夜の街に、爆音が響いた。
ドン、という鈍い衝撃音が空気を裂き、路地裏の闇をオレンジ色の炎が一瞬だけ照らし出す。瓦礫が舞い、硝煙の匂いが鼻をつく。悲鳴と混乱が渦巻く中、けたたましく笑う声が響き合った。
「ひゃはは! 見てよ、この派手さ! 最高のショーだろ!」
「もっとド派手にやっちゃおうぜ! 次の爆発は花火みたいにキラキラで!」
魑魅一座の少女たちだった。赤や紫の派手な衣装に身を包み、まるで祭りの余興のように無邪気に笑いながら、爆発物を次々と投げつける。
彼女たちの目は、まるで子供が新しいおもちゃを見つけたときのような輝きに満ちていた。だが、その無垢な笑顔の裏には、破壊の快楽が潜んでいる。
「やめなさい! 危ない!」
「うわっ、また爆発!? 誰か助けて!」
逃げ惑う人々の声が夜に溶け、しかし少女たちは止まらない。いや、止まる気など毛頭ないようだった。
そのとき、闇を切り裂くように、一人の少女が現れた。
白い肌、白い髪。まるで月光をそのまま形にしたような美少女だった。長い銀髪が夜風に揺れ、彼女の存在感はまるで場違いなほどに際立っていた。右手に握られた巨大な銃は、彼女の華奢な体格には不釣り合いなほど大きく、重々しい。だが、彼女の右腕は包帯にぐるぐると巻かれ、まるで動かせないかのようにだらりと下がっている。
「警告するよ、魑魅一座」
その声は、静かだが鋭い刃のように響いた。少女たちの笑い声がぴたりと止まり、彼女たちの視線が一斉に白髪の少女へと向く。
「投降するなら、暴力は振るわない」
「は!? 何!?」
魑魅一座のリーダー格らしい赤髪の少女が、目を吊り上げて叫んだ。
「私たち、何もしてないんだけど!? ただの遊びだよ、遊び! ねえ、みんな、そうだよね!?」
他の少女たちが、こくこくと頷く。だが、その手に握られた爆発物の導火線が、チリチリと音を立てて燃えているのが見えた。
白髪の少女――御稜ナグサは、呆れたように目を閉じた。長い睫毛が影を落とし、彼女の表情はどこか諦めと苛立ちが入り混じったものになる。
「嘘言わないで。みんなに迷惑かけてるよ。物を爆破して遊ぶなんて、ライン越えだ」
「ライン!? ハッ、笑える! お祭りだってド派手に爆破してやるんだから!こんなところで怯んでられるかよ!」
少女が叫び、仲間たちが再び哄笑を上げる。だが、ナグサの表情は変 わらない。彼女は静かに、しかし確かな威圧感を漂わせながら一歩踏み出した。
「久しぶりに帰ってきたけど、相変わらずだね、この街」
ナグサの声はどこか懐かしそうで、だが同時に冷ややかだった。
「でも、私が見つけた以上、これ以上の狼藉は許さないよ」
「待てよ!」
別の少女が、ナグサを指さして叫んだ。
「私たちの邪魔をするお前、なんなんだよ!? 何者だ!?」
その瞬間、ナグサの背に羽織った青い羽織が、夜風にふわりと舞った。まるで舞台の幕が上がるかのように、彼女の存在感が一層際立つ。
「ま、まさか……百花繚乱!?」
魑魅一座の一人が、震える声で叫んだ。
百花繚乱。
この街で活躍する治安維持部隊……百花繚乱紛争調停委員会。だが、ナグサは小さく首を振った。
「違うよ」
彼女は静かに、しかし力強く言った。
「私はもう百花繚乱じゃない。ただのコスプレイヤー、御稜ナグサだよ」
次の瞬間、彼女の巨大な銃が火を吹いた。
轟音が夜を切り裂き、閃光が闇を焼き払う。魑魅一座の少女たちが悲鳴を上げ、爆発物の束を落としながら後ずさる。だが、ナグサの目は冷たく、まるで獲物を逃がさない猛禽のように彼女たちを捉えていた。
「投降する? それとも、私の銃の標的になる?」
ナグサの唇が、ほんのわずかに弧を描いた。それは、微笑みとも挑発とも取れる、危険な笑みだった。
◆
祭りの喧騒が、夜の空に響き合っていた。
提灯の灯りが揺れ、屋台の油の匂いと焼きそばの煙が漂う。笑い声、子供の走る足音、遠くで鳴る太鼓のリズム。すべてが、まるでこの街が生きているかのように脈打っていた。
御稜ナグサは、祭りの会場を見下ろす丘の上に立っていた。白い髪が夜風に揺れ、彼女の背に羽織った青い羽織がふわりと舞う。右手に握られた巨大な長銃『百蓮』は、祭りの華やかさとは対照的に、冷たく重々しい存在感を放っていた。黒い包帯に巻かれた右腕は、まるでその銃の重さを引きずるかのように、力なく下がっている。
「一緒に警備したね、アヤメ……」
ナグサの呟きは、祭りの喧騒にかき消されそうだった。彼女の視線は、遠くの花火が打ち上がる空に注がれている。だが、その瞳が見ているのは、今の景色ではなかった。
少し前――あの日の記憶。
「ナグサ、ほら、ちゃんと警備しないと! 祭りの平和は私たち百花繚乱紛争調停委員会が守るんだから!」
アヤメの声は、いつも弾けるような明るさで満ちていた。彼女の金色の三つ編みは揺れ、笑顔はまるで太陽のようだった。百花繚乱の委員長として、彼女は誰よりも先に立ち、誰よりも強く戦った。
「アヤメ、ちょっと真面目すぎじゃないかな。祭りなんだから、ちょっとくらい楽しもうよ」
ナグサは笑いながら、アヤメの隣を歩いていた。あの頃の彼女は、まだ右腕に包帯など巻いていなかった。
「楽しむのは平和を守ってから! ね、ナグサ、副委員長なんだからしっかりしてよ!」
アヤメが振り返り、いたずらっぽく笑う。その笑顔に、ナグサはいつも心を奪われた。
(アヤメがいれば大丈夫。アヤメがいれば、百花繚乱は大丈夫。私も、アヤメのそばにいられる)
そう思っていた。あの頃は。
委員会のメンバーたちが集まるたび、アヤメの名前が称賛の声とともに上がった。
「アヤメ委員長があの暴走を一瞬で黙らせたの、めっちゃカッコよかったよね!」
「ほんと、アヤメさんがいなかったら、あの時の爆発事件、どうなってたか……」
「アヤメ委員長、最高! 百花繚乱の誇りだよ!」
ナグサはそれを聞いて、ただ微笑んでいた。アヤメの隣にいるだけで、彼女の光の一部になれる気がしていたから。
だが、その光は突然消えた。
『黄昏』。
誰もがその名を口にすることを避けた、あの災厄。詳細を知る者は少ない。だが、アヤメはそれによって連れ去られた。まるで夜が彼女を飲み込んだかのように、跡形もなく。
祭りの喧騒が、ナグサを現実に引き戻す。
丘の上から見下ろす会場では、子供たちが笑い、恋人たちが手を繋ぎ、家族が団欒を楽しんでいる。だが、ナグサの胸には、ぽっかりと空いた穴が疼いていた。
アヤメがいなくなった後、委員会のメンバーたちの視線はナグサへと向けられた。
「アヤメ委員長がいなくても、ナグサ副委員長がいれば大丈夫だよ!」
「ナグサなら、百花繚乱を絶対守ってくれるよね!」
「ほら、『百蓮』だってナグサ副委員長の手にあるんだから!」
期待の声。信頼の言葉。
だが、ナグサにとって、それは重すぎる枷だった。
(私はアヤメじゃない。アヤメの代わりにはなれない)
『百蓮』を握る手が震えた。この長銃は、アヤメの象徴だった。彼女の意志、彼女の強さ、彼女の笑顔――すべてを詰め込んだ武器。ナグサには、それがあまりにも重すぎた。
「だから、もう百花繚乱は終わり」
ナグサは独りごちる。祭りの花火が夜空を彩る中、彼女の声は誰にも届かない。
「そう……私たちの青春は、終わったんだ」