RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】   作:ぼっちクリフ

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雨月政変②

首都ティリオン駐留部隊は夜間の来訪者に対し全く無防備だった。既にロザリンド会戦から120年、戦争は遥か昔の事となり部隊の役目はあくまで首都の治安維持。

その治安維持すら警察や秘密警察が担っている現状、彼女達はあくまで氏族代表として現政権に阿り、その特権を享受するだけの立場だった。士気は緩み、部隊内ですら政治的暗闘を繰り返し、美食や賭博に現を抜かす者までいる始末だった。

 

その日の夜も部隊の夜番達は駐屯所でポーカーに興じていた。床には酒瓶が転がっている。そこに突然やって来た囚人たちと監督官に対し、全く警戒した様子も無い。

監督官は正規の命令書らしきものを夜番に示した。

 

「駐屯地の掃除とゴミ捨ても担当するよう市長から要請を受けまして。必要なければ退散致します」

 

腰の低い監督官と囚人たちに対し、夜番達は何も疑う事なく、上へのお伺いも立てずに駐屯地の中へと入れてしまう。面倒な掃除をしなくて済むとはラッキーだ、担当個所を全部押し付けてしまおうという魂胆が見え見えだった。

 

「とっとと掃除して帰れよ、ゴミもそっちで処分してくれ」

 

何て連中だ、規律の欠片も無いとリダイアン大佐は内心憤慨する。断られた時の制圧の準備や武器庫の位置まで叩きこんで来たのに、まったく意味が無かった。

武力を持って現政権を打倒する事にあった筈のわずかな心の抵抗が、この瞬間全て霧消した。この国は一から叩き直さねばならない、手遅れになる前に。

 

リダイアン率いる囚人に扮した部隊は速やかに首都駐留部隊の武器庫を占拠、その場で武装を完了した。ここまで完全に時間通り、一つの漏れも無い。

間もなく王宮からの魔術通信を受信する。

 

Rohkea rokan syö(勇気ある者はスープを飲む)

 

暗号文は女王からの勅命が出た事を意味していた。決起の時間だ。リダイアンが合図をすると、囚人服を着た部隊は一斉に武器を構えた。

 

すぐさまリダイアン率いる部隊は首都駐留部隊の宿舎へ突入する。扉を蹴破り一気に武器を構え中に突入するが、抵抗はまるで無い。

先頭のリダイアンがその場に居た全員に向け叫ぶ。

 

「女王陛下の命だ、大人しく武装を解除し指揮下に入れ!」

 

呆れた事に宿舎内には突入されるまで寝ていた者、酒を飲んで泥酔していた者、なんと女を連れ込んでいた者までいた。部隊が一直線に部隊長の寝室へと突入すると、部隊長はようやく起きた所だったという有様。突然現れた武装した部隊に為す術もなく首都駐留部隊長は拘束され、以下ほとんどの隊員が抵抗する事もなく降伏するという未曽有の醜態を晒す事になる。この事は後に喧伝され、ダリンウェン政権の腐敗を示す一事として広く知られる事となった。

 

 

 

後に『雨月政変』と呼ばれる一連のクーデターはあまりにもスムーズに進んだ。

理由は首謀者であるマルリアンにお手本があったからだ。12年後の世界で『将軍達の叛乱』の詳細を見たマルリアンにはエルフィンドにおけるクーデター成功の鍵が既に分かっていた。あとは首都ティリオンに駐留する部隊をどうするかを考えるだけで良かったのだ。

その部隊が何の役にも立たない以上、この叛乱を防ぐ手段はほぼ存在しなかった。

 

女王からの勅命を戴いたマルリアンはすぐさまクーランディアと合流、信頼できる僅かな手勢を率いて閣僚達の拘束に向かった。

あまり多くの兵を動かさない事、これも『将軍達の叛乱』から学んだ事だった。

 

 

エルフィンド首相ドウラグエル・ダリンウェンは屋敷の中に入って来た侵入者達を睨みつけていた。

王国の権力を恣にして数々の政敵を奈落の底に突き落として来た彼女には、この事態がどんな意味を持つかを正確に把握していた。

 

「首謀者はクーランディアか、ウィンディミアか?」

 

「女王陛下の命です。ダークエルフ(デックアールヴ)7万人の虐殺容疑で貴女を逮捕します」

 

「馬鹿な事を」

 

ダリンウェン首相は嘲笑った。事ここに至ったのだから叛逆罪なり大逆罪なりでっち上げれば良いものを、よりにもよって(デック)どもを逮捕の理由にするとは!

 

「我ら白エルフ族は世界で最も高貴な選ばれし民、その我らが(デック)如きを殺した所でなんの罪になるという。もっとマシな罪状を持って来い!」

 

一喝する首相に兵たちはわずかに怯んだ。腐敗したとはいえ、一国の首相を務めた政治家の胆力には凄まじい物があった。

 

「そうだな、お前はそういう奴だよダリンウェン」

 

呆れたように言いながら兵たちの後ろから姿を現したのはダリエンド・マルリアン大将だ。ダリンウェン首相はマルリアンを睨みつけ吼えるように問う。

 

「マルリアン! お前は何をしているのか分かっているのか!」

 

「もちろん叛乱だよ、見て分かるだろう」

 

「軍が政権を転覆するなど、国家に千年の禍根を残すぞ! 『エルフィンド軍は都合が悪くなれば政権を転覆する』『国の政情は軍のご機嫌次第だ』と諸外国から蔑まれ、国家の信も芯も失うのが分からんのか!?」

 

「それもこれも国という器あってのものだろう」

 

ダリンウェン首相の言は正しい。軍が政権を転覆すればそれはもう軍とは言えない。ただの暴力を持った権力組織であり、国家が即ち暴力を持って統治を行う事の表明に他ならない。そんな国家を誰も信用しない、諸外国も、国民自身も。

けれどもマルリアンはその事をとうに乗り越えていた。言葉遊びと政治闘争によって弄ばれる国と、暴力をもって統治される国。どちらも同じように腐りきっているではないか。しかも進退窮まれば結局『将軍達の叛乱』によらなければこの国は変われなかった。それが少しばかり早まるだけだ。

 

「ダリンウェン、私はな。高潔である事に満足していた。国が滅び白エルフ族がどれほど屈辱を受けようとも、私自身はせめて最後まで高潔であり続けようと」

 

「……何を言っている、マルリアン?」

 

「だがそれは間違いだった。私自身の高潔さは私しか救わない。クーランディアが、カランウェンが、その他多くの人々が護ろうとしたエルフィンドにとって私一人の高潔さなど何の意味も無かったんだ」

 

「狂ったのか貴様!」

 

兵達がダリンウェン首相を拘束する。その引きずられていく姿を見ながらマルリアンは言葉を続けた。ダリンウェンにではなく、ここには居ない誰かに語り掛けるように。

 

「私は機会を得た。ならばこの身がどんな汚名を受けようとも、今回は必ずやり遂げる。死んでいった彼女達のために、少しでもマシな未来を掴んでみせる」

 

 

クーランディアは内務大臣プレンディルの屋敷を包囲していた。流石に警察、そして秘密警察を統括するプレンディルは他の閣僚と違い異変に即座に反応した。ティリオンからの脱出が不可能と悟ったプレンディルは屋敷に籠城、朝まで援軍を粘る策を取り屋敷にあった銃で応戦までしてきた。クーランディアは構わず屋敷内に兵を突入させ応戦、結果としてプレンディルとその副官、警護まとめて10人を射殺した。無意味な血の応酬に辟易した所でクーランディアの元へ魔術通信が入り、閣僚を次々と拘束した報告が入って来る。だが、一人だけ逃がしたとの報告があった。

 

「秘密警察長官ブレンウェルが逃亡しました!」

 

 

首都ティリオンの西方、エレントリ館前で秘密警察長官ブレンウェルは愕然としていた。何故、何故……

 

「何故こんな所に黄金樹(マルローリエン)騎兵が!?」

 

異常事態を察知したブレンウェルはただちに首都ティリオンを脱出、かき集められるだけの秘密警察をかき集めながらエレントリ館へと向かっていた。この館ならば敵は簡単に手出し出来ない、あとは各地の教条派がカウンタークーデターで蜂起するのを待つか、海外への亡命を考えれば良い。そう考えていた彼女達の前に現れたのは、完全武装のマルローリエン騎兵一個中隊二五〇騎だった。

 

「マルリアン閣下のおっしゃった通りに来たな、ブレンウェル」

 

馬上から声をかけたのはマルローリエン騎兵旅団長イヴァネメル中将だった。白外套のうえにエルフィンドを表現する白と青の飾帯を腰に巻いた姿でサーベルを構え、じっとブレンウェルを見つめている。その左右に付き従うのは肩章つき立襟直裁の白上衣と黒ズボンを身に着けた騎兵達。近衛(マルローリエン)騎兵達は月明かりの下で神秘的とまで言える美しさと怒れる神の如き威圧を放っていた。秘密警察の方が数が多いとはいえ、相手は完全武装の胸甲騎兵でありとても敵う相手ではない。

 

「女王陛下の命である、全員武器を捨て投降しろ!」

 

イヴァネメルの一喝にブレンウェルはガクリと膝を着いた。この瞬間、『雨月政変』は完全に成功したのである。

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