岸間の阿呆にありがたい言葉を送ってやったあと、何と奴は本当に働き始めたようである。それとなく森近さんに人手が必要では、と話してそう仕向けたのは確かだが、まさかそんなことが、と驚愕の至りであった。満面の笑みで報告に来た岸間が昨日のことのように思い出せてしまって気分が悪くなる。なぜ私はこんなことになっていると言うのに奴との友人関係を続けているのだろう。もしや私は聖人君子なのではなかろうか。そうであればこの行いにも納得がいく。私は何と尊い人物か。もっと周囲の人間が保護するべきでは? 至れり尽くせりの人生でいいのでは?
その後も私の阿呆な妄想は止まることを知らず、どこまでも続いていき、その果てに私は神となった。
「我がことながら何と恐ろしいことよ」
誰もいない店内で一人呟いた。反応する者は当然いない。連日岸間が来ていたせいでこの静かな空間に違和感を覚えるようになってしまった。意識にまで介入する岸間とは何ぞや。
いつしか私の思索の目的は岸間の存在理由に対する言及へと変わり、たっぷり時間を使える環境であることも災いして一つの結論に至った。至ってしまった。
「何と……奴は存在する理由を持ち得ていないのではないか」
それはどこまでも悲しい事実に相違なかった。そう思うと岸間の今までの愚行を許せてしまう気がしてきた。次来た時には、お茶でも出してやるか。何時のお茶っ葉か分からないものしかないが。もしかすると黴でも生えているかもしれない。
「ふう」
人生における最重要有限資源を浪費したことはどこかに綺麗さっぱり投げ捨てて、今日も今日とて店番である。最近、もっと人と関わりたいなあ、と自分らしからぬ思いが頭を過ることがあるが、その度に頭を壁に叩きつけ邪念を振り払っている。人の住まう外は怖いところなのだ。わざわざ敵対意思しか持たない中に突っ込んでいく必要などあるまい。しかしあちらから来るのならば拒む理由などなかろう。特に巫女さんなどは喜んで迎え入れる所存である。巫女服の脇が空いていたならなお良し。
またも私の妄想回路が加速し始めた時、それを遮るかのように戸が開かれた。大きな音を立てていない点から岸間ではない。ではちゃんとした客であろうか。
私は背筋を伸ばし、出来る商売人を装い出迎えた。
「すいませーん!」
元気の良い声を上げて入って来たその客は、確かに脇の空いた巫女服であり、私の願いの具現と言えなくもなかったのだが、人と神ほどの差がそこにはあった。
常人でも理解できる表現でもって言えば、ただ単純に髪の色が違うのだ。私の考えていた女性の髪色は黒であるのだが、この店に来たのが初めてであろうこの客は緑。掠りもしていない。だがしかし客は客。相応のもてなしをしてしかるべきであろう。対応によっては常連となってくれるやもしれん。常連が果たしてこの店にできうる可能性があるのかと甚だ疑問だが。
私はそんなことを考えながら緑髪の少女の動きを見ていると、周囲を見回してからとことこと私の方に歩いて来た。
「はいはい、何かね?」
「ここは何の店なんです?」
おかしなことを聞く少女である。店の前には一度は撤去されたものの、二代目の看板が置かれている。看板を見ると言うことをしないのであろうか。まったく、これだから最近の若者は。
「はあ、道具屋だが」
「なるほどなるほど。おすすめのものとかありますか?」
「ふむ……」
購入の意思があるようだった。やるではないか、最近の若者。僅か数秒で見直すことになった。
私は感心しながら店内を見回し、この少女が気に入りそうなものを探す。だがしっくりくるものがない。ここは大穴で絶対に買いそうもない物を渡してみるのもありか。大抵のことは受け入れてしまいそうな少女の雰囲気を感じ、私は店に並べていなかったがらくたを袋の中から取り出した。
先日森近さんから譲り分けた正真正銘のがらくたである。私から見てどう使っていいのかまったく予想もつかない。
「これ何てどうかね」
「はい?」
私が彼女に見せたのは、何やら突起物の多い掌程度の大きさの長方形をした何かである。彼女の視線はそれに注がれているものの、興味を惹かれているとは言い難いようだった。栄光の商売道に暗雲が立ち込めるのを感じた私の口は、いつの間にか動き始めた。
「君だけに言うがね、これは非常に希少なものなのだよ。世界に二つとはないだろうね。君には見る目があるように私は思っているのだがね、どう思う? 非常に良い形をしているだろう? これは幸運を暗示していてね、この出っ張っているものは、なんと、一つ一つに幸運の印字が施されているのだよ。見てごらんなさい、何かが書いてあるだろう? 普段の私なら絶対売ることはないだろうね、しかし今だけ、今この時だけはこの、幸運の置物を、そう、君にだけ売ろうと思っているのだが、どうだね?」
苦しい。非常に苦しい言葉の羅列であった。急いで口から出まかせで言ったために語尾は殆ど統一されてしまっているし、言っていることなんて誰であれ信じることはないだろうもの。下手な詐欺師に相違なかった。
私は恐る恐る彼女の表情を確認すると、そこには――。
「す、すごい物なんですねっ」
どうしたことか、そこには興味津々と言った様子で私の手元の幸運の置物(仮)を見る少女の姿が。素直過ぎるのか、頭が空っぽなのかは分からないが、どうやら私の売り込みは成功してしまったらしかった。
こうなってくると一握りばかり残っている良心が痛んでくるが、私はこれを売らねば収入がない。背に腹は代えられないのである。
「今ならなんと特価で……これくらいでどうだろう」
「買います!」
「毎度あり」
気持ちのいいくらいの即決であった。無料で引き取って来たものが数倍に、いやゼロにいくらかけてもゼロだからそうではないか。まあ要するに私のぼろ儲けである。
金と品物を引き換えると、彼女はすぐに店を出て行った。
しばし無言のまま中空を見つめた後、はっとしていつもの用紙を取り出した。そして書き込む。
『緑髪の巫女服少女、詐欺にあう』