ウマ娘にもトレーナーにもなれなかったモブ転生者 作:塚山 泰乃(旧名:なまけもの)
ストック分を順次投稿します。
3才の誕生日を迎えた時、僕……俺に前世の記憶と死んだ後に神と名乗る者に会ったのを思い出した。
前世は人間の男で昭和から令和にかけて生き、不法滞在者の大規模暴動に巻き込まれて死んだ。
その直後に神が目の前に現れ、気まぐれで俺にチート能力を与えて好きな世界に転生させてあげようと持ちかけられた。
俺はネット小説投稿サイトで流行っていた転生物を読んでいた事もあり、半信半疑ではあるが神の提案を受け入れる事にした。
今度の世界は争いとは無縁な場所で平穏に暮らしたいと考え、アプリゲームのウマ娘プリティーダービーの世界が存在するならと神に願い、いくつかのチート能力を希望通り与えられた。
前世の記憶を取り戻した俺はチート能力が機能するかをこっそりと試し、神の実在に感謝した。しかし、おおっぴらに使うと噂を聞きつけた悪人に利用されかねないのは確実と考え、どうしても必要な時以外は使用を控える事にした。
ウマ娘世界に生まれたからには目指すは当然中央トレセンのトレーナーでしょ。近くの書店へ出向いて中央トレーナー資格試験の参考書を手に取り立ち読みし始めた。
結論から言えば、前世の知識を持ってしてもちんぷんかんぷんであった。
一部は理解できないこともないが大半が頭に入ってこない。
まあ、まだ3才だし時間を費やせばどうにかなるさ。
どうにもならなかった。
全てではないがある程度の理解は進んだ。
だが、それだけ。
加えて俺にとって大きな壁が立ちはだかった。
たとえ試験に合格し中央トレーナーの資格を得たとしても絶対遵守しなければならない条件があった。
仮に担当ウマ娘に迫られて欲望に負けて手を出し妊娠させた場合、その時点で全世界のトレセン施設からの永久追放が確定する。それどころか、ウマ娘が多く住む地域からの所払いもありえるのだ。
要は山奥で原始時代の生活をしろ、という宣告をされたのに等しい。
少年期の俺に性欲を完全制御しろというのは到底無理だったのである。
両親にも内緒で合格した時にサプライズとして公表するはずだった目論見は潰えた。
生まれも育ちも中央トレセンのお膝元の府中で育った身には絶好のスタートではあったが躓いてしまったのである、
俺は中学在学中に自身の知能に限界を認め、一般人が通う高校へと進路変更を余儀なくされ、ただの社会人にならざるを得なくなった。
それでも。
それでも俺は諦めきれなかった。
全てのウマ娘に走る事のできる幸せを願う。願った。その心はくすぶり続け、耐えられなくなってついには行動に移した。
俺の行動の結果、社会にどのような影響が出るのかは分からない。
できればひっそりとのんびりと暮らしつつ、泣いているウマ娘を笑顔に変えたい。
いつかは俺の存在を突き止めた者が組織的に草の根を分けてでも探し出しに来るだろう。
それでも構わない。チート能力を使わなければそれこそ宝の持ち腐れとなってしまう。
俺の願いはもはや強迫観念となり果てていた。
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東京都内の街外れの夕暮れの河川敷の堤防の上。小学校中学年くらいの少女が1人歩いていた。学校指定の体操服姿の彼女は人間とは違いウマ娘特有の耳と尻尾が生えている。
顔を俯かせとぼとぼと重い足取りで──片足を引き摺りながら──歩く。
回復しても、二度と全力で走れないでしょう。
医者の無慈悲な宣告に頭が真っ白になった。
少女は走るのが得意で同年代のウマ娘たちよりも速く、必ず1着になるとまではいかなかったが名門出身の英才教育を受けているウマ娘とためを張れるくらいには善戦していた。
将来は中央のトレセンでも優秀な戦績をおさめるだろうと評価され、さらなる努力を重ねていた時に怪我をした。
最初は練習のしすぎによる捻挫だと思い、痛む足を我慢しながら行きつけの病院に診てもらった結果、青天霹靂の言葉に呆然となった。
将来を約束されたも同然の未来が閉ざされ、少女の人生設計が脆くも崩れ去った。
病院を出ると家路へ向かわず、あてもなくふらふらと歩き出した。
(これからどうしよう)
両親に内緒で病院に行った事が幸いしたか自問自答する時間が少女にあった。
医者に頼らなくても走れるようになる方法を模索するが、いくら考えても解決策が分からない。
もうすぐ門限が迫っており、次第に足の怪我の事をどう両親に伝えようかと比重が傾いていく。
もうどうにもならないと本能で悟ったのか自然と涙があふれ出した。涙を抑え込もうとしたけど駄目だった。
「嫌だ。……嫌だ」
こんなはずでは無かった。
理解している。もう取り返しがつかないのだと。
「助けて……誰か、助けてよう……」
ぐすぐすと嗚咽を漏らしながら歩いていると、不意に何も考えられなくなった。
目も顔も虚ろとなり立ち止まった少女は向きを変えるとふらふらと堤防を降り、付近の鉄道が渡る鉄橋の下へ向かう。
日も沈みだんだん暗くなってきた高架下にたどり着いた少女の前に少年が立っていた。
中学生くらいに見える少年は無言で地面に敷いてあるダンボールを指差すと、少女はそちらへ近寄る。
運動靴を脱いでダンボールの上に乗ると上着を脱ぎ、ズボンを脱ぎ、上半身裸の下着姿になって仰向けに寝転がる。
少年はしばし少女を見下ろすと膝をつき手を下半身へ伸ばした。
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「…………あれ?」
少女が意識を取り戻した時、堤防上にたたずんでいた。
何をしていたんだろうとぼうっとした頭で周囲を見回す。付近に人はいなかった。
体操服を着用した己の体を見下ろす。
「えっと……?」
何かあったような気がするけど思い出せない。
次第に意識がはっきりしてきて、ようやく思い出す。
そうだ、いつものグラウンドで練習して時間になったから帰る事にしたんだっけ。
それにしてはいつもより暗い。というかもう夜空に星が見える。
「いけない、お母さんに怒られちゃう……」
少女は無意識に駆け出して違和感を覚えた。
全身が軽い。自身の体重すら重みを感じないほどの軽さに驚く。
グラウンドで時間まで走ってくたくたのはずの足に疲労が無い。
おまけにどういうわけか体がぽかぽかする。特にお腹の下の辺りがどく、どくと脈動してる。
疑問符だらけの少女だったが、そんな事よりも母親が怒ってないかが心配で全ての疑問を押し流してしまった。
夜闇に消えて行く少女を眺めていた少年は真逆の方向へ歩き去って行った。
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