東方十畳録   作:破戒僧Z

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二、十畳へと変わる世界

 なぜこうなったのか。

 私はまたも人里の一角にある薄汚れた道具屋で、一人唸っていた。

 博麗嬢がここに来てから数日と経っていない現在である。

 原因は明らかに私であり、自業自得と言うほかなかったのだが、まさかこのような展開になろうとは予想できるはずがない。

 端的に状況を言ってしまえば、この店は私の父の知り合いの、私にとって赤の他人のものではなくなり、私自身の所有する店となった。

 あれは私が博麗嬢とのファーストコンタクトに浮かれてしまっていたからに違いない。父と飯を食っているときに、またこの店で店番がしたいなあなどとのたまってしまったのが、直接的な原因であろう。あろうことか父はその話をその知り合いに話してしまい、その知り合いはもう必要がないから、あの店はいらないかと言ったらしかった。まさか放棄していたも同然の店を私に店番させていたのか、と沸々と湧き上がる怒りを抑えながら話を聞いていると、父は驚くべきことを言った。

 

「あの店、お前にやるってよ」

 

 私が思わず大きく口を開け、呆けた声を出してしまったのは仕方がないことであった。

 と、このようなことがあり、今では私のものである。

 そうなればやる気と言うのも変わってくると言うものだろう。手始めに掃除を始めなければならないのは自明の理であった。私とてこんな汚いところで長時間過ごしたくはないし、それは来るであろう客にとっても同様であるはずだ。

 私はこの店を繁盛させ、その知り合いが店を手放したことを後悔させるべく動き始めた。

 

                 ○

 

 しかし、やはりと言うべきか客は全く入って来なかった。幾ら内装を綺麗にしたところで、外装が貧相では来る者も来ないであろう。それは悲しくも人の性に似ていた。幾ら内面がよくとも、結局は顔、外面なのである。私のように偽ることを知らない純粋な人間には、何と生きにくい世の中であることか。

 私は掃除をしてくたくたになった体を休めるために、机に崩れるように突っ伏した。もうこのまま寝てしまいたい気分である。最近は、私の日課と言っても差支えないであろう博麗嬢の観察記録すらまともに取れていない現状であった。それが余計に私の体に疲労を蓄積していた。

 彼女の研究は私の肉体的、精神的なオアシスのようなものであったことが、今になって証明されてしまったというわけだ。何言う皮肉か。このままでは過労死してしまう。

 幸いなことと言うべきか、悲しむべきことと言うべきか、客が来ることはないので、どれだけ休んでいても支障はないのだが、長年引きこもりまともに働いていなかった軟弱な私には、何であろうと重労働に値するに違いなかった。その証拠に、先ほど掃除のために荷物を持ち上げただけで、腕には筋肉痛が現れている。

 その結果に一抹の不安を覚える私だが、今更どうしろと言うのか。運動を始め健康的な人間になれとでも言うのか。不可能であろう。生まれてこの方本気で運動したことがない私である。陽の光を受けることの少なかった私の肌は白く、体には筋肉がついていないのもあって、まるでもやしのような有様だ。

 若干の後悔をしながらも、私はどうしようという気も起きず項垂れるだけであった。

 しかし暇だ。

 何もやることがないのは先日と同じであるが、『博麗霊夢観察記録』を見ることがないのもあって、ことさら暇に感じる。

 そろそろ誰か来てはくれないものか。博麗嬢であれば欣喜雀躍である。

 私がじっと扉を見つめていると、念が通じたようで誰かが入って来た。

 

「いらっしゃい」

 

 入って来たのは博麗嬢ではなかったが、店主と言う立場上こうは言うべきであろう。

 

「あ、どうも」

 

 そう会釈するのは、銀色の髪をした、博麗嬢と同じくらいの年ごろに見える少女であった。

 腰に下げられている二振りの刀が特徴的だ。初めて見る娘だったが、これから彼女を忘れることはないに違いない。

 

「失礼ですが、ここは何の店なのですか?」

 

 またこの質問か。

 私はこの店の前責任者を呼びたい気持ちでいっぱいであった。

 どれだけ認知されていないのかと。

 この店をなぜ作ったのかと。

 しかしそれは当然ながら不可能なことだ。

 私は以前と同じように答えた。

 

「ここは道具屋さ。何が置いてあるかは少しだけなら把握している」

 

「道具屋ですか」

 

 彼女は期待外れとでも言いたげに、少し残念そうに声を落としてそう言った。

 

「希望があるなら聞くがね? 何が欲しいのだろうか」

 

「食べ物があればぜひ売っていただきたいのですが、道具屋にはさすがにありませんよね」

 

 店内を軽く見まわしながらそう言った。めぼしいものは置かれていないのだろう。

 確かにこの店に食べ物はない。しかし私は昼のために持ってきている弁当がある。引きこもり時代に修練していた料理の腕を発揮している次第であった。ただの店番であった私であればこれを渡すことはなかっただろうが、今では店主。少しでも店の評判、ひいては客を取り込みたい私にとっては背に腹変えていられない。私の作ったもので悪いのだが。そう前置きしてから鞄の中にしまっていた弁当箱を取り出す。

 

「店で出されるようなものではないが、不味くはないと思う。あくまで個人的な感想、それも作り手の歪曲されたものかもしれない。だがこれでいいだろうか」

 

「え、でもこれは売り物ではないのでは?」

 

 彼女は困惑したように目をぱちくりさせている。私とて本来ここまでするほどの善人ではない。もし私が同じことをされたら同じように反応し、何か企んでいるのではないかと疑いをかけるだろう。

 だがどうやら目の前の彼女は人を疑うことがないようで、それでも良いのだと言った私から感謝しながらそれを受け取った。

 

「代金は」

 

「別にいい、いい。私が作ったものなのだから、値打ちなんてないに等しい。君が持っていかねば私と言う男の腹に入れられ溶かされゆく者たちだ。彼らにも、君に食われる方が本望だろう」

 

 そう言ったのだが、尚も遠慮するので私は無理矢理彼女を外に出した。

 

「弁当箱はいつでもいいから、後で返しに来てくれたまえ」

 

 扉を閉めるとき、彼女が私に向かって頭を下げているのが目に入った。捻くれた少年少女が多い昨今、礼儀を心得ていた少女であった。少し心温まりながらも、なぜいつもここが道具屋だと気づかれないのか、そんな疑問が降ってわいた。

 もしや看板が悪いのか。

 そう思って彼女が去ったのを確認しながら外に出てみれば、いつぞや私が置いた看板は跡形もなく綺麗に撤去されていた。

 これは一体どういうことか。

 目を擦って見てみても、その現実は一向に変わる気配がない。あまりにも苦しい現実であった。

 あの看板は私が一から作り上げ、ちょっとした愛着までも持っていたものである。名前までは付けていなかったが、いつか付けようとは考えていた。

 私は暗澹たる思いで肩を落とし店の中に戻った。

 一体誰がやったと言うのか。撤去するにしても、少しはこちらに事前通告位してくれてもよいではないか。何たるひどい横暴か。責任者はどこか。

 やはり外の世界は怖いところである。四畳半ほどの自室で引きこもっていた自分はどれだけ正しかったことであろう。今では十畳ほどの店に変わってしまったが、やはり私は引きこもっていたほうがいいに違いない。

 私は別に世界を憎んでいるわけでない。世界が私を憎んでいるのだ。

 故にこれは敵前逃亡ではない。戦略的撤退である。

 そしてこの時、私の中には既にこの店を繁盛させようなどと言う考えは綺麗さっぱり消えていた。

 

 

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