RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】   作:ぼっちクリフ

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雨中の閉幕

エルフィンド軍南翼軍は多大な犠牲を払いながらマルリアンラインまで後退。同じ頃トール峠を突破した第三軍先遣隊がマルリアンライン南翼の要、イーダフェルトの街を攻略。ここにマルリアンライン攻防戦と呼ばれる一連の戦闘は終結し、オルクセン軍はエルフィンド軍防衛線マルリアンラインの突破を果たした。事ここに至ってそれまで戦線を支えていた北翼軍も徐々に後退を開始、マルリアンライン攻防戦から数日の後、エルフィンド軍主力はディアネン市付近でオルクセン軍に半包囲される形となった。

 

「何とか女王陛下の脱出だけでも……」

 

「無意味だ」

 

侍従武官長トゥイリン・ファラサール大将の言を国軍総司令官兼首相代行ダリエンド・マルリアン大将は一言に切って捨てた。既にディアネン市付近はオルクセン軍によって半包囲されている上に鉄道駅と線路は破壊され復旧の見通しも立たない。兵たちは連日の戦いで疲れ果て、休息を取らさなければ立つ事もままならない者ばかり。しかも後方では更に深刻な事態が発生していた。ディアネン市後方にあるリナイウェン湖畔の河港街エーレンがオルクセン軍に降伏したのだ。オルクセン軍がそこまで浸透したわけではない、市長が市民の意を汲み独自に判断したとの事だ。既にエルフィンド市民は決戦で負けた事を悟り、目ざとい者達が戦後の処遇の良さを求めて我先にオルクセン軍に下ろうとしているのだ。

これはクーデター政権の基盤の脆さを表していた。ダリンウェン政権のように主流派に太いパイプがあるわけでもなく秘密警察を使った恐怖政治を行っているわけでもない現政権は、端的に言えば地方の氏族の長達から完全に舐められていた。アイツらは負けた、次はオルクセンと交渉して自分達主流派がエルフィンド中枢に返り咲く番だとでも思っているのだろう。これ以上の継戦は誰がどう見ても不可能だった。

 

「馬鹿な連中だ、頭の上に花でも生えているんだろうな」

 

オルクセンの事を舐め過ぎている主流派の連中の顔を思い浮かべてマルリアンはせせら笑った。実質的な属国化と南部の割譲、それに賠償金あたりで戦争は終わり、エルフィンド自体は存続できるとでも思っているのだろう、とんだお笑い種だ。もっとも自分も『前回』はその程度の認識だったのだからあまり笑うと自分自身に返って来るのだが。

 

「今後、我が国は……」

 

「数日中にオルクセンからアクションがあるだろう。あの報を聞けば、おそらくはそれ以上の戦果は必要無い筈だ」

 

マルリアンは先日キャメロットを通じ全世界にひとつの発表を行っていた。

 

エルフィンド王国内閣総理大臣サエルウェン・クーランディア元帥戦死。

 

現役の国家首班の戦死は世界に衝撃を与えた。つい先日グスタフ王が前線より後退を余儀なくされたというのに、オルクセン軍は逆にエルフィンド軍中枢に致命傷を与えていたというのだ。それまでオルクセン軍予想外の苦戦と報じていた各国新聞社はその戦果の凄まじさに掌を返すが如くオルクセン軍の強さを喧伝し始めた。

 

このマルリアンライン攻防戦におけるオルクセンの勝利は星欧において一つの戦訓を生み出した。

 

「攻撃は常に防御に勝り、戦争の勝敗を決するのは熱狂的で断固とした攻撃の継続である」

 

――グロワールで生まれたこの戦訓はオルクセン、エルフィンド両軍に派遣した観戦武官の報告が原因だった。オルクセン軍派遣観戦武官は先手を取られたオルクセン軍が戦況を打開出来たのは守勢に回らず敵の総司令部ディアネンを攻撃する決断をした故であると報告し、エルフィンド軍派遣観戦武官はエルフィンド軍がグスタフ王を後退させるまでの戦果を得たのはマルリアンラインという鉄壁の防御に頼らず絶え間ない攻勢でオルクセンを翻弄したが故だと報告した。この報告を受けたグロワール軍首脳部は「塹壕戦は先手を取って攻撃した方が有利」と曲解してしまい、最終的には軍事教本に「古来の伝統に帰り、今後は攻撃以外の法則はこれを排す」とまで記載してしまう事になる。この超攻撃的精神、当時あった哲学の思想から名前を取った「エラン・ヴィタール」はやがて第一次星欧大戦でグロワール自身にとてつもない被害をもたらす事になる。

 

ロヴァルナ帝国もまたオルクセン、エルフィンド双方に観戦武官を派遣した国家のひとつだった。しかしロヴァルナは勝ったオルクセンの報告しか重視せずオルクセン軍の攻勢で一部行われた銃剣突撃の事ばかりを記載した報告を読み、グロワールと同じような白兵重視の精神主義へと傾倒してしまう事となる。

ロヴァルナの歴史により重要な影響を与えたのはエルフィンド軍派遣観戦武官の報告書だった。このロヴァルナの観戦武官はマルリアンに傾倒し彼女の作戦を検証する為にユーダリル山から布陣を検証したという筋金入りであり、浸透襲撃と継続した予備戦力投入による「大破孔」の事まで詳細に記載した報告書を帝国首脳部に提出していた。その報告書は30年以上資料室で埃を被っていたが、やがてとある新任少尉の手に渡った。後に「赤きデュートネ」と呼ばれるその人物は「縦深戦術理論」の完成に報告書が大いに役立ったと述懐している。

 

 

星暦八七七年六月一日

オルクセン王グスタフ・ファルケンハインはエルフィンド王国に対し無条件の降伏を勧告。エルフィンド王国は即日これを受諾し戦争は終結した。

 

「我らの努力は、何だったのだ?」

 

後日、調印式の日。列車から降りた全権代表であるマルリアンとファラサールは雨の降りしきる駅のホームで立ち尽くしていた。エルフィンド全権代表たる自分達が晒し者になっているという屈辱に耐えながら呟くファラサールの言葉に、マルリアンは全てを諦めたように言った。

 

「努力などしていない」

 

ファラサールが驚いたようにマルリアンの報を見るが、彼女は遠くを見るような目で雨の空を見つめていた。

 

「マルリアン、何を……」

 

「たかが1年足らずの何が努力だ。120年惰眠を貪ったツケが、こんなちっぽけな『努力』とやらで覆るとでも思うのか」

 

愕然とするファラサールを気にする様子もなくマルリアンは続けた。まるで弔辞を読み上げるような調子だった、と後にファラサールは語っている。

 

「ロザリンド会戦の後にオルクセンが120年積み上げたものこそが本当の努力だ。私達はただ、足掻いただけだ」

 

雨が上がるのと同時にようやくオルクセン側から声がかかる。調印会場である列車に向かいながらマルリアンが空を見上げると、皮肉な事に雨が上がった空には虹がかかっている。どうせこれもオルクセン王グスタフ・ファルケンハインの徳を示す逸話となるのだろうと思うと無性に腹が立ったが、気象をどうこう出来るのなんて神様ぐらいなものだ。心の中で信じてもいない神に悪態を吐きながら、マルリアンが口に出したのは別の言葉だった。

 

「その足掻きが必要だったんだ」

 

 

調印が終わり、エルフィンド王国は終焉を迎えた。ディアネンおよびティリオンにはオルクセン軍が進駐、女王エレンミア・アグラレスにより無条件降伏受諾が全国民に告げられた。エルフィンド国民はようやく自らの祖国が消失するという事実を知り、衝撃に深く打ちひしがれた。

一方でエルフィンド軍では敗戦の報が静かに受け入れられた。前日のマルリアンの『訓示』を聞いていた兵達の多くは、自らの中にある何かに向き合うように静かだったと多くの証言が残っている。

 

また終戦に反対する幾つかの叛乱計画は速やかに鎮圧された。危険人物はあらかじめリストアップされており、リダイアンから業務を引き継いだ憲兵司令部が予防措置としてそれらの人物の逮捕に踏み切った結果だった。

 

 

首都ティリオンに進駐したオルクセン軍が最初にした事は占領司令部の開設、そしてエルフィンド王国軍総司令官ダリエンド・マルリアン大将の逮捕・拘禁であった。

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