RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】 作:ぼっちクリフ
アダウィアル・レマーリアンは与えられた財務省の一室で資料を眺めている。
政権が代わりマルリアン達が国の中枢を握った事で、レマーリアンが動かせる資金は格段に増えた。しかし無条件で動かせるわけではない、国の財務状況と密接に関わる事である以上、財務官僚との打ち合わせは必須だ。とはいえ最初財務官僚たちの態度は冷淡だった。レマーリアンが与えられた部屋は資料置き場代わりに使われていた狭い一室で、あるのは机と椅子だけだった。
この部屋でレマーリアンは精力的に働き始めた。マルリアンが要望する数々の物資の調達先を探し、少しでも安く買えるようにルートを調整し、運ぶための輸送方法を選定する。そんな作業をしていくうちに財務官僚達の彼女を見る目が少しずつ変わって来た。レマーリアンはたとえマルリアンであろうとも無理なものは無理ときっぱり断り、時には財務官僚の擁護までしたのだ。
「そんな予算の都合はつかない、もっと現実的な数に抑えてくれ。こっちだってカツカツなんだ、コイツらの苦労を少しは分かってやってくれ!」
結果としてマルリアンと財務省との折衝までも務めるようになったレマーリアンに対し、財務官僚達は徐々に心を開き信頼し始めた。最近ではレマーリアンに対し海外市場の状況や企業の動向を聞いて来るようにもなった。守衛は顔パスで通してくれるようになり、受付は何も言わずに頭を下げて来る。完全に財務省に居場所を作った形だった。
「やはり石炭相場は下がりそうにないですね」
「分かった、ありがとう」
財務官僚の一人から石炭に関する資料を受け取りながらレマーリアンは頷いた。
エルフィンドは現在戦争状態でありとあらゆる物資が足りないが、石炭もその例外ではない。オルクセン軍というバケモノ的に石炭を喰う集団が動き始めた事もあり、国際的な石炭の相場は値上がり傾向にある。それでもオルクセン財務省がインフレ抑制の為に物資の値上がりを抑える努力をしてくれているおかげで何とかなっているが、エルフィンドの財務状況はお世辞にも良いとは言えない。
戦争が始まってすぐにレマーリアンは中央銀行総裁と相談しエルフィンド紙幣の兌換停止措置を断行した。総裁は渋ったが戦時の一時的措置と明記する事、紙幣発行高上限額の急な大幅上昇を行わない事などを条件にこれを呑ませ、次いで中央政府より経済に関する各種臨時政令を出させる事により何とかエルフィンド紙幣の価値暴落を抑え込んだ。下手をすれば取り付け騒ぎになっていた所だ。
とはいえこれは一時的な措置でしかない。根本的にエルフィンドの財政は脆弱であり、戦費を何とか調達しなければ政府発行紙幣を増刷するしかなく悪性のインフレが国内で流行する事になる。高い石炭を消費してまでリョースタをログレスに派遣したのはその為だった。レマーリアンは船団護衛による交易路保全と同時にエルフィンドが保有する在外正貨4800万ティアーラの決済を保障したのだ。この決済が出来なくなれば、とてもでは無いがエルフィンドが戦費調達を出来るアテなどなくなる。また同時にこのパフォーマンスはエルフィンド公債の価格暴落阻止の目的も持っていた。しかし現実はそう甘くない、海軍が僅かばかり優勢であろうと投機筋はこの戦争の行方に関して完全にオルクセン有利と見ていた。
「国有鉄道公債の価値は?」
「額面100に対し86まで暴落してる」
レマーリアンはぐったりとしながら報告書を読む。海軍があそこまでのパフォーマンスを行おうが、戦争の決着は陸軍次第だ。人間であろうと魔種族であろうと陸の上に家を建て都市を築く事に変わりは無い。そして陸は完全にオルクセン軍が優勢と伝えられていた。エルフィンド軍は戦わずして後退し続けており、ファルマリア市の陥落も間近だろうというのが大半の見方だ。
「ウィンディミア公使が上手くやってくれるのを祈るしかないな」
キャメロット駐箚公使ウィンディミアと財務省ログレス派遣部と呼ばれる官僚団は現在キャメロットの首都ログレスで外債の募集を始めている。そちらで少しでも戦費調達を進めなければ、戦線ではなく戦費の面でエルフィンドは破綻する。
全くオルクセンが羨ましい。星欧列商第三位の経済規模を持つオルクセンの国内向け
「失礼します、マルリアン閣下から靴下の調達に関し催促が……」
「また靴下か、何足あれば気が済むんだ!」
レマーリアンは思索を中断し再び机に向かい仕事に没頭し始めた。
連合王国首都ログレス、エルフィンド公使館。
ウィンディミアは客人達の前で優雅に一礼してみせた。客人はキャメロット資本の貿易業者や海運業者で、とある共通点を持つ企業の経営者たちだった。彼らは一様に穏やかな顔でウィンディミアに礼を返すが、目が笑っていないのが一目瞭然だった。ウィンディミアの隣に座るエルフィンド財務官僚が説明を始める。この集まりの目的はエルフィンド外債の売り込みだった。
一通り状況を聞いた経営者たちは一様に黙り込んだ。この状況でエルフィンドの外債を買う理由が無いと思っている事は明白だった。
「まさに『馬を寄越せ、代わりに王国をやるぞ』といった所ですか」
ある経営者が著名なキャメロットの劇作家の台詞を引用すると他の経営者達は苦笑を漏らした。その台詞は悪逆な王が戦争で危機に陥った時、なりふり構わず言った台詞である事を皆が知っていたからだ。
ウィンディミアは穏やかな表情を崩さずに経営者たちの言葉に頷いた。
「おっしゃる通り、私どもは今苦境にあります。けれども、それは皆様も同じではないのでしょうか?」
ウィンディミアの言葉に経営者たちが静かに視線を向ける。彼女はそのまま言葉を続けた。
「ファーレンス商会は既にモーリア市に到着し生活基盤に食い込んでいるようですね。このままエルフィンド全土をその商圏に組み込むつもりなのでしょう」
その言葉に経営者たちは一斉に苦い顔をした。彼らの共通点、それはファーレンス商会の商売敵という事だ。オルクセンという他国の商会、まして魔種族の商売人が伝統あるキャメロットで大きな面をして商売し自分達の経営を圧迫している、それに関して忸怩たる思いをしている者ばかりだった。
彼らにしてみればエルフィンドがオルクセンに侵攻され蹂躙されようがどうでも良いが、ファーレンス商会の勢力がこれ以上大きくなるのは大問題だった。エルフィンドは未開の土地が多く眠り、これをファーレンス商会が勢力圏として開発を主導すれば、その力は星欧で敵うものなしとなる。その危機感はこの場にいる全員が抱いていた。
エルフィンドにしてもファーレンス商会の存在は大問題だった。マルリアンの話ではファーレンス商会はエルフィンドにとってもっとも危険な敵の一人であるという事だ。エルフィンドを倒す為にはどんな手間も惜しまず、戦後も白エルフとベレリアに対し酷薄であった事で有名なイザベラ・ファーレンスは、ある意味グスタフ王よりも厄介な相手であり、何としても経済戦で彼女に対抗しなければたとえ軍がオルクセンに対抗しても経済的にエルフィンドは崩壊させられてしまう。
「しかし、貴国がオルクセンに対抗できるとはとても思えないのですが」
相手が交渉のテーブルに乗って来た。ウィンディミアは畳みかけるように言う。
「確かに現在我が軍は後退を続けておりますが、これは国軍総司令官マルリアン大将の指示の元整然と行われております。当然対抗策をいくつも考えておりますわ」
「我々は軍事に関して素人でね、経済の話だけをさせてもらおう。オルクセンの経済規模は貴国の優に10倍を超える、そもそもこれは巨人と子供の戦いだろう」
「古代の逸話に子供が巨人を倒す話がありましたわね」
すかさず切り返すウィンディミアに商人たちは苦笑する。彼らもエルフィンドが可能な限りオルクセンを、ひいてはファーレンス商会を掣肘してくれる事を望んでいる。しかしその為に無謀な金を投資するわけにはいかない。そう考えているのだ。
ウィンディミアは彼らに対し提案を行った。
「どうでしょう、我が国の外債を引き受けて下さるならば皆様に即効性のある利益を提供する事が出来る、と言ったら」
「おやおや、貴国には何か提供できるものがおありですかな? 今鉱山の開発権やらを貰った所で、オルクセン軍に占領されては意味が無いですぞ」
「北海です」
北海、オルクセンに対しエルフィンドが唯一優勢を確保している場所。
「我々の外債を買って下されば皆様の商船および皆様の『保険に加入した』商船に対し、我が海軍は北海を安全に航行する権利を保障します。これはたとえオルクセン国籍の船であろうとも、です」
ウィンディミアの言葉に一同は一瞬沈黙し、その後しばし考え込んだ。
現在、北海にはリョースタ型が出没中としてキャメロット―オルクセン航路は一時的に停止している。国内生産が盛んで鉄道輸送で代替えできるオルクセンはそこまで困っていないだろうが、キャメロットの商社はそうではない。オルクセンは重要な取引先であり、この航路が停止している事で危機に陥っている会社が何社も存在する。
これらの船の多くの保険を引き受けているのがファーレンス商会だ。しかしこの外債を引き受ける事でその保険の引き受け先をファーレンス商会から引き抜く事が出来るとすれば……
経営者たちは頭の中で計算を完了した。あとは最後の確認だけだ。
「貴国は本当にオルクセンに対して戦い抜けるのですか?」
一同からの視線を向けられたウィンディミアは、最後まで優雅に答えた。
「『不幸な者には、希望以外の薬はない』ですわ」
――キャメロットのいくつかの商社が集まって作られた組合はエルフィンド外債の引き受けを発表。それに伴いセンチュリースター合衆国資本のモリガン商会も外債引き受けを発表した。
エルフィンドは経済戦において首の皮一枚繋がった格好になった。