100カノ短編集   作:ゾネサー

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複数交際に否定的だった彼女、あるいはギチギチや奇人などを理由に肯定的だった彼女。そういった彼女たちがもし始まりの二人だったらどうなっていたのか?
それを確かめるために恋太郎ファミリーが過去に遡るような形でシミュレーションをするお話です。

※運命の人という100カノにおいて根幹的なテーマを取り扱います。

※作品の性質上原作からのセリフの引用が一部ございます。加えてシミュレーションでの出来事でありますが、同様の理由で原作の改変に繋がるような部分もございます。ご容赦のほどお願いします。

※短編としてあげるのを躊躇うくらいには長いです。

以上問題なければ、たらればの世界を存分にお楽しみください


もしも恋太郎ファミリーの加入順が違ったら

「それでね。心を鍛える修行のために、恋太郎がもう一度ボクをフる演技をしてくれたんだ。あの時より何倍も恋太郎のことが好きだったから、最高にキツくて……!」

 

「『救護班を早く! 要救助者がここにいる!』」

 

「育さん〜?」

 

 いつものように穏やかな春の陽気が、屋上に集まったファミリーを包み込む。そんな中彼女たちは新たに加入したばかりの千優や小々枝を交え、昔あった出来事を共有していた。

 

「でもそれは恋太郎も同じだったから、心臓が爆発しちゃってね……。さすがにボクも嫌だったよ」

 

「そんなバイオレンスはすわ〜じゃありませんものね……」

 

「え? どういうことよ?」

 

「ファッキューがノーファッキューということデース」

 

「ややこしくしてどうするんですか」

 

「喜べる出来事じゃないという意味さ。興奮できないとも言えるけどね」

 

「……それに心臓が爆発した恋太郎が……ピンピンしてるのは……突っ込まないんだ……?」

 

「恋太郎君なら、気合いでなんとかしたんじゃないかと……」

 

「……不思議なものですね」

 

「季鞠先生季鞠先生。何が不思議なんですか? 恋太郎君?」

 

「彼自身も不思議で仕方ないですが……今思ったのは恋太郎ファミリーの関係についてです」

 

「身辺調査なら私にお任せを!」

 

「ああ、いえ。むしろ逆かしら。複数人の交際はおおよそルールを破っている自覚のもと、隠れて行われるでしょう。彼女間で彼氏のことや互いの趣向を共有する関係というのは、聞いたことがありません」

 

「……しかも……三十六人も……いるもんね……」

 

「『恋太郎ファミリー』……。まさに名は体を表す、ですねぇ〜」

 

 既に加入してしばらく経っている彼女たちにとってはもはや当たり前にあるものだったが、入って間もない彼女達にとっては独特な関係と感じられていた。

 

「今の人数ならともかく、最初の頃は軽い関係と見做されても仕方なかった」

 

「"冒険の始まり——""羽香里さん""唐音さん"『のご好意によって追加戦士の招集を認めていただいたからこそ』『である』」

 

「あはは……そう言われると照れちゃいますね。でも……」

 

「アタシたちじゃなくても、最終的にはこうなっていたわよ」

 

「……それは、どうだろうな。今でこそ私の誇りだが、当初はあくまで恋太郎以外との恋愛が考えられないから受け入れただけだ」

 

「私は逆に最初こそ拒絶したけどこんな奇人100%のファミリーなんて大歓迎だし、むしろ25股してない頃に告白されてたらどうだったか……」

 

「きゃーッ! たらればは物理じゃ倒せない」

 

 現在こうして成り立っている時点で考慮する必要はないたられば。しかし彼女たちはお互いに恋太郎への愛を認め合っているからこそ、出会う順番という偶奇的な要素でこの幸せを自分が壊していたかもしれないという不安を抱いていた。

 

「……恋太郎さんはどう思いますか?」

 

「ま、まあアンタのことだから答えは決まってるんでしょうけどねっ!」

 

 恋太郎は声高々に叫びたかった。「もちろんだよ!」と。しかしそう軽々には言えない事情があった。

 

「俺は今の形があるのは二人が受け入れてくれたから、だと思ってる。たとえ俺がどれだけ幸せにすると誓っても、受け入れて貰えなければそれまでだから」

 

 彼の脳裏に過ぎる生後8ヶ月から続く100連続失恋記録。断られる度にまるで自分がこの世に必要ないと言われているようで、真っ暗な世界でただ一人残されたように感じられていた。

 

「二人には本当に……感謝してるんだ」

 

((キュン!!))

 

「バ、バッカじゃないの!? 素直に『もちろんだよ!』とでも言っておきなさいよっ!」

 

「唐音さんだけには言われたくないでしょうけどね」

 

「けどこれじゃあ解決にはならないよな……そうだ! もし皆が望むならシミュレーションしてみようか」

 

「合法的にまた恋太郎にフってもらえるってこと? もちろんだよ!」

 

「そんなことを声高々に叫ぶな」

 

「あくまでシミュレーション。全ての再現は非効率的。最初の二人は他のメンバーでも成立するか否かの一点に絞るべき」

 

「なるほど……恋太郎君なら隠れて付き合うというやり方は選ばないでしょうから。二人が複数交際を受け入れれば、その後のファミリーへの土壌となるわけですね」

 

「一対のツインテールってわけね!」

 

「でもー、皆の前で選ばれてやるのはちょっぴり緊張しちゃうどー」

 

「そうくると思って……ほら! 音楽プレイヤーとサイコロとアイマスクを常備しておいたんだ」

 

「懐かしき第二話」

 

「サイコロぉー? んー、それでどうやって三十六人から選ぶのぉー?」

 

「先輩のアタイからすれば6×6=36ってやつだね」

 

「それは小学校で習うだろぃ」

 

「最大値の説明としては合ってますよ……!」

 

「そ、そうなのかい?」

 

「いや6×6=666666だけどな」

 

「補足すると六面ダイスを二つ振って、一つ目のダイスで出た目から1を引いた値に6をかけて、二つ目のダイスで出た目を足せばいいんです」

 

「恋太郎君の完璧な作戦です……! ですがやり方に関しては以前上手くいきませんでしたが……」

 

「俺たちもあの時とは違う! ファーストキスをする前よりもっとお互いを理解しているからいけるはずだっ!」

 

「あー。サイコロはいいけど、それ以外は楠莉が『夢でシミュレーションを共有する薬』持ってるから焚いて使うのだ」

 

「ラブコメというジャンルからの逸脱」

 

「確かにあの時とは違いますね」

 

 こうして花園家でお泊まり会を開いた恋太郎ファミリーは、以前悪夢を見る羽目になった睡眠薬の改良版によって夢世界へと旅立った。

 

「寝ても覚めても皆と一緒なんて嬉しいな♪」

 

「えっ、寧夢さん?」

 

「ここは夢の中だからね。寝ている時の彼女が案内人ということさ」

 

「なるほど……! こうして直接言葉を交わす機会は少ないので嬉しいです」

 

「いつもぐー! を読み取ってくれてありがとー! 二人の言葉は私にもちゃーんと伝わってるよ♪」

 

「あれ……ここは? そっか。夢の世界でシミュレーションをするんだっけ」

 

「わー! 恋太郎先輩も来てくれた! 嬉しいな♪」

 

「ちょちょ!? 寧夢ちゃっ……!? ……ぷはっ。はあっ……はあっ……」

 

「窒息しそうになってるみたいすわ〜」

 

「人のキスの表現にはあまり用いない方がいいとも言えるね」

 

 こうして寧夢がはしゃでいると、皆も熟睡したことでこの世界においては次々と目覚めていった。

 

「それではこれより加入順のシミュレーションを行います。進行役は私と」

 

「お姉様の(いもうと)である妹がやらせていただきます!」

 

「私めに(いもうと)はおりません」

 

「いるか? 進行役」

 

「だってサイコロを振ってイベントを進めるなんてTRPGみたいじゃないですか!」

 

「『話が分かるじゃねぇか!』」

 

「手歩く肘??」

 

「テーブルトーク・ロールプレイングゲームの略称。皆で会話をしながら役割通りの動きをすることを目的とした遊び」

 

「タマは猫だから夢の世界でも寝るにゃん……」

 

「おやおや。なら膝を貸すのは年寄りの役割じゃのう」

 

「楠莉のおばあちゃんなのだー!」

 

「んー? わしの膝は二つあるから安心するのじゃよ。それより薬の説明はしなくてもいいのかい?」

 

「あっ、すっかり忘れてたのだ! 恋太郎とサイコロで指定された二人は手を繋いで、始まりの三人を強くイメージするのだ。そうすると再現中はこれまでの記憶は消えるのだ」

 

「貴様はさらっと人の記憶に介入するな」

 

「夢のことだし気にすんななのだ」

 

「現実でもしてきたやつが何を言ってるんだ」

 

「記憶にございませんなのだ。それと記憶が消えるから再現性に難が出ないようにルールブックを用意してあるのだ」

 

「100カノという名の原作〜♪」

 

「また注意事項として、原作からの大幅な引用にあたる部分は省略されること。その上で原作から改変された展開となることをご留意ください」

 

「小説の注釈をここで!? 奇人ね……!」

 

「申し訳ございません。口を縫って参ります」

 

「やめなさい」

 

 羽々里と妹が二人がかりで芽衣を押さえつける最中、恋太郎はサイコロを手にして考え事をしていた。

 

(これまでの記憶がない状態か……。あの時の俺は自分のことで手一杯で、運命の人だからという呪縛にも囚われていた。二人から告白してくれたから、俺も勇気を分けてもらえたんだ。もしそうじゃなかった場合……俺はどうしていたんだろう)

 

 運命の人同士が出会うと、互いのことが好きでたまらなくなる。ただし愛し合って幸せになることができなければ不幸な目にあって死ぬ。今でこそ彼は運命の人など関係なく全員を幸せにする覚悟しかなかった。しかしフられ続けてきた当時の自分に、それほどの自信を持つことができないでいた。

 

「不安なのですね」

 

「……! ごめん。彼氏なのにこんなところを……」

 

「いいんですよ。想像以上にメルヘンな規模になりましたからね。実際のところ私も不安です。最初の二人を入れ替えれば、その後の物語は大きく変わらざるを得ません。言うなれば『テセウスの船』ですね」

 

「もし部品が全て入れ替わった場合、その物体は同じものと言えるのか……ってやつだね」

 

「書き手としてはあまり賛成できません。しかし意味はあります。人も関係も変わっていきます。あなたがこの世に存在したメルヘンを私に教えてくれたように。なら果たして過去の私と、今の私は同じ自分であると言えるのでしょうか?」

 

「当たり前じゃないか! 夢留ちゃんは夢留ちゃんだよ!」

 

「ありがとうございます。私も過去・現在そして未来においても、あなたはあなたであると信じています」

 

「あ……」

 

(……叶わないな。夢留ちゃんには)

 

 ハイライトの消えた夢留の瞳は絶望で満たされているようで、それでいて混じり気のない真実を映し出す鏡のようだった。彼女と目を合わせた恋太郎は困ったようにはにかむと、頷き合ってから羽香里と唐音のもとに向かった。

 

「TRPG風とはまたおかしな展開になりましたね」

 

「この漫画がまともだったことは一度としてなかったけどな」

 

「一度くらいはあった気もしますが……。何はともあれ、"はじめから"を選ぶ覚悟はできましたか?」

 

「もちろんだよ!」

 

 迷いを断ち切って言い放たれた言葉に、二人は対照的な表情でサイコロを受け取った。

 

「ふん! サイコロを振らないと落ち着かないだけなんだからね!」

 

「お〜? 唐音もギャンブルやるか〜?」

 

「生徒に何を勧めているんですか! そんなの……ダメなんだから……っ」

 

「それでは運命のダイス・ロール様でございます!」

 

 サイコロを振る寸前、羽香里は唐音の手が震えているのに気付いていた。何も聞かなくとも彼女には理由は分かっていた。だから何も言わずに手を添えた。

 

「……別に私が二股否定派だったから、気が気じゃないとかじゃないんだからねーっ!」

 

「なんで言っちゃうんですかあほーっ!」

 

 ツンデレ力全開と清楚お嬢様力全開で投げられたサイコロは空中でぶつかり合ったのち、奇跡的な軌道で重なり合った。

 

「この作品がまともでないことは証明された」

 

「ぐー! まさしく夢の世界ですね♪」

 

「それより数字はぁー?」

 

「私の類い稀なる観察眼と虫眼鏡によると【5・4】と【6・3】ですね! だからえーと……うん?」

 

「なんだっけ? 結局数字をかけるってことでいいのかい?」

 

「この先輩達は……」

 

「まあまあ。確かに凝った計算でしたから」

 

「だからって揉むな」

 

「恋太郎さんが言っていた数式に当てはめると【28】と【33】ですね。つまり……。………」

 

 ここに来て沈黙がこの場を支配した。その理由は明らかだった。

 

(後半の加入順まではさすがに覚えてない……!)

 

「やばぁー覚えてなかったぁー。バチクソはずかしぃー」

 

「なんだあー子覚えてないのか? 28! はうさ。33! は季鞠だろ」

 

「数っちマジすごぉーい」

 

「私の疑問から始まったことですが……いきなりですか」

 

「いっしょいっしょ♪」

 

「大丈夫かしら……。最初の頃ってことは人口密度も低くて、ルールもこの時点では破ってないわよ?」

 

「さみ死ぬ……」

 

「な、なんで私がルールを破らないと付き合わない人みたいになってるんですかっ!」

 

(かわいいわ季鞠ちゃん。でゅふふ)

 

「羽々里様。およだれ様が」

 

「うさちゃん先輩、季鞠先生。これから行くのは過去ですが、同時に未知なる未来でもあります。俺は……たとえどんな世界でも全員を幸せにしてみせますっ!」

 

「恋太郎君……。うん! たとえ世界の果てに逃げちゃっても絶対に見つけてね!」

 

「……私は今でもルールは遵守すべきものだと思っています。それでも縛られすぎては得られない幸せもあるのだと、教わりました。私はその信念を信じます」

 

「ありがとうございます。俺も……皆が信じてくれる俺を信じます! 行きましょう!」

 

 三人がUFOを呼ぶ少年少女のように手を繋ぐと、シミュレーション用の空間へとワープしていった。

 

「それで共有といってもどうするんだ?」

 

「ああ、それはこのバカでっけースクリーンで見るのだ」

 

「なんでもありか」

 

「……映ったね……。……どのシーンからだろう……?」

 

『いや〜。待ちに待ったぜ〜っ! 読者は1ページも待たされてないから実感もクソもあったもんじゃないだろうけど』

 

「どうやら入学式当日とも言えるね」

 

「それだと私達に出会ってしまうのでは……」

 

『待てええええええ!』

 

『ぎゃあああああ』

 

 入学のしおりに目をやっていた恋太郎達が衝突する刹那。廊下を走った生徒に追いついてディープキスを敢行した教頭に足が止まり、すんでのところで回避された。

 

「オー。クレイジーウーマン」

 

「教頭先生〜?」

 

「わっ! 精神的体罰に千優先生の怒りが!」

 

「はいはい皆さん。鑑賞はお静かにお願いします」

 

「皆で映画を観てるみたいではしゃいじゃいました! 了解です♪」

 

 進行役の妹が手を叩いて落ち着かせると、まさしく映画館での鑑賞のように、映像がより鮮明に伝わっていった。

 

 特に何事もなく新入生への説明会が終わり放課後、からさらに四時間後。恋太郎は先生が落としたコンタクトを見つけていた。

 

「ところで……どうしたんですか? その大量の書類は」

 

「ああ。教頭先生が校則違反の取り締まりを張り切ってしまってね。腰をやってしまったから、代わりに運ぶことになったんだよ」

 

「おおよそ一人に任せる分量じゃないですよ!? 俺も手伝います」

 

「本当かい? 重ね重ねすまんなぁ」

 

 こうして恋太郎が向かったのは二年六組の教室。そこではクラス替えを機に友達を作ろうと奔走していたうさがいた。

 

(またアタシは距離感を間違えた……)

 

 しかし無意識に距離を詰め過ぎてしまい、相手グループの迷惑そうな雰囲気に気付いて自ら距離を置きつつ、それとなく近くに座って寂しさを紛らわせていた。すると教室のドアが開かれた。

 

「——こんな時間まで何をしているのですか? 早く帰宅しなさい」

 

「えー。今いいトコでー」

 

「必要のない居残りは校則で禁止されています」

 

「はーい。すいませーん。……チッ、うぜー」

 

 体裁上は校則違反の生徒を取り締まっている教頭が動けなくなったため、代わりに生徒指導の季鞠が見回りにやってきた。するとうさは退散するグループのことをムッとした表情で見送っていた。

 

(この人達わざと聞こえるように……)

 

「ほら、あなたも」

 

「あ、はい……」

 

「……? あなた段々と黒ずんでいないかしら」

 

「さみ死にそうで……」

 

 先程のグループにくっついて帰るのを拒否したことで、一人での帰宅が確定してしまい、さみ死にメーターの高まりと共に黒ウサギ化が進んでいた。——その瞬間だった。

 

「失礼しま——!?」

 

 ビビーン!! 目が合った三人に衝撃が走った。運命の人同士の邂逅……女性はその場ですぐに、男性は時間をおいて徐々に好きになる。実際にうさは見惚れて動けないほどだった。

 

(この二人が神様が言ってた俺の"運命の人"……!? 嘘だろ……先輩はともかく、先生って……!)

 

 恋太郎の方は運命の人との出会いに半分、その中に先生が含まれていることにもう半分の当惑を覚え、固まっていた。

 

「……あなたも早く帰宅しなさい」

 

「えっ」

 

 しかし季鞠は湧き上がる衝動に戸惑いながらも、咳払いで気を取り直してから毅然とした態度を取っていた。

 

「ああ、この子は書類を運ぶのを手伝ってくれたのですよ。それに先ほどはコンタクトを——」

 

「——なるほど。一年四組愛城恋太郎君。居残りの必要性は理解しました。作業が終わり次第、速やかに帰宅するように」

 

「わ、分かりました」

 

(あれ? すぐに好きになるって話じゃ……)

 

(一体何をドキドキしているというの。生徒と先生なんて、社会としてのルールが……)

 

 全員が胸の高鳴りを感じながらも、この場はひとまず退散となった。恋太郎も時間が遅くなったこともあって、明日話す機会を作ろうと素直に帰路に就いていた。

 

(恋太郎君って言うんだ……)

 

 そしてうさも自分の気持ちに素直になって恋太郎を尾行していた。すると恋太郎が神社に足を踏み入れたところで、カメラの視点がうさに移った。

 

「あら? うさちゃんさんの視点で固定されましたわ」

 

「これは……どうやら原作者様により指定された、彼女読書禁止区間のようです」

 

「ああ、そういえば原作をもとに再現しているのでしたね」

 

 入り口から顔を覗かせているうさも何を話しているのかは聞こえず、虚空に向かって話しているように見える恋太郎に、寂しい時はイマジナリーフレンドに話しかける自分を重ねていた。

 

「なあ運命の人のことで嘘言ってないよな? 神社燃やしていいか?」

 

「すぐ燃やそうとするな! 怖いから! それに神は嘘をつかん。好きになったからといって、表に出すかどうかはその人次第なんじゃ」

 

「良かったぁ〜。俺の勘違いかと……」

 

「……じゃが、実はまだ伝えてないことがあるんじゃ」

 

「え?」

 

 そして恋太郎は神様から本来運命の相手は一人しかおらず、初見バルスでうっかり百人に設定したが、運命の人同士は愛し合って幸せにならなければなんやかんやあって死ぬことを伝えられた。

 

「あっ! わしのセリフ端折られた!」

 

「俺にどうしろってんだちくしょおおおお! やっぱり燃やしてやる!」

 

「だからごめんて……! ……お詫びにと言ってはなんじゃが、良いこと教えるから」

 

「本当に良いことだろうな?」

 

「多分……。お主早速尾けられとるぞ」

 

「えっ!?」

 

(う、嘘!? 気付かれた……!)

 

 生き抜くための本能としてさみ死にを回避するべく、グループ相手にすら気付かれない尾行能力を得ていたうさにとって、一人相手に気付かれることなどあり得ない出来事だった。思わず固まっていると、恋太郎が近付いていく。

 

「確か教室で……」

 

「覚えててくれたんだ♪ 私は二年六組宇佐美椎奈です。親しみを込めて『うさちゃん』って呼んでくれると嬉しいな」

 

(初対面で!?)

 

「ええと……一旦、宇佐美先輩で」

 

「わぁ……♪ 恋太郎君恋太郎君!」

 

「どうして俺の名前を……」

 

「教室で聞いたんだ。あの時から君のことが気になっちゃって……一目惚れ、しちゃったみたい」

 

「えっ!?」

 

「あはは……急にこんなこと言われても迷惑だよね……」

 

「そんなわけないじゃないですか! 嬉しすぎます……!」

 

「ほ、本当に!?」

 

 連続失恋記録によって愛に飢えていた恋太郎にとって、女性の方から好意的に近付かれることは人生で初めての経験であり、感動もひとしおだった。

 

「恋太郎君も私のこと、気付いてくれて……。君なら……私のことを満たしてくれるかなって」

 

「あ……」

 

(どうして俺はこれだけ好意を寄せてくれる相手のことを、自力で気付けなかったんだ……! 自分の未熟さが呪わしい!)

 

「満たすっていうのは……?」

 

「その……私極度の寂しがりやで。さみしいと死にそうになっちゃうんだ」

 

「うさぎかな?」

 

「だからいつも誰かと一緒にいたいんだけど、友達ができてもべったりしすぎちゃって……」

 

 浮かべられた笑顔はどう見ても無理をしていて、そんな表情に恋太郎は既視感を覚えていた。

 

(ああ、この人は——俺と同じなんだな)

 

 告白を断られ続け、真っ暗な世界でただ一人残されているような感覚を覚えていた恋太郎にとって、愛を求めて拒絶される辛さは痛いほど共感できた。

 

「分かります……ッ!」

 

「わわっ! そんなに……」

 

 あまりの痛さで彼女の心に同調するように恋太郎の目からは滝のように涙が流れ落ちていった。

 

(この人なら私のことうざがらずに、全てを受け止めてくれる……)

 

 彼女自身は運命の人について何も知らないが、この出会いはまさに運命が導いてくれたのだと感じられるほど恋太郎に惹かれていた。彼女は拳を握り締め、目を強くつぶり、意を決して口を開いた。

 

「どうか……恋太郎君。私と付き合ってもらえませんか……っ」

 

 勇気を出してくれたことが声の震えとなって切実に現れた。それに対し恋太郎は「もちろんです!」と声高々に叫びたかった。しかし……

 

(告白を受け入れたら、もう一人の運命の人が……)

 

 季鞠に対して何かを考える時間的余裕があまりにもなさすぎた。告白の喜びと、運命の人の呪縛で板挟みになってしまい、返答がしどろもどろになってしまう。

 

「いや……でも、その……」

 

 うさの目が見開かれる。紡がれうる言葉が彼女に最悪の結末を想像させた。

 

(これが失恋……。……あっ、やばい)

 

「さみ死ぬ……」

 

「さみ死ぬ!? ま……待ってください! 宇佐美先輩っ!!」

 

 その結果うさは脇目もふらずに脱兎の如く逃げ出した。すぐに恋太郎も追いかけるが、本当にウサギかのような逃げ足に中々差が縮まらない。するとうさが横断歩道を通り抜けたタイミングで信号が赤になった。

 

「し、しまった! よりによって待ってる間にマリオRTAクリアした人もいるとか言われるほど、待ち時間が長すぎることで有名な信号……!」

 

(見通しもいいから、つい渡っちゃう人も多いんだよな……)

 

 実際車は目に見えて来ておらず、またこの信号を待てばうさに追いつけないことも明らかだった。恋太郎はこの二つを免罪符にルールを破るか、それともあくまで遵守するかの選択を迫られていた。

 

(傷つけてしまった宇佐美先輩を放っておくことなんて……。このままじゃ世界の果てまでも逃げてしまいそうなのに。……!)

 

 すると横断歩道を通り過ぎたうさが恋太郎の方に振り向いた。目を見張り、はっと息を呑んで呆然と口が開かれる。

 

(待てよ……。孤独をあれだけ恐れていた宇佐美先輩が、俺が追いかけられなくなっても、果たして逃げ続けるだろうか。いや、きっと……それなら)

 

 横断歩道の前までやって来た恋太郎はうさに分かるように立ち止まった。するとうさは分かりやすくショックを受けて、あたふたしてから曲がり角に手をかけて覗き込んでいた。恋太郎はほっと一息つくと、そのまま微動だにせずに信号を待ち続けた。するとそこに……

 

(どうして彼のことが頭から離れないの……。こんなのダメに決まっているのに。……えっ!?)

 

 悶々としながら帰り道を歩いていた季鞠が偶然通りかかった。人知れず顔を赤らめていると、車も人目もないのに信号を待ち続ける恋太郎の後ろ姿が美しく映った。

 

(愛城君……)

 

 警察官と裁判官の両親に世の中のルールを破ってはいけないと育てられ、彼女自身それが当たり前だと思っていた。しかしその厳格な生き方故に忌み嫌われ、自分の正しさに疑問を抱きながら生きてきた季鞠にとって、間違っていないと語りかけられたように感じられていた。

 

「……殊勝な心掛けですね」

 

「えっ……!」

 

 話しかけられて初めて気付いた恋太郎はもう一人の運命の人とこのタイミングで出会うとは思っておらず、目を大きく見開いていた。

 

(ああもう。緊張させちゃってるじゃない。これだから友達の一人もいたことのない人間はッ……!)

 

「生徒指導の守北季鞠です」

 

「守北先生も帰り道こっちなんですね」

 

「え、ええ……」

 

(一体何を話せば……。そもそも私はなぜ話しかけてしまったの。適切な距離というものが……)

 

(二人に対してどうするべきなのか。それはやっぱり二人に話を聞かないと決断なんてできない。まずは先生と話して、決めるんだ。宇佐美先輩と、守北先生への……俺なりの答えを)

 

 信号が青になり、曲がり角から顔を引いてうさが隠れたのを確認してから恋太郎は季鞠と並んで歩き出した。

 

「先生は何の授業を担当しているんですか?」

 

「担当は公民で、政治・経済を教えています。受講は二年生からですので、あなたと会うことはあまりないでしょうね……」

 

(な、何を残念そうな声色を出しているのよ……! これじゃあもっと会いたいって言ってるみたいじゃない! 話題を変えないと……)

 

「そ、そういえばさっき教室にいた……宇佐美さんだったかしら。彼女があなたを追うように出ていったけれど、友達なのかしら。それとも……」

 

(こ、これも彼女さんがいないか確かめてるみたいじゃない!)

 

 学校では毅然とした態度を貫いた季鞠だったが、二人きりになった途端に一種のパニック状態に陥っていた。

 

「ええと……まだ知り合い、ですね。ですが仲良くなりたいと思っています」

 

「そ、そう……入学早々、上級生の友達なんてすごいのね」

 

「あはは……自分でもビックリです。守北先生は仲の良い先生はいらっしゃいますか?」

 

「いえ……私は友達というものが作れたことがないので……」

 

 季鞠は息を呑んだ。普段から生徒相手にすることはない失言であり、自身がどれほど恋太郎に気を許してしまっているのかと戦慄していた。

 

「そうなんですか? 俺でよければ友達になりますよ」

 

「え……。けれど生徒と教師でなんて……」

 

「節度を保っていれば問題ないと思いますよ」

 

「そう……だけど」

 

(どうして……? 生徒にとって、生徒指導は目の上のたんこぶでしょう?)

 

(この人も宇佐美先輩と同じような悩みを抱えているんだな。正しい距離感が分からなくて、それでも自分なりに正しくあろうとして、拒絶されてきたんだ……)

 

 恋太郎は教室で二人に邂逅する直前に、季鞠に対して苛立ちを隠そうともせず悪口を連ねていたグループとすれ違ったことを思い起こしていた。

 

「記念にと言ってはなんですが、駄菓子屋に寄っていきませんか?」

 

「そんな……ダメよ。買い食いなんて」

 

お花高(うち)は買い食いは校則で禁止されていませんし……ここは一つ、思い出作りに付き合ってもらえると嬉しいです」

 

「それもそう……ですね」

 

 二人は駄菓子屋へと足を踏み入れた。彼女は駄菓子屋に入ったのは初めてだった。それは生徒の時に買い食いや寄り道が校則で禁止されていただけではなく、一緒に来る友達がいなかったためだった。

 

(本当は羨ましかった……)

 

 恋太郎に誘われ、季鞠は未知の世界を体験した。モナカにストローを指すことを不思議に思い、恐る恐る味わうと粉末状のラムネの爽やかさに包まれる。きなこ棒を食べれば楊枝の先に付けられた赤がもう一本貰える当たりであることを教えられる。

 

(——これが学校帰りの買い食い……楽しい……)

 

 当たりのきなこ棒を口にしながら、過ごしたかった青春の追体験をも味わう。胸にじんわりと広がる感情を季鞠はとうとう抑えきれなくなった。

 

「……好きです。愛城君……」

 

「えっ!?」

 

「私と……。……!?」

 

 しかし季鞠の脳裏にフラッシュバックされた両親の忠告が、紡がれる言葉を切り割いていった。

 

『季鞠。世の中の規則(ルール)や決まりは決して破ってはいけないよ』

 

「守北先生……?」

 

「き、聞かなかったことにしてください……! ルールよりも優先すべきものなんて……私にはないですから……ッ」

 

(ルールよりも優先すべきことはない……?)

 

 彼女の言葉を聞き、恋太郎の脳裏に神様に定められた運命が過った。そして今彼女から微かに溢れた告白が、本能が叫んでいるように感じられていた。

 

(……違う! 運命の人だから、とか。付き合わないと死んでしまうからだとかじゃない。俺はこの人のことを——)

 

「確かに……ルールを守るのは大事です。でもそれ以上に大切にしたいものが、誰にだってあると思うんです」

 

「わ、私は……ッ。そうは思いません……ッ」

 

 季鞠は目を強くつぶって苦悶の表情を浮かべ、料金を全て払うと恋太郎と駄菓子屋に背を向けた。

 

「私達、友達でいるのもやめましょう……」

 

(そうか……分からないんだ。何が正しいのか……)

 

 本心からの拒否でないことはすぐに伝わった。その理由もこれまでの過程の中にあった。板挟みにあって苦しむ彼女を見て、恋太郎は一つの覚悟を固めた。

 

「……待ってください! 今から告白の返事をします」

 

「たとえどんな返事をしようと、私には応えられません……」

 

「だとしても……聞いてもらえませんか?」

 

(どうして諦めてくれないの? 今日初めて会ったばかりなのに。それなのに……どうして私は諦められないの?)

 

「……分かりました。話を聞くだけなら」

 

「ありがとうございます。少しだけ時間をください。……宇佐美先輩! 出てきてもらえませんか?」

 

「えっ! どうして分かったの……?」

 

 すると気配を消しながら尾行していたうさが目を大きく見開いて、駄菓子屋の陰から出てきた。

 

「残念ながら俺にはまだ宇佐美先輩の気配を感じ取ることはできません……。それでも極度のさみしがり屋な宇佐美先輩なら、付かず離れず……いや、ずっと付いてきていると思っていたんです」

 

(ああ……やっぱり恋太郎君は、私のことを分かってくれてる。だけど……)

 

 話せば話すほど恋太郎への気持ちが昂っていく。しかし熱い気持ちでギチギチに満たされるほど、耐えられないほどのさみしさも募っていった。

 

「恋太郎君は季鞠先生のことが好きなんだよね……」

 

「——はい。俺は彼女のことを幸せにしたいと思っています」

 

「なっ! そんなの……ダメよ」

 

「うぅ……さみしぃよぅ。ギャップでなおさら……」

 

「大丈夫です。俺がさみしがらせたりなんかしません……!」

 

「恋太郎君……っ?」

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 あまりの落下の高低差に、生まれて初めて失恋でさみ死にそうになったうさを、恋太郎は支えるようにして軽く抱きしめた。

 

(二人に告白されて、ようやく分かった。どちらか片方だけじゃない。俺は二人とも幸せにしたい……!)

 

 うさの目線が上がったのを確認し、狼狽が見える季鞠にも真っ直ぐ向き直り、恋太郎は頭を下げて手を伸ばした。

 

「二人とも俺と付き合ってくださいっっ!!!!」

 

 静寂がこの場を支配した。二人が呆気に取られて固まっている間も、恋太郎はまた失恋する可能性を恐れながら、それでも真っ直ぐに手を伸ばし続けた。するとようやく季鞠が口を開いた。

 

「な……何を言っているのですか! そんなの社会のルールからあまりにも逸脱しています!」

 

「分かっています。自分がどれだけおかしなことを言っているのかは……っ!!」

 

 二人が大好きすぎてどちらか片方しか選ばれなかったこと、二股だからといって絶対に辛い想いをさせないこと、そして全身全霊をかけて二人のことを幸せにしてみせると、恋太郎は全てをさらけ出した。

 

「……どうしてですか? あなたはルールを正しく守れる人間です。それなのにこんな告白を……」

 

 恋太郎がルールのことをなんとも思っていない人間ならともかく、弁えていながら間違った道を選ぶことは、季鞠にとっては理解できない選択だった。

 

「さっきの先生を見て——ふと、思ったんです。先生は人生で一度も破ったことのないルールよりも、個人の幸せを優先したかったんじゃないかって」

 

「そ、そんなことは……っ」

 

「……うん。私も……そう思う」

 

「う、宇佐美さん!?」

 

「ごめんなさい。駄菓子屋での会話ずっと聞いてたんです。恋太郎君と過ごしている時の先生は妬けちゃうくらい、幸せそうでした。それでも友達の距離感が分からないから……苦しんでいるんだって」

 

「どうして……?」

 

「私もそうだから……。季鞠先生。良かったら一緒に探しませんか? 常にルールを守るか、常にルールを破るかだけじゃなくて。その間にある——ちょうどいい関係を」

 

「そんな……そんなの。それに宇佐美さんはそれでいいの……?」

 

「え? 私は恋太郎君にフられるくらいなら二股でも構わないですし……なんなら人数が多い方が嬉しいかなって」

 

「わ、私にはそんな軽い気持ちでルールを破ることなんて……できません」

 

「……分かりました。それなら俺が先生のルールを破ります。嫌なら——嫌と言ってください」

 

「えっ。えっ……!? い……嫌では……だからそうじゃなくて……」

 

 恋太郎は両手を広げて二人に近づくと季鞠は離れるそぶりを見せず、うさは吸引されるように近づいていった。そして恋人同士でするように思い切り抱きしめあった。

 

「……!?」

 

「ギチギチ〜!!♡」

 

 季鞠は二十七年間生きてきた人生の中で初めてルールを破った反動による背徳感によって伴う快感に脳を支配され、うさは二人の力の限りの抱きしめに行き場のない手を空中に浮かせながら密着(ギチギチ)の快感に身を委ねたのだった。

 

「……しかし、宇佐美さん。盗み聞きやストーキング行為は立派に犯罪です。そんなことをしては……」

 

「ご、ごめんなさーい! 気を付けます!」

 

「ダメよ……っ。ダメなんだから……っ」

 

「あはは……」

 

(ちょうどいい、よりちょっとやり過ぎちゃったような……)

 

 季鞠はルールに対して寛容にかつ、快感を覚えるようになり、うさは人数が少なくても恋太郎から返される無限の愛に満たされつつ、友達との距離感を一緒に学んで行った。やがて新しい運命の人が現れ、彼女が加わっても、ルールの間違いを弁え人に迷惑をかけず正しくハメを外すことを心得て、やがて恋太郎ファミリーという距離感に辿り着いたのだった。

 

「——あっ! 戻ってきたのだ! シミュレーション成功なのだ!」

 

「やはり恋太郎君(あなた)恋太郎君(メルヘン)でしたね」

 

「さすがでしたわ!」

 

「二人もよく頑張ったのう」

 

 シミュレーションの終了と共に元にいた場所に戻ってきた三人が現実味のないことのように呆然としていると、他のファミリーが美々美にならうようにふふーんですわと言わんばかりに誇らしげにしていた。すると季鞠とうさは揃って吹き出した。

 

「え? ど、どうしたんですか?」

 

「ふふ……何を不思議そうな顔をしているのかしら。言ったはずです。あなたの信念を信じると」

 

「私も私も!」

 

「あ……ありがとう……ございますっ!」

 

 自分だけでは信じられずとも、他の皆が信じてくれたことが、恋太郎にとっては何よりの自信になった。改めて誰からも愛されず一人きりの暗い世界から自分を救ってくれた皆に対する感謝が湧き起こり、そして零れ落ちる。

 

「わァ……泣いちゃった!」

 

「まったくもう……仕方ないですね。お礼を言いたいのは、こちらなのに」

 

 シミュレーションとは対照的に今度は恋太郎を挟み込むようにして、二人は抱きしめあったのだった。

 

「こうなったら後は祭りでい!」

 

「それでは次に参りましょう」

 

「お姉様と妹来いッ!」

 

「【5・2】で26と、【5・5】で29……また後半側だどー。数サン教えて欲しいどー」

 

「姫歌と夢留だな」

 

「ノータイムで出てくるのアンタと恋太郎だけじゃない?」

 

「なんだそれ。……悪い気はしないけどな」

 

 最初の二人の成功により不安を払拭したファミリーはお祭り騒ぎでシミュレーションを楽しんでいった。

 

「ピンクの四つ葉のクローバー……!? なんというメルヘン……!」

 

「ロマンティックなのは嫌いじゃない……というか好きだけど、二股なんて嫌よ!」

 

「俺の全てをかけて絶対に二人を幸せにしてみせるから……!」

 

「そうじゃなくて。芸能界的には二股は奇じゃないのよ」

 

「そうでしょうか? 一般的にそういった二股は隠れて行われますが、二人同時に幸せを誓うのはとてもメルヘンだと思うのですが」

 

「確かに! じゃあ付き合ってください!」

 

 ロマンティックな告白が好きな面々には泥だらけになりながらも、打算なく喜んで貰えるという一心でクローバーを探しあて……

 

「紅葉としては構いませんよ。恋太郎さんのアトムと原賀さんのお胸が揉めるのであれば」

 

「誰が揉ませるかよ。恋太郎先輩のことは好きだけど……アタシは二股なんて認めないからな!」

 

「胡桃……」

 

 時にはその場で折り合いがつかずとも、恋太郎が傷つくことを恐れず信じて二人の喧嘩を見守る覚悟を持ち……

 

「……紅葉だって……お胸を揉みたい時に無理やり吸わされたりしたら嫌だろうなと思って……」

 

「いや……あたしの方こそ……。パンもう揉めないし……元気が出るなら、あたしのお腹揉んでもいいけど……」

 

「それでは遠慮なく」

 

「お腹だって言ってんだろ」

 

 時間をかけてお互いのことを分かりあうこと。それが遠回りに見えても、後のファミリー加入において初対面同士の彼女の交流の礎となり……

 

「愛城君。ボクと付き合ってください」

 

「ごめんなさい」

 

「キッツうううう〜!!♡」

 

「ブォヘアカハッ」

 

「すごい血反吐」

 

「バイオレンすわ〜!!♡」

 

 時には凛と付き合っていることを知りながら、失恋のショックを知りたがった育にフる演技をする羽目になって想定の二倍以上の臓器が爆発するトラブルもありつつ——

 

「ミッションインポッシブルデース!」

 

「成功したのに?」

 

 ナディーと知与も、知与が抵抗を示しつつもナディーのフリーダムさから影響を受けて柔軟になったことで無事成功に終わった。これにより羽香里と唐音の組み合わせを除く十七のペアのシミュレーションが完了した。

 

「あり得ない……ここまでサイコロによって一切被りを作らずにペアが形成される確率は約0.00087%……」

 

「『奇跡を信じるかい? アッシは信じさせられちまったんだよ』」

 

「楽しかったですね……! 入学式の日が暖かかったら、こういうこともあり得たんですね」

 

「……うん……。……230話も待たずに済んだかも……」

 

「芽衣で良かったよー。おかげで始まる前にあまり転がらずにすんだからさ」

 

「私めもエイラちゃんとの初めての体験ができて、大変楽しいちゃんでございました」

 

「あたしらも楽しかったよなー妹?」

 

「なんでお姉様じゃなくて、川で水浴びしてる人のお世話する羽目になるんですかっ!」

 

 始まる前の不安はどこへやら。今ではエイラからも怯えが一切消えて、和気藹々とそれぞれのシミュレーションで起きた体験を楽しそうに話し合っていた。

 

「お疲れ様です恋太郎君」

 

「夢でお疲れってのもよく考えると変な話よね」

 

「確かに……」

 

「大丈夫だよ。俺は一生をかけて皆を幸せにする覚悟だから」

 

「一生の中に睡眠時間を含めてる」

 

 夢とはいえこの人数のシミュレーションを一夜でこなした恋太郎の疲労は常人には耐えられない代物だったが、シミュレーションを終えた彼女からのキス(バフ)を受けて回復していたことで、あろうことか元気になっていた。

 

「やっぱり言った通りだったわね。別にアタシ達以外の誰が最初でも、アンタは今の形を作り上げていたって」

 

「そう……なのかな。二人から告白してくれたから、勇気を分けてもらえたんだ。今回のシミュレーションも皆から告白してくれた。俺一人だけの力じゃないと思うんだ」

 

「そんなこと……」

 

「どうでしょう? 私も誰でもこうなっていたとまでは思いませんでした」

 

「なっ! こんだけ成功したのに、どうしてそうなるのよ!」

 

「気付きませんでしたか? 今回のシミュレーションで作られたペアは全て複数交際を肯定する人と、否定する人で分かれていたんですよ」

 

「え……? ああ、言われてみれば……確かに?」

 

「そうなんだ。正直なところ……どちらにも否定されたら、それまでで。どちらにも肯定されたら、その場で二股は成立しても……それは世間のルールから外れているという自覚がなくて。今のファミリーは無かったと思うんだ」

 

「そう……唐音さんがあの時、同時に付き合うことをはっきり否定してくれたから。私のように付き合えればいいって、簡単に肯定しなかったから。だから今の恋太郎ファミリーはあるんですよ」

 

「は、はあ!? ……!」

 

 その時、唐音は羽香里の手が震えていることに気が付いた。何も聞かなくとも彼女には理由は分かっていた。だから手を添えて、口に出した。

 

「……別にアンタが肯定したのも大事なんだから、お互い様でしょっ! あ、あ、ありがとう……ッ!」

 

「……! ……唐音さんってバカがつくほど、正直ですよね。こちらこそありがとうございます」

 

 皆にとっては出会う順番という偶奇的な要素で不安が生み出されていたが、二人にとってはそれぞれが相手じゃなければという偶奇的な要素から来ていた。結局この場にいた全員が不安を抱えていて、それを皆の力で乗り越えたのだった。

 

「俺にはもったいない彼女すぎる……っ!」

 

「何言ってるのよ。……それにしてもなんでこんなに偏った目が出たのかしら」

 

「それは……恋太郎君が振ってみれば分かるんじゃないですか?」

 

「俺が……?」

 

 二人に手渡したサイコロが二人の手を介して恋太郎のもとに戻ってきた。そして皆に分けてもらった勇気に後押しされるように、意を決してサイコロが転がされた。

 

「【1・1】と【1・2】……」

 

「計算するまでもなくアタシ達ね」

 

「俺にはこれでも理由は分からないけど……二人は分かってるみたいだね」

 

「当然でしょっ!」

 

「きっとどんな神様のいたずらがあっても、恋太郎君は最初に肯定する人と否定する人と出会う運命だったんですよ」

 

「運命……」

 

「運命は……お嫌いですか?」

 

 恋太郎は彼女達と出会い、皆が隣にいてくれる今が人生で一番幸せだと断言できた。しかし皆の命を危険に晒した運命に対して、忌避感を拭えない実情もあった。

 

「わ、私は別に……。……あ、アンタと会えたのが運命なら、それは……感謝……してあげてもいいんだからねっ!」

 

「ふふっ。私もです。恋太郎君は……どうですか?」

 

 根本的な原因が神様のミスにあるとはいえ、運命の人のことを恋太郎は皆に伝えていない。死にたくないからではなく、幸せだから付き合う恋をして欲しいから。しかし本人に幸せにする覚悟しかないとはいえ、背負うには重すぎる宿命でもあった。そんな運命に対して、恋太郎は肩の荷が降りたようだった。

 

「もちろんだよ!」

 

 こうして三人は初めてキスをした二話の再現をするように、手を繋いでキスをして、始まりの三人として感慨深く幸せに浸ったのだった。

 

「ん? なんでまたシミュレーションしてんのだ?」

 

 サイコロで指定された二人と手を繋いで、始まりの三人を強くイメージしたことで、シミュレーションが始まってしまった。原作一話と同様の内容であるため丸々省略されたが、ファミリーの皆はまるでアニメ一話を楽しむかのように盛り上がったのだった。

 

「めでたしめでたしですね♪ ぐー!」

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