RollBack ~白エルフ達の最後の努力~【完結】 作:ぼっちクリフ
国境警備隊の幹部達、それに連れて来られた兵士は薄気味悪そうに森へと入って行く。
その表情は悲壮で、手には円匙を持ち皆走っていた。しかし連れて来られた兵士たちの足取りは重い。あんな冒涜的な事をしたのに、今度はさらに何をさせる気なのだろうか。
「急げ、早くしろ!」
シルヴァン川から北に2、3kmほど行った場所にあるヘイズルーンの村郊外、レーラズの森。そのある地点で一同は一斉に土に円匙を突き立てた。
ベレリア半島の2月は寒さ厳しく、土も硬い。それでも彼女達は何かを必死に掘り起こそうとしていた。これが見つかれば大変な事になる、自分達はおしまいだ、早くこれを隠さなければ……
「お、おい……」
土を掘っていた国境警備隊の1人が驚いたように周囲を見回す。彼女達は囲まれていた。よく見れば包囲していたのが海兵だと気付いただろうか。しかし、国境警備隊にしてみればそれどころではない。包囲を指揮するミリエル・カランシア少将がゆっくりと前に出て告げた。
「どうした、続けろ」
真っ青になって硬直する国境警備隊の隊長ハルファン少将は、縋るようにカランシア少将を見上げる。
「ち、違う……私達は、命令されて……」
「掘れ」
無慈悲な一言にハルファンは己らの命運が尽きた事を悟った。
首都ティリオンの王宮では女王エレンミア・アグラレスよりサエルウェン・クーランディア元帥に対し内閣総理大臣に任命する親任状が授けられ組閣の大命が下った。
関係各所の混乱が手遅れになる前に国家の実権を握らねばならない。その為の準備は一応整っていた。
ほとんどの閣僚は名目上留任、実務は各省の次官級か非主流派の政治家に代行させる。ただし首相ドウラグエル・ダリンウェン、内務大臣プレンディル、秘密警察長官ブレンウェルの三人のみは罷免を公表する必要があった。彼女達には
空白となった国家中枢を補う為、以下のメンバーが『新政権』の中心となる。
内閣総理大臣 サエルウェン・クーランディア元帥
副総理兼侍従武官長 トゥイリン・ファラサール海軍大将
国軍総司令官 ダリエンド・マルリアン大将
国軍副司令官 セレスディス・カランウェン中将(昇進)
陸軍大臣 ファンリエン・ヴェルナミア中将(昇進)
海軍総司令官 ミリエル・カランシア中将(昇進)
騎兵総監 アノールリアン・イヴァメネル中将
憲兵総監 リダイアン少将(昇進)
完全な軍事政権であるが、クーランディアは無理に彼女達に政治をしろとは命じなかった。本来専門分野でない軍人が政治に口を出せば必ずどこかで歪みが出る。差し当たりは新政権に従順な政治家か政治犯収容所に居る革新派政治家を復帰させ国政に当たらせる事になるだろう。
この人事に一人だけ反対する者が居た、新たに陸軍大臣となったヴェルナミア中将である。
「席次から言えばマルリアン閣下こそが陸軍大臣になるべきでは?」
有事の際であろうとも国軍総司令官は陸軍大臣の下だ。結果としてヴェルナミアはマルリアンを指揮する立場になってしまうのを懸念していた。しかしマルリアンはこの人事案で押し通した。
「この人事は主流派氏族へのアピールの意味もある、君にやってもらわなくてはならない」
主流派氏族を完全に排除しては政治も軍事も回らない。彼女達には「あくまでデックアールヴ虐殺の罪でダリンウェンとその側近、実行犯を更迭しただけで主流派氏族を完全に排除するつもりはない」という事を示さなくてはならなかった。ヴェルナミアは由緒ある白銀樹の出で主流派からの受けが良い。彼女を席次上マルリアンの上に置く事で主流派氏族に対し配慮した形にするつもりだとマルリアンは語った。これを聞いたヴェルナミアは渋々ながら陸軍大臣への就任を受けた。
廊下を歩きながらクーランディアはマルリアンに話かけた。
「面倒な事を押し付けたな」
「まぁな。対オルクセン戦争の準備があるのに大臣の職務なんぞやってられんさ」
全く悪びれないマルリアンの言にクーランディアはため息を吐いた。主流派への配慮という言に嘘は無いだろうが、それ以上に現場主義のマルリアンが陸軍大臣の業務を嫌ったのが手に取るように分かったのだ。
「まったくお前は変わらないよ、ロザリンドの時もそうだった」
「いつも世話をかける」
「そのうち返して貰うからな」
軽口を叩きながら2人は王宮内のある一室へと入った。そこには拘禁されていた元陸軍大臣ラエリンド・ウィンディミア大将が居た。2人は見張りの兵に下がるように言うとウィンディミアと向かい合うように座る。『雨月政変』最後の仕上げが残っていた。
「マルリアン、この女をどうする気だ」
クーランディアの言い方はお世辞にも友好的とは言えなかった。彼女はウィンディミアを『御用将軍』として嫌っていたのだ。当のウィンディミアはと言えば、青い顔をしながらも無様に命乞いをしたり言い訳をしようとせず、穏やかな顔を向けていた。マルリアンは率直に彼女にたずねた。
「虐殺の命令書にサインしたのは貴女だな」
部屋の空気が凍る。確かに国境警備隊がダリンウェンの私兵に等しい扱いだったとはいえ、動かすには陸軍大臣の命令書が居る。間違いなくウィンディミアは関与していた筈だ。その事はクーランディアも分かっていた。
しかしクーランディアはウィンディミアが内心その命令を忌避し、裏で何とか回避できないかと模索していた事も聞き及んでいた。確かに主犯の一人ではあるのだが、ダリンウェンらと同じく極刑に処すのは流石に哀れだと思っていた。
険しい顔をするクーランディアと無表情のマルリアンに対し、ウィンディミアはポツリと言った。
「私を殺すのですか」
覚悟は出来ている、と言わんばかりだった。たとえ内心反対し秘密警察に付け狙われる程度には裏から阻止しようとしたとしても、サインした事実は変わらない。ウィンディミアはその責任を取る覚悟は出来ていた。
「いいや。貴女には死ぬ以上に辛い目に合ってもらう」
マルリアンの言葉にウィンディミアは動揺した。そこまで、あのダリンウェン首相以上に恨まれるような事をしたのだろうか、自分は。流石に拷問などは想定していなかったので、ちょっと許して貰えるように命乞いをしようか、と考えたところでウィンディミアはマルリアンの様子がおかしいのに気付いた。
「大体私は貴女が気に入らなかったんだ。有能なくせに終戦ギリギリまで無能の振りをして、最初から協力してくれればもう少しマシな戦いが出来たかもしれないのに」
「い、一体何を……?」
意味の分からない事をブツブツと呟くマルリアンを薄気味悪そうに見るウィンディミア。マルリアンは椅子から立ち上がると彼女に顔を近づけながら言い放った。
「貴女にはこの戦争の最前線で戦って貰う。嫌とは言わせない、それが貴女の償いだ。その能力をこの国を護る為、全て使え」
マルリアンは目を白黒させるウィンディミアに『12年後』についての説明を始めた。長い長い話を聞いてウィンディミアはこの提案に頷き、マルリアンに全面協力する事になる。
この後陸軍大臣ウィンディミア大将は罷免され、在キャメロット駐箚エルフィンド公使として連合王国首都ログレスに赴任する事になった。
『雨月政変』の結果、各閣僚は事実上罷免(教義大臣モリンドのみ逮捕時に興奮のあまり倒れ病院に搬送された)、秘密警察長官ブレンウェルはエレントリ館襲撃未遂の罪で即時処刑。首相ドウラグエル・ダリンウェンは女王たっての懇願により罪一等を減じられ監禁され裁判を待つ身となった。