RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】 作:ぼっちクリフ
「クーランディア元帥は天才だ」
総攻撃前に行われた作戦会議でマルリアンはそう断言した。彼女が『前回』に考案、実践した浸透襲撃戦術、それを評した言葉だ。マルリアンが提案した「魔術力を徹底的に活かせ」という言葉をこうも見事な形で実戦に適用し、オルクセン軍の心胆を寒からしめたその手腕は天才としか言い様が無い。
「12年後でもこの浸透戦術は我ら白エルフ以外に実施不可能だと言われている。現状のエルフィンド軍がオルクセンに対し唯一勝っている点と言っても良い」
一通りクーランディア元帥を褒めちぎってからマルリアンは計画概要を説明する。
『前回』この浸透襲撃が失敗した理由は幾つかある。特に大きかったのがオルクセン軍の練度が上から下まで高すぎた事だが、これはエルフィンド軍側からではどうにもならない事だ。エルフィンド軍が修正出来る点は3つ。
1、エルフィンド軍よりもオルクセン軍がネニング平原の地形を理解し緊要地形を抑えていた
2、エルフィンド軍側の突破力が持続しなかった
3、エルフィンド軍側の後続戦力が足りなかった
1についてはネニング平原の地図をより正確な物へと変更しているが、ここで問題になったのがエルフィンド軍全体の練度と教育水準の低さだ。オルクセン軍は一兵卒に至るまで教育水準が高く訓令戦術が行き届いている、それは即ち一兵卒であろうと軍用地図の見方を知っているという事だ。エルフィンド軍、特に徴用された国民義勇兵の中には地図を見てもその記号の意味が分からない者がかなりの数居た。そんな兵に正確な軍用地図を渡しても逆に混乱するのではないかという不安もあり、またエルフィンド軍の使う印刷機は印刷の質が悪く細かい文字や記号が潰れてしまうという問題もあった。仕方なく正確な軍用地図は士官級のみに手渡し下士官以下はそれまでの大雑把な地形のみを記載した軍用地図を使わせる他無かった。
2については特にマルリアンが戦前より命じた靴下の調達がようやく効果を発揮し始めていた。海外からも国内からも靴下を調達し続け、ようやく塹壕内の兵士が毎日靴下を代えれる程度には数を揃える事が出来たのだ。マルリアン大将直々の訓示で「穴が空いた靴下は決して捨てずに後方へ移送し代えの靴下を受け取れ」「靴下を無くした者は処罰する」と口を酸っぱくして言い続けた事、またネニング平原の陣ではタルヴェラが塹壕の排水に特に気を使い建設した事などが相まって、エルフィンド軍内では今の所塹壕内で起こると言われているいわゆる『塹壕足』の症状はほとんど出なくて済んでいる。またこの代えの靴下の事を捕虜から知ったオルクセン軍でも後に兵士たちに代えの靴下を支給する事が決定された。
そして3の後続戦力について、これを確保するのに作り上げたのがネニング平原の陣、両軍から自然と「マルリアンライン」と呼ばれる事になった塹壕陣地だ。三重の塹壕によって作られたネニング平原の陣はエルフィンド軍が温存した武器・弾薬・労力の総力を挙げて築き上げられた要塞のような防衛線だ。オルクセン軍がロザリンド想起したこの防衛機構によって最低限の兵で前線を支え、その分攻勢に戦力を割くのがエルフィンド軍の基本構想となっている。
「塹壕の防衛力に頼って中央および北翼を支え、南翼より攻勢を開始する」
南翼、すなわちネヴラスの正面側。マルリアンは『前回』と同じ側からの攻撃を選んだ。これは『前回』の経験が活かせる事、そしてクーランディアの攻勢案がそもそも優れておりこれをわざわざ変える必要性が無かった事が理由として挙げられる。だがここでマルリアンは周囲を驚かせる事を言ってのけた。
「南翼軍の指揮は私が執る」
クーランディア以下幕僚に至るまで驚いた。軍最高司令官が前線の一軍の指揮を執るなど聞いた事が無い。
「マルリアン、正気か! 全軍の指揮はどうする気だ!?」
「その為にあなたが居るのだろう、元帥」
クーランディアは絶句しながらマルリアンを見つめたが彼女は気にせず説明を続ける。
「これは最初から決めていた事だ、私が何の為に前線を視察し続けたと思っている。前線の空気を感じ、かつネニング平原の地形を実際に見て確かめる為だ、今の私以上にこのネニングで攻勢をかけるのに適した将軍は居ない」
これが地形把握の不利を覆し、かつ後続戦力を効果的に投入する為のマルリアンの策だった。地形を把握しつつ前線で素早く戦力を逐次投入する場所を判断できる指揮官が居れば、効率的に戦闘を継続させる事が出来る。戦力はオルクセンでいう所の兵站と同じだ。送り込み過ぎれば血栓たる渋滞が起き戦線が停滞するが、足りなければ敵を突破する事が出来ない。これを指揮・監督し必要な場所に必要な兵力を送り込む事が出来る司令官を前線に張り付ける事、これがこの作戦の大前提なのだ。『前回』のコルトリア中将は見事な戦果を上げたが、やはり大きく戦況を動かす時は本営に許可を取らねばならずそれがタイムラグを生んでいた。今回はマルリアンが指揮を執る事でこのタイムラグを無くし、前線から即座に戦局を動かす事を目的とする布陣だ。
この戦争でエルフィンド軍は終始個の力を頼るような戦い方を続けている。突出した個の力よりも組織化された力の方が強いのは明白だ。だが、
「しかし……!」
「なに、ロザリンドの時と同じだ。そうだろう?」
それでも心配するクーランディアに対しマルリアンはそう言って不敵に微笑んで見せた。
あのロザリンド会戦、総指揮を執ったのがクーランディアであり前線で指揮を執ったのがマルリアンだ、確かに同じと言えなくもない。この布陣にはそのような意味ももちろん付随されていた。あのロザリンド会戦と同じ布陣だ、今回もオーク達に勝つに決まっている、負けるわけがない……兵士達にそのような幻想を抱かせ士気を高揚させる効果も見込んでいたのだ。
結局マルリアンの意見が通り、南翼軍をマルリアンが指揮、全軍の総指揮は一時的にクーランディア元帥が代行する事となった。
会議の終わり際、全員が退出した後でクーランディアはマルリアンに話かける。
「マルリアン」
「ん?」
「死ぬ気ではないだろうな」
クーランディア元帥はこの宿将が死を選ぶのではないかと心配していた。結局外交による終戦の目は消え、マルリアンの描いていた外交戦による講和は不可能となった。マルリアンはその責任を取り最前線で死を選ぶつもりではないか、その心配がクーランディアの脳裏にチラついていたのだ。マルリアンは苦笑しながら首を横に振った。
「生憎だが、後始末が色々残っているんでね。まだ死ぬ気はさらさら無い」
「なら良いが……」
「元帥にも色々と手伝ってもらうつもりだ。これからこそが大変だが、よろしくこき使われてくれ」
憎まれ口を叩きながらマルリアンは退出する。あの調子なら大丈夫か、とクーランディアは一息吐いた。これからこそが大変なのはまったく同感だった。
星暦八七七年五月二十三日
この日の攻勢をオルクセン軍は予期していた。エルフィンド軍は必ず最後の決戦に打って出る、外交戦で敗れたのだから当然だ。またエルフィンド軍側で大規模な魔術通信のやり取りがあり、近隣からは禁止したにも関わらず夜間の魔術通信が頻繁に行われているのを観測している。間もなくエルフィンド軍の大規模攻勢があるとオルクセン軍総軍司令部は予見していた。問題はそれをどのように迎え撃つかだった。この時オルクセン軍は『前回』と同じく火力をもってエルフィンド軍を迎え撃つ作戦を取るつもりだった。理由の最大のものが目の前の塹壕陣地……オルクセン軍側でもマルリアンラインと呼ばれる防衛線だった。
「連中はロザリンドの時と同じで、あの防衛線に篭って此方を迎撃するつもりだ」
オルクセン軍の老齢の牡、いわゆるロザリンド世代を中心にそのような認識が全軍に広がっていた。あれを無理に攻めたら大変な事になる、火力をもって粉砕するしかないとひそやかに話す者が後を絶たない。オルクセン軍は下士卒まで教育が行き届き戦術論すら述べたと言われているが、こういう時にはそれが逆に思い込みを助長する結果となってしまっている。ただ総軍司令部でもあの防衛線を無理矢理突破するのは想定される被害が大きすぎるとの結論が出ていた。
「特に注意すべきなのは敵の攻勢に誘因された我が軍がマルリアンラインに無理な攻勢をかける側になってしまう事である」
アルトリアでエルフィンド軍を誘き寄せたのとは逆の結果になる事を総軍司令部は恐れた。一方でオルクセン側は砲の数も多く塹壕陣地の準備も整っている。敵の攻勢あろうと、火力によって粉砕する自信が十分にあった。マルリアンラインから出て来る敵を火力でひとつひとつ叩き潰し、敵の攻勢限界点で反転しこちらが攻勢を仕掛ける。いわゆる「後の先」を取るやり方、かの戦争の天才アルベール・デュートネが言うところの「敵の挙動を誘う」だ。特にアルトリアで意図的にこれを成功させあの大要塞をほぼ無傷に近い状態で確保した事が総軍司令部の自信を深める結果となっていた。
一方でこの風潮に疑問を持つ人物も居た。アンファングリア旅団長ディネルース・アンダリエル少将である。彼女はあのダリエンド・マルリアンが通り一辺倒の攻勢を仕掛けてくる事などありえないと思っていた。必ず何かを仕掛けてくる、その確信があり総軍司令部に対し再度の情報収集を具申したが、これは『前回』と同じように却下されている。『前回』と同じくエルフィンド軍の備蓄が少ないという理由もあるが、それにも増してあのマルリアンラインの存在が問題だった。あれほどの大規模野戦築城を行いながらその中に篭る利を捨て無謀な攻撃を仕掛けてくるわけがない、勝つつもりならば必ずマルリアンラインに此方を誘き寄せる為の誘因攻撃を仕掛けてくる筈だ。総軍司令部は敵の立場に立ち、その最善手を考えるあまり「敵も馬鹿ではないので大博打などしない、より堅実に確実に勝つ方法を狙ってくる」と思い込んでしまっているようだった。戦後ディネルースはこれを「参謀本部の硬直化」と評している。
深夜、ダリエンド・マルリアン大将は軍装で南翼軍司令部へと姿を現した。総軍司令官の礼装ではなく野戦軍司令官の軍装に拳銃嚢を
最後の訓示でマルリアンは南翼軍全てに告げた。
「さて諸君、120年前の続きだ。邪知暴虐なオーク族に、引導を渡してやろうではないか」