RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】 作:ぼっちクリフ
サエルウェン・クーランディア元帥戦死。
その報を受けた南翼軍司令部は一瞬静寂に包まれた。総司令官が戦死という巨大な報に、信じられないという空気があたりを覆っていた。その空気を打ち破ったのはマルリアンの絞り出したような一言だった。
「……指揮権は?」
「ふ、負傷中のヴェルナミア閣下が引き継がれたとの事です。絶対安静中なのに椅子にご自分の身体を縛り付けられ……」
「分かった。全作戦を中止、南翼軍は防衛線まで下がるぞ」
マルリアンは直ちに攻勢を中止し戦線を下げる事を決断した。負傷中のヴェルナミアでは全戦線の指揮を執り続ける事は不可能だ、急いでマルリアン自身が戻り戦局を立て直す必要がある。オルクセン軍ならば参謀本部が総司令官の不在を補い戦線を再構築する事が出来るし、参謀本部が一時的に指令を出せなくても各軍団の参謀達が独自に戦線を維持する事が出来るだろう。だがエルフィンド軍ではそうはいかない、最高司令官の不在はそれだけで戦線崩壊の危機を意味していた。これが組織の力を持って戦うオルクセン軍の強みであり、個の力で戦うエルフィンド軍の限界だった。
更にはディアネン防衛に戦力を割かれたせいで南翼軍が開けたオルクセン軍の戦線の孔が塞がれつつある事も、ここがエルフィンド軍の攻勢限界点である事を示していた。これ以上進むのは不可能、戦線を下げる時期なのは間違いない。しかし言うは易し、だ。南翼軍は限界まで敵に出血を強いる為に突出し過ぎている。これを易々と下がらせてくれる程オルクセン軍も甘くは無いだろう、追撃に備える必要があった。
「――南翼軍前線の指揮はイヴァネメルに任せる」
それが何を意味するのか、マルリアンには十分に分かっていた。あの古風な騎兵司令官の事だ、おそらくは自分が最期まで殿を務め一人でも多くの兵士を退却させようとするだろう。イヴァネメルに指揮権を委譲する事は、彼女の死を意味する。それでもマルリアンの代わりに南翼軍全体を指揮できる人材はイヴァネメルしか残っていなかった。断腸の思いでマルリアンはイヴァネメルに撤退の指揮を任せディアネンへと急行した。
しかしオルクセン軍も即座に追撃に移れたわけでは無かった。特に第一軍団、第五軍団は五月雨式に襲ってくるエルフィンド軍と連戦に次ぐ連戦を行っており、ようやく「大破孔」の修繕が終わり一息つくと兵士達は次々と地に伏し、あるいは塹壕の壁に寄りかかり、死んだように眠ってしまったのだ。援軍に来た予備兵が本当に死んでいないか心配になったくらいだ。これでは追撃など出来るわけがない。
また総軍司令部でもこの大破孔を繕った上で一度退き戦線を立て直し仕切り直しとするか、それとも戦闘を続行するかで意見が別れた。この時はまだオルクセン軍にクーランディア元帥戦死の報は伝わっていない。一部の参謀からは撤退し大幅な軍の再編をすべきではないかという意見も出た。しかし大方の意見は続行であった。理由は敵の突出部を叩きそのまま戦線を押し込む絶好の機会だという事、そして無理矢理に撤退させてしまったグスタフ王の面子を慮ったという事、特に後者の理由が大きい。「我が王の面目を潰すわけにはいかぬ」というのは全将兵共通の認識と言ってもよかった。ただし参謀本部が王の面子を慮ったのは単なる精神論というわけではない、外交上の問題も含んでいる。「生意気なエルフィンドが死力を持って一撃を見舞ってきたがオルクセンはこれを受け止め、返す一撃をもってエルフィンド軍を仕留めた」というカバーストーリーを演出しなければ、星欧諸国からオルクセンが見くびられてしまう。それはグスタフ王の理想にとって無視できない影響を与える可能性があった。その意味もありオルクセン軍は継戦を決定したのであった。
マルリアンの予想通り、イヴァネメルは手元にいる
しかしオルクセン軍はユーダリル山の麓でついにイヴァネメルの騎兵隊を補足、これを包囲下に置く事に成功した。食事と仮眠を取ったオルクセン軍、特に第一軍団が猛烈な進撃を行い彼女達の後方を遮断したおかげだった。第一軍団司令官テオドール・ホルツ大将は額に青筋を浮かべ麾下の軍団をこう言って激励した。
「我が王の命を狙い、その宸襟を騒がせ後退の恥辱を与えたエルフィンドの連中を一人も生かして帰すな!」
――酷い誤解ではあるが、オーク達はホルツ大将の激励に雄たけびを上げて応えた。エルフィンド軍は破れかぶれになって王の命を狙った、絶対に許すわけにはいかない。そのような情熱が前線に伝播し士気を高揚させていた。
ユーダリル山麓で進退窮まった
「貴官らの勇戦に敬意を表す、この上は降伏されたし。小官アウグスト・ツィーテン上級大将の名において武人としての名誉ある処遇を約束する」
その名前を聞いた時、アノールリアン・イヴァネメル中将は最初キョトンとし、そして次の瞬間破顔大笑した。この無口な騎兵指揮官がこのように笑う事など初めて見た騎兵達は面食らいながら指揮官に理由をたずねる。
「ツィーテン、ツィーテンか! 何て懐かしい名前だ、まだ生きていたのか死にぞこないめ!」
120年前のロザリンド会戦、イヴァネメルがエルフィンド・ドワルシュタイン連合軍の騎兵隊長であった頃、オルクセン軍の重輓馬騎兵を率いていた将がツィーテンだった。あの時とは全く立場が異なるが、イヴァネメルにしてみれば懐かしい名前である事に違いはなかった。上級大将か、そうか、アイツは出世したな。かたや一騎兵、そして敗軍の将として終わろうとしているイヴァネメルと、勝者であるオルクセン軍の重鎮となったツィーテン。まったく、運命というのもなかなかイキな真似をする、とイヴァネメルは心の中で白銀樹の加護に感謝した。
少しの後、ツィーテンはエルフィンド軍からの返信を受け取った。
「武人の情けに感謝するが、我ら聖なる大地を侵す者に対し屈服する事は無し。
この上は女王陛下の恩に報いる為に最期の一兵まで祖国を護るべく戦うもの也。
追伸
騎兵の時代の幕引きをご覧あれ」
イヴァネメルはマルリアンに感謝し自らの護符を焼き払った。騎兵が無用とされるか、あるいはその本質が変わり乗馬歩兵とならざるを得ないこの時代。負け戦とはいえ、戦場を縦横に暴れまわる機会を与えてくれた事、そして騎将として死ぬ場所を与えてくれた事。どんなに感謝してもし足りないくらいだった。
――
戦後アウグスト・ツィーテン元帥は回顧録でこの時の事をこう書き記している。
「彼女達は、最期の瞬間まで騎兵であり続けた」