RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】   作:ぼっちクリフ

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星暦八七六年を迎えて

「はぁ、はぁ……!」

 

その白エルフは何かから逃げるように裏路地を走っていた。

畜生、何だってこんな事に。

 

確かに追われる覚えはある。両手の指を全部使っても足りない程度には。

しかしその為の備えは常にしてきた。こんな窮地に陥る筈ではなかったのだ。

 

荒々しい軍靴の音はついにすぐ側まで迫って来た。

再び踵を返し逃げようとする彼女の目の前に現れたのは、壁。

 

「手こずらせてくれたな」

 

彼女は静かに告げる声に絶望したように肩を落とした。

 

 

その日ダリエンド・マルリアン大将の家にイヴァネメル中将が訪ねて来た。

 

「お探しの者を連れて参りました」

 

マルリアンはその人物を見て満足そうに頷いた。

連れて来られた白エルフ――体格が良く精悍な顔つきをしたエルフは緊張しながら挨拶する。

 

「カティエレン・タルヴェラです。お初にお目にかかります、マルリアン閣下」

 

「あぁ、来てくれてありがとう。実は君に相談したい事があるんだが……さて、もう一人が来るかどうか」

 

「もう一人?」

 

「探しに行ったら逃げてしまってね。取って食おうというわけじゃないんだが」

 

「はぁ……」

 

タルヴェラは不思議そうに話を聞いていた。

逃げてしまった、とは剣呑だ。もう一人の客というのは誰なのか。

 

いや、そもそも自分が呼ばれたのすら意味が分からない。

北部から出て来て立ち上げたばかりの小さな建設会社にこんなお偉いさんが一体何の用なのか。

軍からの仕事なら大歓迎だが、それならこんな上の人でなくもっと現場に近い人間が来る筈だ。

 

「あの、本当に私に御用なのですか、マルリアン閣下?」

 

「どういう事だいタルヴェラ?」

 

「私のような者を閣下が何故知っているのかも分かりませんし、一体何をお求めなのかもとんと検討がつかず……」

 

「そのあたりの事ももう一人と一緒に……おや?」

 

丁度その時家令が再度の来客を告げた。

マルリアンがそちらも通すように命じると、いきなり叫び声が部屋に聞こえて来た。

 

「これは不当逮捕だ! 弁護士の同席を要求するぞ、金なら糸目は……!」

「だから違うと言ってるだろう!」

 

聞き覚えのある叫び声を聞いてマルリアンは苦笑する。

なるほど、この時代からあまり性格は変わっていないらしい。

 

肉感的で精力が漲っているようなエルフを引きずってきたヴェルナミア少将はマルリアンに敬礼しながら告げた。

 

「ご要望通り、アダウィアル・レマーリアンを引っ張って参りました」

 

「ご苦労だ中将。久しぶり……というわけでもないのか、ここでは」

 

「……誰ですかお嬢さん、会った覚えは無いけれども」

 

「ダリエンド・マルリアンだ、来てくれて感謝するよレマーリアン。話は食事をしながらにしようじゃないか」

 

かの高名なロザリンドの英雄、ダリエンド・マルリアン大将と聞いてレマーリアンは顔を引きつらせる。

そんな姿を見ながらマルリアンは家令に食事を出すよう命じた。イヴァネメルとヴェルナミアは一礼して引き下がる。

会食はマルリアンとタルヴェラ、レマーリアンの三人で始まった。

 

食卓には質素ながら多彩なメニューが並んだ。

スピナートのサラダ、ニシンの酢漬け、ミートボールのスープ。ポテトのパンケーキには厚切りの塩漬け豚とベリーのジャムがたっぷりと添えられていた。

飲み物は白ワインとアクヴァヴィト。マルリアンはワインを、2人はアクヴァヴィトを選んだ。

 

ぶつくさ文句を言っていたレマーリアンも美味しそうな食事を前にすると流石に居住まいを正し話を聞く気になったようだ。

 

「流石はマルリアン閣下の食卓ですね、付け合わせの塩漬け豚は分厚い方が美味いとよくご存じだ」

 

「私は食が細くてね、うちの家令が色々と工夫をしてくれてはいるのだが」

 

早速ポテトのパンケーキに舌鼓を打つレマーリアンをタルヴェラは驚いた視線で見ている。

コイツも私と同じような立場に見えるが、マルリアン閣下の前でよく緊張しないものだ。

とはいえタルヴェラも健啖家だ、『食える時に、食う』がモットーの彼女もおずおずと食べ始める。

 

そんな2人の様子を見ながらワインを傾けていたマルリアンは、ようやく話を切り出した。

 

「さてレマーリアン、タルヴェラ、来てくれて感謝する。率直に言うと、君達に頼みたい事があるんだ」

 

「頼みたい事、というと?」

 

「近いうちに大きな戦争がある。2人には我が軍の物資調達および拠点構築の監督をしてもらいたい」

 

レマーリアンの手が止まる。タルヴェラも驚いたようにマルリアンの顔を見つめていた。

突然何を言いだすのだ、と2人の顔が物語っていた。

 

「……すみません、よく意味が分からないのですが」

 

レマーリアンが問い返すとマルリアンは詳細を説明する。

 

近いうちにこのベレリア半島は戦場になる。南にあるオークの国家、オルクセンが攻め込んで来る。

その時に現在の防衛体制では1年も持たせる事は出来ない。早急に戦争計画に基づいて拠点を整備しそこに物資を備蓄しなければならないのだ。

 

「レマーリアン、君はそのブローカーの伝手と手腕で国内および海外から必要な物資をかき集め各所に配備して欲しい」

 

「いや……そんな無茶な! 大体どうして私に!?」

 

「君以外に出来る人間を知らないからだ」

 

あっさりと言うマルリアンにレマーリアンは薄気味悪いようなものを見る目を向ける。能力を信頼されてはいるのだろうが、一度も会った事の無い自分の事を何故このロザリンドの英雄が知っているのだろうか。

当然だろう、マルリアンは12年後の知識を元にレマーリアンを信頼しているのだ。後に『怪商』と呼ばれるレマーリアンの手腕が、今のエルフィンドにはどうしても必要だった。

 

「タルヴェラ、君には私の戦争計画を元に国内各所の防衛拠点の整備を頼みたい」

 

「……建設会社ですので注文頂ければ。ですが、あまりにも大規模な工事を任されても、その」

 

「必要であれば他建設会社、足りなければ軍の工兵隊を貸し出す。君の差配で動かせるように手配する」

 

タルヴェラも驚愕のあまり硬直する。一体マルリアン大将には何が見えているのだ。

レマーリアンは酒杯を傾けながらマルリアンに問う。

 

「一体何故、私達のような者にそこまで?」

 

「この国に私の構想を実現できるだけのシステムがあればそれを利用する。しかし、この国のシステムは脆弱だ。私の構想実現の為には足りない。故に、個人の能力を併用する以外に方法が無いんだ」

 

オルクセンが120年もの年月をかけて作り上げた兵站とそれを支えるインフラ構築のシステム。それをこんな短期間で模倣する事は不可能。

またエルフィンドの軍制をそれに合わせるのも重ねて不可能。

ならばエルフィンドの身の丈にあった防衛網を何とか間に合わせるしかない。その為には既存のインフラ構築システムをこの2人の異能で引き上げ使うしかない。

 

「当然、報酬は用意する。オルクセンを撃退した時には相応の見返りがあると思って構わない」

 

「……ひとつ、聞きたいんですがね」

 

酒杯を干したレマーリアンは品定めするようにマルリアンに視線を向ける。

 

「あなたにそんな権限があるので? 失礼ですが、軍主流派からは距離を置かれているとお聞きしますが」

 

「うん、その通りだ」

 

「聞く限りでは貴女の構想はエルフィンド王国全土を使った壮大なもののようだ。陸軍大臣や首相の認可はおありですか?」

 

「無い」

 

「……当然、何かお考えがあるんでしょうな?」

 

「私が国防全てを差配する地位に付けば良い」

 

カタン、と音がした。レマーリアンが杯を机に落した音だった。タルヴェラも息を呑む。

それは、つまり……

 

「……その予定がある、と」

 

「近い内に」

 

「我々にそれを話す理由を、お聞かせ願いたい」

 

「君達の協力が無ければ防衛体制を構築できない、そうなればこの国はオルクセンに蹂躙され終焉を迎える。故に、君達を信頼する以外に手が無い。それだけだ」

 

マルリアンにしてみればこの2人の協力は大前提だ。

『ユールレイエン』のメンバーは皆優秀な軍人だが、如何せん補給や建築などの専門家ではない。オルクセンと比べエルフィンドの後方兵站能力は著しく劣る以上、この2人の異能が使える事を祈るしかないのだ。

 

2人はしばし考え込んだ。マルリアンの意図が何処にあるにせよ、確かな事がひとつある。

彼女は自分達を信頼してくれている。そうでなければ、こんな話をする意味が無い。

北部出身のブローカー、そして建設会社社長。そんな吹けば飛ぶような2人を罠に嵌める必要がマルリアンには無いのだ。

 

2人は一瞬顔を見合わせた。

お互いに、思いは同じようだった。

 

「良いでしょう、乗りますよマルリアン閣下。少なくとも退屈はしなさそうだ」

 

「私も、そこまで信頼していただけるならば全力を尽くします」

 

最初にレマーリアンが、次いでタルヴェラが相次いで賛意を表明する。

マルリアンは笑みを浮かべると2人と相次いで握手しあった。

 

「では、早速だが2人に働いてもらいたい事がある」

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