RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】   作:ぼっちクリフ

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120年の惰眠

ネニング平原で対峙戦が始まって1ヶ月、オルクセン軍の参謀達は落ち着いていた。

 

「動いて来るなら向こうが先だ、あの塹壕陣地を攻める必要は無い」

 

軍事的に見れば時間をかければかける程オルクセン側が有利になる理由が多すぎたからだ。

エルフィンド軍の補給路は脆弱であり、ファルマリア港の修理を完了したオルクセン軍第一軍の補給は問題無い。

第三軍の到着を待てば規模でもエルフィンド軍を超えて相手を包囲出来る。

牽制戦で弾薬を消費すればするほど、エルフィンド軍の決戦の為の戦力を削る事が出来る。

エルフィンド側は食料補給にも不安を抱えている。

 

「いいのかな、このまま勝っちまうぞ」

 

不思議そうにエルフィンド軍陣地を眺めるグレーベンの言葉はオルクセン軍の意志を代表していると言えた。

 

エルフィンド軍は動かなかったのではない。動きたくとも動けなかったのだ。

想像以上に外交戦で進展が無い。このままでは決戦に辛くとも勝利しようとも、外交で目的の成果を達成する事が出来ないのだ。

 

「オルクセンからの外交上のアクションがあるまで待つ」

 

このままではジリ貧だ、急いで決戦を。そう突き上げるエルフィンド軍の参謀達をそう言って抑えながらマルリアンはディアネン市にある総司令部で地図を眺めている。

次の決戦は特別な意味を持つが、その時にどうしても「オルクセンの降伏勧告に対し総力を挙げて抵抗し挑むエルフィンド軍」という構図が必要になる。何としても在キャメロット駐箚公使ウィンディミアにオルクセンからの降伏勧告を引き出して貰わなければいけなかった。

 

 

そのキャメロットでは少しずつではあるがウィンディミアの外交交渉が事態を動かし始めていた。

 

「オルクセン側も和平の条件くらいは提示して良いのでは?」

 

という声が各国から少しずつ出始めたのだ。戦争は無限に続けるものではない。どんな戦争であろうと両国が戦争の終了に同意し、互いに交わした条件を履行する事で戦争を終了させる事は大前提である。エルフィンド側は戦争の初期からこの和平条件をオルクセン側と話し合おうと外交上の接触を求めており、これを断り続けたのはオルクセン側だ。マイアール号事件という大義名分はあるが、そろそろ終了の条件を話し合い始めてもおかしくはない時期ではあった。

 

特に和平の周旋に熱心なのがキャメロット女王だった。在位30年を超えるこの女傑はエルフィンド女王エレンミア・アグラレスの事を何とか助けようと和平の為の手紙をオルクセン王グスタフ・ファルケンハインに送り続けている。その理由はエルフィンド女王からの親書にあった。

 

「『星欧の母』たる陛下こそが私が頼れる唯一の御方、なにとぞこの若輩者を教え導いて下さい」

 

開戦前にウィンディミアが手交したこの親書が女王の自尊心を満たし喜ばせた。同時に『星欧最古の王家』より星欧全王家の頂点に立つと認められた事はキャメロット王家の権威にとって大きな意味を持つ。キャメロット女王はエレンミア・アグラレスを大層気に入り何でも相談するようにとウィンディミアに伝えた。その可愛い女王が今、追い詰められている。キャメロット女王は修辞を尽くしながらもオルクセン王に交渉のテーブルに着くよう手紙を送ったが「マイアール号事件の責任はエルフィンドにある」とオルクセン側は突っぱねている。キャメロット女王は在キャメロット駐箚オルクセン公使エッカルトシュタインを呼び出し不満を口にした。

 

「オルクセン国民の怒りもグスタフ陛下の志も理解しますが、エルフィンド側は非を認めております。せめて交渉のテーブルに着く事くらいは出来ないものかしら」

 

エッカルトシュタインは恐縮しながらもこれはオルクセンとエルフィンドの問題であり、またレーラズの森事件のような事を行う非道な白エルフは信頼できないと修辞を重ねながらキャメロット女王に伝えた。これに対し女王は引き下がったが、不満である事は誰の目にも明らかだった。エッカルトシュタインは電信でキャメロット女王に関しての情報を急ぎオルクセン本国に報告している。オルクセン総軍司令部では停滞を解消する為に更なる戦勝が必要であるとして、新たな作戦を発動させる事になる。

 

 

一方ディアネン市には女王エレンミア・アグラレス、内閣総理大臣サエルウェン・クーランディア以下政府首脳部を乗せた御召列車が到着した。

ネニングの軍を女王の親征軍にするという『前回』のクーランディアの発想を今回も使う形だが、理由は士気以外にもう一つある。首都を軍事的空白地帯にした場合、主流派が良からぬ事を企まぬようにという保険だ。

 

「これではダリンウェンを笑えないな」

 

などとマルリアンは自嘲したが、ともかく決戦の準備は整った。

あとはオルクセン側の和平条件提示――無条件降伏勧告があり次第決戦を行う。

 

 

クーランディア元帥とヴェルナミア中将は夜間、マルリアンの居る本営寝台車を訪れた。ディアネン市に居るのだから市の建物を使えば良いものを、マルリアンは面倒だからとこの寝台車を本営として使い続けていた。

 

「準備はどうだ、マルリアン」

 

「あとは相手次第だな」

 

書類仕事が終わりソファーに寝転んだマルリアンは目元を揉みながら応えた。クーランディアが差し入れに持って来たワインを掲げて見せると、マルリアンは呆れたように見ながら従卒にグラスを用意させる。ちょうど報告に訪れたイヴァネメル中将も含めてささやかな酒宴が始まった。

 

「――そういえば御三方はロザリンドの指揮官ですね」

 

「ヴェルナミア中将もあの会戦に参加していたのか」

 

「はい、あの頃はまだ下士官でした」

 

「私の部下だったな、オーク王の近衛連隊を迎え撃ったのが彼女の部隊だよ」

 

「それは凄いな」

 

自慢げにマルリアンが言い、ヴェルナミアは恥ずかしそうに顔を俯かせた。あの時は自分が総司令官、マルリアンが前線指揮官でイヴァネメルが騎兵指揮官だったな、と懐かし気に呟く。

 

「これでアンダリエルが居ればな」

 

マルリアンが呟くと、しばし沈黙があたりを支配した。ディネルース・アンダリエル。かつてロザリンドでデックアールヴ隊の副司令官だった彼女は今はもう居ない。マルリアンはディネルースを最高の野戦指揮官と評していた。

クーランディアが杯を干しながら呟いた。

 

「いつからこうなってしまったんだろうな、我が国は」

 

「120年前からさ」

 

マルリアンがワインを傾けながら返す。120年前、ロザリンドの時からこの国は狂っていたのだと。

 

「オルクセンが120年をかけて進化していた時、我々は何をしていた?」

 

「マルリアン……」

 

「言葉遊びに政治闘争、歌と踊りに明け暮れ白エルフは何も備えをしてこなかった」

 

今ならドウラグエル・ダリンウェンが何故ああなってしまったのかが分かる。

彼女は彼女なりに必死だったのだ。この国を維持しようと、何とか持たせようと。その方法は歪で、愚かで、誰も幸福にしなかったとしても。彼女は自分で考え、判断し、そして未来を掴もうとしたのだ。何も考えずただ平和を享受してきた他の白エルフとは違って。

 

そんなダリンウェンを、自分も含めた白エルフ達が批判する資格があるのか?

軍務大臣まで務めたダリエンド・マルリアンはエルフィンドの未来の為に何を備えたのか?

 

マルリアンも杯に残ったワインを飲み干した。

 

ダリンウェンが犯した罪も含め、白エルフ達はその罪を償わなければならない。

120年の惰眠を貪った罪を。

 

「だから今、我々がいる」

 

クーランディアの言葉にマルリアンは静かに頷いた。

そうだ、どんなに絶望的であろうともう止まるわけにはいかないのだ。

 

 

 

宴の翌日、ディアネン市に凶報が届いた。

 

 

エルフィンド艦隊、壊滅

 

海軍総司令官ミリエル・カランシア中将戦死

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