RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】 作:ぼっちクリフ
エルフィンド軍、ネニング平原に集結中。当然その報はオルクセンも知る事となった。
オルクセン軍としても納得する所だ。グスタフ王の調査により既にエルフィンドの農業崩壊がかなり深刻な所まで来ている事を知った彼らは、長期戦は自分達を利するだけだと知っている。エルフィンド軍はこれまで一貫して遅滞戦闘と補給線への攻撃を繰り返しているが、それでも長期戦になればオルクセンが勝つ事は明白だ。各国からの和平介入はあるかもしれないが、軍としては既に王手をかけている状況と言っても良い。
そんな中で兵力を集中してきたという事は、エルフィンド軍の目的はただ一つしか考えられなかった。
――大規模会戦だ。
「今までの戦闘はネニングへの集結の時間稼ぎで、ここで決戦を行い講和に持ち込むつもりか」
「時間をかければかける程各国からの介入の可能性は増える、連中もキャメロットで色々とやってるらしい」
「ならば此方も時間をかけたくない、が」
「時間をかければかける程此方は有利になる。果たしてどちらを取るべきか」
「……まるで連中、最初から此方が攻めてくるのを見越してたかみたいだな」
「まさか、な……」
――戦後まことしやかに「オルクセン軍中枢にエルフィンド軍のスパイが居たのではないか」という噂が流れるが、その萌芽はこの時期だったと言われている。
それを差し引いてもエルフィンド軍の戦略は理に適っているとオルクセン軍は見ていた。
遅滞戦闘と補給線への攻撃で兵力集結の時間稼ぎとこちらの戦力低下を狙い、後、ネニングで決戦を行いその戦果をもって講和する。至極合理的と言うべきだろう。オルクセン軍としても望むところだ。「敵野戦兵力に決戦を強要して殲滅する」事はオルクセン軍の思想の根幹である。火力、補給、そして塹壕戦への対応まで含めてオルクセン軍の準備は整っていた。
第三軍は既にアルトリア要塞で出発の準備を整えている。第一軍の進撃再開に合わせて彼らも北上する予定だった。『前回』と違い第三軍に補給危機は起こっていない。大量の捕虜を抱える事もなくアルトリア要塞の食糧庫を確保した第三軍は準備万端で進撃の日を待ちわびていた。
一方であらゆる準備が不足しているのがエルフィンド軍だ。弾が無い、食料が無い、おまけに時間も無い。
国内の統制は既に限界が近かった。市民たちは迫るオルクセン軍への恐怖と経済・食料事情の悪化の不満を政府にぶつけ、あらゆる兵力と警官までも根こそぎに動員した事で国内各地の治安も悪化している。徹底的に物資を引き上げられた前線都市や農村ではこのままでは春が来る前に死んでしまうと悲鳴が上がり、地主や富裕層は資産を金や宝石に変えて隠し始め、そんな連中の家に軍が無理矢理押し入って食料を持って行く光景すら見られた。元々地主・富裕層といった存在は恨まれやすく、軍も徴発部隊に北部諸州出身の貧困層を使ったせいで徴発は凄惨さを増した。もはや戦線の前にエルフィンドの国家体制が崩壊の瀬戸際にあるという状況だった。
後年ダリエンド・マルリアンら軍上層部は「国家を分断し荒廃させ癒しがたい傷を残した」と批判される事になるが、そんな事は承知の上だった。
オルクセンに征服された方がマシだったと言われればその通りだと彼女達は返答しただろう。そんな事くらい分かっている、分かっていてなお戦っているのだから。
3月上旬、ネヴラスが陥落。オルクセン軍は総軍司令部兼国王大本営をこの都市に移動させた。未だ修復途上のファルマリア港ではなくこのネヴラスを拠点としたのは、とある船がこの港に到着した事で東部海岸の守りが盤石になり、二度とファルマリア港襲撃のような事態が起こらないと海軍が自信を持った事の証だった。
新造一等装甲艦ラーテ。オルクセン海軍荒海艦隊の旗艦となったこの艦は対リョースタ型を念頭に造られた最新鋭の艦であり、これで海軍においてもオルクセンの優勢は揺るがぬものとなった。後顧の憂いが無くなったマクシミリアン・ロイター大将はこれで役目が果たせると安堵している。
一方のエルフィンド軍、国軍総司令官であるマルリアンは地図を見ながら自分の仮定が正しい事を確認していた。
オルクセン軍参謀本部は優秀だ、優秀に過ぎるのだ。彼らはあらゆる『最悪の事態』を想定しそれに備える。そして如何なる緊急の事態にも対処できる余裕を計算し、それを数字として全軍に共有し安全に事を進めようとする。
その石橋を叩くが如き慎重さと優秀さが今回ファルマリア港襲撃作戦での時間稼ぎを後押ししてくれた。彼らは「ファルマリア港の補給が途絶え第一軍が孤立した場合」という最悪の事態を想定しこの状況の改善に全力を尽くし、そして補給が回復するのを待ってネヴラスへと進撃した。マルリアンや、オルクセンで言えばシュヴェーリンなどであればとっととネヴラスへと進撃してその港湾機能をファルマリア港の代替えに使えないかを検討しただろう。そのような行き当たりばったりの策を取らないところがオルクセン参謀本部の優秀で油断ならない所ではあるのだが。
もっともオルクセン参謀本部にしてみれば時間がたてばたつほどエルフィンドの首が締まっていく事は分かっているのだ。アルトリア要塞を一蹴し快進撃を続ける第3軍とともに万全の状態で北上した方が合理的と判断しネヴラス攻略に時間をかけた事は正しい。だがこれがマルリアンにとって貴重な時間を生み出した。その時間を使いマルリアンはネニング平原での決戦準備を整えた。
3月中にかけてオルクセン軍は準備を整え東部海岸沿いの諸都市を攻略。ファルマリア港ほどの規模が無いネブラス港だがファルマリアからの鉄道と併用する事で補給は順調に進んだ。対するエルフィンド軍はこれらの都市に無防備宣言を出し既に後退していた。おそらくはネニング平原の決戦兵力に合流したのだろう。オルクセン軍はエルフィンド軍により破壊された鉄道や鉄橋を修復しながら進んだ。
ネヴラスからエヴェンマール、タスレンへと進軍したオルクセン軍はまずどの都市も食糧庫が空なのに驚いた。エルフィンド軍は徹底的な徴発を行った上で無防備都市宣言を出しており、オルクセン軍が都市に来なければ餓死者が出たのではないかと心配された程だった。当然ながら鉄道、鉄橋、その他生活に必要なインフラであろうと軍事利用できるものは根こそぎ破壊され、馬車の一台に至るまで軍に持ち去られたという。
これらは戦中、各国にエルフィンドの悪行として喧伝された。対するエルフィンド側は「オルクセンが講和条件を提示しない故のやむを得ない措置」と反論する。各国はといえば、おそらくネニングで行われる決戦の行方を固唾をのんで見守っていた。
オルクセン軍がさらに驚いたのがネニング平原にエルフィンド軍の規模と構築していた野戦陣地だった。総兵力26万、それが第一軍に対峙出来るように広大な塹壕を幾重にも備えた野戦陣地を構築している。エルフィンド軍の塹壕はそれまでの簡易的なものと違い頑丈に作られていた。排水を行う為の溝、出入りの為の梯子、そして大鷲の空爆を避ける為の退避壕まで備えた本格的な野戦築城とも言うべき代物であった。マルリアンが苦心して削り出した遅滞戦闘による時間、そして戦前より準備してきたあらゆる物資と労力を積み重ねて作り上げた、エルフィンド軍の決戦場だった。
オルクセン軍の、とある年老いた牡が身震いしながら呟いた。
「ロザリンドだ……」