RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】   作:ぼっちクリフ

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マイアール号事件

内閣総理大臣クーランディア元帥は多忙な日々を送っていた。

 

軍事に関しては陸軍大臣ヴェルナミア中将や国軍総司令官マルリアン大将に任せられるが、政治はそうはいかない。現状次官級の人材で何とか政府を回しているが、大臣が不在という事は決済事案が全て総理大臣に回って来るという意味でもある。ティリオン政庁内の執務室には各省から派遣された担当者が詰めかけ、さながら野戦司令部の様相を呈していた。この状況でもクーランディアが政府を破綻させなかったのは、皮肉にもエルフィンドの氏族権力社会構造のおかげであった。

 

氏族毎に纏まるエルフィンド社会は様々な問題を抱えていたが、唯一『政策の継続性』に関してだけはこの構造が有利に働いた。たとえ担当者が居なくなったとしても、その政策は氏族内で共有されている為にすぐさま別の担当者が取って代われるのだ。結果として前政権が重用していた人材を粛正しても主流派氏族達はすぐに次の担当者を派遣。氏族の利権確保と継続を求める代償として新政権に協力する姿勢を見せた。「あくまで前政権の中枢の罪を問うただけ」というパフォーマンスが効果を発揮した形だ。

 

ただし当然ながらこれは社会の抜本的な構造改革が難しい事も意味している。特に顕著なのが食料問題だ。農務省の資料によればベレリアの農業は既に限界点を超えており、このままでは国家の根幹を揺るがす事態となると警告している。しかし農業の改革は即ち農地の改革、すなわち氏族権力社会の中心である大地主を敵に回す事を意味している。もし新政権がこれを断行すればその場で国家は内乱に突入するだろう。

 

「改革は準備だけしておけ、戦争が先だ」

 

というマルリアンの忠告に従いクーランディアはその準備を任せられる人材を見つけ出していた。政治犯収容所に収監されていた改革派の農務官僚達だ。農地改革案を提示した事で大地主の怒りを買った彼女らは特に酷い扱いを受けており、政治犯収容所の接収を行ったリダイアン少将の報告書曰く「あと少し遅ければ本当に死んでしまっていた」という事だった。収容した病院を見舞ったクーランディアは彼女たちに農地改革案の骨子を作成する事を依頼している。

 

また政治犯収容所の接収により他の問題も出ていた。ダークエルフ(デックアールヴ)である。

 

政治犯収容所には多くのデックアールヴが収容されており、彼女達は即座に釈放された。衰弱していた彼女達は病院に収容され回復を待ち身の振り方を決める事とされていたが、そこにとんでもないニュースが飛び込んできていた。

 

オルクセン王国における、アンファングリア旅団結成の報である。

 

既にレーラズの森事件は公表され各国に知られていた。その中でオルクセン王国が1万2千ものデックアールヴを受け入れ、さらに騎兵旅団まで結成したというのだ。「自分達を迫害した祖国への復讐を誓ったデックアールヴ達」である事は明白だった。狩猟と戦闘に長けたデックアールヴがオルクセンの魔王の手先となった事でエルフィンドの白エルフ達は恐怖し、また国内に残ったデックアールヴ達は窮地に陥った。それだけの数のデックアールヴが一気にオルクセンについた以上、デックアールヴ自体が「祖国を裏切った者」と見なされてしまったのだ。もちろん、レーラズの森事件の被害者ではある。けれども事件は公表されエルフィンド新政府は補償も発表したのに、それでもなお祖国へ牙を向ける彼女らを哀れに思うエルフィンド国民は極少数だった。その点ではエルフィンドにおけるデックアールヴ蔑視の風潮は、未だ改善の兆しが無いとも言えた。

 

皮肉な事に、アンファングリアを最も憎んだのは国内に残った他氏族のデックアールヴ達だった。地獄から生還したと思ったのに、おめおめ祖国から逃げ出しあまつさえ自分達の足を引っ張るだなんて。しかも魔王の手先となって、祖国に攻め込もうとしている! この頃になるとオルクセンとエルフィンドの敵対関係は星欧中で認識されるようにとなっていた。両国ともに国交のあるキャメロットなどは必死の仲介をしているが、両国関係改善の兆しは見えていない。

 

デックアールヴ達は最終的に国軍に仕官する事を望んだ。エルフィンド内で自分達の居場所を確保し名誉を回復する為には、もうそれしかないと思い詰めた結果だった。国軍総司令官マルリアン大将は彼女達を『デックアールヴ独立大隊』として再編し、オルクセン王国アンファングリア旅団に対抗し星欧に喧伝。以後オルクセン王国のデックアールヴとエルフィンド王国のデックアールヴはそれぞれが正統を主張し長い抗争を続けていく事となった。

 

数々の報告を見終わったクーランディアはコーヒーを飲み休憩する。問題は山積みでありお世辞にも安定しているとは言えないが、何とか形にはなってきている。あとは来年夏までの開戦準備が軌道に乗れば――そんな矢先の事だった。陸軍士官の一人が電信を掴んで首相執務室へと飛び込んで来たのだ。

 

「大変です元帥、我が国の貨物船が北海で難破しオルクセン国民12人が死亡したとの報告が!」

 

 

切っ掛けはキャメロットの首都ログレスにおいてオルクセン船籍の客船に遅れが出た事だった。荒天の影響で入港が遅れ2日たっても船がやって来ない。オルクセン北部の港町クラインファス行の船を待つ客の一人であるオーク族は焦っていた。電信で妻の出産が近いとの連絡があったのだ。出生率の低い魔種族にとって出産は何よりの祝事であり、彼は何としても早く戻り妻の出産に立ち会いたいと願っていた。その事を知ったキャメロット外務省のサー・マーティン・ジョージ・アストンが助け舟を出した。彼は在キャメロット駐箚エルフィンド公使ラエリンド・ウィンディミアに連絡し港に停泊中のエルフィンド船籍の貨物船「マイアール(美しき女王の僕)号」でオルクセン行きの船を待つ乗客たちを送ってやれないかと相談したのだ。アストン卿はエルフィンドがオルクセンとの関係改善を望んでいる事を知っており、今回の件が両国の話し合いのきっかけになればと考えたのだった。ウィンディミアはアストン卿の依頼を受けマイアール号を借り受け、オルクセン国民12人をクラインファスまで送り届ける事を引き受けた。

 

だが、これが最悪の結果を生んだ。折しの荒天のせいでマイアール号はクラインファスまであと1日の所で難破し沈没。多数の被害者を出す惨事となった。

 

しかしこの事件の最悪な所はこれだけではない。乗客であるオルクセン国民12人が全員溺死したのにエルフィンド国籍の船員20名は全員脱出、エルフィンド南部ノグロスト郊外の漁村で保護されたのだ。

 

この事が元より高かったオルクセンの反エルフィンド感情に火を点けた。白エルフは自分達だけが助かる為にオルクセン国民12人(内訳:オーク9人コボルト3人)を見殺しにしたのだとオルクセン国民は信じ、首都ヴィルトシュヴァインでは「政府はエルフィンドに犯人引き渡しを求めよ」との抗議デモが起こった。しかもこの死亡事故に心を痛めた結果出産間近だったオークの子供が流れてしまった。オルクセン国民の反エルフィンド感情は頂点に達した。

 

当該貨物船の脱出ボートが40人乗りであり十分乗客の脱出が可能であった事からオルクセン政府はエルフィンドに対し事故に関する調査と船長らを厳正に裁く事を要請。この期に及んでなお冷静に事件の全容解明を求めるオルクセン国王グスタフ・ファルケンハインの態度を各国は称賛しその立場を支持した。

 

 

「この時期になんて事をしやがる!」

 

ダリエンド・マルリアン大将は報告を聞いた時、手に持っていた指揮杖を思わずへし折った。外務省の手紙は全て二重の文章チェックを行いエルフィンド外交書簡事件のような事が起こらないよう十分注意していたのに、まさかこんな事件が起こるとは!

 

「海難審判はどうなる、せめて船長を有罪には?」

 

「難しいでしょう。船長の証言を覆す根拠はありませんし、貨物船ですので乗客に対する義務が明記されていません」

 

副総理兼侍従武官長ファラサール大将の言葉に海軍総司令官カランシア中将は頭を振る。

船長たちはログレス・タイムの取材に対し「船員に低地オルク語を話せる者がおらず、乗客達が動かなかったので救助出来なかった」と話していた。これに対しオストゾンネ紙を始めとしたオルクセンの新聞各紙は一斉に反論。「緊急の時に鬼気迫る態度で救助を迫れば、それで船が危険だと分からない乗客など居ない。まして12人全員がその場を動かないなどありえるだろうか?」と船長たちの発言を激しく批難した。

 

ここに集う一同からすればオルクセン側の主張が正しいと分かり切っている。しかし国内の白エルフ達はそうは考えないだろう。「緊急の時にオルクス(ブタ)どもなど助けていられないと思う気持ちも分かる」と薄々感じる国民も多い。こびりついた差別意識というものは、そう簡単に拭い去れるものではない。各国世論とは反対に、エルフィンド国内では船長たちに対する同情論が根強かった。また船が貨物船というのも問題だった。もし客船ならばどんな事があろうとも乗客に対する救助義務があり低地オルク語が話す乗員の乗船義務が記されるが、貨物船にはその義務が無い。

 

「では……」

 

「まず間違いなく無罪判決が出るでしょう。完璧な開戦事由です」

 

そう、オルクセン国王グスタフ・ファルケンハインが求めている大義名分だ。エルフィンドはその傲慢によってそれをオルクセンに与える事になる。あの時と同じように。

 

「海難審判の結審は?」

 

「10月13日です」

 

10月13日!

マルリアンは心の中で嘲笑った。ちょうどエルフィンド外交書簡事件の日ではないか。まったく、運命という奴は最悪な時に最悪な形でやってくるらしい。

 

「判決に政治介入するのは……」

 

「無理です、ただでさえ国内の混乱が完全に収まったわけではないのにそんな事をすれば国民の支持が一気に離れます!」

 

「では審理差し止めは!? 少しでも時間を……」

 

「そんな事をあのオルクセン王が見逃すとお思いですか、証拠隠滅を図っているとして各国の心証をさらに損ねますよ」

 

喧々諤々の議論を見ながらマルリアンはゆっくりと息を吐いた。

結局、いつかはやってくる事なのだ。時間は足りないが、それも仕方がない。

元々120年の差があったのだ、無理矢理伸ばした所で根本的な解決にはならない。

黄金にも等しい価値の10カ月に別れを告げながらマルリアンは決意した。

 

やれる事を、やるしかない。

 

「10月26日を目安に計画を開始する」

 

マルリアンの言葉に場が一斉に静まる。

事ここに至ってはやむなし。現在の準備状況のまま……

 

「開戦だ、諸君」

 

ダリエンド・マルリアンの言葉に会議室の面々は一斉に立ち上がり敬礼を返した。

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