RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】   作:ぼっちクリフ

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エレントリ館の会談③

ダリエンド・マルリアンの言う『魔王の呪い』。それはオルクセンの戦後統治の事だ。

 

「あなた方は非常に上手くやった。我々白エルフは用意された禊を済ませ、自分達は悪質な政府と教義主義者に騙されていたのだと自覚し、魔種族の一員としてオルクセン連邦に参加する事を選び……」

 

マルリアンは一度そこで言葉を区切った。この先を言っても良いものか、それとも飲み込むべきなのか。一瞬躊躇いながらもそれを口に出す事を選んだのだ。

 

「そして、腐った。『あぁ、やはり自分達は悪くないのだ』『いつも優秀な外から来た人々が我々を導いてくれる』。そう思い込み、ただ言われた事を言われたままにこなす典型的な『臣民』として。あの敗戦から何も学ばず、腐り果てた」

 

それこそが貴方の目的だったのでしょう、とマルリアンはグスタフに言い放った。白エルフ族の自尊心、優性思想、教義至上主義、社会構造。それらを全て破壊しアイデンティティを失わせ統治に反抗させず、ベレリアント半島を、そしてオルクセンを盤石とする事。それこそがグスタフ王の目的であると。

グスタフ王は何も言わずにマルリアンの言葉を聞いていた。肯定も否定もしなかったが、その態度は自らの成そうとしている事がまさにそれであると暗に示していた。マルリアンはそれを見てワインをテーブルに置きグスタフの顔を睨みつける。

 

「貴方が祖国を滅ぼした事を恨んでいない、エルフィンド王国は既に命数を使い果たしており滅んで当然だったからだ。それは我らがエルフィンドを支え建て直せなかった罪であり貴方を恨むのは筋違いだ。貴方が白エルフの社会構造を破壊し優性思想や教条を否定しようと構わない。それはむしろ我らがやらなければならなかった事であり、為す事の出来なかった自分達の不甲斐なさを恥じるばかりだ。だが!」

 

あぁ、そうだ。自分はこの時の為に12年の時を渡ったのだと、今理解した。私はグスタフ王に、この牡、いやこの男にこれを言いたくてたまらなかったのだ。

 

「私は貴方が白エルフ族を勝手に『赦した』事を許さない。自分達の罪に向き合う必要はないと甘やかし、お前達は悪くないと白エルフ族の重荷を勝手に取り去った貴方を、決して許すものか!」

 

「マルリアン!」

 

激昂したディネルース・アンダリエル少将が立ち上がりマルリアンに掴みかかろうとする。彼女は知っている。グスタフ・ファルケンハインがこのベレリアントのこれからの統治にどれ程心を砕き、そして内心その罪を自分一人で背負い傷ついているかを知っている。自分達ダークエルフを迫害し、今またそのダークエルフの庇護者の傷を抉り弾劾する目の前の白エルフを彼女は許せなかった。

しかしグスタフ王はディネルースを手で制止した。その言葉はグスタフが受け止める必要があり、グスタフのみが責任を負うものだ。こればかりは心を許す彼女にとて分かち合ってもらう事は出来ない。

 

マルリアンは一息吐くとゆっくりグスタフ王に頭を下げた。

 

「不遜な物言いの罪は如何様にも」

 

「生憎と、私は小心者でね。自殺の手助けをするつもりはない」

 

あれ程の気を吐いての言葉だ、マルリアンは既に死を覚悟しているのだろう。グスタフは彼女を殉教者にしてやるつもりはなかった。それよりかは、ベレリアント半島の統治の為に彼女の真意を聞いておく必要があると判断した。

 

「何を言われようとも、私は方針を変えるつもりはない。次の時代を乗り越える為、私は私の国、オルクセンの事のみを考え統治を行う。そして白エルフ達にもオルクセンの一員となってもらうつもりだ」

 

「ええ、それに関しては全面的に協力するつもりです」

 

グスタフはその言葉に眉を顰めた。この白エルフ、ダリエンド・マルリアンの真意が何処にあるのかを探っているかのように。マルリアンは構わず続ける。

 

「次の戦争に巻き込まれれば魔種族は致命的なダメージを負ってしまう。白エルフ族とて例外ではない、オルクセン王国……いえ、オルクセン連邦の民として次の時代を乗り越えるのが最善の手でしょう」

 

「だが貴女は本当の意味でオルクセンに忠誠を誓う気は無いのだろう」

 

この高潔で気骨溢れる白エルフが簡単に折れるわけがないとグスタフ王は確信していた。

マルリアンは一度座るとワイングラスの縁をそっとなぞりながら語り始める。

 

「だから私は『より良き負け方』を志した」

 

「今度こそ聞かせて頂こう。『より良き負け方』とは一体何だ?」

 

「――グスタフ王は農学者だそうで。でしたら『挿し木』の事はご存知でしょう?」

 

当然グスタフは知っていた。挿し木は植物の一部、健康な枝や茎を切り取り土や水に挿し、そこから根を生えさせて新しい植物を育てる方法だ。

そこでハッとした顔をしてグスタフはマルリアンを二度見した。マルリアンは気にせず語り続ける。

 

「エルフィンドは根腐れを起こしていて余命僅かな大木だった。だから私は考えたのです――この国の中でまだ腐っていない部分、個々に存在する有能な白エルフ達。それらをまとめておく事によって、彼女達が『挿し木』の役割を果たしてベレリアント半島に根付く事は出来ないかと」

 

マルリアンが集めた者達――『ユールレイエン』を中心としたクーデター政府。それらに有能だが主流派に迫害されていた官僚達や在野の人材、北部出身の者達も加えて登用する。彼女達に国家の状況を把握させ、そのままオルクセンの求める暫定政権として運用する。有能な彼女らはオルクセンの要望を満たす事で統治に関わる人材としてベレリアント半島に根付く事が出来る……

 

「個人でも氏族でもない、『白エルフ族』をアイデンティティとしてベレリアント半島に根付く者達。彼女達を残す事が、私の求めた『より良き負け方』です」

 

マルリアンの指示の元、暫定政権は占領軍総司令部にいくつかの案を提出していた。レマーリアンの協力する財務省からは通貨安定策と外債の返済案が、クーランディア元帥が助けた農務官僚からはベレリアント半島の農地のデータと農地改革案が、リダイアン少将から業務を引き継いだ憲兵司令部は治安安定策を、そしてネニングに残った兵達の武装解除と復員の実施を未だ負傷中のヴェルナミア中将とコルトリア中将が。

『前回』と違い矢継ぎ早に戦後統治案を打ち出す暫定政権は占領軍総司令部にとって非常に都合の良いシロモノだった。時に修正や要望を加え直接統治をちらつかせながら、暫定政権と占領軍総司令部は順調に戦後統治を開始している。

 

 

「私達はその為に集まったのです。崩れかけた国家を必死に支え、オルクセンという強敵に共に立ち向かい、そしてエルフィンドの幕引きを自ら行う事。それらを通じて本当の意味での『白エルフ族』となる為に」

 

 

エルフィンドの敗北とは戦争に負けた事ではない。戦争に負けた後に個人でしか何かを創造出来なくなった事、白エルフ族自体のアイデンティティを再び生み出せなかった事。それこそが本当の敗北だとマルリアンは考えた。たとえグスタフ・ファルケンハインが何度白エルフ族の自尊心を叩き潰しそのアイデンティティを失わせようとも、その『魔王の呪い』を跳ね返し種族としていつの日にか再び復興する日が来るのを待つ人々。それらを生み出し育てる事、その為の種まきをする事こそが、マルリアンの目指す『より良き負け方』だった。

 

「マルリアン殿。貴女はその事がどれほどの意味を持つのか、本当に分かっているのか?」

 

マルリアンの語った事は諸刃の剣だった。種族としてのアイデンティティを持てば、当然ナショナリズムが生まれる。彼女達自身がどう思おうと、白エルフ族は故郷ベレリアント半島を取り戻すべく活動を始めるだろう。それらをオルクセンは弾圧せねばならない、そうでないと次の時代を乗り越えられない。きっと『前回』に比べて『今回』の統治は苛烈な面も生まれる。白エルフ族はおそらく、『前回』よりも過酷な環境に置かれる事になるだろう。それを分かっていながら、マルリアンは事を為したというのか。

 

「分かっているとも。私は白エルフ族を不幸にした大罪人だ」

 

マルリアンの言った『挿し木』に彼女自身は含まれていない。彼女はこの戦争の全ての責任――戦争犯罪も含めて全ての罪を背負い戦犯として裁かれるつもりだった。本来ならばクーランディア元帥に後を任せたかったのだが……こればかりは、仕方がない。残された者達には苦労をかける事になる。

それでも『挿し木』は残る。彼女達は現在ベレリアント半島における行政の全てを担っている。これを排除するのは非効率に過ぎるし占領軍総司令部の業務が滞り最悪止まってしまう原因にもなる。おまけにこれはマルリアンが勝手に語っている事であり当の『挿し木』達にはそのような意識は無い。もしこれを明かせば、下手をすればマルリアンが白エルフ族の英雄になってしまう危険がある。グスタフ王にとっては痛し痒しといった所だ。

 

「だがなグスタフ王。何事もやってみなければ分からないだろう?」

 

グスタフ王とマルリアン、両者は年数や世界の違いはあれど未来を垣間見た存在だった。自分の経験した事が全て当てはまるわけではない、全てが思い通りに行くわけではない。それを体験したマルリアンは未来に一縷の希望を見出した。

 

「いつか――そう、次の次の時代か、その次の時代に。私達では見通せない未来に、きっと白エルフ族は甦ってみせるさ」

 

白エルフ族がどれ程の罪を犯したかを知り、その優性思想の愚かさと教条主義の頑迷さを嫌という程体験し、120年の惰眠を貪った事を誰よりも批判した。

それでも白エルフ族が世界で最も優秀で、最も美しく、最も完璧な存在に。いつかそんな存在になるべく努力を重ね、困難な嵐の時代を乗り越える事が出来ると信じて疑わない。

 

 

ダリエンド・マルリアンはどこまでも白エルフだった。

 

 

「残念ですが、貴女を解放するわけにはいかなくなりました」

 

グスタフ・ファルケンハインにとってマルリアンは危険すぎた。彼女は生ある限り白エルフ族の自立と独立を求めて活動し続けるだろう、決して野に放ってはならない。グスタフ王がその身を戦犯として処す事をマルリアンに告げると、彼女は満足そうに頷いた。それが会食の終わりの合図だった。

 

 

退出前にマルリアンは一つだけグスタフ王に願い出た。中庭の黄金樹を見せて欲しい、と。

グスタフはそれを許し、マルリアンは一人で庭に出て黄金樹を見上げた。

 

黄金樹。かつて白エルフ族が生まれたその場所で、ダリエンド・マルリアンは静かに呟いた。

 

 

「さあ始めようか。白エルフ達(わたしたち)の最後の努力を」

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