RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】 作:ぼっちクリフ
ダリエンド・マルリアンがファルマリア市民に命じた一つひとつの「要請」は些細なものだった。
「些細な相談でも魔術通信を使え」
「港までの道を塞ぐように荷物を置いておけ」
「冬至祭当日の夜、指定の時刻に魔術通信で思いっきり大声で歌え」
「こういう連中が来たら裏口を通してやってくれ」
「祭りの夜は一晩中明かりをつけておいてくれ」
後日詳細な調査を行ったオルクセン軍は戦慄した。その些細な命令が全てひとつの目的――ファルマリア港襲撃作戦に組み込まれていたのだ。
マクシミリアン・ロイターの命令によりファルマリア港に停泊していたオルクセン海軍荒海艦隊は機関を始動させ出航を開始した。
現在ファルマリア港に存在する艦は以下の7隻
旗艦レーヴェ
装甲艦パンテル
装甲艦ティーゲル
巡洋艦スマラクト
砲艦メーヴェ
砲艦コルモラン
砲艦ファザーン
ロイター提督は全艦の出撃を命じたが、折悪く旗艦レーヴェおよび装甲艦パンテル、ティーゲルは給炭作業中だった。ただちに作業を打ち切り出航を命じてもまだ時間がかかる。それでも急ぐよう命じながらロイターは巡洋艦スマラクトに対し迎撃準備を命じた。
「ハーフン岬砲台と連携し敵を迎撃しろ!」
外港背後には港を護る砲台が設置されている。15センチ砲6門を設置した有力な砲台でエルフィンド海軍の襲撃艦隊を迎撃しつつレーヴェ、パンテル、ティーゲルの3隻が出航する時間を稼ぎ敵を迎撃出来るだろう。たとえ冬至祭の日であろうともオルクセン軍が見張りや迎撃準備を怠る事などない。奇襲など成立しない筈であった。
だが敵艦隊が港湾内から視認出来る位置まで近づいた時、ロイターは叫んだ。
「馬鹿な、何故砲台が片側しか応戦していない!?」
ハーフン岬砲台は6門の砲台がそれぞれ港に対し攻撃してくる船を十字砲火で捕らえるように配置されている。しかし砲台6門のうち、近づいて来るエルフィンド艦隊に対し砲撃を開始したのは片側3門だけだった。これでは直線的な砲撃にしかならず、しかもエルフィンド艦隊はそれを最初から知っていたかのように火線の死角から港湾へと向かってくる。
状況を把握しようと努めるロイターに対し伝令が悲鳴を上げるように報告した。
「大変です、東ハーフン岬砲台がエルフィンドに破壊されました!」
このファルマリア港襲撃作戦で特筆すべきなのは水陸両面からファルマリア港の破壊を狙ったという事だ。
マルリアンはオルクセン軍の侵攻に対し地下組織を作り上げていた。これは占領下となったエルフィンド各地においてオルクセン軍の情報収集、破壊工作の補助を担うもので『前回』の戦役でも活用したものだ。マルリアンはその教訓からさらに地下組織を拡大、オルクセン軍の侵攻に対し各都市内部に正規軍の兵士を含めた破壊工作員を潜ませていた。マルリアンはグロワール語で「パルチザン」と呼ばれるこれらの都市破壊工作員に関する教本をセンチュリースター南部連合から取り寄せ研究し、この戦役で始めて本格的に使用した。元々は戦争の天才アルベール・デュートネの侵攻に対し考案されセンチュリースターの内戦で磨かれた戦術だった。
ファルマリア市のパルチザンに対しマルリアンはハーフン岬砲台の破壊を指示した。外港近くの市街地を抜け、港の裏側から砲台へ潜入する。これも占領地の都市ゆえに可能な事だった。
本来ならばハーフン岬砲台全てを破壊したい所であったが、オルクセン軍の警備が甘いとも思えなかった。外港背後の市街地から抜け道を通りハーフン岬砲台へと近づいたエルフィンド工作部隊は東ハーフン岬砲台を占拠、これを破壊し使用不能としてしまう。その後は西ハーフン岬砲台へ向かう事はせず、艦隊の援護の為ファルマリア港内港にある貿易倉庫の破壊工作へと向かったが、これは港湾警備部隊に足止めされて一部しか成功していない。
スヴァルタ艦上で指揮を執るファルマリア港襲撃艦隊の司令官はハーフン岬砲台からの砲撃が予定通り半分しかない事に歓喜し艦隊に突入を命じた。暗く荒れた海の航海で既に水雷艇1が座礁、脱落しているがそれでもファルマリア港まで辿り着けたのは天祐を確信するのに十分だった。
「目標は内港の商船および港湾倉庫のオルクセン軍糧秣および武器弾薬! 全艦突入、我に続け!」
魔術通信は未だ市街からの歌声で封鎖されている為に手旗信号で各艦に合図する。とっくに日は沈みあたりは暗いが、煌々と輝く目印があった。ファルマリア市街の明かりだ。マルリアンの要請に従い、この時間でもほとんどの家が明かりをつけてくれている。司令官はエルフィンド市民が一体となってこの作戦に従事してくれているという手ごたえを感じていた。
ロイター大将は敵の狙いが内港である事を知りただちに巡洋艦スマラクトに敵の足を止めるよう命じた。だが相手はリョースタ型だ、巡洋艦の砲撃では装甲に弾かれてしまう。スマラクトはそれでも果敢にリョースタ型に挑むが相手はまったく気にもしないように内港へと向かっている。またエルフィンド艦隊から巡洋艦、水雷艇などの艦が外港の艦隊へと向かってきた。こちらは停泊中の艦隊を狙う気らしい。歯噛みしながらロイター大将が迎撃を命じていると、3隻の艦がリョースタ型の前に飛び出していくのが見えた。砲艦メーヴェ、コルモラン、ファザーンであった。
ファルマリア港襲撃艦隊司令はスヴァルタの左前方に3隻の小型艦が迫っているのを見つけた。こちらの行き足を止めて港を護る気なのだろう。だが内港入り口まであと少し、もう止まる気などさらさら無かった。艦には所定位置まで進むよう命じながら副砲と速射砲での迎撃を命じた。あともう少し、オルクセン軍に対しようやく一泡吹かせてやれる。その興奮が司令官の目に漲っていた。
ついに内港入り口へと到達したスヴァルタは主砲で港と商船を攻撃、大型商船1隻と港の桟橋に穴を空けた。港では悲鳴を上げて港湾労働者たちが逃げ惑い、スヴァルタ艦上では歓声が上がる。その瞬間だった。衝撃がスヴァルタを襲った、敵砲艦からの魚雷が直撃したのだ。
3隻の砲艦のうち2隻は副砲で仕留めたものの、残る1隻は砲火をかいくぐりスヴァルタに接近、衝角突撃から魚雷を撃ちスヴァルタの船腹に致命傷とも言える一撃を与えていた。
「艦底大破、浸水!」
報告を受けスヴァルタ艦上の司令官は大きく息を吐いた。まさかあんな小船が身を挺して港を護る為にこのスヴァルタに噛みついてくるとは。だがこちらも引けない、あのオルクセンに一矢報いる絶好のチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
「海兵隊は速やかに対処しろ! 主砲装填はまだか、撃てるだけ撃ちつくせ!!!」
キャメロットの前装式である主砲は装填が遅い。じれったく思いながらもそれでも司令官は港に対する砲撃をやめさせない。
轟音とともに主砲が火を噴いた。商船には当たらなかったが、港に向かって撃った一発は貿易倉庫の一つを吹き飛ばした。
「船底の穴は修復不能、沈没は時間の問題です!」
「――脱出できるものは脱出しろ」
「司令官は……」
「あの
司令官は自ら主砲の装填作業を手伝いながら脱出の指示を出した。ほとんどの者はスヴァルタに残り、艦と運命を共にしたとされる。
スヴァルタはその後2度主砲を発射、さらに1隻の大型商船を道連れにしている。その直後に船底からの浸水により轟沈した。
一方エルフィンド巡洋艦および水雷艇に襲われた荒海艦隊を身を挺し守ったのが巡洋艦スマラクトだった。レーヴェ、パンテル、ティーゲルへの射線を遮るように盾になり、4隻のエルフィンド艦から滅多撃ちにされたスマラクトはハチの巣のようになって轟沈した。だがそのおかげで3隻は出航を完了、反撃を開始する。
ここでも活躍したのは『魔弾』だった。装甲艦からの焼夷弾を浴びたエルフィンド巡洋艦はまるで松明のように燃え盛り戦闘不能。それを見たもう1隻の巡洋艦はそれ以上の深追いをせず港内を離脱している。
ファルマリア港襲撃戦における両軍の被害は以下のようなものとなった。
エルフィンド海軍
旗艦スヴァルタ 轟沈
巡洋艦1 戦闘不能
巡洋艦1 離脱
水雷艇2 大破(船員は脱出)
水雷艇1 座礁
オルクセン軍
旗艦レーヴェ 健在
装甲艦パンテル 中破
装甲艦ティーゲル 小破
巡洋艦スマラクト 轟沈
砲艦メーヴェ 轟沈
砲艦コルモラン 轟沈
砲艦ファザーン 轟沈
商船2 大破
この他にオルクセン軍の貿易倉庫ひとつが砲撃により破壊されひとつが被害を受けた。
一方でエルフィンド軍工作員は夜の闇と混乱に紛れて多くが逃げ去っている。オルクセン軍の野戦憲兵隊が港に向かおうとした所、港に向かう道の多数が荷物や冬至祭の飾りつけでふさがれていた為に追撃が遅くなったためと言われている。この後オルクセン軍は占領都市における夜間魔術通信を一切禁止、昼間の魔術通信にも制限を加える事を決定した。
ファルマリア港襲撃はその規模の割には「痛み分け」とも言えるべき戦果になったと思われていた。特に海軍にとっては宿敵の片割れ、装甲艦スヴァルタを仕留めたのは快挙と言うべきであった。
だが、最大の被害は翌日になって判明する。
「ファルマリア港内港入り口がスヴァルタとメーヴェの残骸によって塞がれ大型船の通行不能、小型船も荷揚げ作業に通常より3時間余計にかかる」
この報告を聞いた総軍司令部は顔を青くし早急の復旧作業を命じた。港湾入り口横を拡げる事で2週間程で応急的にファルマリア港の出入りは再開されたが、ファルマリア港の機能が完全に回復するのには数か月かかる見通しだった。この事により年明けすぐに予定されていた国王大本営のファルマリア移動はさらに延期となった。
なおこの襲撃作戦の戦闘経過、特に港湾入り口の被害に関しての報告を観戦武官より受けた道洋のとある国では後にこの襲撃作戦を参考にとある作戦を立案する事になるが、それは別の話である。