RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】 作:ぼっちクリフ
星暦八七七年1月ティリオン政庁
エルフィンド首脳部国家戦略会議
「アルトリアに駐留する敵軍は間もなく北上を開始するものと思われます」
「カランウェン中将の指揮するゲリラ戦は?」
「北上を待ってから開始される予定ですが、オルクセン側も此方の狙いが補給にある事は承知しているでしょう、輜重隊の警護や線路の監視網が厚くどこまで有効になるかは疑問です」
「アルトリア内部での破壊工作は?」
「ファルマリア港襲撃作戦以来、オルクセン側の魔術通信に対する規制が厳しくあそこまで大規模な工作はもはや不可能です、地下組織による散発的な都市ゲリラが精々でしょう」
「そのファルマリア側での足止めは何とか成功したようだな」
「代わりに市民からの突き上げが酷いですよ。スヴァルタを沈めた事が余程ショックだったらしい」
カランシア中将がぼやくように言うが、スヴァルタを沈めてしまった事は事実だ。カランシアからすれば燃費の悪いリョースタ型を2隻も運用する余裕は最早エルフィンド海軍にはなく、乾坤一擲の作戦に使わずどうするのかという思いがあり投入を決定したのだ。しかし、スヴァルタが沈んでしまった事は彼女にしてもショックであり割り切れない事だ。一般市民からすればこの戦争の行方を左右する程の重大事に見えるのだろう。
先のファルマリア港襲撃戦で海軍の戦力は半減し、これ以上の襲撃作戦は行えない。キャメロット航路の維持が精いっぱいだ。リョースタに関してもノアトゥン方面の警護に回すしかない。制海権の優位は崩れたと言って良いだろう。かと言ってキャメロット航路を放棄するわけにはいかない、可能な限り持たせる必要がある。
続いてクーランディア元帥が在キャメロット駐箚エルフィンド公使ウィンディミアからの報告を読み上げた。
「キャメロット女王陛下におかれてはエルフィンドとオルクセンとの戦争に心を痛め、必ず和平の周旋に尽力するとの言葉を頂いたそうだ」
「おぉ……」
キャメロット王室とエルフィンド王室は祖を辿れば同じエルフの血を引いているとされる。両王室は遠縁に当たるとも言えるわけだ。クーランディアは女王エレンミア・アグラレスにキャメロット女王への手紙を書いてもらっていた。国難の時ではあるが自身は国の為に身を捧げる覚悟である事、キャメロット女王にはなにとぞお力になって欲しいと丁寧に記してもらった。少なくとも、キャメロット女王はエルフィンド女王の事を哀れに思い気にかけてくれてはいるらしい。
一同の安堵したような声を遮るようにダリエンド・マルリアン大将がクーランディアに質問を投げかけた。
「キャメロット政府の反応に関しては?」
「……記載されていない」
「ならアテには出来んな」
マルリアンは嘆息しながら背もたれに寄りかかる
「キャメロット女王は我が国の女王と同じで基本的に政治的介入を行わない。書簡は送ってくれるだろうがあくまで儀礼的な講和周旋に留まるだろう。そんなものでオルクセンが止まる筈が無い。キャメロット自体はあくまでオルクセン寄り中立だ」
「……キャメロット自身からの要請は取り付けられませんか」
「キャメロットにおける我が国とオルクセンの取引額、投資額、諸々の経済効果『だけ』を比較して考えても不可能、その他の政治状況を含めればさらに無理難題というべきだ。諸外国から見ても同じだ、オルクセンの不興を買ってまで我が国を助ける理由が無い」
場は重苦しい雰囲気に包まれた。なるべく時間を稼ぎキャメロットの周旋で講和するという方針だが、そもそもどの段階になれば講和が成立するというのか。
オルクセン側は未だに講和条件すら提示していない。キャメロットを通じ、エルフィンドはマイアール号事件に対する哀悼の意を示し全面的に責任を認め講和条件の提示を求めているが、いまだにオルクセン側からの回答は無い。そもそも講和とは戦争当事国双方の合意が無ければ成立しない。けれどもオルクセン側は今の所その意志を一切見せずに戦争を継続している。国際世論はといえばマイアール号事件がある以上オルクセン側はそう簡単に引くわけにはいかないだろう、と冷静に分析していた。
更に悪い情報がレマーリアンからもたらされる。彼女は国内の食糧事情が悪化の一途をたどっている事を報告した。
「アルトカレ平原およびシルヴァン川流域を失った事で我が国は最大の穀倉地帯を失いました。食料価格は既に高騰傾向にあり、来年にはおそらく餓死者が出ます」
一同は頭を抱えた。モーリア、ノグロスト、アルトリア、ファルマリアという四都市を失い人口が減った分を差し引いてもなお食料が足りない。前線からは比較的順調に兵を後方に下げ後方からは兵を徴集し前線に集めているが、その分軍が必要とする食料も増えていた。市井の不満を考慮し、女王以外の政府首脳は正月の祝宴すら自粛したくらいだ。
市民の不安も限界に近い。先の兌換停止措置や国民義勇兵の招集、相次ぐ陸軍の後退にスヴァルタ轟沈。さらに言えば今年の2月にはクーデターがあったばかりなのだ。立て続けにこんな事ばかり起こっており、市民達は先行きの見えない情勢に不安を募らせ人心は荒廃している。白銀樹から離れたがらない白エルフ族だからこそ国外逃亡は少ないが、そうでなければ国外への逃亡で船は一杯になっていた事だろう。
一同の絶望を見てとったマルリアンは流石に脅しが過ぎたと反省し、前向きな話を始める事にした。
「この戦争はな、要はグスタフ王の合理性との戦いだ」
マルリアンは説明する。オルクセン国王グスタフ・ファルケンハインは合理性の信奉者でありその体現者だ。その理性的な思考は戦争におけるあらゆる利益、あらゆる被害を数字として捉えそれが国家にとって許容できるものか、損か得かで物事を判断する。ならばエルフィンドが目指すべき事も見えてくる、グスタフ王に「この戦争は続けるよりもこのあたりで切り上げた方が得だ」と思わせれば良い。
「グスタフ王の合理性、ですか」
「言うだけならば簡単だがな」
マルリアンは今一つ理解できていない一同に対し説明する。
グスタフ王はこの戦争を単なる局地戦などと思っていない。星欧最強の軍事力を誇示し外交の主導権を握り、強力な魔種族の統一国家を作る。それがかの御仁の究極の目的であり、この戦争はその理想の為の総仕上げなのだ。その為に120年の準備を重ね、理想に立ちはだかる者は全てねじ伏せるだろう。今エルフィンドが国家存亡の縁に立たされているのは自業自得とはいえ、隣にあんな国家が生まれた不幸を誰かに嘆きたくもなるものだ。
まったくかの御仁の素晴らしき「合理性」に盾突くなど我ながら無謀な事をしているとマルリアンは自嘲する。ただ、成算がまるで無いわけでもなかった。その為の切り札はある女に預けてある。あとはそれを切れる時期までに、切れる状況を作り上げなければいけない。
今出来る努力をするしかない、この戦争が始まった時と同じだ。
クーランディア元帥は説明を終えたマルリアンに重ねてたずねた。
「それでマルリアン、次の手は?」
「ネニングだ」
マルリアンは地図の一点を示す。ネニング平原、『前回』の決戦が行われた場所。
かつてのクーランディア元帥は正しい。ネニング平原はエルフィンド軍の後退限界点であり、これ以上は下がれない。交通の要衝であるディアネンが制圧されればそこを起点に首都ティリオンまであっという間だ。何としてもネニングで敵を止めなければいけない。
「かねてからの計画通り、ネニングで対峙戦に持ち込み戦局を膠着させる」
マルリアンの言葉に一同は頷いた。