
特設艦娘は俗称であり、正式には「新艦娘」ですから、れっきとした軽巡艦娘なのですよ。
特設艦娘という名に誇りを持つことも、もちろん理解していますけど。
終戦後、正式に改名も申請しました。
普通は、親におかしな名前をつけられてしまったから、などでしょうが、法律上は「正当な事由」としか書かれていませんから。
その名のもとで戦ったからという私の申し立ては、無事に認められました。戦争後の、興奮した雰囲気のためではあったでしょうけど。
だから今の私はナルセであり、社内報に違う名前で載っていた、と申し上げたのはそういうことです。ご理解いただけました?
「なるほど……実体験からの貴重なお話、ありがとうございます」
本心から私は感謝を述べたが、正直なところ、多少のうそ寒さもあった。
話は明快だったし、確かに彼女を含め、どの立場の主張も理解できる。
だが、軽巡だから川の名前にする、とまで立場を内面化していること、そして戦時の一時的な呼び名にとどまらず改名したことには、これまで話を聞いてきた特設艦娘たちと比較してもそこはかとないひっかかりを覚えていた。
「――故郷と特設艦娘、いえ、新艦娘としての任務に、誇りをもっておられたのですね。そして今も、その誇りを持ち続けている」
ただ、そう述べたのも、必ずしも世辞やとりつくろいというわけでもなかったと思う。
あの戦争そのものを恥じる態度の特設艦娘は誰もいなかった以上、あとは程度の差にすぎない、とは言えた。
「そう言っていただければ幸いです。あ、私も他の方と同じで、特設艦娘と呼ばれることは気にしませんよ? むしろ歓迎します。人間として役目を果たした証ですから」
ナルセはうっすらと誇らしさをにじませた声のまま、微笑んだ。
「名前が変わられて、ご苦労などは?」
「いえ、そんなことはありませんでしたが」
今でも、たまに、夢を見ます。
艤装を纏っていたときの夢を。
海に立つ感覚と、艦橋で風を受ける感覚が同時に来る、ほかに例えようもないあの瞬間の夢。
そして機関に火が入る、あの熱さ。
今は風も熱さも、記憶と夢の中にしかありません。
夢から醒めるたびに、あの感覚に触れられたことを懐かしむ一方で、あの感覚に二度と触れなくてよいことに喜びを覚えます。
――それは本当です。
だから別にいまこの身体で戦地に行こうとはまったく思いませんし、艤装を渡すからと言われてさえ、やはり躊躇するでしょう。
いずれにしても、ありえない夢想に過ぎませんが。
ベトナムから復員して苦しい現実に煩悶するあの映画とも、違うと思います。
名前の話は先ほどしましたが、そのように、制度は私たちの味方でした。
補償金も医療補助も、メンタルケアもありました。
私の場合は奨学金をもらって大学を卒業し、会社の総合職転換制度に乗ることもできました。
そうなれば事務職と違って全国転勤があり、コンビナートはほとんど海沿いにありますから、あのころ海に立ってちらりと見たかもしれない施設を、今度は内側からじっくりと見ることになった。
それはそれで、艤装とはまた違う大きさを、ほとんど肉体的に感じると言ってよい体験でした。
だからやはり、不満はありません。
この歳で課長代理なのも、自分で言うのも何ですが、中途で転換した女性としては十分な評価です。
強いて言えば――名前がないことでしょうか。
政府は私たちのためと言って、艦娘たちの名前を明らかにしようとはしない。
誰それが特設艦娘だったかと聞かれても「答えることはできない」。
もちろん戸籍謄本などを赤の他人が請求できないのは当然ではありますし、本人には証明書は渡されますが……言いたいことは、分かりますよね。
なんとなく、どことなく、そういう空気がある。国にも、そして世間にも。
集合的なのですよね。
もちろん自衛隊や警察消防を称えるのも組織をであって、個々人ではないとは分かっていますし、そのレベルでは忘れられていないと思いますが。
ただそうなると、私たちひとりひとりの苦しみも貢献も、全体の中に消えてしまう。
なにも金鵄勲章なん級という個人評価の時代を求めているわけではありませんけど。
――でも、それでよいのかもしれません。
会社では私の名前は知られています。変わったとしても、ですね。
名前と言ったのは象徴的な意味で、顔とか立場とか……ええ、あなたは分かっていると思いますが、念のためです。記録に残るのでしょう?
知られていると、生活は少しずつずれていきます。
たとえば、スーパーで買い物をしているときに、レジの店員さんの顔が少しだけひきつる、とか。笑顔はあるのに、ほんのわずかの壁。
気のせいだと思いますか?
でも、スーパーのパートは往々にして会社の人の奥さんです。
そのときの人が違っても、バックヤードで誰かはいますし。
社宅で順繰りにみんなの家に集まるといったときにも、子供を連れてこないとか。
私は子供どころか配偶者もいませんから、騒がしくするのを遠慮している、といえばそれまででしょうね。
だからどれも大したことじゃない、小さな違和感。
でも、積もればちゃんと重くなる。
配偶者?
ええ、交際した人はいました。
もちろん復員後。戦争前はそんな余裕はありませんでした。
関係会社の若手で、穏やかな人。私が特設艦娘だと知って、理解してくれていると思えた。
でも、家族に挨拶に行った日、「ああ、戦争に行かれたんですね」と言われて、その瞬間、何かが壊れた。
……当然、笑顔でですよ。人相手の戦争ではないんですから、咎めたり責めたりされることではありません。
ただ、似ているけれど違うものを見る目で――座っていた椅子が、急に海になった。
そんな感じ。
以来、私はひとりです。
心のどこかで、自分は戦いを終えた兵器だと思っている。思い知らされている、と言うべきでしょうか。
兵器は、人と暮らすには向いていない。
もちろん、今の海に戦いはありません。
プラントでときおり小さな問題が起こっても、長年培った技術ですぐに解決でき、毎日、穏やかで、落ち着いて仕事ができる。
でも誰かと血を流すほどに深く関わることは、もうありません。
誇りはあります。もちろん、本当に。
あの戦争は必要だったし、そこで私たちは必要とされていた。
けれど過去に必要とされた私は、いま何処に行けばいいんでしょうね。
本物の軍艦なら、役目を終えて堤防にでもなれるのでしょうけれど。
公園のベンチで、子供が遊ぶのを眺めています。
私はもう、母になることはないし、ならないほうがよいと思いますが、子供を見ると、少しだけ安心します。平和が続いていると思えるから。
もし、あのとき私たちが戦わなかったら、この風景はなかった。
だから、後悔はしていません。
ただ、誰かと話したい夜はあります。笑い声の輪を通り過ぎるとき、自分もその中にいられたらと思うことも。
でも私は、きっともう、誰かの隣に立つべきではないのだと思っています。
私は、言葉がなかった。
ほかの特設艦娘の戦後を口にしたところで、他人は他人でしかないし、そもそも〈ナルセ〉もそのくらいは知っているだろう。
親との関係になにかあったのかもしれないと、不意に思った。名前を変えたこと、総合職としての全国転勤、そして母にならないほうがよいという言葉。
けれどそれも、もちろん口にできない。
ふと、アカネの顔が浮かんだ。
彼女が最初に手を差し伸べてきたのも、あるいは無意識の試し行為だったのかもしれないと。
アカネの真意は知りようもないが、少なくともそれを意識して、手を差し出してみる。
「――私でよろしければ、お仕事のあと、おつきあいしますよ」
自然な笑みを浮かべられたと思う。
手は取られなかったが――ナルセは、静かに微笑み返した。
暮れなずむなか、会社からは少し離れた飲み屋で待ち合わせた。
場所を指定したのはナルセで、会社の目の前などにはしたくなかったのだろうとは察せた。
常連も一見客も気軽に言葉を交わしているにぎやかな酒場で、落ち着いた雰囲気の彼女には似合わないような気もしたが、そこを選ぶ気持ちはこれまでの話から分かる。
ふたりで酒杯を交わしていると、陽気な若い店員に、姿勢がよいですね艦娘ですかと聞かれた。
特設艦娘という言葉も使っていないくらいだから、冗談であることは明らかだったが、とうぜん私は慌てた。
だが、ナルセはさらりと流した。
――流して、「それはこちら」と、私を指した。
「若いのに立派に戦われたのですよ」と。
空気が変わった。
あわてて否定した。
けれどそれも、意味はなかった。
私にも、特設艦娘になろうとした過去があったのだから。
あのときの話をすることになった。
似ているけれど違う存在に向ける視線と、根掘り葉掘りの質問を、理解した。させられた。
飲みつけない酒に呑まれ、私は、ホテルの部屋にどうやって帰ってきたかも覚えていなかった。
むろんナルセはいない。
どれだけ飲んだかも分からないが、財布の中身はまったく減っていなかった。
けれど手紙も伝言も、なかった。
鈍い頭痛がなければ、夢だと思いさえしたかもしれない。
昨夜、いつのまにかICレコーダーの録音ボタンを押していたようだったが、聞き返す気にもなれなかった。
シズが「辛くないことが辛い」と言ったように、時を経て薄らぐ痛みもあるのだから、個々人の違いなのは間違いない。
だが、だからといって、踏み込んでよい海でもなかった。
苦い悔恨。
けれど、聞く勇気はないのに、消去ボタンを押すことはできなかった。
チェックアウトぎりぎりまで、ベッドから起き上がれなかった。
いささか苦しい回になりました。会社も胸を張れるとか左手を見るとか、無意識だし悪気も当然ありませんが、あとで思えばわりと初手からざっくりとやってしまっているのですね。弾き返された三枝回と比較すれば、踏み込み過ぎた回でしょうか。
そして次から新章に入ります。8/3(日)、章タイトルと艦種を推理しつつお待ちいただければ。評価感想もお待ちしております。