”あはは……そろそろ満足した? なら解放してもらえると……”
深夜。電車の音さえ響かなくなった夜の、シャーレの娯楽室。天候が悪くて帰れないなんて実に心躍る、非日常めいたシチュエーション。そして私の足元に転がる、手足を縛られて倒れ込んでる先生。
私は改めて、そんな先生の姿を見つめる。
両足を揃えて、足首からふくらはぎをぐるぐる巻きにされて。
両手は後ろ手を組んだような状態で、やっぱり縄でぐるぐる巻き。
そんな状態で床に寝転んだまま、苦笑いの表情を浮かべる、先生の姿。
身じろぎして、はだけたシャツの首元から鎖骨を覗かせる、先生の姿。
……仮に、私がどんなイタズラをしても抵抗一つできない、先生の姿。
先生を見下ろす私の、吐き出した息がやけに熱く。自身の頬を焙る。
……自身の体格より大きい先生を縄で縛るのって、結構大変で。自然と私の息は上がっていたのは事実。
けれど。先生のそんな姿を見た瞬間。明らかに、肉体的重労働の結果とは違う興奮が私の躰を駆け巡る。
あれ? もう十分も経っていて、そろそろ息が整ったって良い頃合いなのに。
「……いつも子供っぽく見られがちだけど、私だってこれでも高校生だし、そういうことに全く興味がないってわけじゃないんだよ?」
熱された吐息と共に、口から零れた台詞。雷の音に掻き消され、先生の耳には届かなかったみたい。以前苦笑いを浮かべてこっちを見ている。
そろそろ解いてくれないかなあ、なんて顔にありありと書かれていて。
その、何にも警戒を抱いていない表情が。体の奥のどこかにある、引き金を強く叩く。
──私は言った。「私だって、興味が無い訳じゃ無い」って。思うだけでなく、口に出したのに。聞いてなかった、先生が悪いんだよ? 籠った熱が火に変わり。引き摺る様に右足を踏み出した。
まずは、足首。縄で裾が捲れて、少しだけ素肌が露出した部分。右手の人差し指で、つぅっと撫でてみる。
”モモイ……? ”
柔らかいんだけど、少し硬い。筋張ってるって表現がしっくりくる。左手で自分の足首を触って比べて見ても、やっぱりそうだ。先生、男の人なんだなあ。
見れば分かる当たり前の事で、今まで意識なんてしてこなかったけど。こうして改めて触ってみると、実感が湧く。
そして、今も私に声を掛けるだけで、止めることも何も出来ない。
その事実で、更に息が火照り、知らずと呼吸が刻まれていく。
息を小刻みに吐き出して、体の内の火を外気に溶けさせる。そうでもしないと、頭まで茹ってしまいそうで。
いや、もう十二分に茹り切ってる。そうじゃなきゃ、きっとこんなこと出来ない。
横倒しになっている先生の上に跨って、膝立ちになって。より近くで先生を見下ろす。
”モモイ? 流石にこれは……”
先生の瞳に映る私は一体、どんな顔をしてるのか。きっと、頬に赤みがさして、虹彩にはハートが浮かんだりしてるのかも。なんて。……事ここに来てようやく、先生は私の様子がおかしい事に気づいたらしい。
──ざーんねんでした、もう遅いよ。先生。さっきの私の
先生の太ももを挟み込んで勢いよく腰を下ろした私への、
「~~~ッ!」
普段寮に誰もいない時間に、ミドリさえもいない隙間の。ちょっとした一人での、秘密の遊び。
それが文字通りただの「遊び」でしかないなんて、知らなかった。知っちゃった。
あまりの衝撃に身を起こしていられなくて、思わず倒れ込む。身の下には先生の腕が、体があって。小刻みに増えた私の呼吸が至近距離で異性の香りを吸い込み、また。
視界に光が瞬く。きっともう先生は気づいてる。今、私が何をやってるのか。どんな気持ちでいるのか。先生で「なに」をしているのか。
それを意識するとまた脳に甘みが流れ込み。……ダメだ。もう何をやってもスパイスにしかならない。
なら、もう、いいよね?
倒れ込んだ私の先には丁度、さっきの縄巻きではだけた先生の首元が。私には無いごつごつとした、そんな異性の鎖骨。首のライン。
それを目掛けて、大きく口を開け。さっき、私の指に突き立てられた犬歯のお返しを──。
あは。本当に、吸血鬼になっちゃったみたい、な?
裏面。
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──先生……ご奉仕の時間……だよ?
深夜の、シャーレの執務室、を繋ぐドアの隙間。過度に制限された視界に映るのは。
はたから見ても分かる程に、首まで真っ赤にして興奮に身を任せ、それでもどこか艶のあるしぐさの──私の、お姉ちゃんと。
その、お姉ちゃんの一挙手一投足を、殊更に冷たい目で見降ろしながら。いつものチェアに頬杖をついている先生の姿。……私には分かる。冷たい目をしてはいるけど、きっとプレイの一環だ。
解りたくもない私の脳が、目で捉えた無慈悲な情報を詳細に分析して理解を叩き込んでくる。
……だって、同意が無いなら。先生は既にあんなことを止めさせている。あの状況になっているという一点で、先生の同意の元に起こっているシチュエーションなのだと、理解してしまう。
──私のよく知るお姉ちゃんが。私の知らない表情で。ご丁寧にも、私達が何時の日だったかに身に纏った、メイド服に袖を通しながら、スカートの裾をたくし上げ。
まるで、私達がまだ早いって買い物かごから遠ざけたゲームのワンシーン、みたいな。そんな言葉を吐くのを見て。
脳が理解を拒む。心が軋む。見たくないと、目を逸らせと、私の賢い理性がそう叫ぶのに。
なぜだか。理性の反対を司る、私自身の愚かな
見ろ。目に焼き付けろ。──目を、逸らすな。そう叫んで私の体の主導権を奪う。
──
───
そうして、いつまでもドアの隙間から。秘められた夜の、禁じられた遊びの時間を覗き見る、無粋者が一人。
悲しみに目を潤ませ、怒鳴りつけたい声を殺し。けれど躰の内から湧き上がる興奮を、吐息に潜ませてどうにか誤魔化す、私の姿がここにあった。
──何しているんだろう、私。……バカみたい。