〜憧れのメイド服〜
お昼休みにいつものように屋上に集まったら、風が強くて凍死しそうになっちゃった。
「お紅茶入りましたよ」
「……ありがとう妹……。……はぁぁ……あったかい……」
コサックダンスで急場を凌いでいると、妹が見かねて温かいお茶を淹れてくれた。しかも美味しい……。
「……毎日妹が淹れてくれた紅茶を飲みたいな……」
「そんなお味噌汁のプロポーズみたいな……」
「……よくこんなに寒いのに……普段通り動けるね……」
「ごく普通の春の気候だと思いますけど……」
妹はそう言い張るけど、アタシには氷河期のような寒さに感じられていた。芽衣もどこからか降ってきた植木鉢をキャッチしてるし、きっとメイドになるための特別な修行とかしたんだろうな……。
「……アタシもメイドになりたいな……」
「……!? ダメですよ! お姉様の
「……や……そういうわけじゃ……」
芽衣を見つめながら言ったのと、舌足らずも相まって妹が慌てふためいた。するとロングスカートが目の前でバサバサと揺れているのが目に入った。
「……それに……メイド服ってふわふわで……あったかそう……」
「メイド服を防寒目的で見られたのは初めてですよ」
「はいはーい! 小々枝ちゃんのメイド服見たーい!」
「かしこまりました」
どこからともなく聞きつけた羽々里さんがコスプレ用に用意していたメイド服を貸してくれた。
「あびゃびゃーっ!」
「かわいすぎるーっ!」
目玉が飛び出す勢いって本当に飛び出る場合があるんだ。それくらい恋太郎が喜んでくれたのは嬉しいけど……。
「……足元が寒い……ッ!」
「ロングだろうとスカートですからね」
しかも長い丈でコサックダンスも封じられてしまって、非常に困ったことになった。でもまだカイロがある。生命の危機を感じて分泌されたアドレナリンを頼りに素早く動いて、靴や足首周りに貼るカイロを仕込んでいった。
「コスプレイヤーの真冬のコミケ対策?」
きっとこうやって瀬戸際まで追い込まれることで、常にアドレナリンを出して、主人を守るのがメイドの務めなんだね……。
「……メイドって大変なんだね……」
「そうですけどそうじゃないですよ!?」
春風が肌に触れるたびダメージが蓄積していく。弱点属性の攻撃にいつまでも耐えられる訳はなかった。背に腹は代えられない。もうアタシにはこれしか……。
「どうしてアルミホイルを!?」
「……あったかいから……」
アルミホイルでストッキングを作り上げて履いてみた。これならなんとか動けるけど、メイド服には合わない銀色が覗いちゃってるな。
「……これじゃ……メイドとは呼べないね……」
「どうしてそこまで……」
「……いつも妹には……寒いのにアタシのお世話させちゃってるから……お返しに奉仕したくて……」
でもやっぱりアタシはダメだな……。風にも負けて、雨にも負けて。二人みたいにアタシもなりたかった。
「確かにメイドの道は険しく厳しいです。ですが一本道じゃないんですよ」
「……え……?」
すると妹は羽々里さんに目配せしてから、もう一つのメイド服を持ってきてくれた。
「これが近年注目されているサイバーメイドです!」
「……あったかい……」
スカートからズボンタイプに変わっただけじゃなくて、素材も綿からエナメルやナイロンのような風を通しにくいものに。空気を通さないから、体温も閉じ込められてる。これならアタシも動ける……!
「あびゃびゃーっ!」
「カッコかわいいーっ!」
魂が抜ける勢いそのままに本当に抜けて恋太郎も喜んでくれた。アタシ目つきが鋭いから、カッコいい系の方が落ち着くかも……。
「……ありがとう妹……」
いつも妹が紅茶を淹れてくれる動きは見ていたから。その動きを真似してみた。普段淹れてくれる紅茶よりはやっぱり上手にできなかったけど、それでも妹は美味しそうに飲んでくれた。
「こちらこそありがとうございます。でもあくまで小々枝さんは妹の
「……ふふっ……うん……!」
その日から妹はたまにメイドとして指導してくれるようになって。お返しのつもりが、お世話になっていたような気もするけど。段々と美味しい紅茶を淹れられるようになって、妹が誇らしそうにしてくれることがすごく嬉しかった。
〜凹凸コンビの入れ替わり〜
「一生のお願いだ山女後輩ッ! 一時間だけでいい。アタイと身体を入れ替えてくれ!」
「ど、どうしたんだど……!?」
先サンから呼び出されて何事かと思ったら、ものすごい剣幕で頭を下げられたど。慌てて身体を起こしたら、びっくりするくらい軽かったど。
「前に千優先輩との武勇伝を話した時も言ったけど……アタイは生まれてからずっと周りから見下されてきたんだ」
「先サン……」
「だからアタイは留年して、誰よりも目上の年上になった。けど気付いたんだ。大事なのは年齢だけじゃないって」
「そうだど! 先サンの誰よりも広い心の器こそが——」
「それと同じくらい大事なのは……身長なんだって!」
「だどー?」
どうしても誰からも見下されない身長を体験してみたいって熱意を無碍にすることはおでにはできなかったど。
「こ、これが山女後輩の目線……!」
楠莉サンの薬で精神が入れ替わって、先サンは目を輝かせていたど。でもそれはおでもそうだったんだど。小学生の時から男子より背が高くてよくからかわれたおでにとって、もう記憶にもない子供のような背丈は密かに憧れていたものだったのかもしれないど。
「どうだい! 身長を手に入れたアタイの高く高く積み上げられた尊厳は!」
「先サンは身長なんて関係なく、尊敬できる先輩だどー」
「そ、そうかい? へへ……。今日はアタイが山女後輩の代わりに畑仕事をするよ!」
「助かるどー」
慣れ親しんだ園芸部の畑が別世界のように感じられたど。庭のように思っていた場所が、まるで大海原のように境のないような大きさに思えたど。それに植物や虫を踏まないように竹馬に乗る必要がないくらい、足も小さくて……
「ぎゃー!」
竹馬から落っこちた先サンを起こすこともできなくて、それまで保護してきた動物でもここまで非力な生き物はいなかったんじゃないかというくらいだったど。衝撃で先サンから離れた
「あっ! 薬の効果が……」
そうこうしているうちに一時間経ってしまったど。魂が不安定な状態だと自我が保てなくなって危ないらしいから、すぐに元の体に戻ったど。
「なんでその蝶々アタイからすぐ離れるんだい?」
「この子達はずっとおでと一緒に暮らしてるからー」
身長なんて関係ないって言っちゃったけど、そんなことはないと思い知らされたど。だって見える景色があまりにも違っていて、この体じゃないとおでは自然の生き物達を守れなくて、きっと自分のことも好きになれなかったから。
「先サンも手伝ってくれて助かったどー」
「……? 何言ってるんだい。まだ途中じゃないかい」
「えっ。でもー」
「アタイは気付いたんだ。入れ替わって身長がいくら高くなっても、それはアタイのものじゃない……ってね」
「それはそうだど」
「でもね。山女後輩はアタイの体で畑仕事をしていただろ? その姿は小さくても、大事なものを守ろうとしてた」
「あ……」
「後輩にできて先輩にできないことはないよ!」
「先サンは……やっぱり尊敬できる先輩だど!」
結局畑仕事が終わるまで手伝ってもらって。へとへとになった先サンを見て、おでは自分の体がもっと好きになったど。だって人と違う体に生まれて、それをからかわれることがあっても、そんな体を誇りに思う姿勢がとてもカッコよく映ったからだどー。