RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】 作:ぼっちクリフ
ログレス・タイムの記者は驚いた。
目の前の幼いエルフ……人間で言えば12歳くらいの女の子。このエルフがかの『ロザリンドの英雄』なのかと。
「マルリアン閣下、このたびは取材に応じて頂き感謝致します」
「こちらこそ、ようこそティリオンへ。どうかな我らが都は」
「何と美しいものかと感動しております。それこそ御伽噺に出て来るような……」
「お褒めに預かり光栄だ」
記者は率直に感動を言葉にした。
この街は星欧でもっとも美しいと言っても過言ではないと。繁栄ならばオルクセン首都ヴィルトシュヴァインの方がよほど栄えているではあろうが、このティリオンには幽玄とも言うべき独特の雰囲気、そして塵ひとつ落ちていないと言える程の清潔感があった。
「しかし急な話で驚きました。エルフィンドの方々は、その、率直に言ってあまり余所者を歓迎しない印象でしたので」
実際に首都を歩いているだけで住民たちから剣吞な目を向けられた。
マルリアンは苦笑しながら頷く。
「それは我らの国是故に、ですね。しかし私自身に事情がありまして」
「と、おっしゃると?」
「私もそろそろ第二の道を考える時期でしてね、広く星欧社会を知る記者さんにも是非相談に乗っていただきたく」
第二の道、と聞いて記者はある言葉を思い浮かべた。
『退役』
なるほど、この宿将は引退を考えているのか。
となると自分の役目、そしてこのインタビューの意味もよく分かる。
彼女はこのインタビューをもとに回顧録を書こうとしているのではないだろうか。
著名人、特に政治家や軍人が回顧録を書く時によくある手段だ。
インタビュー形式で人生を振り返り、時に己の哲学や経験をもとに考えを語る。
そうして人生を追想しながら回顧録として出版するのだ。
記者はこの話を持って来てくれた知己――アダウィアル・レマーリアンに感謝した。
神秘に包まれたエルフィンド。その中でも特に有名な『ロザリンドの英雄』ダリエンド・マルリアン大将の回顧録。
しかもその容姿は齢12歳程度の可憐な少女。
これは売れる、間違いない。
記者は感動しながら頭を下げる。
「私をご指名いただき、感謝の念に堪えません」
「いえいえ、それでは何処から始めましょうか」
「そうですね、では閣下の生い立ちから……」
このマルリアンの行動は閣議で取り上げられる問題となった。
「神聖なるティリオンに身元のよく分からぬ外国人を招き、あまつさえエルフィンドの歴史をペラペラと語るとは!」
教義大臣モリンドは怒髪天を衝くかのように声を荒げた。首相の意を受けこの国の『教義』を神聖不可侵にまで押し上げた彼女の『教義』に賭ける情熱は人一倍だ。解釈仕様によっては教義に反するマルリアン大将の行動に異を唱えるのも当然だろう。ただ、多くの閣僚は「閣議にまで上げる事か」と呆れた顔をしていたが。
誰も触れたくないと忌避する中、陸軍大臣ウィンディミア大将が宥めるように声をかける。
「身元の分からぬと言ってもキャメロット人で、正式なパスポートを持つ記者ですよ」
「そう、記者です! 根掘り葉掘り探りまわってあらぬ事を書き立てる連中が、ティリオンに入り込んだのですよ!」
「記者が訪れたのはマルリアン大将の執務室だけです」
「陸軍大臣は庇いだてするのですか!?」
この物言いには温厚なウィンディミアも流石にムっとした様子を見せる。彼女は御用将軍と呼ばれ軍主流派、そして首相の意志を代弁している身だが、同時にごく普通の感性の持ち主だった。マルリアン大将の行動があまり褒められたものではないとしても、閣議でここまで罵倒するような事でもあるまいという多くの閣僚の意見を代弁していただけなのに。
そんな場の空気を呼んだのか、座長である内閣総理大臣が発言する。
「口が過ぎますよ教義大臣」
エルフィンド王国首相ドウラグエル・ダリンウェンは典雅な仕草でモリンドの言を制した。
モリンドは慌てて謝罪すると着席した。この『教義』絶対主義者でも、流石に首相に噛みつくような愚かな真似はしない。
続けてダリンウェン首相はウィンディミアにも声をかける。
「しかしマルリアン大将の言動に関してはわたくしも思う所があります。陸軍大臣、彼女は一体何故外国人からの取材など?」
「どうやらマルリアン大将は退役を考えているようなのです」
ウィンディミアの言葉にざわ、と会議室から一斉に声が上がる。
魔種族にとって高級将校の退役というのは一大事だ。ほぼ不老の寿命を持つ彼女達はその気になれば文字通り永遠に現役を続けることが出来る。
特にエルフィンドでは高級将校の席は即ち氏族の権勢の証であり、可能な限り手放したくないもの。それが普通の認識だった。
マルリアンが退役するという事はつまり軍最高幹部の席が一つ空く……そこに誰が座るかの政治闘争が始まる事を意味していた。
「……本当でしょうか?」
訝しげに問うダリンウェン首相に対し、内務大臣プレンディルが挙手して発言を求めた。
「近頃マルリアン閣下のご自宅に建設業者や貿易商人が出入りしております。調べた所、どうやら引退後の邸宅を建設するおつもりとか」
プレンディルの返答に何人かが嫌な顔をする。どうせ秘密警察を使って調べたのだろうが、そんなプライベートな事をこの閣議の場で堂々と晒すとは。
内務大臣の専横を苦々しく思う気持ちはほとんどの閣僚が持っていたが、それを口に出す事は無い。そんな事をすれば、秘密警察によって明日にでも『事故死』してしまう。特にウィンディミアは己が秘密警察の監視対象になっている事を知っていた。迂闊な事を言えば政治生命どころか生命そのものが危うくなるだろう。
一方返答を受けたダリンウェン首相は納得したように頷いた。
「なるほど、退役して大きなお屋敷を建て、優雅に回顧録でも書いてお過ごすのつもりと。結構な事ですわ」
口元を扇で隠しながらホホホ、と優雅に笑うダリンウェン首相の口調には嘲りが含まれていた。そのうち追い出すつもりだったが、自分から引いてくれるなら丁度良い。しかも大きな屋敷とは、かの『ロザリンドの英雄』も俗っぽくなったものだ。
高潔にして清廉、政治闘争から距離を置き言葉遊びに終始する軍主流派を「御用将軍」と言って憚らない豪胆な女傑。そんなダリエンド・マルリアン大将が大きな屋敷を建てる……何か違和感を感じるが、それが脳内で形を取る前に次の発言が会議場で為された。
「しかし、少々問題が」
ウィンディミアの言葉に再び視線が一斉にそちらに向く。
彼女は首相に向かって説明を始めた。
「クーランディア元帥が退役に反対しておりまして」
「元帥が?」
「はぁ。マルリアンは陸軍再建に必要な人材だ、なにとぞ女王陛下から慰留して欲しい、と」
ダリンウェン首相は指を顎にあててしばし黙考する。
クーランディア元帥は名目上の軍最高位として君臨しているが、現状軍主流派とは距離を置いている。マルリアンとはロザリンド以来の盟友であり、数少ないクーランディアの息のかかった軍最高幹部だ。もしマルリアンが退役し軍最高幹部の席が主流派に取られれば、一層首が寒くなる事は間違いない。
つまりは自分の息のかかった軍最高幹部を手元に残す為のパフォーマンスだ。
「そのような事で女王陛下の手を煩わせるのは……」
「陛下自身がお望みのようで。クーランディアの頼みなら、話だけでもしてあげたいと」
はぁ、とダリンウェン首相は他の者に見えないようにため息を吐いた。クーランディアは女王の元教育係であり信頼が厚い、女王もこの程度の頼みならば進んで叶えてやろうとするだろう。
「でしたらマルリアン大将と陛下のみでお話なさるべきでしょうな、余計な者が付いて来る必要は無い」
発言したのは侍従武官長トゥイリン・ファラサール大将だった。ダリンウェン首相はその発言になるほど、と納得した。
要は後任を勝手に決められたくないのだろう。クーランディアがその席に居てマルリアンの後任を『推挙』してしまうのを恐れたのだ。女王はお飾りとはいえ、後任の任命は女王の名前を持って行われる。女王が後任を名指しすれば、それを完全に無視するわけにもいかない。ファラサールはそれを恐れている、ダリンウェン首相はそう解釈した。
クーランディアとファラサールは早くも水面下でマルリアンの後任を巡り暗闘を始めた、ならば当然ファラサール大将に貸しを作っておくべきだろう。
「おっしゃる通りですわ侍従武官長。ではマルリアン大将に謁見の栄誉を与える準備を」
「承知致しました」
深々と頭を下げながら、ファラサールは計画の第一段階が成功した事に安堵した。