私は今夜、昨日のあなたに逢いに行く   作:三文小説家

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 弊オリジナル指揮官の設定を書いていきます。パニグレ原典とはかなり異なる設定ですが、それでもよろしければ、どうぞ。


第2話

 僕には昨日が無い。

 

 それどころか、ありとあらゆる過去が無い。

 

 僕の人生はある地点から唐突に始まって、今の今まで続いている。空中庭園に拾われるまで、僕は地上を彷徨い歩いた。辛うじて分かった事は、どうやら僕が人間でも構造体でもないらしいこと、そして、イエスタという名前だけだった。

 

 

 

 

 

 名前が分かったのは単純な話。僕の腕に印字されていたからだ。後述の特徴も併せると、おそらく僕は、人体実験の産物か、人造人間の類なんだろう。何を目的として作ったのかは知らないけれど、最有力なのはパニシングへの対抗手段かな? 構造体とは違う、新たな生物でも生み出そうとしたんだろう。結果は……多分製作者の思った通りには行かなかったと見えるけどね。

 

 あまり長引かせる意味も無し、さくっと種明かししてしまおう。僕は自分を消すことができる。透明人間、存在透過、記憶からの消失、思いのままだ。あまり使う機会が無いけれど、姿を見せたまま認識内から消す、なんて事もできる。かくれんぼの時には特に便利な能力かな。記憶喪失の僕が何故使えるのかは分からない。ただ、こればかりは本能のようなものかな。

 

 僕はこの能力を買われて空中庭園に拾われた。

 

 その後、僕は必要最低限の常識を教えられて、ファウンス士官学校に放り込まれた。いや、まあ、手段を選んでられるような状況じゃないのは分かるんだけど、ハブって蛇を狩るためにマングースって哺乳類を放った結果、現地の生態系に多大な影響を及ぼした例を知っているのだろうか。

 

 まあ、いいや。

 

 因みに、僕は地上の図書館の廃墟で本を読んでいたから、一応の常識はあったよ。なんだか嫌な予感がしたから、莫迦のフリしてたけどね……で、なんやかんやその学年の主席になってしまった。やってもうてんのよ。

 

 一応言っておくけど、僕の消失能力は一切絡んでない。なにせ、この能力は戦闘力自体は皆無だからね。ついでに言えば、学校の試験に『存在透過人間がいる仮定の問題』なんて出ないよ。せいぜい、異重合端末で敵が消えたらどうするか、レベルの問題なら出るけどね。透明化能力の同志として言っておくけど、端末の透明化はお粗末だ。本体は消えない上に、殴れば解除できる。

 

 ついでに言えば、主席になったのは上の意向じゃないよ。自慢になるけどね。僕が主席になろうがなるまいが、使い方は変わらないからさ……

 

 と、無駄話が過ぎたね。

 

 僕が死を意識し始めたのはその辺の時期だな。僕が生きている事に、何の意味があるのか分からなくなった。記憶も記録も無い、酸化したこの世界からの解放を、僕は求めていた。

 時々上層部からの依頼で、空中庭園の地下組織の内情を調べてみたりしたこともあった。依頼は匿名だったけど、士官学校の教師の反応から、多分間違いない。

 

 依頼自体は拍子抜けするくらい簡単だったね。なにせ、他人は僕を認識できないんだから。爆弾の作り方も、メルトビートルの操り方もそこで学んだ。良いよね、メルトビートル。あの生き様は美しいと思うよ。

 

 誤解を招かないように言っておくけど、僕は上層部の態度が気に入らないから死にたいわけじゃない。ただ、きっかけ。そう、きっかけは、ただの将来予想だった。過去(イエスタ)という名前を持つ僕が、未来について考えたのが間違いだったのかもしれない。

 

 僕になりたいものなんて無かったんだから。

 

 たとえば、想像じゃなくてたとえばの話をしよう。将来予想を無限回繰り返した場合、そこに残るのは何だと思う? 軍人になりたい。芸術家になりたい。小説家になりたい。生き残りたい……そういうのも将来設計だ。

 

 でも、その先が有るはずだ。生物が、いや、存在全てが辿り着く帰結。

 

 すなわち、死だよ。

 

 それから、僕は死の欲動(タナトス)に取り憑かれる事になったんだ。

 

 とはいえ、逆に軍に希望もあった。タナトスの一瞥を受けても士官学校から脱出しようとしなかったのは、何かあると期待したからだよ。暴力や死、欲望や本能、そういう剥き出しの人間に近いところにいれば、人間の本質をより近くで見る事が出来る。そうすれば何か。何か、生きる理由が見つかると思ったんだ。

 

 

 

 

 

 そして、黒い揚羽が誘うように舞う中で、現と極楽が混ざったような生活をしていた、くさった波止場で吠えていた僕の転機は一人の女性との文通だった。女性だと明確に分かったのは最近だけどね。

 

 手紙にはこう書かれてた。

 

〝見知らぬあなた――私の文通相手になっていただけませんでしょうか〟

 

 そこそこ長いから要約すると、どうやら彼女は敢えて知らない相手と文通する事を選んだらしい。友人と文通すると、あまりにも意図的すぎて、かえってぎこちなくなりそうなんだとか。相手が誰かを知る必要もなく、相手もこの人物を知る必要が無い。それは確かに、ある種気楽な関係だ。

 

 僕はこの原始的な連絡方法に乗ってみることにした。悪意は感じないし、なんだか面白そうだと思ったのだ。それに、存外これが、生きる理由になるかもしれないからね……僕は紙を取り出して返事を書く。手紙の送り主はアイリスを名乗っている。本名ではなくペンネームだそうだ。

 

 僕は少し考えて、こう名乗ることにした。

 

〝Yesterday〟

 

 本名かペンネームかは微妙なラインだが、あまり捻った名前でなくとも良いだろう。それに、結構自分の名前は気に入っている。過去という花を摘んで束ねたブーケの名だ。

 

 手紙を返してから暫くして、再びアイリスから手紙が来た。どうやら、返事を返したことが余程嬉しかったらしい。手紙の冒頭は歓喜に溢れていた。待つものが遅くなることも全ての感情を豊かにしてくれるとアイリスは語る。間違いなく文章家としては格上だなこの人物は。

 

 今回はアイリスという名前について語ってくれるらしい。二回もこの名前を強調したのは、この名前の意義を伝えたかったらしい。なんでも、『テンペスト』でこの名前を知ったそうだ。『テンペスト』というのは、シェイクスピアの戯曲だ。絶海の孤島に住む男が復讐のために精霊を操って嵐を起こし……という内容だったはずだ。

 

 地上の図書館で読んだよ。『この大地にあるものはすべて、消え去るのだ。そして、今の実体のない見世物が消えたように、あとには雲ひとつ残らない。私たちは、夢を織り成す糸のようなものだ。そのささやかな人生は、眠りによって締めくくられる』というセリフには、感動さえ覚えたね。

 

 『アイリス』という名はその中に登場する虹の女神にして神々の使者。虹は天と地を結び付け、人の喜怒哀楽を神々に伝え、また神の福音を世の人にあまねく伝えるものだった……はず。手紙にはその戯曲の段落が引用されていた。

 

〝いとも恵み深き豊穣の女神ケレス、私は空の虹であり、神々の使者。

 そなたの沃野、小麦、大麦、ライ麦、オーツ麦、そら豆、えんどう豆が実るそなたの沃野

 草食む羊たちの住む牧草豊かなそなたの山々、それに羊たちを養う乾草で覆われたなだらかな牧場。

 立金花と菖蒲が茂るそなたの河岸、露の4月がそなたの命によりそれを飾りあげるのは――

 清らかな水の妖精に冠を作らんとするため。更にそなたのエニシダの森、恋に破れて、ひとり侘しさをかこつ男の好む木陰を宿す森。

 手入れの行き届いたそなたのブドウ畑――新鮮な空気を吸いに出かけるのは、草一本生えぬ険しく不毛な海岸の岩場。

 そなたは此の場所を離れ、王妃殿下とともにここ、この草原でともに遊べと命ぜられた。

 妃の孔雀は力の限りに飛び来る。いざ来たれ豊穣の女神ケレスよ、王妃ユノーをお迎えいたそう〟

 

 よう書いたねこれ。この大長文は『テンペスト』のアイリスのセリフで、この言葉そのものもこの手紙の筆者の憧れらしい。ここに書かれているような景色をこの人物は見たことが無い。僕もないよ。

 それ故に、いつも何度も想像して、心の中でその様子を描いているとのこと。文字だけでこれほど美しいのなら、現実のそれらは言い表せないほど美しいのでしょう、と綴られていた。

 

 さて、これはちょっと審議が必要な文言だね……

 

 これは僕の持論だけどさ。人間の力の中で一番強いのって想像力だと思うんだよね。現実の醜さを想像力で補えるのが、人間の良いところだ。それが欠落しているから僕は、臆面もなく死にたいなんて口にするのだろうけどね。

 

 案外、美しさとは、そこに何も無いことかもしれない。

 

 僕が最も褒められるのが、自分の能力で姿も存在も消した時であるように。

 

 とはいえ、僕はそのことは手紙には書かなかった。現実が美しいと想像するのは自由でしょう? ただまあ、後の事を考えたら、書いておくべきだったかもしれないけどね……

 

 白状するよ。僕はこの文通を楽しんでいた。この片手で持ちあげられる薄っぺらい紙に書かれた文字列が、それを書いているだろう人間と会話する事が、この上なく楽しかったんだ。これを以て僕の人生は、惰性ではなくなったんだ。

 

 手紙の最後には、僕の好きなものを問う質問が書かれていた。

 

 さて、何を書こうかな……

 




 オリジナル指揮官、イエスタ。自分の姿や存在を消す能力を持っています。直接的な攻撃力は無いですが、便利ではあります。この能力や設定を付与した理由として、指揮官がプレイヤーの分身であるが故に容姿や過去が殆ど判然としないことが由来です。なので、文字通り過去を消して、誰の視界にも入らない能力にしました。賛否両論有りそうな設定ですが、この話はこれでいきます。

 セレーナとの文通。イエスタは首を傾げている部分もあります。
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