RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】 作:ぼっちクリフ
12月初頭、各国の観戦武官や記者がエルフィンド王国首都ティリオンに到着した。在キャメロット駐箚エルフィンド公使ウィンディミアは各国からの観戦武官の従軍を本国に送付しこれが受け入れられた形だ。各国の観戦武官はまずオルクセン、次いでエルフィンドへの従軍希望を出しており、この到着はオルクセン側に比べて遅いものだった。またオルクセンに比べ国の数も少なく、武官の階級も低い者が多かった。各国の興味や待遇の差などを考えれば仕方のない事だろうが、彼らは諸外国に対しての窓口にもなり得る存在だ、賓客として遇しなければいけない。饗応役を仰せつかった陸軍大臣ヴェルナミア中将はマルリアンから預かった『秘策』を使うべく、彼らを夕食へと招待した。
「このような場を設けて頂く事、望外の喜びです」
緊張した面持ちで各国を代表しキャメロットの観戦武官が口上を述べる。相手はエルフィンド女王エレンミア・アグラレスその人であった。マルリアンの秘策とは各国の観戦武官を饗応する夕食会の主催を女王が行うというものだった。エルフィンド女王は滅多に国民の前に姿を現す事はなく、キャメロットの公使ですら対面するのは信任状捧呈式か正月の挨拶の時のみであった。ましてや女王が外国人を招き夕食会を開くなど前代未聞であり、観戦武官たちは謎に包まれた「エルフの国の女王」の姿に緊張を隠せないでいた。
「ようこそエルフィンドへ。戦時中故に大したお構いも出来ませんが、どうか楽しんで下さいませ」
白エルフ族の中では若い女王が向ける笑顔は、典雅さと同時に何処かあどけなさを残すものだった。その笑顔に絆されたのか、夕食会で観戦武官たちはしきりにエルフィンド軍の健闘を称えた。
「星欧列商第3位であるオルクセンに対し、貴国の軍は本当によく戦っていらっしゃる」
「海軍はむしろ優勢にあり北海の制海権を維持している、まこと見事と言う他ない」
これは大分偏った見方と言えるだろう。
エルフィンド軍は陸の戦いでは遅滞戦闘を繰り返しながら後退しており、モーリア市・ファルマリア市は既に陥落している。現状で挽回の兆しも見えず、各国からしてみればジリ貧に陥る事は目に見えている。海軍の優勢も北海方面に限った事であり、ファルマリア市ではオルクセン軍の海上輸送が既に始まっているがこの方面に対するアクションも見られない。大きな理由は石炭の節約であった。海軍が作戦を行えば当然石炭を消費する。そしてキャメロットとの交易路を維持する為に定期的に船団護衛の艦を送り出さなければいけないエルフィンドにとって、石炭の節約は必須だった。キャメロット航路の早期崩壊はこの戦争の敗北を意味する。海軍は爪に火を点す心持で石炭の残量を計算していた。
「我が軍の将兵は上はマルリアンから下は一兵卒まで、身命を賭してこの国を護ってくれています。ただただ、彼女達に感謝し白銀樹の加護を祈るばかりです」
女王は目を伏せ祈るような仕草で将兵たちの健闘を称えた。女王陛下は前線の一兵卒の事まで我が身の事のように想っておられる、と観戦武官たちは(勝手に)解釈し一層この女王に対して好意を持った。これもマルリアンの秘策の内にあった事だ。
「男というやつは若い女が誰かを想う仕草に弱い。また『かわいそうなお姫様』の前では誰でも騎士になりたがる。徹底的に利用すべし」
マルリアンはこの手の機微を利用する事に長けていた。己が人間で言えば12歳程度の幼い少女の外見をしている事を利用し交渉材料とする事を繰り返しており、女王を利用するにあたってもこれを最大限に使うつもりであった。
会食が終わる頃には観戦武官たちはすっかりマルリアンの言う『騎士』となっていた。とはいえそれで状況が好転したわけではない。あくまで各国の印象を良くする程度の事であり、これからも外交交渉は粘り強く続けていく必要がある。マルリアンは秘策の最後に「会食終わりに一人ずつ女王陛下が手でも握ってやれ」と書いていたが、これはヴェルナミアが良心に基づき丁重に無視した。
観戦武官たちとログレス・タイムの記者などはその後ティリオンからマルリアンの指揮する大本営へと集った。これはオルクセン軍と違いエルフィンド軍が後退を続けており、従軍すれば戦闘に巻き込まれる可能性がある為であった。エルフィンド軍から言う戦場跡とはすなわちオルクセン軍の占領地域であり、観戦武官たちはマルリアンの本営で彼女に質問する事くらいしか出来なかったのだ。
マルリアンは大本営として一等寝台列車を使いエルフィンド各地を飛び回っていた。『前回』のオルクセン軍を真似した結果だが、これが意外と便利だった。移動しながらでも報告書を読んだり会議をする事も出来るし、各地の準備をその目で見る事も出来た。現場主義のマルリアンにぴったりの本営だと言えよう。
停車した大本営の一室でマルリアンは観戦武官達を迎えた。ヴェルナミアに面倒を押し付けられたと思ったがもちろん顔には出さない。第一陸軍大臣を押し付けたのだからこのぐらいは甘受すべきだろう。
「我が軍はモーリア、ファルマリア両市近郊から予定通り後退、遅滞戦闘を繰り返しながらオルクセン軍を迎え撃っている」
軍機に属する事柄を隠しながらマルリアンはエルフィンド軍の行動を説明している。あまり大っぴらに軍事行動を開陳するわけにはいかないが、少なくとも彼らに明るい材料を提示しなければ各国はエルフィンドに対する講和の仲介を無駄だと思ってしまう。観戦武官たちはマルリアンの説明に頷きながらいくつか質問をした。
「目的はオルクセン軍の補給に負担をかける事で?」
「その通り。遠征軍につきものの補給の問題、これを徹底的に突く」
この程度の事はオルクセン軍もとっくに気付いているであろうからマルリアンは気前よく手の内を明かした。遅滞戦闘を繰り返しながらオルクセン軍の補給に負担をかけ敵の兵站を崩壊させる事。少なくとも観戦武官たちは合理的に感じるだろう。
「しかしオルクセン軍の補給能力かなり高いものであるとの事ですが」
「皆様には当然ご存知の事だろうが、軍隊は兵が湧き出る魔法の壺も、糧食や弾薬が無限に出て来る不思議な箱も持っていない。たとえオルクセン軍といえども限界はある」
自信たっぷりに言うマルリアンの姿に観戦武官たちは納得したように頷いた。
そう、兵も糧食も弾薬も無限ではない。それは
「この作戦に名前はありますか?」
マルリアンは作戦名を言ったが、この発音は古典アールヴ語であり人間の舌ではなかなか発音し辛いものであった。ログレス・タイムの記者はこの作戦を『マルリアンの
マルリアンは観戦武官たちの対応を終えると寝台車で地図を眺め考える。モーリア、ファルマリアは落ちたが現在エルフィンド軍はかなり上手く戦えている。このまま遅滞戦闘を続け稼げるだけ時間を稼ぎ交渉のテーブルに着く事。いけるのではないか、とマルリアンが考えた矢先だった。彼女を含めたエルフィンド軍首脳部は驚愕の報告を受ける事になる。
12月中旬、マルリアンの寝台車にその報告は齎された。
「我が軍がアルトリア近郊で敗北、アルトリア市は陥落しました!」
アルトリアでオルクセン軍と対峙してからわずか1週間での出来事だった。
オルクセン軍がエルフィンド軍の遅滞戦闘に関して何も手を打っていないわけがなかった。
モーリア市の鉄橋を修復している最中、オルクセン軍参謀本部はモーリア北におけるエルフィンド軍塹壕陣地を検証していた。特に興味を示したのが総軍作戦参謀エーリッヒ・グレーベン少将だった。グレーベンは塹壕陣地がエルフィンド軍の作戦の根幹を為していると考えこれを検証。アルトカレ平原で用意された塹壕に篭り遅滞戦闘を繰り返すエルフィンド軍を比較し結論付けた。
「エルフィンド軍の遅滞戦闘の鍵は、塹壕同士の連携だ」
グレーベンは特にエルフィンド軍の遅滞戦闘で効果を上げているのが単独の塹壕陣地ではなく、近くに支援用や退避用の塹壕を持つ塹壕陣地である事をデータにして纏め総軍司令部に報告した。
「単独の塹壕陣地に比べ支援や退避が可能な位置に他の塹壕陣地を持つ陣地の場合、攻略にかかる手間が格段に上昇する。これは単独の塹壕に対し連携塹壕が戦力として大きいだけでなく、兵士の心理にも影響しているからだと考える」
つまり安全圏を確保しいつでも退避出来る、近くに味方がいるという心理的な支えが砲撃の音に対する恐怖を和らげ粘り強い戦闘を可能にするという点にこの牡は注目したのだ。特にオルクセン軍に比べ練度の低いエルフィンド軍が善戦している時は必ずこの連携塹壕が影響している、と。オルクセン軍をして「天才」と言わしめるグレーベンの観察眼は恐ろしい、これは『前回』を見て塹壕遅滞戦を考案したマルリアンですらまだ気づいていない事なのに、この牡はそれを看破し自軍に取り込む事を提案したのだ。グレーベンは総軍総参謀長カール・ヘルムート・ゼーベック上級大将に進言した。
「この連携塹壕は攻勢にも使えます、アルトリア市近郊の塹壕陣地攻略に活用したいと思います」
アルトリア市とその近郊のエルフィンド軍を指揮するのはデライウェン・コルトリア中将だ。マルリアンの信頼厚い将軍であり、アルトリア要塞とその近郊における遅滞戦闘の全責任者に任命されている。マルリアンはこのアルトリアでの戦闘に際しひとつの命令を下していた。
「アルトリアに篭る事はするな、要塞は大きな砲台兼囮として使え」
つまりアルトリア両翼に塹壕陣地を構築し兵士はそこで遅滞戦闘を行い、要塞内には最低限の兵だけを置いて戦闘しろという命令だった。稜堡式要塞であるアルトリア市は砲撃に対し無力だが、要塞砲と都市自体を囮として塹壕陣地戦に利用するという策だった。これに対しオルクセン軍も塹壕陣地を掘り対抗、両軍はアルトリア市近郊でにらみ合いとなった。だがコルトリアはオルクセン軍の塹壕陣地にひとつ欠陥がある事を見つけた。オルクセン軍塹壕陣地のうちの一つが要塞砲の射程内に重なってしまっているのだ。砲兵科出身であり優秀な将軍でもあるコルトリアはこれを見逃さなかった。彼女は明け方にこの陣地に対する攻撃を指示、要塞砲による徹底的な準備砲撃を指示した。
明け方に要塞砲の猛火力を受けたオルクセン軍はたまらず後退、これを占領すべくエルフィンド軍は塹壕陣地から出て前進した。オルクセン軍の塹壕陣地は優秀で貴重な物資を残していればエルフィンド軍の助けになる、塹壕陣地を占領したエルフィンド軍は歓声を上げた。だが、これはグレーベンが周到に用意した罠だった。その塹壕陣地を囲むようにオルクセン軍は第二線陣地を形成しており、塹壕陣地を占領したエルフィンド軍に対し逆襲とばかりに猛火力を叩きつけたのだ。エルフィンド軍から見ると孤立した場所にあるオルクセン軍第一線陣地内のエルフィンド軍はたまらず後退するが、それを待ってましたとばかりにオルクセン軍は突撃を開始した。完全に計算された攻撃であり、古代からある誘引戦術の近代版とも言えるだろう。これがグレーベンの用意した攻勢における連携塹壕の活用法だ。第一線陣地を相手に攻めさせる事で敵を誘引、第二線陣地に下がりつつ火力を叩きつけ、敵が後退すればそれを追撃し戦果を拡大させる。グレーベンの作戦は後世からも完璧と称されるものだった。
さらにエルフィンド軍にとって悪夢のような出来事が重なった。
「お、大鷲だ、大鷲が爆弾を!」
撤退するエルフィンド軍に対し襲い掛かったのは突撃だけではなかった。今まで偵察や観測をするだけだった大鷲が撤退するエルフィンド軍に対し空から爆弾を投下したのだ。自軍が突撃する状況では火砲は使えないゆえに考え出された支援攻撃だったが、この大鷲による空襲の心理的影響力は凄まじかった。叩きつけられる火力、突撃してくる
「逃げるな、戦え、押し返せ!」
コルトリアが叱咤激励して何とかなるものではなかった。何とか他の兵に後退を指示し撤退戦を開始するも既に潰走は止められず、エルフィンド軍は甚大な被害を出しつつアルトリアを放棄。指揮官コルトリア中将は銃弾を受け負傷、アルトリアは鉄道駅も食糧庫も無傷でオルクセン軍が抑える事に成功した。開戦以来初の大勝にオルクセン軍は沸き返った。
この作戦の立役者エーリッヒ・グレーベン少将は皮肉たっぷりに言い放った。
「ダリエンド・マルリアンは最良の師である」