RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】 作:ぼっちクリフ
「敵、発見。こちらに一直線に向かってきます」
セレスディス・カランウェン中将はトール峠に築いた陣でその報告を受けた。
マルリアンはどんな事があろうと敵第三軍はネニング平原へと向かってくると予想していた。敵将アロイジウス・シュヴェーリンとはそういう男だと、決戦に遅刻するようなヤツじゃないと確信していた。ここまでゲリラ戦を続けたカランウェン最後の任務はここ、トール峠で敵第三軍を可能な限り食い止める事だった。敵は6万の大軍、味方はおよそ5千弱、お話にもならない戦力差だ。けれどもカランウェンは喜んでこの命令を受けた。細いトール峠の山道で地形を利用し大軍を食い止め本隊の援護をする。ここを抜かれれば第三軍はネニング平原へと到達しエルフィンド軍は包囲され瓦解する、何としてもネヴラス強襲が成功するまでここで粘る必要があった。
「この先は通行止めだ、他をあたれ!」
敵からの降伏勧告にそう魔術通信で答えると統制射撃を開始する。圧倒的な火力で蹂躙されながらも、それでもカランウェンは粘り強い抵抗を続けた。カランウェンの部隊は峠の上という地形を活かして岩陰から狙撃を行い、火薬を使って意図的に落石を起こし、ついには突撃してくるオーク族と組み合いながらも決して降伏しようとはしなかった。結果としてカランウェン隊はほぼ全滅しながらもネニング平原の決戦が決着するまでの間第三軍を足止めし続ける事に成功する。
先発隊をネニング方面へ送り出した後、シュヴェーリンはセレスディス・カランウェンとその部下の亡骸を丁重に清め棺に入れるように命じた。棺の前でオーク族の宿将は軍帽を取って一礼し、種族は違えど彼女達もまた真の勇者であったと称えたと言われている。
星暦八七七年五月二十六日早朝
朝日が昇る頃、イヴァネメル中将率いる騎兵隊はついにネヴラスまで10kmの地点へと到達した。夜間の行軍だったおかげで大鷲の空襲に合わなかった事が幸いし、ほぼ無傷のまま行軍出来ている。マルリアンが必死に作ったネヴラスまでの道を通り、
既にネヴラスが視認出来る位置まで到達している――そう、ネヴラス市の西に築かれた防御陣地もはっきりと見えた。
「マルリアン閣下のおっしゃった補助士卒による防御陣地か」
ネヴラスは軍団単位の兵站拠点であり、オルクセン軍はその巨大な兵站機構を支える為に多量の補助士卒を抱えている。その補助士卒らは一定の訓練を受けており、ネヴラスの防衛の為に数万規模の予備軍として機能すると聞かされていたイヴァネメルは慌てずに部隊に突撃陣形を取らせた。敵大鷲軍団が近づいて来る、もう考えている時間は無かった。あの防御陣地を蹴散らし、ネヴラスを襲撃する。その為の最後の一手を打つ。
「――全軍、突撃!!!」
イヴァネメルの号令一下、
イヴァネメルは一人だけ進路を変えネヴラス市へと近づく。その近く、約2kmまで近づくと魔術通信でネヴラス市内に対し大声で叫びかけた。
「リダイアン、やれ!」
同時刻ネヴラス市内でパルチザンが一斉に蜂起した。
これがマルリアン最後の策だった。あらかじめネヴラス市内に潜んでいたリダイアン少将がパルチザンと連絡を取り、イヴァネメルの合図を持って一斉に蜂起。ネヴラスの内と外から一斉にネヴラスを強襲するという策、エルフィンド軍の全てを賭けた大博打だった。リダイアンは雨月革命でもティリオン市内での秘密作戦を成功させている、彼女の指揮でネヴラス市内の指令系統を麻痺させ制圧する事が出来れば、ネヴラス陥落までも見えてくる。
リダイアン少将は部下のパルチザンとともに市内に向けて魔術通信で大声で呼びかけた。
「ネヴラス市民よ、エルフィンド軍が来たぞ! 侵略者オルクセンに対し立ち上がれ!」
ネヴラスのエルフィンド市民がオルクセンに対し立ち上がり一斉に反旗を翻せばおそらく市内は大パニックに陥り連鎖して外の防衛陣も崩壊していただろう。
だが、そうはならなかった。
オルクセンの宣撫工作が優れていた事、エルフィンド軍が苛烈な徴発を行った事で市民に反感が広がっていた事、何よりも白エルフ族の個人主義がこの時立ち上がるのを躊躇わせた。餓えて死にそうな時に助けてくれたオルクセン軍に恩を仇で返すのか、今更エルフィンド軍が戻って来た所でどうなるのか、そもそもあんな恐ろしいオーク族相手に勝てるのか……様々な思いからネヴラス市民のほとんどは家に篭り何もしない事を選んだ。パルチザンは市内で孤立してしまい、オルクセン軍野戦憲兵隊と市内各所で激烈な戦闘を繰り返す事になる。
一方で市外の防衛陣でもエルフィンド軍は苦戦していた。補助士卒の集まりとは思えない程の粘り強い抵抗を見せるオルクセン軍に対し、
アウグスト・ツィーテン上級大将。
第二軍から離れ宣撫工作担当としてネヴラスに赴任していたこの牡は敵の襲撃があると聞くや飛び出して防衛陣に参加していた。野戦軍指揮官が不足していたオルクセン軍にとっては砂漠でオアシスを見つけたような気分だっただろう。そしてこの牡は騎兵の専門家であり、ロザリンド会戦ではエルフィンド軍の追撃に対し殿で防衛の指揮を執った経験がある。このような対騎兵の防衛を任せるのにオルクセン軍でツィーテン以上に適任な将軍は居なかった。
「いくら訓練されていても馬は生き物だ、その動きの先をよく見ろ! 背を向けるな、銃剣はサーベルよりか射程で勝る、槍には銃撃を、サーベルには銃剣で対処せよ!」
持病のリウマチを忘れたかのようにツィーテンは声を張り上げ指揮を続け、その姿は補助士卒たちに勇気を与え防衛陣が崩壊するのを防いだ。ツィーテン指揮の元的確に突撃の勢いを殺し騎兵の攻撃を受け止めた防衛陣が日が沈むまで粘り続けた事は驚嘆に値する。そもそも近代戦での騎兵は突撃を行えば必ずその大半を失うと言われる程であり、ここまで戦闘を継続出来ただけでも
市内のパルチザンもまた終焉の時を迎えようとしていた。
リダイアンはそれでも少しでも戦果を得ようと港の貿易倉庫方面へと走っていた。後ろからは敵が追撃して来ており、既に仲間はおらず一人きり。後はこの身に持った火薬で糧秣倉庫の一つでも道連れにするつもりだった。
そうして走っていると、突然桟橋に出てしまう。慌てていて道を間違えたらしい。目の前を見れば、何やらオーク族の将校の一人が港の軍艦に乗り込もうとする所だった。慌てて銃を構えるリダイアンに対し、護衛と思しき者達が一斉に発砲してくる。彼女達は非常に訓練された動きでオーク族の将校を庇いながらリダイアンを制圧するべく発砲し覆いかぶさってくる。
「デック、アールヴ……!?」
その護衛がデックアールヴである事に驚くリダイアン。まさか、このオーク族の将校は……!
リダイアンが予想を確かめる時間はなく、次の瞬間、彼女の意識は闇の中へと消えた。