「ついにこの日がやってきましたね……!」
「ハイキング! ハイキング!」
「ぐー! ぐー!」
恋太郎ファミリーは休日を利用してハイキングにやって来ていた。
「いやいきなり寝てない!?」
寧夢は珍しく集合時に早くもスリープモードに入っていた。
「起きてる——とも言えるね」
「言えないだろこれは」
「舗装されているとはいえ山道だからな……起こしておいた方がいいだろう」
「タマに任せるにゃん」
するとタマが不意に目の前で手を叩いた。しかし効果は無かった。
「ひゃあ!?」
「猫が猫騙しするのはおかしくない?」
「オー。ポケ⚪︎ンに
「音だけでも起きそうなものですが……」
「あ、そう言えば昨日睡眠薬渡したのだ」
「また貴様か!」
「またとはなんだなのだ! ……いや心当たりはあるけど、アレは寧夢に頼まれてたやつなのだ!」
「寧夢ちゃんが? またどうして……。……!」
「……? な、何よ。急にこっち見て」
恋太郎の脳裏に二つの出来事が過った。一つは彼女と出会った際に寝ている時の自分の方が魅力的であると言っていたこと。もう一つは唐音が素直な女性になりたいとツンデレを喪失した際のことだった。
(……まさか……!)
もし彼女も同様の自己嫌悪を抱いたのであれば——そのことを確かめるためにも揺さぶって起こそうとする恋太郎。しかし起きる気配はない。
「ぐー?」
「……そうか! 寧夢ちゃんは今この光景を夢として見てるんだ!」
「それが何よ……?」
「つまりこの夢にオチをつけなければ脱出できないんだ……!」
「そんなことある!?」
「なぜなら絶望⚪︎生でもそうだったから!」
「あろうことか他雑誌のネタ!」
「ふむ……メルヘンなことになって来ましたね。それではこれでどうでしょうか」
すると夢留は缶を取り出して寧夢に飲ませていく。
「ぐっ……ぐっ……」
「"門""絵""名"……! 『その手があったか……!』」
「ぐーっ!?」
「おや……」
直後、寧夢の身体はまるで静のように浮き出した。
「寧夢ちゃん!?」
慌てて恋太郎がキャッチすると夢留は缶に目を向けた。
「すいません。間違えてレッドブルを持って来てしまいました」
「『自由の翼を下さいってか? 笑わせてくれるじゃねぇの』」
「どうやらこれではオチないみたいですね」
寧夢が習字で「ごちそうさま」と礼を伝えると身体の浮遊も収まっていった。
「飲ませる……そうだ。楠莉先輩。打ち消しの薬を……!」
「おお。任せるのだ。ごくっ……。この身体なら叩き起こせるのだよ」
「飲ませれば良かったんですよ……!?」
「しまった! やっちまったのだよ!」
「後輩のためだ。アタイが一肌脱ぐよ!」
「ぐー」
「ぎゃあああ!?」
「先せんぱああい!?」
軽く一発叩かれて思いっ切り吹っ飛ぶ先を恋太郎がキャッチすると、寧夢は睡拳の構えを取っていた。
「先先輩の仇はボクが討つ!」
「ぐーっ!」
「キッツ……♡」
「今自分からケツ向けてなかったか?」
「ならあたしに任せて!」
「エイラっち先輩かっこいー」
例えどんな構えでも物理で倒せるなら関係ないとばかりにエイラが突っ込んでいく。すると幾重にも重なる攻撃をしっかり防御して接近に成功していた。
「やったか!?」
「っ……!?」
しかしこの攻撃は睡眠のツボを突いており眠気が襲っていった。
「きゃー!? 睡魔は物理じゃ倒せない!」
「スヤスヤだしぃー。かーいー」
後ろ向きにゴロゴロ転がった衝撃で目覚めてもおかしくなかったが、特殊耐久の低いエイラはあっさり眠らされてしまい、あー子に撫でられていた。
「ええい! 寝ている相手に何をやっている!」
どこでもバットの要領で竹刀を取り出した騎士華はリーチを生かしてジリジリと追い詰めた。すると寧夢が構えを解いて両腕を広げた。
「ぐーぐー」
「ママ……?」
「何人目の母親だよ」
しかし相手の間合いにのこのこと入っていった騎士華はそのまま寝かしつけられてしまった。
「まずいのだよ! これじゃあ100カノの戦力tierが更新されてしまうのだよ……!」
「奇ラブコメね……!」
「ほっ」
「も、紅葉さん!? ひゃああ——」
「ぐっ!?」
だが両手を封じている隙に揉ミスディレクションで愛々が背後への移動に成功していた。
(寧夢さん可愛い……)
「愛々さん?」
しかし抱きつく人数が一人増えただけだった。
「あーん。ギチギチ〜♡」
さらにもう一人増えた。
「あびゃびゃびゃ……! 抱きリョーシカ……!」
「みんな仲良しだなあ……!」
「ほんわかしてる場合か! ああもう私が行くわよ!」
「永眠させちゃダメですよ!」
「分かってるわよ!」
既に構えを解除してある意味拘束されている寧夢。そんな彼女に対して唐音がゆっくり近付いていく。すると寧夢が指を向けた。
「何よ……服がどうしたって言うのよ」
「ぐー!」
「なっ……! ななっ……!」
プリチーと書かれた紙が取り出されると途端に唐音の顔が真っ赤に染まっていった。
「べ、別に! ちょっと今日は可愛いって言われたくてオシャレして来たわけじゃないんだからねっ!」
「銀河一可愛いよ唐音ーっ!」
「ば、ばっかじゃないの!? ほら、寧夢だってあんまり着ないフリフリの服が似合ってるじゃない!」
恋太郎に視線を向けたまま不用意に寧夢の服を指差した瞬間だった。
「ぐー」
「なっ……寧夢、アンタ……」
「ぐーぐー!」
手を取ってツボを押した寧夢はもう片方の手で膝を叩くと、唐音の頭が吸い込まれるように収まった。
「そ、そんな……唐音さんが……」
「『歴戦の勇士が……』」
「院田唐音が……」
「唐音が……」
「唐音ちゃんが……」
「「「「「やられた……!?」」」」」
「唐音への驚きが手厚すぎじゃない!?」
「どうやら全員倒してもオチてはくれねぇみたいでい」
全員で寄り添って満足そうに寝ており、眠気はむしろより深くなっていた。
「そもそも叩いて起こすというオチはメルヘンではありません」
「モンエナにメルヘンっぽさも感じないけどな」
「でも分かりますよ! やっぱり優しく囁かれて起こされたいです!」
「いいねー! やっちゃえー恋太郎ー!」
「ダメよ……寝ているところに覆い被さるなんて……ダメなんだから……っ!」
「それじゃあ……失礼して」
(寝ている時は積極的だから、こうやって無防備なのは慣れなくてドキドキするな……!)
遊び疲れた子供のように眠りこけている寧夢。そんな彼女のうなだれた顔を持ち上げ、そして耳に顔を近づけようとした時だった。
(あ、顎クイ……!)
「ひゃあああ——」
「わっ!?」
至近距離で見つめていた愛々がミスディレクションで消えてしまい、抱きつく対象がいなくなったうさちゃんが前のめりに倒れた。
「ぐぅ?」
「……!」
その結果寧夢の方からも唇が突き出され、恋太郎と重なり合っていた。
「……あ……恋太郎先輩っ……!? わ、私寝ちゃってて……」
こうして眠れる美女は王子様のキスによって目覚めたのだった。
「とってもおメルヘン様な起こし方でございます……!」
「この漫画は解決手段をキスに頼る傾向がある」
「すいません。皆さんといるのに寝てしまうなんて……」
「それはいいんだ。俺は幸せそうに寝ている寧夢ちゃんも大好きだから。ただ睡眠薬を飲んでまで……なんて」
「そ、それは……その……うう……」
言いづらそうに目を逸らす寧夢。するとゆっくり顎を引かれて恋太郎と見つめ合う形になった。そして恋太郎は起きている寧夢ともう一度キスを交わした。
「え……あ……正夢……?」
「俺は起きている時の寧夢ちゃんも大好きなんだ。誰かのために一生懸命になれる君のことが。そんな自分も目を逸らさずに見て欲しい」
「……! あ、ありがとうございます……その……恋太郎先輩も、みんなもそう言ってくれるから。今日は寝ないで過ごそうって、前日に良く寝ておこうと思ったら……今日になってて」
「へっ……?」
「ああ。そういえばこの前は悪夢を見て大変だったから、今回のは良い夢を見ないと起きれないように改善しておいたのだよ」
「じゃあやっぱりテメーのせいじゃねーか」
「い、いえ……! おかげで皆さんとの楽しい夢が見れましたから……! 夢なのが惜しいくらいです……。……?」
思わずファミリーのみんなが笑みをこぼす様を見て寧夢は不思議そうに首を傾げた。
(良かった……思い過ごしだったんだ。でも寧夢ちゃんにとってはさっきまでの出来事はあくまでも夢、なんだな)
微笑ましい光景だったが、同じひと時を過ごしたのに共有できていないことが恋太郎にとってはいささか寂しくもあった。
「ハイキングはこれからだしぃー。そんでそんで一緒に色んなもの見てぇー。たくさんお話しするのぉー」
(あー子……そうだよな!)
「夢の続きを見に行こうか」
「お二人とも……皆さん……。はいっ!」
(いつも眠くて暗い現実が……皆さんといると眩しくてあったかい……)
手を引かれて立ち上がった寧夢は燦々と輝く太陽に照らされていた。
「とりあえずみんな起こさないと紅葉が好き放題してるわよ……?」
「うーん。夢見心地なのです」
「ふふっ……!」
こうして寧夢は夢にも負けないくらい楽しい時間をみんなと過ごしたのだった。