RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】 作:ぼっちクリフ
ディアネン市のエルフィンド軍総司令部ではサエルウェン・クーランディア元帥の指揮の下で中央および北翼の防衛が続けられていた。北翼軍はよく持ちこたえているが限度がある。いくら固い防衛機構と言えども継続した攻勢に晒されれば必ず綻びは出て来る。ジリジリと増えていく損害に対しなけなしの予備兵力を投入しながらも、これ以上の継続戦闘には限界があった。既に前線各部隊からは後退を求める電信がひっきりなしに司令部にもたらされている。
「閣下、中央軍から緊急の報告が!」
中央軍の北側、北翼との結節点がオルクセン軍に突破されたとの報告が入り司令部は一気に緊張に包まれた。そのまま北翼を半包囲するつもりか、それとも抵抗の弱い中央に対し側面を突くつもりなのか。
「南翼軍の予備を中央に回せ、進出してきた敵を圧迫して押し返すんだ!」
北翼はまだもう少し持ちこたえられる、中央軍に対しては南翼軍から予備を引き抜き対処させる。これで傷口を塞ぎ対処する、と指示を出した所で再び緊急の報告が司令部にもたらされた。
「敵機動集団が浸透してきたとの報告です、観測した所目標は……」
「目標は!?」
「ここです、ディアネンです!!!」
エルフィンド軍近衛騎兵隊がツィーテン上級大将の防衛陣と死闘を繰り広げていた頃、アンファングリア旅団は第四軍団が形成した回廊を通り敵戦線の後背へと浸透を開始した。短い時間しかなかったがそれでも作戦参謀ラエルノア・ケレブリン大尉を中心に会敵も想定した作戦案を策定、諸々の準備は整っていた。
「アンファングリア旅団、前へ!」
ディネルース・アンダリエル少将の号令の下アンファングリア旅団はディアネン市に向けて進撃を開始する。事前の偵察で予測された通り、敵予備はほとんどおらず無人の野を行くが如し。また会敵する事はあってもアンファングリア旅団の一支隊で十分対応可能な規模の敵しかおらず、彼女らは驚異的な速度でディアネン市へと接近する事に成功した。
エルフィンド軍総司令部は驚愕しながらも防衛体制を整えようとしたがかき集めてもただちに防衛に参加できるのは三千が限度だった。アンファングリア旅団の規模は九千、およそ三倍。とてもでは無いが防ぎきれるとは思えなかった。応急処置として中央軍の一部を呼び寄せたが、それでもこの三千で敵の攻勢を一度は跳ね返さなくてはならない。
「ただちに女王陛下に脱出して頂く!」
クーランディア元帥は即座に機関車に火を入れて女王と侍従達を脱出させるように命じた。また各国からの観戦武官たちにも即座に避難するよう要請、女王と同じ汽車でもって脱出するよう通達する。だが女王はクーランディアからの要請に対し首を振った。驚愕するクーランディアや侍従武官長トゥイリン・ファラサール大将に対し女王エレンミア・アグラレスは静かに告げた。
「観戦武官の方々に紛れて逃げ出せば、他国からの客人を盾にしたとして西欧中からエルフィンドは恥知らずだと言われましょう。まずは観戦武官の方々と子供たちの避難を、わたくしはその後に」
――女王は、変わられた。ファラサール大将はそれを感じていた。
あの日、女王がマルリアン大将の最後の訓示を聞かれていた時。彼女は顔を俯かせ何かに耐えるような表情をしていた。悲壮な決意の裏にはその時決めた覚悟があるのだろう。実際女王が我先にと逃げ出せば士気は落ち防戦は難しくなる。ここディアネン市が陥落すれば全戦線を監督し防衛戦の指揮を執る司令部がなくなり早晩戦線は崩壊する、何としても守り抜くしかなかった。
ようやく準備の出来た列車で各国からの観戦武官と子供達が脱出するが、直後にアンファングリア旅団による砲撃が開始された。鉄道駅は真っ先に目標となり破壊され、以後の脱出は不可能となる。絶望的な防衛戦が始まった。
ディアネン市は人口十四万を数える大都市だが、その防備は決して整っているとは言い難かった。一つには交通の要衝な為、各方面への通行の利便性が優先され防衛施設が疎かになっている事がある。特に軍事を軽視するエルフィンドで交通の便を阻害する防衛施設に予算が与えられる事などある筈もなく、現政権になってからもマルリアンラインの整備が優先されディアネン市自体の防衛体制は後回しになっていた。速やかにディアネン市郊外に砲を並べたアンファングリア旅団は砲撃を開始、市内各所を破壊していく。市内では人々の悲鳴が木霊し多くの市民が逃げ出そうと家から飛び出してくる。しかし市内の門は敵に対し閉ざされ、何処にも逃げる事は出来ず、多くの市民が砲撃の犠牲となった。
敵の反撃がほとんど無い事を確認したディネルースは突入を決意、猟兵連隊に指示を出した。目標はディアネン市政庁、エルフィンド軍首脳部と女王エレンミア・アグラレス。また騎兵連隊にディアネン市から脱出するものがあればこれを監視し追撃するよう命じていた。
猟兵連隊が政庁に近づくと激しい銃火が出迎えた、敵は政庁に篭り防戦する気らしい。猟兵連隊は砲撃支援を要請しつつ魔術通信で降伏勧告を行っが、返答は銃撃と絶叫だった。
「くたばれ
政庁を守る守備隊三千、この中心となったのがデックアールヴ独立大隊だった。戦時動員もありおよそ千名となったこの大隊は敵がアンファングリア旅団と知りあらん限りの怒りを叩きつけるが如く応戦した。政庁から銃撃を行い、市内の道に潜んで後背に回り込み奇襲をかけ、弾が無くなれば山刀を握り忍び寄る。デックアールヴ独立大隊の中には特攻紛いの攻撃をかける者もいた。ダークエルフとデックアールヴ、両者の悲劇的な戦いは激烈な戦闘の後に終結した。デックアールヴ独立大隊はその数160名に減らされるまで戦いを継続し、ついに政庁を守り抜いた。
一方でアンファングリア旅団は政庁を落とす事に拘らなかった。目的はここを叩く事で敵の耳目をこちらに集中させる事にある。ディネルース曰く「敵の突耳を思いきり引っ張り掴んで、こちらに向き直させる」事が肝要だった。事実それは成功しつつあるらしい、上空を飛ぶ大鷲族からの連絡が入る。
「敵部隊多数がディアネン市に向かいつつあり、アンファングリア旅団後退されたし」
敵中央軍はディアネン市に援軍を出し、それに伴い敵南翼軍も戦力を再編し始めたようだ。作戦の目的は達成したと言える。後世、「もしディネルース・アンダリエル少将が女王と敵首脳が政庁内に居るのを知っていれば攻撃を継続しここで戦争を終わらせただろう」と語る者がいるが、それは間違いだろう。彼女は軍人であり、作戦の目的を達成した以上功を焦り部隊を危険に晒す事などするはずが無かった。ディネルースは魔術通信で旅団に作戦終了を告げ撤収を開始する。
砲撃によりボロボロになった市庁舎で敵が退いたのを確認したエルフィンド軍首脳部は大きく息を吐いた。幸いな事に敵の砲弾は屋根を掠めただけで市庁舎には直撃せず、司令部の機能は維持されていた。ただ司令部に被害は出ているらしい。クーランディア元帥は状況の確認を始める。
「けが人は出たか?」
「ヴェルナミア閣下が重傷との事です。幸いエリクシル剤の使用が早く、命に別状は無いようですが絶対安静との事で……」
「無理をするなと伝えろ、市内の被害は?」
「酷いものです、復旧には何日かかるか……」
「味方の部隊は?」
「中央軍予備がこちらに。中央は南翼軍がカバーしていますが、そのせいで南翼に負担が……」
「……攻勢の継続は不可能か」
ため息を吐くクーランディアがマルリアンに連絡を取るよう命じようとしたその時。
砲撃で破損した梁が崩壊し、クーランディアの頭上へと振りかかった。
「……あ」
絶叫と悲鳴に包まれる司令部。土煙が収まると、勢いよく落ちた梁の木片の一つがクーランディアの胸を貫いているのが視認された。崩れ落ちるクーランディアに慌てて駆け寄る参謀たちは泣きそうな声を上げながら軍医を呼ぶが、もう手遅れである事は誰の目にも明らかだった。
「……マル、リ、アン、に……すま、ん、と」
内臓から逆流してきた血に溺れながらポツポツと喋る彼女の瞳からやがて光が失われる。午後7時48分、駆けつけた軍医によりサエルウェン・クーランディア元帥の死亡が確認された。