ウマ娘にもトレーナーにもなれなかったモブ転生者 作:塚山 泰乃(旧名:なまけもの)
俺が通う中学校の昼休み。
教室でコンビニで買ったおにぎりを食べ終わると次の授業の予習をするための準備をする。
前世で高校までの教育を受けていたので、他と比べてアドバンテージがあると思っていたがウマ娘という存在が加わった事で歴史を中心に内容が大きく変化していた。
巴御前がこの世界ではウマ娘で、牛の大群の先頭に立って敵軍をまとめて崖から突き落としたとか。人型ラッセル車かよ、ありえねえ。さらに勢い余って巴御前も崖から転落し自力で這い上がってきたという記述もありえねえ。
この世界はいつの間にギャグ時空になっていたんだろうか。
そんなツッコミはさておき、数学や物理にも前世には存在しなかった数式がいくつも追加されていたので、教師に訊いたら将来トレーナーになりたい人のためのウマ娘の基礎知識だと言われた。
そういう事情でこの世界で怠けたら落ちこぼれになるので気が抜けない。
ふと、女子の姦しい声が聞こえてきたので無意識に顔を向ける。
何やら盛り上がっているのは4人のウマ娘だ。
トレーナーを目指して勉強しているからかウマ娘のトモを観察する癖がついていたので自然と4人のスカートからのぞく足に目がいく。
一部分だけ見えるトモとふくらはぎだけで推測するから何とも言えないが、3人は無理そうだが1人だけ素質のありそうな足をしてるな。トレーナーとしての経験は無いから断言できないけど、あの娘ならトレセンでも良い線いくんじゃないかな。
うーん、神様にアプリゲームみたいにステータスが見えるチートをお願いするべきだったな。
などとつらつらと考えていると、素質がありそうと見ていたウマ娘が俺の視線に気づきにんまりと笑うと俺のいる席へ近づいてくる。
「ねえねえ山海野くん、今私の事見てたでしょ」
「ああ」
否定はしない。
「ひょっとして私の事好き?」
直球だなおい。というか何でそうなる?
「いや、足を観察してた」
「ん?」
「君ならトレセンでそこそこ活躍できそうだな、と」
「……根拠は?」
「ウマ娘のレースを見るのが好きでさ、誰が勝つのか観察してるうちに」
「へえ」
「素人そのものだから断言できないけどな」
少女から笑顔が真顔に変わり、俺をしばし見つめる。
「……ねえ、もしもだけど」
「ん?」
「私がトレセン目指すって言ったら応援してくれる?」
ふむ。
「あくまで俺はレース場の観客席で声援を送る事しかできないぞ?」
「それで良いと思うよ。……ちなみに私の距離適性は分かる?」
実を言えばステータスが見れなくても、判別方法が俺にはある。
色々なウマ娘の治療行為の際に行う透視で足の筋肉のつき方を見てきたので、何が得意なのかがある程度は類推できるようになった。
ある程度は。
現状ではトレーナー経験が無いうえ確実性に乏しいので、実際にトモを触れば判別できる可能性はもっと高まるはずだ。ウマ娘が拒絶反応を出さなければの話であるが。
目の前の真剣な表情のウマ娘にどう対応しようか考える。
トレーナー受験の勉強がてら、技術向上のため触らせてもらおうか。しかし、彼女に拒絶されたうえ学校中に広められたら在学中や進学先まで針の筵になってしまう。
少し悩む。
いつまでも手をこまねいていると前に進めないし、ここは思い切って頼んでみるか。
「ぱっと見ただけじゃな。トモを触らせてもらえれば何か分かるかもしれない」
俺の言葉に少女は無言のまま。
うーん、これは駄目だったか。
「なーんてね」
「良いよ」
「え?」
「放課後、私の家に来て」
冗談で済ませようとしたら、まさかの受け入れOK。
呆気にとられる俺に少女はそう言うと友達の方に戻って行った。
「どうしたの?」
「何、何? 告白?」
「もー、そんなんじゃないってば」
ウマ娘たちの姦しい会話が再開した。
とりあえず、予習に戻るとするか。
何故か次の授業の内容が頭に入らなかった。
調子狂うなあ。
放課後になった。
俺を誘ったウマ娘をさりげなく見る。
名前はアリナシミラージュ。アプリに登場していたのかどうかは分からないが有名なネームドにはいなかったのでモブウマ娘なんだろう。
そういえば少女の家がどこにあるのか知らない。直接訊くとするか。
通学鞄に教科書とノートをしまい、片手に鞄をぶら下げると少女へ視線を向けた。
「あれ」
いない。どこに行ったんだろうか。
足早に教室を出ると左右へ続く廊下を見渡す。
いた。離れた所から俺を見て手招きしてる。
何でそんな位置から?
疑問に思いながら歩いて近づこうとすると、少女は踵を返して角を曲がり一時的に視界から消える。
慌てて小走りになって角まで行くと、その先で少女が手招きしていた。
何の意図があるのだろうか。読めない。
とにかく見失わないように追いかけるしかない。
追いかけっこは続く。
校舎を出る。学校の敷地から出る。街角から街角へ。
これは一種の遊びなのだろうか。
少女がマンションに入って行くのが見えた。
おっと、終わりが見えてきたようだ。
エレベーター前まで来たが少女の姿が見当たらない。
周囲を見渡すとエレベーター脇に金属製の扉を見つけた。
嫌な予感がしたが、念のため扉を開けると目の前に金属製の階段が姿を現した。俗に言う非常階段だ。
吹き抜けとなって見通しの良い所から上を見上げると、途中の階で少女が顔を出して俺を見下ろしていた。
なるほど、上って来いと。
こうなれば意地だ、やってやろうじゃないか。
チートで身体能力を上げても良いが、頼りすぎるのも良くないのであえて素の状態で行く事にする。
少女の思惑に乗っかる形で俺は階段へ踏み出した。
息を荒げながら目的階へ到達すると、金属製扉の前に少女が感心した様子で立っていた。
「おめでとう、根性あるね」
「……まあな」
いかに中学生の体でも一気に上るのはきつかった。
呼吸を整えながら非常階段を出て少女の後をついていくと、ある扉の前で止まり呼び鈴を鳴らす。
どうやら少女の住む家はここのようだ。
返事は無く、中に誰もいないと理解したのか少女は鍵を取り出すと解錠して扉を開ける。
「お待たせ。私の家にようこそ」
「お邪魔します」
そういえば異性の家に招かれるのは今世では初めてだな。
今時の同級生の部屋の内部はどんな風なのか興味がわく。少女の部屋を参考に俺の殺風景な部屋をアレンジしておこうか。
心臓を高鳴らせながら扉をくぐった。
それではまた明日。