100カノ短編集   作:ゾネサー

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今回はちゃんと短編集らしく短め。


かーいー星のかーいー姫

「くっ、殺せ……!」

 

 蕩けた感覚から抜け出し、乳から口を離す。今日もまた幼児退行してしまった。鏡を見ずとも羞恥で顔が赤くなっているのが分かる。育のように喜ぶことはとてもできない。とはいえファミリー内であればもはや周知の事実でもあり、今更取り繕っても仕方ない。問題はそこじゃない。

 

「最近スイッチが入りやすくなったな……」

 

 最初は頭を撫でられた時に危ない程度だった。それが今やお子様ランチを見て我慢できなくなったかと思えば、壺に入ってママのお腹の中を連想し、ゴンドラが揺れればゆりかごを連想し、挙げ句の果てに入れ替わった自分自身にバブみを覚える。いくらなんでもファミリーに入る前はもう少し我慢できた。もしこれが外ででたらと思うと……唐音の助けがあって難を逃れたが、実際剣道部(あいつら)の前でも赤ん坊になるところだった。

 

「いや、まあ……哺乳瓶を咥えさせられたら、誰でも我慢できないとは思うが……」

 

 哺乳瓶か……。……はっ! 違う、そうじゃない。六人兄弟の長女であり、剣道部の部長としてもしっかり者である私がそんな痴態を晒すわけにはいかない。そのためにはどうすべきか。考えるまでもない。ファミリー内でもそう簡単に屈しないことだ。そう思って今日一日を過ごしたがダメだった。

 

「ファミリー内に誘惑が多すぎる……ッ」

 

 そもそも恋太郎に甘えたい一心でファミリーに入ったんだ。私にとって誰かに頼られることは誇りでもあるし、同時に甘えることの足枷にもなっていた。これでも人目につかないところで想像上のママやパパを作り出して欲望を発散していた頃よりはマシな……はずだ。あくまでスイッチが緩くなったのがまずいだけで。ならばどうすればいいのか。結局答えが出ずに家に着いてしまった。

 

 両親は共働きでまだ帰ってきていない。弟達にカルボナーラを作って食べさせ、回収した食器を洗う。

 

「まさかミルクだけであそこまでギリギリとは……」

 

 もう母乳や哺乳瓶でなくてもスイッチになってしまっている。家事が忙しくなければ大惨事を招いていただろう。こうなれば策は一つしかない。幼児退行によって欲望を発散する機会を抑えざるを得ない。しかし欲望に抗えないことは実証済みだ。つまり欲望を別の方法で発散することだ。もちろん羽香里のような意味合いではない。恋太郎は責任が取れるまでの行為はしないと断言しているし、私の騎士道にも反する。

 

「彼女として……甘える、か」

 

 ビーチチャンバラの時に危うく羽香里越えしそうになって以来、避けていた道だ。しかし最近になって一つ……恥ずかしいが、嬉しかったことがあった。弟達が寝静まってから、私はクローゼットから一着の服を取り出した。

 

「こういった服は似合わないと思っていたがな……」

 

 ヒラヒラしたヘッドドレスに、愛らしいリボン、ドーム状に膨らんだロングスカート。お姫様のような装いだ。私が可愛いなど……そんなもの私の騎士道にはない、はずだった。あの男は私のことをカッコいいし綺麗だけどその上で世界一可愛いだとか、可愛い星の可愛い姫だとか。湯水のごとく尽きることのない讃美を浴びせてきた。なんなんだあいつは……まったく。気付けば口がニヤけてしまっていた。どうせ同じ恥ずかしいなら、こちらだ。そう自分に言い聞かせた。

 

「しかしこれは……私には可愛すぎる気もしてしまうな」

 

 普段は比較的カッコいい系の服装で揃えているし、どちらかといえばそちらが似合っている自負はある。本当に恋太郎以外から見ても可愛いのか不安になってきた。あいつの言葉は一言一句本心だろうが、補正がかかりすぎるきらいもある。

 

「誰かに相談してみるか……」

 

 しかし誰にすべきか。同級生に服の相談ができそうな相手はいない。なら学年が近い美々美か……? いや、お嬢様系の上品なコーディネートが中心で可愛いより美しい方向だろう。可愛い系のファッションに興味がありそうな者といえば……。

 

「手ぇぶつけた! あー子、いつものしてくれ!」

 

「いたいのいたいのとんでけぇー」

 

 翌日の昼休み。私は数があー子に手を撫でられている様子を見て、唾を飲み込んでいた。するとそんな私に気付いたあー子が首を傾げた。

 

「……騎士華っち先輩? どうしたのぉー?」

 

「わ、私にもいたいのいたいのを……じゃない! 放課後、付き合ってもらえないだろうか? 服を……その、買うのを手伝ってほしくてな」

 

「えー。いいのぉー? やたー」

 

「……騎士華。まあ、頑張れ」

 

「ど、どういう意味だ!?」

 

 数が遠い目をしながら送った激励の真意を、私は身を持って知る羽目になった。

 

「次はこれとー、あとこれとこれとー、これもいーねー」

 

「待て待て待て」

 

 まるで人形の着せ替えのごとく、あの手この手のファッションを着せられた。最初こそよく思いつくものだと感心していたが、いつの間にか底なし沼に沈んでいた。あー子にこんなスタミナがあるなど、私のデータにはないぞ……!

 

「そんなに私に似合うものがあるわけないだろう! たとえばこの祭李のような格好など!」

 

「えー? 騎士華っち先輩、絶対クラロリ似合うしぃー。……ほらぁー、かーいー」

 

「なっ、ななっ……!」

 

 こちらから頼んだ手前無碍にもできず、全て試着するとその度に満面の笑みで可愛いの雨を浴びせられた。そしてようやく気付いた。あー子の可愛い判定の広さに。

 

「あ、あー子も折角だから何か着てみたらどうだ?」

 

「あー、夢中になって忘れてたぁー。あーしもチャレンジすんよぉー」

 

 なんとか猛攻を凌ぎ切り、一息つく。しかし、なんだ……ロリータファッションだったか? こういった装いは身長が低く愛らしい者にしか似合わないと思っていたが……うん。悪くは、ない。あれだけ後輩に可愛いと連呼されるのも、その……本当にお姫様になったような。

 

「じゃーん。どぉー?」

 

 恋太郎にもそんな気分になったなと耽りながら鏡を見ていると、あー子が試着室から出てきた。そして彼女にしては珍しい抑えめな色合いに、豪華なフリルがついたブラウスとハーフパンツを身につけ、キリッとした表情を目にした時、脳内でカチリと音がした。

 

「白馬の王子様……?」

 

「マジとろとろだしぃー」

 

 多重人格という言葉がある。あれに沿って考えるなら赤ん坊は二人目と言い換えられるだろう。どうやら三人目が産まれてしまったようだ。

 

「……くっ、殺せ!」

 

「えー? お姫様ぁーって感じでマジかーいかったよぉー」

 

「か、勘弁してくれぇ……」

 

 多重人格がどうかは知らないが、私は記憶が途切れるわけではない。お店を出て、購入した服を着たままあー子とデートのような真似をし……存分に甘えてしまった。そのおかげか、赤ん坊化の頻度が減ったのは不幸中の幸いと言うべきだろう。しかし代償として……

 

「あれ? 部長。それってペン太郎のキーホルダーですよね?」

 

「ああ……彼氏に似ていてな。記念につけているんだ」

 

「きゃー! 部長も可愛いところありますねー」

 

 "可愛い"。後輩にそう言われるだけでお姫様のような甘やかしを感じるようになってしまい……

 

「……王子様……?」

 

「彼氏さんのこと王子様みたいに思ってるんですか!」

 

「……はっ! ま、まあな……」

 

 一難去ってまた一難。気を張る対象が増えてしまったのが新たな悩みだ。

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