RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】 作:ぼっちクリフ
早朝より開始された南翼軍の総攻撃は魔術通信妨害から始まった。魔術通信波上にぶちまけられた意味不明の言語はオルクセン軍の通信兵の集中を乱し魔術での通信・探知を不可能にしていく。続けて火砲による準備射撃、そして歩兵の進軍。マルリアンラインから進撃を開始した兵達は迂回を繰り返しオルクセン軍前線の後背へと進出していく。
マルリアンは特に先発する部隊に北方系の氏族を選抜した。彼女達は特に忍耐と不屈の闘志をもって戦ってきた信頼のできる者達であり、この大攻勢の先陣を任せるのに相応しい者ばかりだった。マルリアンは先陣の各部隊長と握手を交わし肩を叩いて送り出した。
「第一目標はユーダリル山だ、ここを落とし敵軍を全域に渡り押し返すぞ」
マルリアンが直卒する兵の数は7万5千。全軍の三分の一にもならんとする大軍であり、これを攻勢に投じる事で戦線に穴を空けネブラスまでの道をこじ開ける事を目標にしていた。ユーダリル山は南翼軍の目の前にある高地でオルクセン軍前線を一望できる要地だった。エルフィンド軍先鋒はこのユーダリル山の防御陣地を迂回、後背にある旅団司令部へと襲い掛かりこれを陥落させている。オルクセン軍は火砲を処分する暇もなく潰走しエルフィンド軍は大量の鹵獲物資を手に入れた。
前線よりユーダリル山に布陣する敵旅団の司令部および補給所を落としたとの連絡が入ると司令部では大歓声が上がった。大会戦の緒戦には過ぎないが、それでも久方ぶりのオルクセン軍に対する勝利なのだ。特にあの半文明国扱い以降、エルフィンド軍内部ではオルクセンに対する怒りが限界まで溜まっていた。この勝利はそれを発散させる絶好の機会だったのだ。
それでもマルリアンは勝利の熱に浮かされず冷静に前線各部隊への指示を伝える。
「鹵獲物資、特にエリクシル剤はすぐに先発隊に補充しろ。夜半までに進めるだけ進むぞ」
「はっ!」
「先発隊は鹵獲物資から補給を済ませた後はそれを報告し放置して良い。物資の整理は後続部隊にやらせろ、こちらで手配する」
「了解!」
「それと夕方には司令部をユーダリル山の南側に移す、準備を」
「承知しま……はぁ!?」
この司令部移動命令に副官は真っ青になって反対した。ユーダリル山の敵は潰走状態にあるとはいえ、あそこはまだ戦闘があったばかりの最前線だ。最高司令官が進出するなどもっての他だと必死に止めた。だがマルリアンは聞く耳を持たなかった。
「戦場の音、匂いを感じ取れる場所まで進出しなければこの戦いは勝てん」
彼女もまたシュヴェーリンと同じ、ロザリンド世代だった。指揮官こそが前線に立ち全軍の士気統制を維持するロザリンド会戦時代の指揮官であり、敵将シュヴェーリンのような最前線の先頭とまではいかないまでも、その近くまで進出し直接指揮を執る事も珍しくないのがマルリアンだった。
マルリアンはこの戦いを「一分一秒を削り出す」戦いであると確信していた。時間は宝石よりも貴重な資源であり、エルフィンド軍の優勢は時が経つとともに薄れていく。可能な限り速やかに前線を突破しネヴラスへ突入しなければ戦線を立て直したオルクセン軍によりエルフィンド軍の戦線が崩壊する。その為の最前線での指揮だ。
夜半、ユーダリル山の南翼軍司令部には各方面からの勝利の報告が続々と届いていた。司令部の参謀達は興奮しながら味方の健闘を称え、このままネヴラスまで打通しオルクセン軍の横っ面をひっぱたけると大はしゃぎだった。
しかしマルリアンの表情は暗い。各地からの勝利の報告とは別に、粘り強く抵抗するオルクセン軍にてこずる報告も多数上がってきていたのだ。
「オルクセン軍の練度が高すぎる……」
呟きながら地図を見つめる。まさか浸透襲撃の奇襲効果もあったのに一日かけてこれだけしか進めないとは。事前に練度が高い事は承知していたとはいえ、実際に見聞きする各地のオルクセン軍の粘りは想像以上だった。一兵卒に至るまで地形を利用し中隊単位で反撃を繰り返し困難な撤退を完遂しようとしている。こちらの降伏勧告にもほとんど耳を貸さない。ただ時間ばかりが掛かり損害が増えていく。だが時間はオルクセンの味方だ、少しでも前へ、一歩でも先へ。この有利を手放さないままにさらに勝利を重ねるには、夜間と言えども進まなくてはならなかった。
ユーダリル山の陥落でエルフィンド軍は次の目的に向かい動き始めている。目標はユーダリル山の南、ギムレー高地。エルフィンド軍がネヴラスへと向かうならこの高地の北か南を必ず通らなければならず、この緊要地形をオルクセン軍が見逃すとも思えなかった。マルリアンは参謀達に向けて矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「手の空いてるありったけの大砲を前線に運びギムレー高地に向けろ、さっきユーダリル山で鹵獲したのも含めてだ!」
事前の正確な測量と地図への記載、そして自らの足で戦場を確認していたマルリアンは緊要地形を全て頭の中に叩き込んでいた。また、その弱点もだ。特にネヴラスとマルリアンラインの間に位置するギムレーに関しては実際に戦前直接登るなどして地形を確かめていた。
「ギムレーには水場が無い、麓の村に井戸を埋めるよう連絡しろ、オルクセン軍に使わせるな!」
速やかにネヴラスへと向かう為にはこのギムレーを何としても陥落、もしくは無力化させなくてはいけない。ここに兵を上げられ砲を設置されれば場所と相まって非常に厄介な砲兵陣地となる。斜面が急な為に攻める側が圧倒的に不利であり、要塞化された日には目も当てられない。だが直後、前線からオルクセン軍がギムレー高地に布陣中、砲は稼働状態と見られるとの連絡を受けマルリアンは歯噛みした。毎度毎度、オルクセン軍はやられて一番嫌な事ばかりやってきやがる。
それでもギムレーの敵を何とかしなければ味方の道が作れない。予備兵力を順に敵陣に叩きつけ砲と輜重隊の通れる細い回廊を形成しギムレーへの道を作り出す。ようやくギムレーへの砲撃を開始した時には既に二十五日の夕方になっていた。この時刻まで水の補給も出来ずエルフィンド軍の攻撃を受けていたギムレー高地を守備するオルクセン軍は驚異的とも言える粘りでエルフィンド軍を抑えていた。だがそれにも限界が近づいていた。エルフィンド軍は鹵獲したヴィッセル砲まで含めてギムレーへの砲撃を継続した。後装砲は扱いの勝手が違った為にエルフィンド軍砲兵部隊でも使用に手間取り、しかも砲弾が切れれば使えなくなり命中率も練度が低いせいで決して良くない。しかしそれでもマルリアンはこのギムレーを巡る攻防に投入した。それほどこの場所は重要であり、マルリアンは無力化する事に拘った。結局ギムレー高地のオルクセン軍砲陣地はエルフィンド軍の砲撃により一時的にその機能を停止しせざるを得なくなっている。
道は、出来た。
後は手持ちの札で最強の矢を突き立てるのみ。マルリアンはこの時の為に温存していた切り札をユーダリル山の司令部に呼び出した。
「イヴァネメル、任せたぞ」
「承知した、マルリアン閣下」
騎兵総監アノールリアン・イヴァネメル中将は静かに返答すると司令部を後にした。南翼軍はオルクセン軍各部隊を後退、あるいは足止めし道を切り開いている。無理に殲滅したり追い詰めるのではなく、道を開き拘束する事を優先した結果であった。これでネヴラスの糧秣を焼き払い都市機能を破壊すればオルクセン軍の攻勢を頓挫させる事が出来るかもしれない。そうでなくてもオルクセンの横っ面をひっぱたきエルフィンドの面目を施さねば、エルフィンドは一生星欧の笑いものだ。
二十五日夜半、イヴァネメル中将率いる騎兵隊は進軍を開始した。
目標はネヴラス市。敵の糧秣を悉く焼き払うべし。
イヴァネメルは麾下全部隊に号令を発した。
「