──噛みなよ、先生   作:33z

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──噛みなよ、先生

 外にはキヴォトスの日常と喧騒がいつもの様に広がっている。そんな音が聞こえる。

 でも今、この場においてだけ、非日常が私の眼の前に広がって。

 

 違う。私も、その要因なんだから。

 *

 私はといえば先生が普段使いしている椅子へ、背もたれに身を預ける様に深く腰掛けて足を組み。

 左腕はひじ掛けに置き、頬を支える。

 右腕は、正面へ伸ばして。掌を目いっぱい広げて。その下へ傅く、──の元へ差し伸ばす。

 

 普段なら慌ててしまう自分の感情を必死に取り繕って、ノベルゲームのスチルのシーンみたく。気分は気取った吸血鬼のお姫様。あるいは、すっごいお金持ちのお嬢様、みたいな。

 

 あれ? 吸血鬼なら噛むのは私の方? ……まあいいや、深くは考えない。ともかく。そういう、クールなキャラクター。それを脳裏に思い描いてなぞる。

 なんでこうなったんだっけ。

 思い返すように咥内で舌を回せば、僅かに残るチョコの甘さとほのかに香る鉄のような匂い。

 

 そうだった。元はといえば。先生の手からお菓子を貰った時、私が先生の指を思いっきり噛んじゃって。

 それで血が出ちゃったから。お詫びに、私の指も噛んで良いよって言ったんだった。こういうのはフェアにいかないとね! 

 なんて言ってみたりはしたものの。

 

 でもただ手を差し出すのはなんだか気恥ずかしくて、だから気取って大仰に、ゲームのワンシーンの真似なんかしてみたりし──。

 

 回す思考が、強制的に中断する。差し込まれたのは、生暖かくて、湿ってる、熱。

 自分と違う体温が、差し出したままの右手、その人差し指を包む。

 

 先生が、私の指を、咥えてる。

 

 やっぱり目に映る景色って大事だ。私だってちょっとは大人っぽいというか、そういうゲームだって遊ぶし。逆にうまく文章に起こせないなあ、なんて悩んだりもする。

 でも、そんな悩みなんて吹き飛ばすくらい、スチル、もとい目の前の光景の衝撃で頭がくらくらする。

 

 だって、先生が。

 私の足元へ傅いて、うやうやしく。

 まるで、尊いものでも前にしているかのように。

 私の指を。

 

 呼吸の度、人差し指の先端だけが、まるで私から切り離されたみたいにより一層熱くなって、次の瞬間には冷たさが紛れ込んで。

 温度差に私の鼓動は跳ね上がる一方。

 

 指の腹が柔らかな、ぬめりのある何かに触れた。一瞬だけ怯んで、でも興味を引かれて押してみると、抵抗するように震えて伸び。

 人差し指の第二関節までを撫ぜてきた。

 

「んっ……」

 

 これ、べろ、だ。

 異性の、先生の口に指を入れている。

 今更ながらその異常さに、脳のどこかが冷静さを引き出してきて。これはちょっとダメなんじゃないだろうか。なんて思考がよぎった。

 何がダメなのかはよくわからないけど。なんか、凄く、ダメ。ちょっとまずい。と思う。

 

 シナリオでこんな言い回しも何もあったもんじゃない、推敲のひとかけらも出来てない文章を書いたらまずミドリにダメ出しされるだろうな、なんて場違いな考えを脳が、回そうと、して。

 

 衝撃。

 

「~~ッ!」

 

 再度私の思考に差し込まれて、稼働を強引に止めてきたのは。先程の熱、の一段上。擬音で表すのであれば。

 がりっ、みたいな。衝撃が私の指を振るわせて、その波が数舜遅れて脳に届き、ようやく自分の身に何が起こったのかを理解した。

 今のは、先生が。私の指を嚙んだ。その衝撃。

 

 痛みが来るかと身構えたのに。違う。衝撃ではあったけど、想像していたより。もっと。そう。

 快い。

 くすぐったくなるような、身を引きたくなるような。だけどこの一回だけだと淋しいような。そんな感覚。

 脳裏に走る「これ」を表現する語彙が、今の私には無い。それが何より勿体ない。

 そう思いながらも、引いていく衝撃に名残惜しさを覚えて。脳裏に走った波を、記憶を辿ってリフレインさせた。

 *

 ”……もういいかな? ”

 

 それから二度三度と、先生は私の指を噛んだ。その度に私の脳には別の個所を殴られたような「何か」が走ったけれど、先生はまるで意に介していない様で。

 それがなぜだか無性に悔しい。

 ……何が悔しいんだろう? 

 自分の中に衝動的に生まれた思いに対して、しばし自問。そうして、すぐに答えは見つかった。

 きっと、先生が手加減しているのが悔しいんだ。私はさっき、血が出るまで嚙んじゃったのに、先生は多分それ程強く噛んでない。

 だから、手加減されたことに対する悔しさ。もっと、私がやっちゃったのと同じ強さで噛んで貰わないと。そう。フェアじゃない。

 

 結論が正しいのか、異性の熱と、指先から受けた衝撃によってかき回された私の思考ではこれっぽっちも判断が付かない。

 でも、多分あってる。間違いない。

 

「さっきはほら、私、血が出るまで噛んじゃったでしょ? だから、先生も思いっきりやっちゃっていいよ!!」

 

 ──先生にもっと「私」を意識して、噛んで貰えたら。きっとさらに快い。

 

 そんな思考はきっと、(よぎ)っていない筈だから。

 *

 不承不承、といった様子で、先生は再度私の指を口に含む。指を歯が撫でる感触は依然くすぐったくて、どうしても身をひねりたくなってしまう。

 そんな背筋がぞわぞわするような感覚を味わっている私を尻目に、先生は準備を終えた。

 さっきは前歯の四本で私の人差し指を噛んだけれど。次は。前歯より鋭く、突き刺すような犬歯を、私の指に沿わせた。

 

 刃じみた鋭角が、先程より強い衝撃が私を襲うのだと否応なく理解させてくる。

 ……さっきの衝撃だけでもなぜだか、ダメだと思ったのだから。それより強そうな今回は一旦心の準備をした方が良いのでは? 

 

「あ、ちょっと先生? まって、心の準備を──」

 

 土壇場で日和(ひよ)った私の静止は既に遅く。

 

「───痛ッ!?」

 

 私が心の準備を整える前に、さっきより強い力で、私の指を噛んだ。

 

 いたいのにいやじゃない。しびれてるのにもっとほしい。

 今度こそ、脳を丸ごとミキサーにかけたみたいな衝撃が私の頭を爆ぜた。

 

「あっ、ちょっ、まっ──」

 

 思い切り噛まれて、痛みが走る噛み跡へ間髪入れずに()()()が走る。

 先生のべろが、わたしのきずぐちをなめて、いやそうとしている。

 

 それに思い至って、同時に背筋のぞわぞわが、別のものに変化した。

 キヴォトス(ここ)で起こる、日常的な闘争。私だって巻き込まれたのは一度や二度じゃすまない。

 当然銃弾だって当たるし、当たれば相応に痛い。場合によっては何日か痣だってできるし、本当に勘弁してほしい。

 

 けれど。その時に当たる銃弾の方が威力が高い筈なのに。

 なぜだか、この瞬間、このほんの人差し指の先端にだけ感じた歯の力強さが。噛まれた痛みが、べろの熱さが、何倍も。

 

 痛くて、しびれて、あまい。

 

 舌の動きが傷跡を、痛みで感覚が集中しているそこをより一層強く舐めて、啜って、その一動作一動作が背筋に痺れを、脳髄に甘さを流し込んでくる。

 ああ、さっき表現できなかった感覚はこれだ。自然と私の語彙に新しい表現が追加されていた。

 

 私の口では、味覚ではケーキなんて食べていないのに、確かに。

 

「あまさ」を、どうしようもなく味わっている。

 (こころよ)いではなく、きもちいい。

 

 

 耳に届く、キヴォトスのいつもの爆音と喧騒が。日常における、この空間だけの一瞬の非日常が。より強く、より甘く。私を酔わせるのだと。確かな確信があった。

 

 まず、癖になっちゃった、かも。

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